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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 113

2020年08月24日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「わたしが直接コーチさんと会って聞くわ! 本当にあなたを選んだのかどうかをね!」
 逸子はきっとした眼差しでアツコを見つめ、強い口調で言う。アツコも今更引けない。それに、全く可能性の無い話ではない。……わたしの思いは充分にコーイチさんに伝わっているはずだわ。アツコの中にもその様な確信がある。
「じゃあさ……」アツコは意地悪な顔をする。「もし、コーイチさんがあなたじゃなくって、わたしを選んだら、どうするの? コーチさんを殴ってでも連れ帰るつもり?」
「その時は…… それが本気なら……」逸子は不意に視線を下げた。しばらく沈黙の後に上げた顔には、敵意や対抗心は感じられなかった。声も穏やかなものになった。「……わたし以外に好きな娘が出来たのなら、わたしは、身を引くわ」
「はあ?」逸子の意外な答えにアツコは驚く。「どうしてよ? 大好きなコーイチさんなんじゃないの?」
「そうよ……」逸子は穏やかなままで続ける。心なしか優しい笑みも浮かんでいる。「わたしはね、コーイチさんに幸せになって欲しいの。それがわたしじゃ出来ないんだって分かったら、そうするしかないじゃない?」
「……何を言ってんのよ!」アツコは驚くとともに、腹が立ってきた。「ここまで追いかけて来たのに、あなたのコーイチさんへの思いって、そんな簡単に終わらせられるものなの?」
「だから、それを確かめようって言っているの」アツコと対照的に逸子は穏やかなままだ。「コーイチさんに聞けば分かる事だし。コーイチさんがどんな風に言っても、嘘だったらすぐ分かるわ。あなたが好きだって分かったら、わたしはそのまま帰るわ」
「な~に、しおらしい事を言ってんのよ!」
「だから言ってるじゃない。コーイチさんに聞いてみなくちゃ分からないって。あなたの誤解で、実はわたしを大好きだって可能性もあるし」
「そう……」アツコはにやりと笑う。「もし、コーイチさんがあなたを選んだら、わたしはどうすると思う?」
「……どうするの?」
「あなたのように身を引くと思う?」
「そうあって欲しいけど……」
「あなたねぇ……」アツコが一歩前に出て胸を張る。「馬っ鹿じゃなの?」
「はあ?」アツコの一言で、逸子のオーラが噴き上がった。「何て事を言うのよ!」
「わたしはね」アツコも負けじとオーラを噴き上がらせる。「力づくでもコーイチさんをわたしの方に向かせるわ!」
「ふざけないで!」
「ふざけてないわ! 奪ってこそ愛よ!」
「何を言いだしてんのよ? 奪ったのはあなたじゃない!」
「そうよ、だからこれがわたしの愛よ!」
「そんな娘に、コーイチさんは渡せないわ! 仮にコーイチさんがあなたを選んだとしてもね!」
「ははは、上等じゃない?」アツコは笑う。「互いに免許皆伝の身よ。身を引くなんてしおらしい言葉は似合わないわ! 武の本質で勝負よ!」
「分かったわ!」逸子は言う。もう穏やかな逸子ではなかった。「じゃあ、コーイチさんに会って、その目の前であなたと勝負して、わたしが勝ってコーイチさんをもらうわ!」
「ははは、負けるのはあなたよ! わたしがコーイチさんをもらうわ!」 
 逸子とアツコの間に四方から風が吹き込んできた。それらが混ざり合ってつむじ風になり、地面の土埃や枯葉枯枝を巻き上げ始めた。つむじ風は次第に大きくなり、巻き上げる量も増して行った。
「……おっと、このままじゃ竜巻になっちまうぜ」
 タケルは言うと茂みから出て、ぽんと逸子の肩を叩いた。つむじ風が止んだ。はっと我に返った逸子は、タケルに振り返った。
「逸子さん、エデンの園を壊さないでくれよ。そうじゃないと、人類発祥の地すらなくなっちまうんだから」
「あら、つい……」逸子は言いながらアツコをにらむ。「あの娘のせいで……」
「ふん! すぐ人のせいにするんだから!」アツコは言うと、あっかんべえとばかりに舌を出した。「それで? どうするの?」
「何がよ?」
「あ~あ、忘れちゃったの?」アツコが呆れたように言う。「コーイチさんの事よ!」
「ふざけないで! 覚えているわ!」
「それじゃあ、コーイチさんの所へ行くわよ」アツコが憎々しげな笑みを浮かべる。「まあ、結果は分かっているけどね」
「そうね」逸子も負けじと憎々しげな笑みを浮かべる。「わたしの圧勝、瞬殺ね!」
 二人は黙ってにらみ合った。つむじ風が巻き上がり始めた。
「まあ、二人とも、どうどうどう……」
 タケルが馬を落ち着かせるような言い方をした。つむじ風は治まったが、逸子とアツコは殺気だった眼差しをタケルに向けた。タケルはすっと茂みに隠れた。
「じゃあ、行って来るわね」逸子はナナに言った。「すぐに戻って来るわ」
「そうね……」アツコは言いながらタイムマシンを取り出して操作する。「一人で泣きながら帰って来るわね」
「何ですってぇ!」
「何よ! 事実を言っただけじゃない!」
 ナナは二人の様子にため息をつく。
「……やれやれ……」
 つぶやいたナナの目の前に光が生じた。アツコのタイムマシンだ。アツコが光の中に入った。続いて逸子が入って行く。何やら揉める声が聞こえた。
「二人だけじゃ。何があるか分からないわねぇ……」
 ナナはつぶやくと、しゃがみ込んでいたタロウの襟首をつかんで立ち上がらせた。
「え? あ? え?」
 突然のことにタロウはあわてている。
「あなた、頭が良いんだから、二人の事上手く取り仕切ってね!」
 ナナは言うとタロウを光の中に放り込んだ。
「きゃああああ! 胸にぶつからないでよう!」
「タロウ! どこから湧いて出た来たのよう!」
 逸子とアツコの怒声を残して光は消えた。


つづく


 


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