お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 79

2024年09月23日 | マスケード博士

 金色の眩い光が少しずつ治まって行く。それに連れ、博士の視界は取り戻されて行く。民たちは立ち上がり、光を見つめている。
 鎮まる金色の光の中に人の姿が現われてくる。
 光がすっかり消えると、そこにはジェシルとメギドベレンカが並んで立っていた。
「おおおおおっ!」
 民たちが一斉に声を上げ、一斉に頭を下げて両の手の平を上に向ける。神アーロンテイシアへの畏敬の念だ。しばらくして、民たちはゆっくりと顔を上げ始めた。
「アーロンテイシア!」
 大きな声で叫んだのはケルパムだった。それに促され、民たちはアーロンテイシアの名を呼ばわった。
「……ジャンセン君!」マスケード博士も興奮気味な声で言う。「何と言う事だ! このような奇跡の場面に出会えるとは!」
「そうですね。ぼくも初めてです」ジャンセンはうなずく。「どこかの惑星で『百聞は一見にしかず』と言う言葉がありますが、文献だけではやっぱり限界がありますねぇ……」
「それにしても、誰もあの呪術師を讃えていないようだが……」博士は皆が「アーロンテイシア!」とだけ呼ばわっているのに不満のようだ。「救ったのは呪術者だろう? ひょっとして呪術者は敬われてはいないのかね?」
「いえ、十分に敬われています」ジャンセンが答える。「ただ、神の方がはるかに上位なのです。神があって民がある、それがこの時代の常識なのです。メギドベレンカもアーロンテイシアに畏敬の念を現わしているでしょう?」
 博士が見直すと、確かに、メギドベレンカはジェシルに向かって頭を下げ、両手の平を上に向けていた。
「考古学だと言っておっても、知らぬ間に自分の常識や尺度で測っておったのだのう……」博士はため息をつく。「恥ずかしい話だよ……」
 空がすっと明るくなった。雨も止み雲も無くなり、晴れ渡った空が戻ったのだ。デスゴンの仮面の破片は光らなくなった。
「デスゴンの怒りは消えたようですね」ジャンセンはほっと息をつく。「これで、デスゴンはマーベラに戻ったでしょう」
 ジャンセンの言葉の通り、マーベラは立っているジェシルの前に立った。
「ジェシル!」マーベラの目から涙が流れた。「良かった。良かったわ……」
「マーベラ……」ジェシルは優しい笑みを浮かべる。「心配かけたわね……」
「ジェシルさん」そう言いながら、トランがやって来る。「治って良かったです。姉さんったら、デスゴンになりかけちゃって、ぼくを突き飛ばしましたから」
「そんな事したの?」マーベラは涙を両手で拭きながら、それでも、姉の威厳を保つかのように、トランを睨む。「たしかに意識が薄れていたけど…… あなたの作り話じゃないでしょうね?」
「まあ、良いじゃない」ジェシルは割って入る。「……からだはすっかり良くなっちゃったわ。以前よりも調子がいいかも」
 ジャンセンは、頭を下げたまま後退し、従者の老婆たちと共に民の元に戻ろうとするメギドベレンカを見ていた。ジャンセンの脇を通ろうとした時、メギドベレンカは体勢を崩し倒れかけた。従者の老婆たちがからだを支える前にジャンセンが「危ない!」と声を上げて素早く飛び出して、メギドベレンカのからだを支えるように抱きとめた。はっとしたメギドベレンカは両脚を踏ん張り、ジャンセンのからだを押し退けるように両腕を伸ばす。しかし、また体勢を崩し、ジャンセンの抱きとめられた。その際、ジャンセンはメギドベレンカの耳元で何事かを囁いた。途端に、メギドベレンカは驚いた顔をし、続いて、微笑んでいるジャンセンに、嬉しそうな恥ずかしそうな表情になった。体勢を立て直したメギドベレンカは民の元へと戻って行った。
 その様子を見ていたジェシルとマーベラはともにぷっと頬を膨らませ、不満そうに眉間に皺を寄せた。二人の目付きが鋭い。
「ジャン!」ジェシルが乱暴に声をかける。「なによ! あんな笑顔を見せちゃってさ!」
「そうよそうよ!」マーベラも負けていない。「わたしたちには指一本も出さなかったくせに! メギドベレンカが好みなの? じゃあ、この世界にいればいいんだわ!」
「その通りだわ!」ジェシルも言うと何度もうなずく。「それに何を囁いたのよ! 口説き落としたのかしら?」
「ジャンセン、あなたがここに残るって言う事は、歴史を変えてしまうって事なのよ! 考古学者としてどう思っているわけ?」マーベラも容赦ない。「まさか、時代を超えた大恋愛なんて薄っ気味の悪い事を考えているんじゃないわよね?」
「……まあまあ、ジェシルさんも、姉さんも、そのくらいにして……」
 困った顔をしながらトランが入ってくる。マーベラとジェシルは今度はトランを見る、と言うよりは睨む。
「トラン、あなたは男だから、ジャンセンをかばいたいのは分からなくもないけど……」マーベラは言う。「でも、歴史的な見ると、問題なのよ。それは分かるでしょ?」
「そうよ、トラン君」ジェシルが言う。「君には、あんないやらしい男になってほしくないわ!」
 二人に詰め寄られ、トランはさらに困った顔をする。
「……でも、ジャンセンさんには、そんなつもりはないと思いますよ」トランはやっとの事で返事をすると、顔をジャンセンに向ける。「そうですよね、ジャンセンさん?」
「そうだよ、トラン君の言う通りだ」ジャンセンは答え、歩み寄って来る。「何故勘違いしているのか、ぼくには全く分からないね」
「だって、ジャン、あなたは否定しないじゃない!」
 目の前に来たジャンセンにジェシルは文句を言う。マーベラもうなずく。
「そうじゃないよ……」ジャンセンはため息をつく。「ぼくが喋る隙がなかったからだよ。よくもまあ、そうポンポンと悪口が言えるもんだって思っていたんだ……」

 

つづく



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