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憂多加氏の華麗な日常   1) 向かいの彼女

2019年07月21日 | 憂多加氏の華麗な日常(一話完結連載中)
 憂多加氏の会社のデスクの向かい側に、弘川結美と言う女性がいる。
 憂多加氏とそれ程年齢は離れていない。部署内でも「ユミちゃん」と呼ばれている。部署のアイドルだった。
 事務仕事をしていた憂多加氏は、ふと視線を感じて顔を上げると、じっとこちらを見ている結美に気がついた。視線が合うと、結美はにこりとした。憂多加氏は思いもかけぬ展開に、どう対応して良いかわからず、呆けた表情のまま、視線を自分のデスクの書類に落とした。
 どう言う事なんだ? 憂多加氏は考える。まさかユミちゃん、ボクに気があるのか? 部署のアイドルが、このボクに? いや、きっと彼女の気紛れだ。彼女いない歴イコール年齢なボクに、こんなカワイイ娘が振り向いてくれるわけなど無いのだ。そう思いつつも、憂多加氏はちらりと結美を見る。結美は、その視線に気づいたようで、顔を上げると真っ直ぐに憂多加氏を見つめ、にこりと笑顔を見せた。え? まさか本当に? このボクを? 混乱しつつも憂多加氏は喜んでいた。こんなカワイくて魅力的な娘が、ボクに好意を持ってくれているらしい。いや、持ってくれている! 憂多加氏は結美にぎごちない笑みを向けた。結美は軽くうなずくと、顔を再び書類に落とした。
 翌日も、その翌日も、憂多加氏と結美のアイ・コンタクトは続いた。周りは誰も気づいていなかった。こんなカワイイ娘と秘密を共有していると言う、一種背徳的な感覚を、憂多加氏は悦んでいた。ふと、いけない妄想にまで発展しかける自分を抑えるのに苦労する憂多加氏だった。
 そんなある日、資料を取りに席を立った結美が、憂多加氏の横を通る際、丸めた小さな紙を、ぽとりと憂多加氏のデスクの上に落とした。憂多加氏が顔を上げると、一瞬だけ結美が見つめ返して来た。これは…… 憂多加氏は、デスクの上の丸まった小さな紙を右の掌の中にしっかり握ると、トイレへ行った。個室に入って、震える指先で紙を広げた。
『今夜、おつきあい頂けませんか? 午後六時から会社向かいの喫茶店「メヌエット」で待っています ユミ』
 かわいらしい文字で、そう書かれていた。憂多加氏の胸は高鳴った。「やったあ!」と叫びたいのを必死で抑えた。今夜、おつきあい……これはどういう意味なんだ。憂多加氏は考える。喫茶店でコーヒーでも飲んで、その後に食事でもして、それから、どこかでお酒を飲んで……そして、そして…… 抑えていた、いけない妄想が現実のものとなるのだろうか? 取り敢えず突き進むだけだ、憂多加氏はそう心に決めた。 
 退社時間になった。結美は「お先に失礼します」と言って出て行った。結美は、しっかりと憂多加氏に視線を、それも、ねっとりと熱い視線を送ることを忘れなかった。憂多加氏も軽くうなずいて見せた。互いの意思は通い合っている。
 憂多加氏他男性社員は残業になった。一区切りついて、時計を見た。七時を過ぎている。結美は待っているだろうか? 帰ってしまっただろうか? 憂多加氏は片付けも早々に会社を出た。今まで気が付かなかったが、通りを挟んだ向かいに喫茶店「メヌエット」はあった。向こう側に行くために、やや遠回りして信号を渡らなければならない。たどり着くと、信号は黄色になり赤になった。メイン通りなので赤信号が長い。今の憂多加氏には、さらに長く感じられる。やっと青になり、小走りに進んで「メヌエット」に飛び込んだ。
 結美は居た。しかし……
 おかしい。全くカワイくない…… 憂多加氏は思った。周りに座っている女性たちの方がはるかにカワイイし美人だし…… 結美はそんな中では、全くもって目立っていなかった。結美も怪訝な顔をしている。結美も憂多加氏と同じような事を思っているようだ。憂多加氏は、とにかく結美の前に座った。憂多加氏と結美は、互いの顔をじっと見つめ合う。
「あの……」
 二人同時に言った。憂多加氏が結美を先へと促す。
「……あの、わたし急用を思いついて……」結美は呟くように言った。
「……そうなんだ。実はボクもなんだよ……」憂多加氏も同じような口調で言った。
 その時、結美よりも数段カワイらしいウェートレスが注文を取りに来た。憂多加氏は結美と同じコーヒーを注文する。それが来ると憂多加氏は無言で飲み、飲み終えると二人は立ち上がり、憂多加氏がレジで二人分を払った。結美は小声で礼を言う。そのまま二人は外に出ると、そのまま左右に別れた。
 男ばかりの中に女性一人、そして、同じ男たちの顔しか見ていない女性と言う、憂多加氏の部署環境のせいで、狭い世界になっていたのだろう。
 外で見れば、互いは思ったほどではなかったと言うわけだった。


*憂多加は「ゆたか」とお読みください。


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