「アイ! しっかりして!」
麗子は言うと強くアイの手を握る。さとみたちも麗子の背後からアイを覗き込む。
アイは視点が定まっていないようで、うっすらと開いた目は虚ろだった。
「アイ! ちょっとぉ! しっかりしなさいよう!」
麗子は握っているアイの手を何度も揺する。アイはされるがままで反応が無い。
「待ちなさい!」姫野先生が麗子の肩を押さえる。「そんなに振り回しちゃ、かえってどうにかなっちゃうわよ!」
「あ……」
姫野先生に言われ、麗子は我に返る。
「麗子、落ち着いて」さとみは声を掛ける。「アイを心配しているのはみんなも同じだから……」
「……うん……」麗子は言うと、さとみに振り返る。大粒の涙が頬を伝っている。「でも……」
「でも、何?」さとみが訊く。「アイはやっと目を覚ました所なんだから、無茶させちゃダメよ」
「麗子先輩は、特別に心配なんですよ」朱音が、訳知りな顔で割って入る。「なんたって、麗子先輩とアイ先輩は、特別な仲良しなんですから……」
そう言いながら、朱音は目をきらきらさせている。その隣のしのぶも同様だった。二人とも「心霊モード」とは別のモードに入っているようだ。
「特別……?」さとみは分からないと言う表情をしている。「……まあ、良いや。とにかく、まだ安静が大事だわ」
「分かっているわよ……」麗子も落ち着きを取り戻したようだ。幾度か深呼吸を繰り返す。「でも、こんなアイを見ているのがつらいのよ。さとみなら分かるでしょ?」
「まあ、分からなくはないけど……」
と、うっすら開いているだけだったアイの目が大きく見開かれた。そして、がばりと上半身を起こした。麗子はアイの手を握ったまま呆然としている。突然の事に朱音が短い悲鳴を上げ、しのぶの後ろに隠れた。
「……さとみ、さとみ……」アイはつぶやき、周囲を見回す。さとみと視線が合った。途端に、虚ろだったアイの目にいつもの光が戻った。「会長!」
「アイ!」さとみはうなずく。「良かったわ! 気がついて!」
「アイィィ!」麗子は言うと、アイに抱きついて泣き出した。「……心配したんだからぁ…… 本当に心配したんだからぁ……」
麗子はわあわあ泣き出した。アイは麗子の背中を優しく撫でる。朱音としのぶがもらい泣きをし始めた。
しばらくして麗子も落ち着き、アイはさとみを見る。
「会長……」アイは深刻な顔をしている。「お話があります……」
「今じゃなきゃダメなの?」さとみは心配そうな顔だ。「まだ回復しきっていないんじゃない?」
「いえ、今じゃなきゃダメです」アイは真剣な表情だ。「……麗子、ちょっと良いかな?」
アイは縋り付いている麗子に優しく声をかける。麗子はアイから離れる。次いで、アイは姫野先生を見る。
「先生、ちょっと外してくれない?」アイの口調は穏やかだが、有無を言わせない表情をしている。「『百合恵会』の内輪話でさ……」
「『百合恵会』……?」姫野先生は怪訝な顔をする。「何それ?」
「ボクが顧問のサークルですよ」松原先生が言う。「ちょいと訳有りのサークルなんです」
「先生、それだと誤解されます!」しのぶが手を上げて抗議する。「『百合恵会』はさとみ会長を中心とした心霊サークルです。今までだって……」
「ああ、そうなんだぁ……」姫野先生は眉をひそめる。「わたし、こう見えて臆病なのよねぇ。特にその手の話は苦手なんだぁ。だから、外に出ているわね。終わったら呼んでちょうだい」
姫野先生はそそくさと保健室を出て行った。麗子が、素直に自分の意見を言えた姫野先生の後ろ姿を、羨ましそうに見ている。さとみは心の中で「弱虫麗子」と罵っていた。
「……それで、話とは?」
松原先生が改まってアイに訊く。
「実は、ある幽霊が会長を狙っているみたいです」
アイがあっさりと言う。皆はさとみを見る。さとみは呆気にとられた顔をしながら、自分自身の鼻先を自分の人差し指で押して見せた。鼻先がちょっと潰れたが、誰も笑わない。
「わたし……?」さとみがつぶやく。「わたしが狙われているって?」
「はい。屋上でさぼろうと思って向ったら、こいつ(アイは信吾をあごで示す)が死にそうな顔で降りて来てぶつかって来たんです。話を聞くと、屋上で会長の名を聞いているヤツがいるって。しかも、幽霊みたいだってぬかして……」
朱音としのぶは「心霊モード」に入った。目がきらきらし、身を乗り出している。麗子は姫野先生同様、眉をひそめている。
「最初はいなかったんですけど、しばらくしたら現われまして、汚れた着物姿の女で、歳はわたしたちくらいかな。名前をさゆりって言ってました」
アイが淡々と話す。それがかえって信憑性を加える。
「アイ、あなた、それが見えたわけ?」さとみが訊く。「……そう言えば、そちらの人(さとみは信吾をあごで示す)も見たって言っていたわね……」
「はい、しっかりと見ましたし、話しもしました」
「そう……」
さとみはそう言って黙り込む。霊感に関係なく姿が見える霊って、どれだけ強いんだろう。と言う事は、強力な霊が目覚めたって事なのかしら。さとみはイヤな顔をする。
「さゆりってヤツ、生意気にも会長を知っているかって聞いて来たんです」
「え?」さとみは驚いた顔をアイに向けた。冗談を言っている顔ではない。「どうして、わたし……?」
「会長の身に何かあっちゃいけないと思い、僭越ながら、わたしが会長だと名乗りました。そうしたら、邪魔をするなって言って、そこで気を失ってしまって……」
「保健室に居たってわけね……」
「そうです……」
朱音としのぶが顔を見合わせている。
「心霊いモード」ではなく、恐怖の色が二人の顔にある。
「会長……」しのぶが言う。声がかすれている。「こんな昼から見える霊体って、かなりの力がありますよ…… しかも、生身に威力を振るえるなんて……」
「これって、かなり、ヤバいです……」朱音も声がかすれている。「この前の片岡さんに相談した方が良いかもです……」
つづく
麗子は言うと強くアイの手を握る。さとみたちも麗子の背後からアイを覗き込む。
アイは視点が定まっていないようで、うっすらと開いた目は虚ろだった。
「アイ! ちょっとぉ! しっかりしなさいよう!」
麗子は握っているアイの手を何度も揺する。アイはされるがままで反応が無い。
「待ちなさい!」姫野先生が麗子の肩を押さえる。「そんなに振り回しちゃ、かえってどうにかなっちゃうわよ!」
「あ……」
姫野先生に言われ、麗子は我に返る。
「麗子、落ち着いて」さとみは声を掛ける。「アイを心配しているのはみんなも同じだから……」
「……うん……」麗子は言うと、さとみに振り返る。大粒の涙が頬を伝っている。「でも……」
「でも、何?」さとみが訊く。「アイはやっと目を覚ました所なんだから、無茶させちゃダメよ」
「麗子先輩は、特別に心配なんですよ」朱音が、訳知りな顔で割って入る。「なんたって、麗子先輩とアイ先輩は、特別な仲良しなんですから……」
そう言いながら、朱音は目をきらきらさせている。その隣のしのぶも同様だった。二人とも「心霊モード」とは別のモードに入っているようだ。
「特別……?」さとみは分からないと言う表情をしている。「……まあ、良いや。とにかく、まだ安静が大事だわ」
「分かっているわよ……」麗子も落ち着きを取り戻したようだ。幾度か深呼吸を繰り返す。「でも、こんなアイを見ているのがつらいのよ。さとみなら分かるでしょ?」
「まあ、分からなくはないけど……」
と、うっすら開いているだけだったアイの目が大きく見開かれた。そして、がばりと上半身を起こした。麗子はアイの手を握ったまま呆然としている。突然の事に朱音が短い悲鳴を上げ、しのぶの後ろに隠れた。
「……さとみ、さとみ……」アイはつぶやき、周囲を見回す。さとみと視線が合った。途端に、虚ろだったアイの目にいつもの光が戻った。「会長!」
「アイ!」さとみはうなずく。「良かったわ! 気がついて!」
「アイィィ!」麗子は言うと、アイに抱きついて泣き出した。「……心配したんだからぁ…… 本当に心配したんだからぁ……」
麗子はわあわあ泣き出した。アイは麗子の背中を優しく撫でる。朱音としのぶがもらい泣きをし始めた。
しばらくして麗子も落ち着き、アイはさとみを見る。
「会長……」アイは深刻な顔をしている。「お話があります……」
「今じゃなきゃダメなの?」さとみは心配そうな顔だ。「まだ回復しきっていないんじゃない?」
「いえ、今じゃなきゃダメです」アイは真剣な表情だ。「……麗子、ちょっと良いかな?」
アイは縋り付いている麗子に優しく声をかける。麗子はアイから離れる。次いで、アイは姫野先生を見る。
「先生、ちょっと外してくれない?」アイの口調は穏やかだが、有無を言わせない表情をしている。「『百合恵会』の内輪話でさ……」
「『百合恵会』……?」姫野先生は怪訝な顔をする。「何それ?」
「ボクが顧問のサークルですよ」松原先生が言う。「ちょいと訳有りのサークルなんです」
「先生、それだと誤解されます!」しのぶが手を上げて抗議する。「『百合恵会』はさとみ会長を中心とした心霊サークルです。今までだって……」
「ああ、そうなんだぁ……」姫野先生は眉をひそめる。「わたし、こう見えて臆病なのよねぇ。特にその手の話は苦手なんだぁ。だから、外に出ているわね。終わったら呼んでちょうだい」
姫野先生はそそくさと保健室を出て行った。麗子が、素直に自分の意見を言えた姫野先生の後ろ姿を、羨ましそうに見ている。さとみは心の中で「弱虫麗子」と罵っていた。
「……それで、話とは?」
松原先生が改まってアイに訊く。
「実は、ある幽霊が会長を狙っているみたいです」
アイがあっさりと言う。皆はさとみを見る。さとみは呆気にとられた顔をしながら、自分自身の鼻先を自分の人差し指で押して見せた。鼻先がちょっと潰れたが、誰も笑わない。
「わたし……?」さとみがつぶやく。「わたしが狙われているって?」
「はい。屋上でさぼろうと思って向ったら、こいつ(アイは信吾をあごで示す)が死にそうな顔で降りて来てぶつかって来たんです。話を聞くと、屋上で会長の名を聞いているヤツがいるって。しかも、幽霊みたいだってぬかして……」
朱音としのぶは「心霊モード」に入った。目がきらきらし、身を乗り出している。麗子は姫野先生同様、眉をひそめている。
「最初はいなかったんですけど、しばらくしたら現われまして、汚れた着物姿の女で、歳はわたしたちくらいかな。名前をさゆりって言ってました」
アイが淡々と話す。それがかえって信憑性を加える。
「アイ、あなた、それが見えたわけ?」さとみが訊く。「……そう言えば、そちらの人(さとみは信吾をあごで示す)も見たって言っていたわね……」
「はい、しっかりと見ましたし、話しもしました」
「そう……」
さとみはそう言って黙り込む。霊感に関係なく姿が見える霊って、どれだけ強いんだろう。と言う事は、強力な霊が目覚めたって事なのかしら。さとみはイヤな顔をする。
「さゆりってヤツ、生意気にも会長を知っているかって聞いて来たんです」
「え?」さとみは驚いた顔をアイに向けた。冗談を言っている顔ではない。「どうして、わたし……?」
「会長の身に何かあっちゃいけないと思い、僭越ながら、わたしが会長だと名乗りました。そうしたら、邪魔をするなって言って、そこで気を失ってしまって……」
「保健室に居たってわけね……」
「そうです……」
朱音としのぶが顔を見合わせている。
「心霊いモード」ではなく、恐怖の色が二人の顔にある。
「会長……」しのぶが言う。声がかすれている。「こんな昼から見える霊体って、かなりの力がありますよ…… しかも、生身に威力を振るえるなんて……」
「これって、かなり、ヤバいです……」朱音も声がかすれている。「この前の片岡さんに相談した方が良いかもです……」
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます