二人は城へと近づいた。城門は閉まっている。通用口も閉ざされている。
「……これじゃ、中に入れないや」チトセは門を見上げる。「オバさん、どうするんだ?」
「そうねぇ……」逸子も門を見上げる。「この門を飛び越えて中に入って、中に居る侍の誰かにコーイチさんの居所を聞いて、そして、連れ戻る」
「……おいおい、そんな簡単そうに言うなよ」チトセが呆れる。「門を飛び越えるって、かなり高いぞ。天辺まで三十尺(約10メートル)以上はある……」
「大丈夫よ、これ位なら……」逸子は言いながら、全身からオーラを揺らめき立たせる。「真風会館空手に不可能はないわ」
「でもさ……」
「チトセちゃんに良い所を見せてもらっちゃったから、わたしも頑張らなきゃって思っているのよ……」
逸子は言うと、改めて門を見上げる。高い門の上は瓦敷きの屋根のようになっている。薬医門と言う様式の門だ。
門の高さが権力の象徴だとすれば、かなりのものだと言えるだろうが、年季の入った感じから察するに修繕とかは為されていないようだ。と言う事は、造った頃の権勢は衰えたと言う事なのだろうか。無駄に大きな物を造ると、大抵はこんな結末が待っているものね。逸子はそんな事を考えていた。
チトセは「無理だよ……」とか「年寄りの冷や水どころじゃない、氷水だ……」とか、ぶつぶつ言っている。
逸子は両腕を高く差し上げた。全身に漂っていたオーラがゆるゆると両腕へと集まりだした。両方の手首から先で、オーラが炎のように揺らめいている。逸子は目を閉じ、精神を統一する。それに合わせて、オーラがさらに高く揺らめき始めた。しばらくし、逸子はかっと両目を開いた。
「『真風会館空手奥義・赤蝗飛翔』!」
逸子はそう強く言うと、差し上げていた両腕を地面に向けた。手首から先で揺らめいていたオーラが、激しく地に向かって噴き出した。その勢いで逸子の身体は、まるでロケットの発射の様に宙へと飛び出した。
「うひゃあ! バッタオバさん!」
チトセは驚いてそう叫ぶと、地面に座り込んでしまった。チトセには逸子がバッタのように高く跳ね上がったかに見えたのだ。
逸子はすでに門の天辺の瓦敷きの屋根の上に立っていた。
「チトセちゃんは、ケーイチお兄様の所に戻って、ここにコーイチさんとテルキさんがいるって言って、みんなを呼び集めてちょうだい。……そうね、だいたい一時間くらい後にみんなが来てくれれば良いわ」
逸子は一方的に言うと、チトセに手を振った。そして、すたすたと屋根の棟を超えて向こう側へと行ってしまった。
「オバさん……」チトセは逸子の姿が見えなくなった門の天辺を見上げてつぶやく。「張り切り過ぎだよ……
それにさ、一時間後なんて、そんなに正確に戻れるわけないじゃないか。タイムマシンを知らないからあんな事を言ってさ……」
チトセは文句を言いながら、タイムマシンを取り出して操作する。光が生じた。
「ま、細かいことはケーイチ兄者に頼んでみよう。他のオバさんやタロウやタケルも集めなきゃならないし……」
チトセは光の中へと入って行った。光は消えた。
逸子はそっと棟から顔を覗かせ、チトセが居なくなっているのを確認した。
「チトセちゃん、意外とあっさり言う事を聞いてくれたわねぇ……」逸子はつぶやく。「かえって不気味だわ。何か悪いことでも起きなければ良いんだけど……」
逸子は否定するように頭を左右に振って、城内側の屋根瓦へと移る。
見下ろしていると、多くの侍が走り回っていた。まさに、右往左往な状態だ。途中で立ち止まって話をしている者もいる。蟻の往来を見ているようだった。それにしても、この雰囲気は只事ではなさそうだ。逸子は、ふと最悪な展開を思い浮かべていた。
時代劇のドラマで扱われる結婚式の場面だ。ちょんまげ頭のコーイチが裃を着て、角隠しを被った花嫁と並んで金屏風の前に座っている様子だった。花嫁の顔は、何故かアツコとチトセが交互になって現われている。……どうして、わたしが出て来ないのよう! 逸子は自分に腹を立てた。
逸子は居ても立ってもいられなくなった。もう少し様子を窺うつもりだったが、この感じでは本当に結婚式の準備をしているのかもしれない。……コーイチさんって優しいから、何か言われると、イヤって言えない性格だから、ついつい結婚も受け入れちゃったのかもしれないわ…… ダメよ! コーイチさんにはわたしが居るんだから! この城をぶち壊してでも、コーイチさんは連れ帰るわ! 逸子の決心が固まった。
逸子は門の上から跳躍した。ふわりと地に降り立つ。すぐ目の前に若い侍が居た。
「何者!」侍は強い口調で言うと、刀の柄に手を掛けた。「賊か!」
「違うわよぅ……」逸子は笑顔を作り、胸を揺すって見せた。若い侍は途端に相好を崩し、にやにやしながら揺れる逸子の胸を見ている(これも真風会館空手の奥義の一つなのかもしれない)。「ちょっと聞きたいことがあるのよぅ……」
「何だい?」侍の口調が柔らかくなる(やはり真風会館空手の奥義の一つのようだ)。「分かることなら何でも話すよ」
「どうしてみんな走り回っているの?」
「ああ……」侍は面倒くさそうな表情になった。「殿と嫁いだ姫様方と家老とが、綺羅姫様の婿におなりのお方を成敗しに向かったのだ」
「……成敗?」
「そうだ。綺羅姫様のお命を危うくしたとの咎でな」
「それ、本当なの?」
「ところがだ、その当の姫様がお姿をお見せになったのだ」
「何だ、生きているんなら、問題ないじゃないの」
「いや、それがそうは行かんのだ。『わたくしの婿に刃を向けるとは何事ぞ!』ってんで、姫様がえらい剣幕でな……」
「婿……」逸子は不安そうな表情になる。「その婿って……」
「うむ、変わった名前故、覚えておる。……確かコーイチとか申したな」
そう聞いた途端、逸子はものすごい勢いで走り出していた。
つづく
「……これじゃ、中に入れないや」チトセは門を見上げる。「オバさん、どうするんだ?」
「そうねぇ……」逸子も門を見上げる。「この門を飛び越えて中に入って、中に居る侍の誰かにコーイチさんの居所を聞いて、そして、連れ戻る」
「……おいおい、そんな簡単そうに言うなよ」チトセが呆れる。「門を飛び越えるって、かなり高いぞ。天辺まで三十尺(約10メートル)以上はある……」
「大丈夫よ、これ位なら……」逸子は言いながら、全身からオーラを揺らめき立たせる。「真風会館空手に不可能はないわ」
「でもさ……」
「チトセちゃんに良い所を見せてもらっちゃったから、わたしも頑張らなきゃって思っているのよ……」
逸子は言うと、改めて門を見上げる。高い門の上は瓦敷きの屋根のようになっている。薬医門と言う様式の門だ。
門の高さが権力の象徴だとすれば、かなりのものだと言えるだろうが、年季の入った感じから察するに修繕とかは為されていないようだ。と言う事は、造った頃の権勢は衰えたと言う事なのだろうか。無駄に大きな物を造ると、大抵はこんな結末が待っているものね。逸子はそんな事を考えていた。
チトセは「無理だよ……」とか「年寄りの冷や水どころじゃない、氷水だ……」とか、ぶつぶつ言っている。
逸子は両腕を高く差し上げた。全身に漂っていたオーラがゆるゆると両腕へと集まりだした。両方の手首から先で、オーラが炎のように揺らめいている。逸子は目を閉じ、精神を統一する。それに合わせて、オーラがさらに高く揺らめき始めた。しばらくし、逸子はかっと両目を開いた。
「『真風会館空手奥義・赤蝗飛翔』!」
逸子はそう強く言うと、差し上げていた両腕を地面に向けた。手首から先で揺らめいていたオーラが、激しく地に向かって噴き出した。その勢いで逸子の身体は、まるでロケットの発射の様に宙へと飛び出した。
「うひゃあ! バッタオバさん!」
チトセは驚いてそう叫ぶと、地面に座り込んでしまった。チトセには逸子がバッタのように高く跳ね上がったかに見えたのだ。
逸子はすでに門の天辺の瓦敷きの屋根の上に立っていた。
「チトセちゃんは、ケーイチお兄様の所に戻って、ここにコーイチさんとテルキさんがいるって言って、みんなを呼び集めてちょうだい。……そうね、だいたい一時間くらい後にみんなが来てくれれば良いわ」
逸子は一方的に言うと、チトセに手を振った。そして、すたすたと屋根の棟を超えて向こう側へと行ってしまった。
「オバさん……」チトセは逸子の姿が見えなくなった門の天辺を見上げてつぶやく。「張り切り過ぎだよ……
それにさ、一時間後なんて、そんなに正確に戻れるわけないじゃないか。タイムマシンを知らないからあんな事を言ってさ……」
チトセは文句を言いながら、タイムマシンを取り出して操作する。光が生じた。
「ま、細かいことはケーイチ兄者に頼んでみよう。他のオバさんやタロウやタケルも集めなきゃならないし……」
チトセは光の中へと入って行った。光は消えた。
逸子はそっと棟から顔を覗かせ、チトセが居なくなっているのを確認した。
「チトセちゃん、意外とあっさり言う事を聞いてくれたわねぇ……」逸子はつぶやく。「かえって不気味だわ。何か悪いことでも起きなければ良いんだけど……」
逸子は否定するように頭を左右に振って、城内側の屋根瓦へと移る。
見下ろしていると、多くの侍が走り回っていた。まさに、右往左往な状態だ。途中で立ち止まって話をしている者もいる。蟻の往来を見ているようだった。それにしても、この雰囲気は只事ではなさそうだ。逸子は、ふと最悪な展開を思い浮かべていた。
時代劇のドラマで扱われる結婚式の場面だ。ちょんまげ頭のコーイチが裃を着て、角隠しを被った花嫁と並んで金屏風の前に座っている様子だった。花嫁の顔は、何故かアツコとチトセが交互になって現われている。……どうして、わたしが出て来ないのよう! 逸子は自分に腹を立てた。
逸子は居ても立ってもいられなくなった。もう少し様子を窺うつもりだったが、この感じでは本当に結婚式の準備をしているのかもしれない。……コーイチさんって優しいから、何か言われると、イヤって言えない性格だから、ついつい結婚も受け入れちゃったのかもしれないわ…… ダメよ! コーイチさんにはわたしが居るんだから! この城をぶち壊してでも、コーイチさんは連れ帰るわ! 逸子の決心が固まった。
逸子は門の上から跳躍した。ふわりと地に降り立つ。すぐ目の前に若い侍が居た。
「何者!」侍は強い口調で言うと、刀の柄に手を掛けた。「賊か!」
「違うわよぅ……」逸子は笑顔を作り、胸を揺すって見せた。若い侍は途端に相好を崩し、にやにやしながら揺れる逸子の胸を見ている(これも真風会館空手の奥義の一つなのかもしれない)。「ちょっと聞きたいことがあるのよぅ……」
「何だい?」侍の口調が柔らかくなる(やはり真風会館空手の奥義の一つのようだ)。「分かることなら何でも話すよ」
「どうしてみんな走り回っているの?」
「ああ……」侍は面倒くさそうな表情になった。「殿と嫁いだ姫様方と家老とが、綺羅姫様の婿におなりのお方を成敗しに向かったのだ」
「……成敗?」
「そうだ。綺羅姫様のお命を危うくしたとの咎でな」
「それ、本当なの?」
「ところがだ、その当の姫様がお姿をお見せになったのだ」
「何だ、生きているんなら、問題ないじゃないの」
「いや、それがそうは行かんのだ。『わたくしの婿に刃を向けるとは何事ぞ!』ってんで、姫様がえらい剣幕でな……」
「婿……」逸子は不安そうな表情になる。「その婿って……」
「うむ、変わった名前故、覚えておる。……確かコーイチとか申したな」
そう聞いた途端、逸子はものすごい勢いで走り出していた。
つづく
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