さとみは過去に色々な霊体と向き合ってきた。
大概の浮遊霊と言うものは、何がしかの心残りを抱いている。さとみは、心残りは何なのかを聞き出し、変わりに果たしてあげる。そうすれば、霊体は満足し、あの世へと逝ってくれる。
しかし、心残りが何であるかを、自ら覚えていないとなると、お手上げだ。関わらなければよかった、さとみは自分のおでこをぴしゃりと叩いた。
泣き崩れている女に背を向け、さとみは自分のからだに戻ろうと、気付かれないようにゆっくりと歩き出した。
「いよう! さっとみちゃあん!」
場違いな、明るすぎる声が背後から飛び込んできた。
さとみは足を止めた。表情が強張る。
「こんな不幸な女性を放っておくつもりかい? 薄情娘になったもんだなあ」
小バカにした口調だ。さとみはうんざりした顔で振り返る。
白地に赤い薔薇を幾つもプリントした開襟シャツを着、その襟を羽織っている安物感丸出しのぶかぶかの白いダブルのスーツのそれに重ね、同じくぶかぶかのスラックスに薄汚れた黒い靴を履き、崩れかけたリーゼントを軽く掻き揚げ、半人前以下の面構えの若いチンピラが、女の横に立っていた。
「竜二・・・」さとみは溜め息をつく。「いつの間に湧いて出たのよ!」
「冷たいねえ・・・」竜二はへらへら笑っている。「さとみちゃんより遥か昔に生きていたこの俺なのにさ・・・」
竜二は、数十年前に映画で「やくざブーム」が興ったとき、すっかりその魅力に惚れこんだ、当時二十歳の若者だった。
自分の名前が「やくざっぽい」と思った竜二は、生来の思い込みの激しい性格と相まって、早速、やくざっぽい格好をし、言葉遣いをし、肩を怒らせて歩き回っていた。
大抵の人は、竜二を視線を合わそうとせず、ぶつからないようにと避けて歩いていた。ぶつかっても一言低い声で脅せば、相手は半泣きになって逃げて行く。それが面白かった。そして勘違いした。
ある日、本物と肩がぶつかった。すっかり調子に乗っていた竜二は、いつものように脅し文句を言った。通用しなかった。組事務所に連れて行かれ、数人の本物たちに半殺しの目に会った。
放り出されてふらふらになりながら歩き回り、たどり着いたのがこの公園だった。・・・あ~あ、もう少し貫禄があればなあ・・・ 地面に倒れ、珍しくくっきり浮かんだ満月を見ながら、竜二はそう思い、そして、それが最期だった。
それから竜二は「貫禄があれば」と言う心残りを抱えたまま浮遊霊となっていた。
数年前、さとみに会った。さとみは涙を流しながら説得をした。竜二は、その時のさとみの親身さに、すっかり惚れこんでしまった。だから、あの世へは逝かず、ずっとこの世に残る事にした。何の事はない。惚れた女に未練たらたらな軟派な霊体になったのだ。
さとみはそんな竜二が苦手だ。生きている時から思い込みに激しい竜二は、霊体になってから、それにますます拍車が掛かったようだ。
霊体のストーカー、さとみは陰で竜二をそう呼んでた。関わらなければよかった、そうも思った。しかし、もう手遅れだ。後悔役に立たず、そんな新たな諺を作りたくもなる。
さらに困った事がある。竜二は霊体だから、出て来ないようにすることも出来ない。さらに、自分の意志であの世へ逝かないのだから、手の施しようがない。この性格なら、怨霊になることは無いと思われるのが、唯一の救いだろうか。
「あなた、嫌味を言いに出てきたわけ?」さとみは竜二をにらみつける。「もう言うだけ言ったんなら、どっか別のところで漂っててよ!」
「おいおい、そんな言い方はないだろう?」竜二は肩をすくめてみせる。「せっかく良い話を教えてやろうって言うのにさ・・・」
「良い話・・・?」
「そう、この不幸な女性が、どうしてここに居るのかって、その理由さ」
つづく
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大概の浮遊霊と言うものは、何がしかの心残りを抱いている。さとみは、心残りは何なのかを聞き出し、変わりに果たしてあげる。そうすれば、霊体は満足し、あの世へと逝ってくれる。
しかし、心残りが何であるかを、自ら覚えていないとなると、お手上げだ。関わらなければよかった、さとみは自分のおでこをぴしゃりと叩いた。
泣き崩れている女に背を向け、さとみは自分のからだに戻ろうと、気付かれないようにゆっくりと歩き出した。
「いよう! さっとみちゃあん!」
場違いな、明るすぎる声が背後から飛び込んできた。
さとみは足を止めた。表情が強張る。
「こんな不幸な女性を放っておくつもりかい? 薄情娘になったもんだなあ」
小バカにした口調だ。さとみはうんざりした顔で振り返る。
白地に赤い薔薇を幾つもプリントした開襟シャツを着、その襟を羽織っている安物感丸出しのぶかぶかの白いダブルのスーツのそれに重ね、同じくぶかぶかのスラックスに薄汚れた黒い靴を履き、崩れかけたリーゼントを軽く掻き揚げ、半人前以下の面構えの若いチンピラが、女の横に立っていた。
「竜二・・・」さとみは溜め息をつく。「いつの間に湧いて出たのよ!」
「冷たいねえ・・・」竜二はへらへら笑っている。「さとみちゃんより遥か昔に生きていたこの俺なのにさ・・・」
竜二は、数十年前に映画で「やくざブーム」が興ったとき、すっかりその魅力に惚れこんだ、当時二十歳の若者だった。
自分の名前が「やくざっぽい」と思った竜二は、生来の思い込みの激しい性格と相まって、早速、やくざっぽい格好をし、言葉遣いをし、肩を怒らせて歩き回っていた。
大抵の人は、竜二を視線を合わそうとせず、ぶつからないようにと避けて歩いていた。ぶつかっても一言低い声で脅せば、相手は半泣きになって逃げて行く。それが面白かった。そして勘違いした。
ある日、本物と肩がぶつかった。すっかり調子に乗っていた竜二は、いつものように脅し文句を言った。通用しなかった。組事務所に連れて行かれ、数人の本物たちに半殺しの目に会った。
放り出されてふらふらになりながら歩き回り、たどり着いたのがこの公園だった。・・・あ~あ、もう少し貫禄があればなあ・・・ 地面に倒れ、珍しくくっきり浮かんだ満月を見ながら、竜二はそう思い、そして、それが最期だった。
それから竜二は「貫禄があれば」と言う心残りを抱えたまま浮遊霊となっていた。
数年前、さとみに会った。さとみは涙を流しながら説得をした。竜二は、その時のさとみの親身さに、すっかり惚れこんでしまった。だから、あの世へは逝かず、ずっとこの世に残る事にした。何の事はない。惚れた女に未練たらたらな軟派な霊体になったのだ。
さとみはそんな竜二が苦手だ。生きている時から思い込みに激しい竜二は、霊体になってから、それにますます拍車が掛かったようだ。
霊体のストーカー、さとみは陰で竜二をそう呼んでた。関わらなければよかった、そうも思った。しかし、もう手遅れだ。後悔役に立たず、そんな新たな諺を作りたくもなる。
さらに困った事がある。竜二は霊体だから、出て来ないようにすることも出来ない。さらに、自分の意志であの世へ逝かないのだから、手の施しようがない。この性格なら、怨霊になることは無いと思われるのが、唯一の救いだろうか。
「あなた、嫌味を言いに出てきたわけ?」さとみは竜二をにらみつける。「もう言うだけ言ったんなら、どっか別のところで漂っててよ!」
「おいおい、そんな言い方はないだろう?」竜二は肩をすくめてみせる。「せっかく良い話を教えてやろうって言うのにさ・・・」
「良い話・・・?」
「そう、この不幸な女性が、どうしてここに居るのかって、その理由さ」
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