お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 181

2020年11月11日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「……お、おお! そうか!」殿様は相好を崩す。「そうかそうか、それは良かったのう!」
「ええ、本当に……」
 姫は言うと笑った。殿様も笑う。コーイチは何が何やらと言う顔で二人を見ている。
「あのう……」コーイチは親子団らんな殿様と姫に向かっておずおずと割り込む。「何がどう良かったのか、ボクはさっぱり分からないんですけど……」
「……ああ、そうか」殿様はコーイチを見る。「そちは触れ書きを読んでおらなかったのだったな」
「そうです。気が付いたら山賊なんておっかない連中にさらわれて、ここへと連れて来られたので……」
「山賊か」殿様は笑う。「ははは、役に立つ者たち故、おっかなかろうが何であろうが放ってあるのじゃ」
「そうなんですか……」
「まあ、触れ書きが掲げられている間は、良からぬ事はあまりせんじゃろう」
「人さらいなんて、十分良からぬ事だと思うんですけど……」
「些細な事は気にするでない」殿様はえへんと咳払いをした。「では話してつかわそう……」
 ここ、内田家は小藩で、周りは自分よりも強く勢力のある藩ばかりだ。この内田の殿様は男子に恵まれなかったが、三人の娘がいた。
 長女の紗弥(さや)姫は器量が良く、内田家よりも遥かに勢力も財力もある赤塚家へと嫁いだ。これは赤塚家から是非にと請われた縁組だったので、この結婚により、内田家は盤石となった。
 次女の優羅(ゆら)姫も姉に劣らぬ器量良し。これも、赤塚家に負けないほどに勢力を持つ青山家へと、やはり請われて嫁いだ。これで内田家は安泰だ。
 しかも、ともすれば張り合う事の多かった赤塚家と青山家の仲を取り持った事にもなり、内田家の株もぐんと上がった。内田家には順風満帆の将来しか見えなかった。後は内田家を継ぐ者が婿として入ってくれれば問題はない。しかし、これが問題だった……
 三女である綺羅姫が、内田の家を継ぐ事となったのだが、上の二人の姫とは、正直な話、似ても似つかない。とは言え、綺羅姫も幼少の頃は可愛らしい娘だった。だが、十代の物心の付いた頃から、内も外も姉たちとの差は歴然となり、性格も穏やかで女らしい二人の姉とは比べ物にならないほど、我が強く、男勝りな姫となり、見た目も恰幅が良くなってきた。その様子に殿様は困り果てていた。
 内田家は赤塚家とも青山家とも深い関係で、何の恐れも心配も無い、極めて優良な藩である、そう宣伝したが、綺羅姫の噂はかなりの遠方まで広まっており、婿の成り手が見つからない。更に姫自身がとんでもない事を言いだした。
「父上、わたくしは家の道具になんぞなりたくはござりませぬ!」
「馬鹿を申すな!」
 殿様が叱る。しかし姫は平然としている。
「ならば、わたくしの気に行ったものを婿と致しましょう。それ以外は受け付けませぬ!」
「そのような事をして、どこぞの馬の骨を拾ってみろ、我が内田家の格式が下がってしまうのじゃぞ!」
「それ程の家ですか? 姉様二人で何とか保っている家ではありませぬか! それゆえ、誰が婿になろうと露ほどのも関心も持たれますまい」
 綺羅姫は殿様の臓腑をえぐるような事を平然とした顔で言い放つ。
「姉様二人は、この大した事の無い内田の家の犠牲となったのです。わたくしがその仇を討つのです。婿はわたくし自身で決めます!」
 結局、殿様が折れた。そこで殿様は各藩主に手紙を送り、婿入りを願うが、綺羅姫の噂がすっかり広まっているようで、無しの礫だった。家来の一人を無理矢理婿にしようかとも考え、一人に綺羅姫との結婚を申し渡したが、その日の内に逐電してしまった。
 そのために、ついには市井の者でも構わないと言う事にまでなった。姫はそれでも構わぬと言ったからである。しかし、藩の中にも綺羅姫の噂は流れているので、集まらない。ついには、金子を払うので、若い男は城に来るようにとの触れ書きを出した。すると、ぞろぞろと集まり始めた。国の外からもやってくる。集まった男たちは小遣い稼ぎの気分だった。綺羅姫自身もその点はお見通しなので、すぐに追い返す。そのうち、コーイチたちの様に捕まって連れて来られる者たちも増えてきた。金子は連れて来た者に支払われるようになったので、山賊たちのようにそれを生業にする輩も出て来た。しかし、婿は決まらなかった。
 姉たちの嫁いだ赤塚家と青山家は成り行きに不満を示している。やり方が宜しくない、品格が無さ過ぎる。しかし、一番の理由は、弟になろう者が碌でもない者であっては困ると言う事だった。姉たちは、綺羅姫は変わり者故、辛抱して下されと懇願する。
 そんな状況がここ数年続いている。
 そのせいで、綺羅姫は内田家を潰すつもりではないかとの懸念が出て来た。もうそろそろ、殿様も、赤塚家も、青山家も、堪忍袋の緒が切れかかっていた。
「……と言うわけでな」殿様は転がっているコーイチを見て、ため息を付く。「この度が最後じゃ。これを逃すと内田の家は仕舞いじゃ」
「そうなんですか……」コーイチもため息をつく。「大変なんですねぇ……」
「何を他人事のように言っておるのだ?」
「え?」
「今までは、姫が気に入らねば帰しておった。しかし、それはもう仕舞いじゃ」
「それは聞きました」
「しくじれば内田の家は無くなると思うが良かろう」
「それも聞きました。ですから、大変だなぁと……」
「ならば、そちも分かっておろうが……」
「……何をです……?」コーイチはイヤな予感がした。「ボクは何にも分かりませんが……」
「姫はそちが気に入ったと申しておる。この度は失敗は許されぬ……」
「ですが、その……」
「失敗をすれば、こうじゃ……」
 殿様は右手をぴんと伸ばし、小指側で自分の首の後ろをとんとんと叩いてみせた。
「それって……」
 コーイチの声が震える。
「そうじゃ、打ち首じゃ。責任を取ってもらわねばならんからのう……」
「そんなぁ……」
 コーイチは半泣きになった。
「そうはなるまいよ」綺羅姫はコーイチに言う。「……まあ、お前の心掛け次第ではあろうがな」
 姫は言うと意地悪そうに笑む。


つづく


コメントを投稿