口を離そうとした。しかし、離れなかった。手を動かそうとした。しかし、動かなかった。結果として、コーイチはビールの一気飲みをしている格好になった。……魔法だ! さっきの逸子さんとの会話で意地悪をしているんだ。
「コーイチさん、大丈夫?」
逸子がコーイチに言ったが、コーイチは返事が出来ない。逸子は京子に向かって続けた。
「ねえ、京子さん、コーイチさん、平気なのかしら?」
「大丈夫よ! コーイチ君、ああ見えて『鉄の肝臓』なのよ」
「へえ~、そうなんだ」
逸子は興味深そうな顔をコーイチに向けた。
大ジョッキの傍らから流したコーイチの視線の先に京子の笑顔があった。優しくコーイチを見守っているような温かい笑顔に見えた。しかし、目は笑っていない。「コーイチ君、少しは思い知ってもらうわよ、んふふふ……」と、京子の目が語っている。
やっと大ジョッキが空になった。魔法のせいだろう、一杯のジョッキのはずなのに五、六杯分は飲んだ気がする。手を下ろし、空ジョッキを床に置き、軽くゲップをする。それから大きく深呼吸をする。「いくらなんでもやり過ぎだよ!」と、コーイチは京子に文句を言った……はずだったが、コーイチの口から出たのは全く別の言葉だった。
「京子ぉ、ゴメンよぉ……」
コーイチ自身、驚き呆れてしまうような、情けない涙声だった。……どうしたんだ! ここはガツンと文句の一つでも言うべきじゃないか! それなのに、なんだこりゃあ! よし、気を取り直して……
「やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……」
出て来た言葉は、さらに輪をかけたような、情けないものだった。……な、何を言い出しているんだ、ボクは! そうか、魔法だ。飲ませるだけの魔法じゃ物足らず、こんな魔法までかけるなんて、ひどい魔女だ!
コーイチは怒りのあまり、勢いよく立ち上がった……はずだったが、ふらふらと立ち上がるのがやっとだった。
「コーイチさん! しっかり!」
逸子がコーイチを支えようとして立ち上がろうとした。京子はそれを止めて言った。
「いいのよ、逸子ちゃん。コーイチ君、飲むといっつもこうなるのよ。本当、世話が焼けちゃうわ。飲む量を加減して欲しいものね!」
言い終わると、コーイチのスーツの裾を引っ張り無理矢理座らせた。……な~にが、いっつもだ。魔法をかけたくせに。困らせて楽しんでいるくせに。しかし、口を開いてしゃべりだすと、相変わらず情けない涙声しか出て来なかった。
「京子ぉ、ゴメンよぉ…… やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……」
「ふ~ん」逸子はコーイチを見ながら腕組みをした。「さっきは単なる幼なじみだとか、京子さんが勝手にはしゃいでいるなんて言ってたけど、本当の所は、コーイチさんの方がベタ惚れなんですね」
「そんな事無いわよ。コーイチ君、酔っ払っているから……」
京子はそう言いながらも嬉しそうにしている。……このままじゃ、逸子さんの誤解されたままになってしまう!
「京子ぉ、ゴメンよぉ……(何を言ってるんだ、ボクは全然酔っていないぞ!) やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……(逸子さん、この娘は本当に魔女で、ボクは魔法をかけられてしまっているんだ!)」
当然、コーイチの意志は逸子には届かない。逸子は大きな溜息をついた。
「酔った時の方が、本音が出るって言いますよね。これじゃ、わたしの入り込む隙なんて無さそうですね」逸子は言って、京子を見つめた。「……今の所は、ですけど」
「今の所ですって? あら、そうかしら……」
京子も逸子を見つめる。互いに笑顔だったが、目が笑っていなかった。……まずい、まずいぞ。せっかく仲良くしていたのに。何とかしなくちゃ……
「京子ぉ……」
しかし、口から出たのは、やはり情けない声だった。
つづく
「コーイチさん、大丈夫?」
逸子がコーイチに言ったが、コーイチは返事が出来ない。逸子は京子に向かって続けた。
「ねえ、京子さん、コーイチさん、平気なのかしら?」
「大丈夫よ! コーイチ君、ああ見えて『鉄の肝臓』なのよ」
「へえ~、そうなんだ」
逸子は興味深そうな顔をコーイチに向けた。
大ジョッキの傍らから流したコーイチの視線の先に京子の笑顔があった。優しくコーイチを見守っているような温かい笑顔に見えた。しかし、目は笑っていない。「コーイチ君、少しは思い知ってもらうわよ、んふふふ……」と、京子の目が語っている。
やっと大ジョッキが空になった。魔法のせいだろう、一杯のジョッキのはずなのに五、六杯分は飲んだ気がする。手を下ろし、空ジョッキを床に置き、軽くゲップをする。それから大きく深呼吸をする。「いくらなんでもやり過ぎだよ!」と、コーイチは京子に文句を言った……はずだったが、コーイチの口から出たのは全く別の言葉だった。
「京子ぉ、ゴメンよぉ……」
コーイチ自身、驚き呆れてしまうような、情けない涙声だった。……どうしたんだ! ここはガツンと文句の一つでも言うべきじゃないか! それなのに、なんだこりゃあ! よし、気を取り直して……
「やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……」
出て来た言葉は、さらに輪をかけたような、情けないものだった。……な、何を言い出しているんだ、ボクは! そうか、魔法だ。飲ませるだけの魔法じゃ物足らず、こんな魔法までかけるなんて、ひどい魔女だ!
コーイチは怒りのあまり、勢いよく立ち上がった……はずだったが、ふらふらと立ち上がるのがやっとだった。
「コーイチさん! しっかり!」
逸子がコーイチを支えようとして立ち上がろうとした。京子はそれを止めて言った。
「いいのよ、逸子ちゃん。コーイチ君、飲むといっつもこうなるのよ。本当、世話が焼けちゃうわ。飲む量を加減して欲しいものね!」
言い終わると、コーイチのスーツの裾を引っ張り無理矢理座らせた。……な~にが、いっつもだ。魔法をかけたくせに。困らせて楽しんでいるくせに。しかし、口を開いてしゃべりだすと、相変わらず情けない涙声しか出て来なかった。
「京子ぉ、ゴメンよぉ…… やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……」
「ふ~ん」逸子はコーイチを見ながら腕組みをした。「さっきは単なる幼なじみだとか、京子さんが勝手にはしゃいでいるなんて言ってたけど、本当の所は、コーイチさんの方がベタ惚れなんですね」
「そんな事無いわよ。コーイチ君、酔っ払っているから……」
京子はそう言いながらも嬉しそうにしている。……このままじゃ、逸子さんの誤解されたままになってしまう!
「京子ぉ、ゴメンよぉ……(何を言ってるんだ、ボクは全然酔っていないぞ!) やっぱり、君じゃなけりゃ、ダメなんだよぉ……(逸子さん、この娘は本当に魔女で、ボクは魔法をかけられてしまっているんだ!)」
当然、コーイチの意志は逸子には届かない。逸子は大きな溜息をついた。
「酔った時の方が、本音が出るって言いますよね。これじゃ、わたしの入り込む隙なんて無さそうですね」逸子は言って、京子を見つめた。「……今の所は、ですけど」
「今の所ですって? あら、そうかしら……」
京子も逸子を見つめる。互いに笑顔だったが、目が笑っていなかった。……まずい、まずいぞ。せっかく仲良くしていたのに。何とかしなくちゃ……
「京子ぉ……」
しかし、口から出たのは、やはり情けない声だった。
つづく
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