極上の酒と言うものは、酔う事を禁じてでもいるようだ。立て続けにグラスを空にしたコーイチだったが、ちっとも酔った気がしなかった。……まずいぞ。このままでは『酔って前後不覚になりノートが渡せなくなってしまいました作戦』が出来なくなる!
右手のグラスには相変わらず満々と湛えられたワインが注がれている。座り込んでいるステージの上に置こうとするが、グラスを持った手は離れない。これでは他の酒を飲もうにも飲めない。
コーイチの脳裏に京子が振る右人差し指が思い浮かぶ。……やっぱり魔法は困ったものなんだ。目を閉じ、浮かんでくる京子の笑顔に向けて腹を立てるコーイチだった。
「コーイチさん……」
ふと呼ぶ声がした。目を開けた。逸子が目の前に立っていた。
「あ、いや、……どうも」
コーイチはしどろもどろで返事をする。にっこりした逸子がコーイチを見つめている。……何か話をしなければ。
「あー、大丈夫なのかい? ファンに囲まれていたけど……」
とりあえずコーイチはしゃべり出した。
「一応、落ち着きました。……と言うより、みんな京子さんのほうへ流れてしまいました」
「それは…… ごめん」
「別にコーイチさんのせいじゃないです。ただ、京子さん、インパクト強いから……」
「そう……」
また間が開いてしまう。……何を話そう、何を話そう……
「さっきの技、凄かったですね。驚きました。父も感心していました」
逸子が話題を変えた。コーイチは何となくほっとした。
「あ、あれはボクの技じゃなくて……」
「分かってます。京子さんでしょ? 本当、本物の魔女の掛けた魔法かと思いました」
「そう、ボクも驚いているんだ。あんな短時間でよくあれだけの仕掛けが出来るもんだって……」
……不思議だ。何故かばってしまうんだろう。実はあの娘は魔女で、あれは正真正銘の魔法なんだって言う気にならない。言ったらどこかへ消えてしまいそうな気がした。……だからかなぁ。
「そうですね。父も『こりゃあ凄いライバル出現だな』と言ってました。でもおかげで空中飛行術を五通りくらい考え付いたようです」
「そりゃ、印旛沼さんのほうが数段凄いじゃないか。たいしたもんだ、偉いもんだ」
「……あの、コーイチさん……」逸子が改まった表情で、一歩コーイチの方へ近づいた。「お聞きしたい事があります」
「な、なんでしょうか……」
逸子に圧倒されたコーイチは仰け反りながら答えた。
「コーイチさんと京子さんて、どういう関係なんですか?」
「どう……って?」
「だって、天井で、あんな、あんな、あんな、仲の良さそうな……」
「ああ、あれにはボクもびっくりしたんだ」
「そんな、京子さんのせいみたいに言ってはいけません。二人がとっても仲が良くなければ、あんな事できません!」
逸子は言うと、とんとんとステージの階段を上がり、ちょこんとコーイチの隣に座った。
「……本当を言うと、うらやましいです……」
「そ、そうかい」
コーイチは答えた。平然とした態度をしているつもりだが、実際はそわそわしている。……そりゃ、あの子は可愛い。はっきり言って僕は好きだ。しかし、よく考えてみると、あの娘は魔女なんだ。ノートを返してもらいたくて現われたんだ。ノートを返したらそれまでの関係なんだ。それに、住む世界も違う。だから、一緒には居られない。だったら、逸子さんのほうが現実的なんじゃないか。魔女じゃないし、住む世界も同じだし、ノートの問題も無いし……
「逸子さん……」コーイチが言うと、逸子は顔を上げて見つめ返した。目が何かを期待している。「あの娘は、知っての通り、ただの幼なじみなだけだよ。仲が良く見えるのも、あの娘が一人ではしゃいでいるせいなんだ」
「あら、そうなの?」
突然、コーイチの後ろで声がした。コーイチは反射的に立ち上がり、振り返った。
京子が立っていた。なんとも形容できないほどに可愛らしく微笑んでいた。
つづく
右手のグラスには相変わらず満々と湛えられたワインが注がれている。座り込んでいるステージの上に置こうとするが、グラスを持った手は離れない。これでは他の酒を飲もうにも飲めない。
コーイチの脳裏に京子が振る右人差し指が思い浮かぶ。……やっぱり魔法は困ったものなんだ。目を閉じ、浮かんでくる京子の笑顔に向けて腹を立てるコーイチだった。
「コーイチさん……」
ふと呼ぶ声がした。目を開けた。逸子が目の前に立っていた。
「あ、いや、……どうも」
コーイチはしどろもどろで返事をする。にっこりした逸子がコーイチを見つめている。……何か話をしなければ。
「あー、大丈夫なのかい? ファンに囲まれていたけど……」
とりあえずコーイチはしゃべり出した。
「一応、落ち着きました。……と言うより、みんな京子さんのほうへ流れてしまいました」
「それは…… ごめん」
「別にコーイチさんのせいじゃないです。ただ、京子さん、インパクト強いから……」
「そう……」
また間が開いてしまう。……何を話そう、何を話そう……
「さっきの技、凄かったですね。驚きました。父も感心していました」
逸子が話題を変えた。コーイチは何となくほっとした。
「あ、あれはボクの技じゃなくて……」
「分かってます。京子さんでしょ? 本当、本物の魔女の掛けた魔法かと思いました」
「そう、ボクも驚いているんだ。あんな短時間でよくあれだけの仕掛けが出来るもんだって……」
……不思議だ。何故かばってしまうんだろう。実はあの娘は魔女で、あれは正真正銘の魔法なんだって言う気にならない。言ったらどこかへ消えてしまいそうな気がした。……だからかなぁ。
「そうですね。父も『こりゃあ凄いライバル出現だな』と言ってました。でもおかげで空中飛行術を五通りくらい考え付いたようです」
「そりゃ、印旛沼さんのほうが数段凄いじゃないか。たいしたもんだ、偉いもんだ」
「……あの、コーイチさん……」逸子が改まった表情で、一歩コーイチの方へ近づいた。「お聞きしたい事があります」
「な、なんでしょうか……」
逸子に圧倒されたコーイチは仰け反りながら答えた。
「コーイチさんと京子さんて、どういう関係なんですか?」
「どう……って?」
「だって、天井で、あんな、あんな、あんな、仲の良さそうな……」
「ああ、あれにはボクもびっくりしたんだ」
「そんな、京子さんのせいみたいに言ってはいけません。二人がとっても仲が良くなければ、あんな事できません!」
逸子は言うと、とんとんとステージの階段を上がり、ちょこんとコーイチの隣に座った。
「……本当を言うと、うらやましいです……」
「そ、そうかい」
コーイチは答えた。平然とした態度をしているつもりだが、実際はそわそわしている。……そりゃ、あの子は可愛い。はっきり言って僕は好きだ。しかし、よく考えてみると、あの娘は魔女なんだ。ノートを返してもらいたくて現われたんだ。ノートを返したらそれまでの関係なんだ。それに、住む世界も違う。だから、一緒には居られない。だったら、逸子さんのほうが現実的なんじゃないか。魔女じゃないし、住む世界も同じだし、ノートの問題も無いし……
「逸子さん……」コーイチが言うと、逸子は顔を上げて見つめ返した。目が何かを期待している。「あの娘は、知っての通り、ただの幼なじみなだけだよ。仲が良く見えるのも、あの娘が一人ではしゃいでいるせいなんだ」
「あら、そうなの?」
突然、コーイチの後ろで声がした。コーイチは反射的に立ち上がり、振り返った。
京子が立っていた。なんとも形容できないほどに可愛らしく微笑んでいた。
つづく
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