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吸血鬼大作戦 ㉓

2019年09月02日 | 吸血鬼大作戦(全30話完結)
「先生……」
 明は呟くと一歩下がった。
「どうしたの?」
 先生は笑顔を見せる。公園内の街灯の灯りが先生の顔半分を浮かび上がらせている。昼間と違った雰囲気がしている。かわいいというよりも妖艶な感じだった。その妖しい気配に、明のもう一歩下がろうとした足が止まった。
「……先生こそ、どうしてこんなところに……」
「ちょっと気分転換の散歩よ」
「いつからこの公園に?」
「さっきからよ」
「じゃあ、怪しい人影なんか見ませんでした?」
「いいえ、見ていないわ」
 先生は笑顔のままで、明の方に近寄ってくる。明は先生の顔から目が逸らせない。
「……先生、その格好……」
 先生は、黒い光沢のある上着にスラックスという姿だった。先生は何も言わずに歩を進めてくる。明の足は動かないままだった。
「先生……」必死の面持ちで明が言う。全身に再び汗が噴き出た。しかし、この汗は走り疲れた時のものと違い、冷たい。「聞きたいことがあるんですけど……」
「何かしら?」先生は小首をかしげた。その仕草を、かわいいと明は思った。「聞きたいことは、おおよそわかるけどね」
「……」明の喉がごくりと鳴った。「じゃあ、やっぱり、先生……」
「そうよ」先生はにやりと笑う。先生の全身から、危険な美しさというようなものが溢れる。明の足が思わず先生の方へ一歩進んだ。「へっぽこ君の思った通りよ」
「吸血鬼!」明は大きな声を出してしまった。「犯人は先生なんだな!」
 先生は右手の人差し指をぴんと立てると、自分の唇に当てた。声を出さないようにと言う合図だ。
「夜にそんな大きな声を出しちゃいけないわよ、へっぽこ君」先生は微笑む。「それにね、わたしを血を吸ったんじゃないの。血を抜いたのよ」
「どう言うことだ」明の足ががくがく震えだした。喉もからからになって声が上手く出ない。恐怖からなのか涙で視界が潤んできだ。それでも明は虚勢を張った。正義、英雄、勇者。この三つの言葉を心の中で繰り返した。「お前は、何者なんだ!」
「ふん!」先生は鼻を鳴らした。それまでの態度を一変させ、ふてぶてしくて憎らしい様子になった。「うるさいわねぇ。未開の惑星の生物ってのは、こんなものなのかしらねぇ」
「……そんな言い方をするなんて…… お前、宇宙人なのか?」
「宇宙人……」先生は笑った。「まあ、無能で未開の惑星の住人じゃ、その程度の認識が限界よねぇ」
「……」明は腹が立った。地球を代表して馬鹿扱い、未開扱いされているからだった。「ちょっと進歩しているからって、偉そうにするな!」
「ちょっとぉ?」先生は、いや、宇宙人は笑いだした。「ははは、この惑星の住人じゃ、全く想像もできないくらいの差があるのよ。第一、ここの住人は宇宙を自由に往来できないじゃない? それに、あなたの様に後先考えずに行動する野蛮な連中なんかいないわ」
「何しに地球に来たんだ!」明は怒りに震えながら言った。「さっさと帰れよ!」
「あらあら、わたしに意見するなんて、あなたが地球の代表なの? 女の娘たちに山のような荷物を持たされて、文句の一つも言えないような、へっぽこなあなたが?」
 相手はさらに笑い出した。からだを曲げ、腰まである黒い髪を揺らす。明は悔しかったが、事実なだけに反論できなかった。
「わたしは、仕事でいやいや来たのよ。そうでなきゃ、こんな未開の惑星になんか来るわけないじゃない?」嫌味たっぷりな物言いだった。「でもね、どうしてもベルザの実が食べたくなったのよ。この惑星の生き物の血の成分にベルザの実と同じ味の成分があるって聞いたのよ。ね、可笑しいでしょ? 生物なのに、植物と同じ味だなんて! ここの生物は植物並みって事ね」
 言うとまた笑い出した。明は憮然としている。
「それで試してみたの。最初は猫。でもこれはダメだった。成分は抽出されなかったわ。次に犬。ほんのすこしだけ似たような成分があったわ。でも、熟す前の苦い味のようだったわ。これも失敗。じゃあ、その次は人間でって事にしてみたの。……あの娘、思ったより重かったし、抵抗されると思ってなかったし。ちょっと計算違いだったわ。猫や犬のようには行かないものねぇ……」
「ふざけんなよ! それに、なぜ一週間ずつ開けてんだよ?」
「はあ?」唐突な質問に驚いた顔をした。「……ああ、何てこと無いわよ。周期的に食べたくなったのよ、多分」
「この近所なのはどうしてだよ?」
「調達するのなら近所が良いに決まっているじゃない? そんな事もわからない? 勉強が足りないわねぇ」呆れたように笑う。「今住んでる所、アパートって言ったっけ? あのひどい小屋みたいなの。その周りで手に入れるのが手っ取り早いじゃない? だから探してみたってわけよ」
「食べたい物の代用品のために、こんな事をしているのかよ!」
「こんな未開の惑星、他にどんな利用価値があると思っているの?」
「……」怒りが込み上げてくる明だった。ぎゅっと拳を強く握る。そして、もう一度問い質した。「お前、何者なんだ!」
「わたし?」にっこりと笑いながら、右手で長い髪を掻きあげ、挑戦的な眼差しを明に送った。「わたしは、宇宙パトロール捜査官、ジェシル・アンよ」


 つづく
  

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