空腹が満たされると、気持ちに余裕が出て来るものだ。コーイチも腹の虫が落ち着くと、場内の様子をゆっくりと眺める気になった。ステージの奥からのんびりとした足取りで歩き出した。
若い男の集団が二つ見えた。中心に何があるのかは見えないが、一つは京子、もう一つは逸子だろう。
時々、それぞれの集団でカメラのフラッシュが光っている。カメラマンの滑川が二つの集団を行ったり来たりしているようだ。……主な目的は写真よりも、若い男の集団にまぎれる事じゃないのかな。コーイチは、「ちょっとごめんなさい、通してちょうだい」なんて言って、無理矢理通り抜けながら嬉しそうにしている滑川を想像していた。
別の所には黒っぽい集団が見えた。……あれは清水さんとその仲間たちだな。それにしても、清水さんの歌は凄かったなぁ。見た目なんかはあの娘以上に魔女だけどなぁ。名護瀬のヤツ、すっかり清水さんの下僕になっちまったよな。
そう言えば、メンバーの中に魔女がいるって言ってたな。あの会釈をした人だ。待てよ、魔女が会釈するって言う事は、あの娘、ひょっとして魔女の世界じゃ名門の出身だったりして。まさか、王家の血を引くお姫様……って事はないか。あんな感じじゃなぁ…… ま、ちょっとだけ良家のお嬢さんって所なんだろうな。
いつの間にか、コーイチはステージの端に腰掛けていた。大きなため息をついた。
このパーティが終わったら、ノートを返す事になるんだよな。あの娘の目的はそれだもんな。
ボクのアパートの前まで来て、ボクがノートを取りに部屋に戻り、ノートを手にして部屋を出て、そして渡す。多分「ありがと」ぐらいは言ってくれるだろうけど、次の瞬間には、もう魔女の世界に帰ってしまっているんだろうな。そうしたら、もう二度と会うことも無いんだろうなぁ……
笑い声があちこちから絶え間なく聞こえている。みんな楽しそうだ。しかし、気分が重くなってしまったコーイチには、最後の晩餐のようだった。最後の晩餐なら、無酵母パンとブドウ酒だな……
コーイチは何気なく自分の右手を見た。フォークがワインをなみなみと注いだグラスに変わっていた。左手の皿は消えていた。……食後に一杯どうぞ、って事だろうな。これも飲んでも飲んでも無くならないってやつかも知れないぞ。
若い男の集団の隙間から、ちょっとだけ見えた金色の服の京子に向けて、コーイチはグラスを高く掲げた。一気に飲み干す。超一流店だからなのか、京子の右手人差し指の一振りがあったからなのか、やわらかくてふくよかで、これこそ極上と思わせる味だった。コーイチはグラスを見た。思った通り、ワインがなみなみと注がれていた。
……そうだ。ワインを飲んで飲んで飲みまくって、べろんべろんに酔ってしまおう。そうすれば、今日中にノートを渡すことは出来ないだろう。そうなれば、あの娘もここに居なきゃならないはずだ。しかし、明日は…… 明日はまた別の方法を考えて、居続けさせればいいのさ。その次の日も、そのまた次の日も……
コーイチは立て続けにグラスを空にしていた。
つづく
若い男の集団が二つ見えた。中心に何があるのかは見えないが、一つは京子、もう一つは逸子だろう。
時々、それぞれの集団でカメラのフラッシュが光っている。カメラマンの滑川が二つの集団を行ったり来たりしているようだ。……主な目的は写真よりも、若い男の集団にまぎれる事じゃないのかな。コーイチは、「ちょっとごめんなさい、通してちょうだい」なんて言って、無理矢理通り抜けながら嬉しそうにしている滑川を想像していた。
別の所には黒っぽい集団が見えた。……あれは清水さんとその仲間たちだな。それにしても、清水さんの歌は凄かったなぁ。見た目なんかはあの娘以上に魔女だけどなぁ。名護瀬のヤツ、すっかり清水さんの下僕になっちまったよな。
そう言えば、メンバーの中に魔女がいるって言ってたな。あの会釈をした人だ。待てよ、魔女が会釈するって言う事は、あの娘、ひょっとして魔女の世界じゃ名門の出身だったりして。まさか、王家の血を引くお姫様……って事はないか。あんな感じじゃなぁ…… ま、ちょっとだけ良家のお嬢さんって所なんだろうな。
いつの間にか、コーイチはステージの端に腰掛けていた。大きなため息をついた。
このパーティが終わったら、ノートを返す事になるんだよな。あの娘の目的はそれだもんな。
ボクのアパートの前まで来て、ボクがノートを取りに部屋に戻り、ノートを手にして部屋を出て、そして渡す。多分「ありがと」ぐらいは言ってくれるだろうけど、次の瞬間には、もう魔女の世界に帰ってしまっているんだろうな。そうしたら、もう二度と会うことも無いんだろうなぁ……
笑い声があちこちから絶え間なく聞こえている。みんな楽しそうだ。しかし、気分が重くなってしまったコーイチには、最後の晩餐のようだった。最後の晩餐なら、無酵母パンとブドウ酒だな……
コーイチは何気なく自分の右手を見た。フォークがワインをなみなみと注いだグラスに変わっていた。左手の皿は消えていた。……食後に一杯どうぞ、って事だろうな。これも飲んでも飲んでも無くならないってやつかも知れないぞ。
若い男の集団の隙間から、ちょっとだけ見えた金色の服の京子に向けて、コーイチはグラスを高く掲げた。一気に飲み干す。超一流店だからなのか、京子の右手人差し指の一振りがあったからなのか、やわらかくてふくよかで、これこそ極上と思わせる味だった。コーイチはグラスを見た。思った通り、ワインがなみなみと注がれていた。
……そうだ。ワインを飲んで飲んで飲みまくって、べろんべろんに酔ってしまおう。そうすれば、今日中にノートを渡すことは出来ないだろう。そうなれば、あの娘もここに居なきゃならないはずだ。しかし、明日は…… 明日はまた別の方法を考えて、居続けさせればいいのさ。その次の日も、そのまた次の日も……
コーイチは立て続けにグラスを空にしていた。
つづく
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