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ジェシルと赤いゲート 78

2024年09月18日 | マスケード博士

 メギドベレンカは優しい笑顔を湛え、ゆっくりとデスゴンに向かって歩み出した。
 雨風が緩んだ。
「これは、一体……」
「笑顔は神々に対抗する手段なんですよ」ジャンセンはマスケード博士のつぶやきに答える。「デスゴンがメギドベレンカにちょっとだけひるんだ、って事でしょうかねぇ……」
「それは心強い事だ」
 ジャンセンはそれには答えず、メギドベレンカの動向を見ている。
 メギドベレンカはデスゴンの前まで来ると、右膝を突いて身を屈め、頭を深く下げ、手の平を上にして高く掲げた。
「ダーレク・ダ・ザイーレ・デスゴン」メギドベレンカは至極穏やかな声で言う。「マ・レッサ・クルンツ・アーロンテイシア」
「何だってぇ……」
 ジャンセンの表情が強張る。
「ジャンセン君、彼女は何と言ったのだね?」博士が訊く。「アーロンテイシアだけは聞き取れたのだが……」
「『我、アーロンテイシアを蘇らせん』と言いました……」ジャンセンが答える。「でも、ジェシルは完全に動けなくなっています……」
「危険な状態だと言う事かね?」
「そうですね。マヒさせる薬の量が多すぎたのでしょうね」
 ジャンセンと博士はデスゴンの傍らに横たわっているジェシルを見る。呼吸が弱々しい。ジャンセンもこんな状態のジェシルを見るのは初めてだった。
「……それをどうやって直そうと言うのだね?」
「メギドベレンカは呪術者で、大師と言われるほどの人物です」
「では、まじないを行なって回復させようと言うのか……」
「そうだと思います」
「そうか……」博士はほっとため息をつく。「偉大な呪術者なら、安心だな」
「いいえ、それは違いますよ、マスケード博士」ジャンセンは博士に顔を向ける。「これは闘いなのです。民同士の闘いには、それぞれの民の兵士が闘います(ジャンセンは、並んで立っているダームフェリアの長である巨漢のドゥルンガッテとベランデューヌの若い長で戦闘に長けたサロトメッカを指差す)。一般の民たちはその応援に回り、武器の調達や補修、食事などをサポートします……」
 ジャンセンは深呼吸をする。表情は変わらないが、何か憤っているようだ。
「……しかし、兵士たちの力は民同士の間では有効ですが、神にはその力は全く及びません」ジャンセンはメギドベレンカを見る。「ですので、神に対しては、呪術者が闘うのです。この時代には、神はれっきとした存在でした。……それは博士もご覧になった通り、デスゴンの怒りは実際に雨風を呼びます。つまり、呪術者は神の怒りと闘うのです。怒りを鎮めるために闘うのです。兵士が命を懸けて民を守るのと同様に、呪術者も命を懸けて民を守るのです」
「命を懸けて闘う……」マスケード博士はつぶやくと、はっとする。「では、神の怒りを鎮めなければ負けという事か……」
「そうです」ジャンセンは大きくうなずく。「負けた時は、自らの命を代償として奉げるのです。それで神は怒りを鎮めるのです。メギドベレンカもそうですが、呪術者は容姿も端麗でなければなりません。それは、犠牲となった時、美しい方がより受け入れられやすいからです」
「そんな理由が……」
「ですから、博士……」ジャンセンはマスケード博士を見る。ジャンセンの瞳には怒りが湧いているようだった。「偉大な呪術者なら安心などと軽軽な言葉は慎んで下さい」
「すまなかった……」博士はジャンセンに頭を下げる。「認識が甘かった。古代だと未文明のような思いがどうしてもつきまとってしまう……」
「文献を調べれば調べるほど、ぼくたちのほうが未文明的だと痛感します」ジャンセンの瞳が穏やかになる。「それに、ぼくたちより、真剣に日々を生きていると思いますよ」
 メギドベレンカは顔を上げ立ち上がる。優しい笑みを湛えたまま、横たわっているジェシルの腰の前の地面に両膝を突いて、立ち膝になる。手の平をジェシルに向け、両腕を左右に拡げる。右の手の平はジェシルの顔に、左の手の平はジェシルの足首に向けられた。メギドベレンカはそのままの姿勢で目を閉じる。
 しばらくすると川のせせらぎのような音が流れ始めた。
「あれは何の音だろう? ジャンセン君。ここには川は無いのだが……」
「あれは、メギドベレンカのまじないの声ですよ、博士」
「声のようには聞こえないが……」
「それが呪術者で大師と言われる所以です。すでに生物の領域ではないのです。神の領域なのです」
 メギドベレンカに付いている老婆二人が立ち上がり、民の方を見る。民は一斉に両膝を突き立ち膝の姿勢となり、頭を低く、両手の平を高くする。民はもちろん、兵士たちもそうした。
「民全員が一丸となってメギドベレンカの助けているのです」ジャンセンが言う。「民全員の祈りによってメギドベレンカのまじないの能力を高めようとしているんですよ」 
 メギドベレンカはまじないを唱えながら、拡げた両腕を合わせるように動かす。両腕はゆっくりとジェシルの腹部へと動いて行く。デスゴンは無言のままメギドベレンカの手の動きを見つめている。両手の親指同士が付き、そのまま両手の平をジェシルの腹部に乗せる。せせらぎのようなまじないの声が大きくなり、激流のような音に変わる。
「マ・レッサ・クルンツ・アーロンテイシア!」
 メギドベレンカが叫ぶ。途端にジェシルとメギドベレンカが金色に光った。その眩さに、マスケード博士は目を細める。 

 

つづく 


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