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お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 「秘密のノート」18

2022年08月26日 | コーイチ物語 1 2) 悪夢  
 手品師はリンゴを軽く放り上げた。コーイチは受け取ろうとして思わず両手を伸ばした。しかし、放り上げられたリンゴは宙に留まっていた。コーイチは不思議そうにリンゴを見つめた。宙に留まっているリンゴに銀色の線が縦横にいくつも走り回った。
「わっ! わっ! わっ!」
 コーイチは思わず後ろへ飛び退き、またまた背中を思い切り壁にぶつけた。
 手品師が目にも留まらぬ速さで青龍刀をリンゴに向けて振り回していたのだ。銀色の線は青龍刀の剣筋の残像だった。
 手品師は青龍刀の切っ先を廊下に衝き立て、いつの間に取り出したのか白い皿を持った左手をリンゴの下に伸ばす。リンゴは真っ直ぐに皿の上に落ちてきた。トンという音を立てて皿の上に乗ったリンゴは、芯の部分を中心にして七等分されて花が開くように皿の上に広がった。広がった七切れの実は、湾曲した形のせいかどれもが踊るように軽く揺れていた。コーイチは驚いて、さらに背中を壁にぶつけた。
 手品師はにっこりと微笑み、皿をコーイチの前に差し出した。甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。
「ど・う・ぞ・召・し・上・が・れ」
 可愛らしい声がコーイチに向けられた。……そういえば朝は何も食べていなかったなぁ…… そう思うと、よだれがあふれ出しそうになった。無理に厳しい顔をして、コーイチは一切れつまみ上げた。取り上げる時、赤い皮がはがれて皿の上に残った。
「すごい、すごい!」
 コーイチは皿に残った皮を見て叫んだ。そしてリンゴを一口にほおばる。
「うまい、うまい!」
 コーイチはしゃりしゃりとリンゴを噛みながら叫んだ。
 手品師は皿を死神や殺し屋にも差し出した。
 死神も一切れ口に放り込んだが、骨を通り抜けて廊下に落ちてしまった。死神はそれに気付かず、下あごをカチカチさせていた。
 殺し屋は左手でタバコを持ったが、右手には銃を持っていることに気付き、おろおろしていると、手品師が右手で一切れつまみ、殺し屋の口に優しく入れてあげた。殺し屋はリンゴの端を口からはみ出させて赤い顔になった。
「み・な・さ・ま・ど・う・ぞ」
 手品師は清水と林谷と印旛沼にも皿を差し出した。それぞれつまんで口へと運んだ。
「おいしいわぁ!」
「これは幻の最高級品“アダムリンゴ”だね!」
「なかなか腕を上げたねぇ……」
 三人はそれぞれの感想を言った。
「ところで、コーイチ君。リンゴを食べたということは、分かってるね……」
 印旛沼がコーイチの肩をパンパンと叩きながら言った。
「私の属する組織、国際裏手品師機構へ入ってもらうよ」
 コーイチが口を開く前に、殺し屋がリンゴを咥えたまま銃口をコーイチに向け撃鉄を起こし、死神が上半身をコーイチの目の前に寄せ鎌の白刃をギラリと光らせた。

      つづく


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