「ねえ、ねえ、ねえ・・・」黙々と歩く妖介の横を、駆け足で付いて行くエリが、息を切らせながら声をかけた。「どこへ行くの? ・・・まさか、助けに行く気なの?」
妖介は足を止め、エリを見た。エリも妖介の顔をじっと見つめた。しかし、表情の無い妖介の顔からは、何を考えているのかは読み取れなかった。
「もし、助けに行くとしたら、画期的だね! 今までそんな事、一度も無かったもんね」エリが楽しそうに言った。「今までは、みんな自力で何とかさせてたもん・・・って、みんな、妖魔にやられちゃったけどね」
「それは、今までのヤツらの力が弱かったからだ」妖介はエリから視線を外した。「・・・いや、今までのヤツらは『斬鬼丸』には選ばれなかったのだろうな」
「じゃあ、葉子お姉さんは、どうなの?」
「『斬鬼丸』は、あの馬鹿女を選んだ・・・ しかし、選ばれたあの馬鹿女は、自覚も覚悟も無い!」
妖介は苛立たしげに言うと、転がっているコーヒーの缶を蹴り飛ばした。どこかでガラスの割れる音がした。
「怖ぁ・・・」妖介の剣幕にエリはつぶやいた。「・・・でも、あの気に入られ方は初めて見たわ。なんだか『斬鬼丸』が生き生きしていたみたい」
「それだけに、あの馬鹿女の態度が気に入らない。あれだけの力を使おうとはしていない。終始おろおろはらはらして、全く見込みが無い! 今もすっかり幸久の虜だ! 妖魔だって事を忘れきっている馬鹿女だ!」
「それ以上は言わないで!」エリは頬を赤くした。「大体は想像つくから・・・」
妖介は歩き出した。エリはあわてて付いて行く。
「で、どこへ行くの?」エリが小走りしながら聞いた。「やっぱり、お姉さんのところ?」
「そうだ」妖介は感情の無い声で言った。「あれだけの力を持つヤツは最近では珍しい」
「それだけ?」
エリの言葉に妖介の足が止まった。後ろを付いて来ているエリに振り返る。目付きが鋭い。
「・・・どう言う事だ?」
「意外とお気に入りなんじゃないかなって思ったの」妖介の目付きを意に介する事なく、エリはくすくすと笑った。「だって、妖介の態度がいつもと全然違うんだもん! こんなに気にかける事って無かったもん! なんだか、妬けちゃう!」
妖介が言い返そうとした時、よたよたした足取りで駆けて来る人影があった。
「兄ぃ・・・」
ユウジだった。息も絶え絶えで、妖介の前で立ち止まると、両膝に手を憑いて背を丸め、ハアハア荒い息をついていた。
「言われた通り、葉子さんの部屋を、見張っていたんですが、男が一人入って行きやした。勝手にドアを開けやがったんで、見に行ったんですが、ドアノブはクルクルと回るんでやすが、押しても引いてもびくともしやがらねぇんで・・・」
「な~んだ! 妖介、やっぱりお姉さんを心配してたんだ!」エリが妖介の顔を覗き込んだ。「あ~あ、わたしも早く大人の女になりたいわあ!」
「エリ、お前も心配してるんだろう?」妖介は犬歯を覗かせた。「はしゃぐのは、心配事を誤魔化す時のお前のクセだ」
「・・・」
エリはしゅんとして大人しくなった。妖介はユウジの方に向き直った。
「それで、お前はどうしたんだ?」
「え? どうって・・・」ユウジは妖介から視線を逸らした。本能的に失態をやらかしたと悟ったようだった。「・・・ドアが開かないって事をお伝えに・・・」
「ユウジ!」エリが一歩前に出て、ユウジを睨みつけた。「お姉さんの所、灯りは点いていたの?」
「はあ・・・」ユウジは後退った。「多分・・・」
「やれやれ・・・」エリは溜め息をついた。「・・・それで、ドアチャイムは鳴らしてみたの?」
「・・・いえ。・・・こんな夜中ですから・・・」
「ドアを叩いたり、声をかけたりはしてみたあ?」
「・・・ですから、夜中なもんですから・・・ ご近所迷惑になって、通報でもされた日にゃあ、パクられちまいますんで・・・」
「ユウジ・・・ あなたと葉子お姉さんと、どっちが大切だと思うの?」ブロック塀まで追い詰められたユウジにエリが迫った。逃げ場の無いユウジは薄ぼんやりとした街灯を見上げ、視線を逸らした。「目を逸らさないで、答えなさいよ!」
「へ、へい・・・」ユウジはエリに視線を戻した。しかし、すぐに逸らす。「そりゃあ、間違いなく、葉子さんの方でやす・・・」
「え? 聞こえないわ!」エリはわざとらしく耳に手をやる。「どっちだってえ?」
「葉子さんでやす! 葉子さんに決まってやすよお・・・」ユウジは泣き出した。「どうせ俺は無能でやすよお・・・」
「そうだな・・・」妖介が低い声で言った。ユウジの泣き声が止まった。「もう少し、使えるヤツだと思ったんだが、おしめも取れない赤ん坊と変わらないな」
「え? あっ! ああっ・・・」
ユウジのズボンの前に濡れ滲みが拡がり始めた。ユウジは慌ててズボンの前を押さえた。しかし、その手もすぐに濡れてしまった。滲みは開いた両足に沿って二股に分かれ、裾にまで達した。靴から溢れ、ユウジの立っている場所に広がった。街灯が湧き立つ湯気を照らし出している。
「わっ! やだあ・・・ ユウジったら、お漏らししてるう!」エリが路面に広がっている様を指差して笑い出した。「いい年して、情けないわねえ! あはははは!」
「す、すみませんでしたあ! 許してくださいぃぃぃ!」
ユウジは泣き顔で妖介に頭を下げた。返事は無かった。恐る恐る頭を上げると、妖介とエリはもう歩き出していた。ユウジは前を押さえながら、足を引きずるようにして追いかけた。
「待ってくだせぇ!」足がもつれてユウジは転んだ。それでも、右手を伸ばして叫んだ。「止めてくだせぇ!」
二人は角を曲がって消えた。
つづく
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妖介は足を止め、エリを見た。エリも妖介の顔をじっと見つめた。しかし、表情の無い妖介の顔からは、何を考えているのかは読み取れなかった。
「もし、助けに行くとしたら、画期的だね! 今までそんな事、一度も無かったもんね」エリが楽しそうに言った。「今までは、みんな自力で何とかさせてたもん・・・って、みんな、妖魔にやられちゃったけどね」
「それは、今までのヤツらの力が弱かったからだ」妖介はエリから視線を外した。「・・・いや、今までのヤツらは『斬鬼丸』には選ばれなかったのだろうな」
「じゃあ、葉子お姉さんは、どうなの?」
「『斬鬼丸』は、あの馬鹿女を選んだ・・・ しかし、選ばれたあの馬鹿女は、自覚も覚悟も無い!」
妖介は苛立たしげに言うと、転がっているコーヒーの缶を蹴り飛ばした。どこかでガラスの割れる音がした。
「怖ぁ・・・」妖介の剣幕にエリはつぶやいた。「・・・でも、あの気に入られ方は初めて見たわ。なんだか『斬鬼丸』が生き生きしていたみたい」
「それだけに、あの馬鹿女の態度が気に入らない。あれだけの力を使おうとはしていない。終始おろおろはらはらして、全く見込みが無い! 今もすっかり幸久の虜だ! 妖魔だって事を忘れきっている馬鹿女だ!」
「それ以上は言わないで!」エリは頬を赤くした。「大体は想像つくから・・・」
妖介は歩き出した。エリはあわてて付いて行く。
「で、どこへ行くの?」エリが小走りしながら聞いた。「やっぱり、お姉さんのところ?」
「そうだ」妖介は感情の無い声で言った。「あれだけの力を持つヤツは最近では珍しい」
「それだけ?」
エリの言葉に妖介の足が止まった。後ろを付いて来ているエリに振り返る。目付きが鋭い。
「・・・どう言う事だ?」
「意外とお気に入りなんじゃないかなって思ったの」妖介の目付きを意に介する事なく、エリはくすくすと笑った。「だって、妖介の態度がいつもと全然違うんだもん! こんなに気にかける事って無かったもん! なんだか、妬けちゃう!」
妖介が言い返そうとした時、よたよたした足取りで駆けて来る人影があった。
「兄ぃ・・・」
ユウジだった。息も絶え絶えで、妖介の前で立ち止まると、両膝に手を憑いて背を丸め、ハアハア荒い息をついていた。
「言われた通り、葉子さんの部屋を、見張っていたんですが、男が一人入って行きやした。勝手にドアを開けやがったんで、見に行ったんですが、ドアノブはクルクルと回るんでやすが、押しても引いてもびくともしやがらねぇんで・・・」
「な~んだ! 妖介、やっぱりお姉さんを心配してたんだ!」エリが妖介の顔を覗き込んだ。「あ~あ、わたしも早く大人の女になりたいわあ!」
「エリ、お前も心配してるんだろう?」妖介は犬歯を覗かせた。「はしゃぐのは、心配事を誤魔化す時のお前のクセだ」
「・・・」
エリはしゅんとして大人しくなった。妖介はユウジの方に向き直った。
「それで、お前はどうしたんだ?」
「え? どうって・・・」ユウジは妖介から視線を逸らした。本能的に失態をやらかしたと悟ったようだった。「・・・ドアが開かないって事をお伝えに・・・」
「ユウジ!」エリが一歩前に出て、ユウジを睨みつけた。「お姉さんの所、灯りは点いていたの?」
「はあ・・・」ユウジは後退った。「多分・・・」
「やれやれ・・・」エリは溜め息をついた。「・・・それで、ドアチャイムは鳴らしてみたの?」
「・・・いえ。・・・こんな夜中ですから・・・」
「ドアを叩いたり、声をかけたりはしてみたあ?」
「・・・ですから、夜中なもんですから・・・ ご近所迷惑になって、通報でもされた日にゃあ、パクられちまいますんで・・・」
「ユウジ・・・ あなたと葉子お姉さんと、どっちが大切だと思うの?」ブロック塀まで追い詰められたユウジにエリが迫った。逃げ場の無いユウジは薄ぼんやりとした街灯を見上げ、視線を逸らした。「目を逸らさないで、答えなさいよ!」
「へ、へい・・・」ユウジはエリに視線を戻した。しかし、すぐに逸らす。「そりゃあ、間違いなく、葉子さんの方でやす・・・」
「え? 聞こえないわ!」エリはわざとらしく耳に手をやる。「どっちだってえ?」
「葉子さんでやす! 葉子さんに決まってやすよお・・・」ユウジは泣き出した。「どうせ俺は無能でやすよお・・・」
「そうだな・・・」妖介が低い声で言った。ユウジの泣き声が止まった。「もう少し、使えるヤツだと思ったんだが、おしめも取れない赤ん坊と変わらないな」
「え? あっ! ああっ・・・」
ユウジのズボンの前に濡れ滲みが拡がり始めた。ユウジは慌ててズボンの前を押さえた。しかし、その手もすぐに濡れてしまった。滲みは開いた両足に沿って二股に分かれ、裾にまで達した。靴から溢れ、ユウジの立っている場所に広がった。街灯が湧き立つ湯気を照らし出している。
「わっ! やだあ・・・ ユウジったら、お漏らししてるう!」エリが路面に広がっている様を指差して笑い出した。「いい年して、情けないわねえ! あはははは!」
「す、すみませんでしたあ! 許してくださいぃぃぃ!」
ユウジは泣き顔で妖介に頭を下げた。返事は無かった。恐る恐る頭を上げると、妖介とエリはもう歩き出していた。ユウジは前を押さえながら、足を引きずるようにして追いかけた。
「待ってくだせぇ!」足がもつれてユウジは転んだ。それでも、右手を伸ばして叫んだ。「止めてくだせぇ!」
二人は角を曲がって消えた。
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