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コーイチ物語 「秘密のノート」 55

2022年09月07日 | コーイチ物語 1 7) 赤い服の美女  
「あのう、新課長(「仮課長だ!」すかさず西川が言う)、一応、吉田元課長の私物をまとめましたが……」
 コーイチが印旛沼の出した二個の段ボール箱を机の上に重ねた。
「こりゃあ、すごいねぇ。一体何をそんなに溜め込んでいたんだろうねぇ」
 林谷がパンパンになっている箱を軽く叩きながら呆れたように言った。
「林谷さん、開けないでくださいよ。万が一中身が出てしまったら、もうしまえそうにありません」
 コーイチがまだ額から流れ落ちて来る汗をハンカチで拭いながら言った。
「分かった、分かった。……それにしても、どんな物があったんだい? ちょっと教えてくれないかな?」
「そうですねぇ…… たとえば、洗面道具一式、替えの下着数枚、歯ブラシと歯磨き粉が幾つか。あとは鍋やら茶碗やら」
「おやおや、生活必需品ばかりだね。やっぱり奥さんが恐くて帰れない時もあるんだろうなぁ……」
「そうなんでしょうねぇ……」
 コーイチと林谷は段ボール箱を見ながらしみじみとした表情になった。そんな二人を西川がううんと咳払いをして阻んだ。
「いいかね、他人の事はあれこれ詮索しないように。吉田元課長も色々と大変なんだよ」
 西川は言いながらも、いつしかしみじみとした表情になっていた。
「ま、とにかく、それらを吉田元課長のところに持って行ってくれないかな」
 西川が我に返ってコーイチに言った。林谷がすかさずアドバイスをした。
「多分、まだ、資料保管室で格闘していると思うから、邪魔にならないようにね」
「分かりました」
 コーイチは二つの段ボール箱を重ねて持ち上げた。うんうんうなりながら廊下に出た。
 ドアが大開きになり、廊下一面に書類を溶岩が流れ出たようにあふれかえらせている部屋があった。資料保管室だった。
 やっぱりこうなちゃったか…… コーイチは頭を左右に振りながら、よたよたと近付いて行った。
「吉田第二営業部長、四課時代の私物の入った段ボール箱、ここに置いておきますね」
 コーイチは流れ出た書類を避けながら段ボール箱をドサリと床に置いた。
「部長?」
 返事がない。コーイチは手伝いをしている岡島の事を思い出した。
「おい、岡島!」
 やはり返事がない。困った人たちだ、仕事を放り出してどこに行ってしまったんだ。……それとも……
 突然、書類がザサッゴサッと流れ出し、わずかに出来た隙間から吉田部長が首を伸ばした。少し離れた所で同じく岡島が首を伸ばした。二人とも書類の山から首だけを生やしているように見えた。引き出しの彼女よりも恐ろしいな、コーイチは身震いをした。
「コーイチか! 何の用だ!」
 首だけのくせに吉田部長は偉そうな声を出した。
「そうだぞ、コーイチ! こっちは今とても忙しいんだ!」
 岡島が叫んだ。身動き一つ出来そうもないのに、何がどう忙しいんだろう……
「部長に私物を持ってきました。そこの段ボール箱です。……ところで、川村さんは?」
「あの娘は、急用が出来たとか言って早退した。洋服が、友達が、とか言っていた」
 川村さん、今夜のパーティに全力注入だな。
「他に用がないんなら、さっさと戻れよ!」
 岡島が叫んだ。コーイチは四課へと戻って行った。
 岡島の大声のせいなのか、急に書類が流れ出し、吉田部長と岡島とをすっぽりと埋めてしまった。

       つづく

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