やれやれ、最近の者たちはどうしたのかのう・・・
駅前広場の高い台座に建つ銅像は、行き交う人々を見下ろしながら、心の中で呟きました。
見上げる者がこんなに減ってしまってはのう・・・
銅像がこの場所に建ったのは今から何十年も前でした。
小さな音楽隊のちょっとしたファンファーレと共に、掛けられていた大きな布が下ろされると、町のお偉いさんたちの笑顔、町中の人たちの歓声が銅像の目と耳に飛び込んできました。そして、そのどの顔も、どの目も、銅像を見上げているのでした。
銅像は「松谷翁」と呼ばれた人物をかたどっていました。松谷翁は町一番の資産家でしたが、災害時あるいは病院や学校の建設などに惜しみなく私財を投じ、援助を続けました。町中の尊敬を集めましたが,決して自分は表に出ず「金は出すが、口は出さぬ」と言う態度を崩さない、立派な人格者でした。
銅像はそんな人物に作られた事を誇りに思っていました。小学校に入学したばかりの子供たちが、先生に伴われてやってきて、先生の話す松谷翁の話に目を輝かせ、憧れを宿した瞳で銅像を見上げたものでした。また、駅前を行き交う人々も、感謝と敬意を込めた眼差しで必ず見上げたものでした。
それがいつの頃からか減り始め、今ではすっかり無くなってしまいました。
同じ所を見て立ち続けている銅像が知るべくもありませんでしたが、大都市近郊に位置するこの町はベッドタウンとして多くの人があちこちから移り住むようになり、ついにもともと住んでいた人たちよりも増え、それにつれて今までの町の習慣も薄れて行ったのでした。
朝は早くから多くの人々が黙々と駅へと急いでいます。踏み外せばどこかへ流されてしまうとばかりに、誰もが自分の足元だけを見つめて歩いています。夜は遅くまで駅から吐き出されるように人々があふれ、バス乗り場へ、タクシー乗り場へと我先に走り去ります。深夜ともなれば酔った者たちが台座に反吐をかけたり、数人の少年たちが台座に上がって銅像にペンキを塗るようないたずらをしたりします。
それでも、たまに昼時に通りかかっては、昔の人々のような感謝と敬意のこもった眼差しを向けてくれる一組の老夫婦のいてくれるおかげで、銅像は辛抱が出来ていました。
まだまだわしを見てくれる者がいるか・・・まだまだしゃんとしていなければのう・・・
とこるが、ある日から老夫婦の妻だけしか姿を見せなくなり、来ても銅像を見上げる事が少なくなり、いつしか妻も姿を見せなくなってしまいました。
ついに銅像を見上げる者が誰一人もいなくなってしまいました。
おおおお・・・もう誰もわしを見てはくれんのか・・・
駅前の落書きだらけの台座の上に、どろどろに溶けたものがそのまま固まり、さらに埃や鳥のフンにまみれた、何か得体の知れないものが載っているのに最初に気が付いたのは、早朝にジョギングをしていた若い女性でした。
駅前広場の高い台座に建つ銅像は、行き交う人々を見下ろしながら、心の中で呟きました。
見上げる者がこんなに減ってしまってはのう・・・
銅像がこの場所に建ったのは今から何十年も前でした。
小さな音楽隊のちょっとしたファンファーレと共に、掛けられていた大きな布が下ろされると、町のお偉いさんたちの笑顔、町中の人たちの歓声が銅像の目と耳に飛び込んできました。そして、そのどの顔も、どの目も、銅像を見上げているのでした。
銅像は「松谷翁」と呼ばれた人物をかたどっていました。松谷翁は町一番の資産家でしたが、災害時あるいは病院や学校の建設などに惜しみなく私財を投じ、援助を続けました。町中の尊敬を集めましたが,決して自分は表に出ず「金は出すが、口は出さぬ」と言う態度を崩さない、立派な人格者でした。
銅像はそんな人物に作られた事を誇りに思っていました。小学校に入学したばかりの子供たちが、先生に伴われてやってきて、先生の話す松谷翁の話に目を輝かせ、憧れを宿した瞳で銅像を見上げたものでした。また、駅前を行き交う人々も、感謝と敬意を込めた眼差しで必ず見上げたものでした。
それがいつの頃からか減り始め、今ではすっかり無くなってしまいました。
同じ所を見て立ち続けている銅像が知るべくもありませんでしたが、大都市近郊に位置するこの町はベッドタウンとして多くの人があちこちから移り住むようになり、ついにもともと住んでいた人たちよりも増え、それにつれて今までの町の習慣も薄れて行ったのでした。
朝は早くから多くの人々が黙々と駅へと急いでいます。踏み外せばどこかへ流されてしまうとばかりに、誰もが自分の足元だけを見つめて歩いています。夜は遅くまで駅から吐き出されるように人々があふれ、バス乗り場へ、タクシー乗り場へと我先に走り去ります。深夜ともなれば酔った者たちが台座に反吐をかけたり、数人の少年たちが台座に上がって銅像にペンキを塗るようないたずらをしたりします。
それでも、たまに昼時に通りかかっては、昔の人々のような感謝と敬意のこもった眼差しを向けてくれる一組の老夫婦のいてくれるおかげで、銅像は辛抱が出来ていました。
まだまだわしを見てくれる者がいるか・・・まだまだしゃんとしていなければのう・・・
とこるが、ある日から老夫婦の妻だけしか姿を見せなくなり、来ても銅像を見上げる事が少なくなり、いつしか妻も姿を見せなくなってしまいました。
ついに銅像を見上げる者が誰一人もいなくなってしまいました。
おおおお・・・もう誰もわしを見てはくれんのか・・・
駅前の落書きだらけの台座の上に、どろどろに溶けたものがそのまま固まり、さらに埃や鳥のフンにまみれた、何か得体の知れないものが載っているのに最初に気が付いたのは、早朝にジョギングをしていた若い女性でした。
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