京子は赤いドレスに戻っていた。
と、突然、左手の甲を腰に当て、右手でジャンケンのチョキを作り、肘を横に張ったままで手の平側を外に向け、やや左に向けた顔に当て、チョキを作った人差し指と中指の間から右目を覗かせるポーズを取った。
「シャーッ!」
京子はそのポーズのまま決めゼリフらしき声を発し、笑顔になった。
次に、腰をやや引いて、両腕を前に伸ばし、上に向けられた手の平の小指側同士を合わせたまま指を大きく開き、両肩を少しすぼめてあごを引き、上目使いでおねだりっぽい表情のポーズを取った。
「シャーッ!」
京子はまた決めゼリフよろしく声を発し、笑顔になる。
さらに、両手を頭の後ろに回し、ふわふわとした感じにまとめた長い髪を軟らかく挟み、あごを突き出しやや目を細め、腰を右にくねらせ、ぷっくりした形の良い唇を優しく突き出すポーズを取った。
「シャーッ!」
京子は声を発し、笑顔になった。
「……何をやっているんだい?」
呆れ顔でコーイチが言った。逸子は心配そうな顔でコーイチの隣に立っていた。
「いいじゃない! ちょっとお酒を飲んだだけよ!」
少しふらふらしている。酔っているようだった。
「ステージを降りた時に、飲まされたんだな…… で、ちょっとって、どれくらいだい?」
この様子じゃ、ちょっとでは済まないな…… コーイチは思った。
「う~んとね……」京子は思い出しながら指を折り始めた。右手が開いたり閉じたりを何度も繰り返した。「大ジョッキってヤツで十五、六…… いや、もっとかなぁ、へへへ……」
「へへへって ……もう!」
コーイチが文句を言おうとすると、京子はステージの上に座り込んでしまった。
「京子さん、大丈夫?」
逸子が京子の隣に座る。
「平気、平気! 逸子ちゃんも飲むといいわよぉ、楽しくなっちゃうんだからぁ!」
「いえ、わたしはお酒は飲めないの……」
「それは残念ねぇ……」京子は立っているコーイチを見上げた。「じゃ、コーイチ君が飲んでよ!」
コーイチを見上げる京子の顔がこわい顔になった。コーイチはあわてて言い出した。
「でも、その、この僕の持ってるグラスが手から離れない、と言うか、ワインを十分に飲んだからもう飲めない、と言うか……」
「ごちゃごちゃ言わないの! ……じゃ、グラスを持った手ごとこっちへ出してよ。逸子ちゃん、いい? よ~く見ててね」
コーイチはしぶしぶしゃがみ込み、腕を伸ばした。京子はどこから出したのか、赤い絹のハンカチを両手でピンと張り伸ばし、グラスごとコーイチの手の上にかけた。
「逸子ちゃん、ハンカチを取り上げてみて!」
逸子が言われた通りにすると、コーイチの手にはワイングラスではなく、ビールのたっぷり入った大ジョッキが握られていた。もこもこした泡が今にもジョッキから流れ落ちそうだった。
「京子さん、やっぱり凄い!」
逸子は感心したような表情で京子を見ていた。京子は「えっへん!」と言いながら少し胸を張るような格好をした。
「と言うわけで、コーイチ君、どうぞ、召し上がれ」
京子が言う。
「そうです! 京子さんのビール、飲んでください!」
逸子も言う。
コーイチはちょっと疑いの眼差しをジョッキに向けた。……さっきの逸子さんとの話、聞いていたんだよな。酔っ払ったって言ってるけど、本当かなぁ。このジョッキ、魔法で出したんだろう? 何かあるんじゃないのかなぁ?
「コーイチ君……」京子が泣き出しそうな顔になった。「イヤなの……」
「そうなんですか……」逸子も釣られて泣きそうな顔になった。「イヤなんですか……」
「何を言ってるんだい。イヤなわけないじゃないか!」
コーイチはあわてて泡に口をつけた。……しまった! やっぱり! 思わずコーイチは心の中で叫んだ。京子の目が妖しく光ったのを見たからだ。
しかし、もう遅かった。
つづく
と、突然、左手の甲を腰に当て、右手でジャンケンのチョキを作り、肘を横に張ったままで手の平側を外に向け、やや左に向けた顔に当て、チョキを作った人差し指と中指の間から右目を覗かせるポーズを取った。
「シャーッ!」
京子はそのポーズのまま決めゼリフらしき声を発し、笑顔になった。
次に、腰をやや引いて、両腕を前に伸ばし、上に向けられた手の平の小指側同士を合わせたまま指を大きく開き、両肩を少しすぼめてあごを引き、上目使いでおねだりっぽい表情のポーズを取った。
「シャーッ!」
京子はまた決めゼリフよろしく声を発し、笑顔になる。
さらに、両手を頭の後ろに回し、ふわふわとした感じにまとめた長い髪を軟らかく挟み、あごを突き出しやや目を細め、腰を右にくねらせ、ぷっくりした形の良い唇を優しく突き出すポーズを取った。
「シャーッ!」
京子は声を発し、笑顔になった。
「……何をやっているんだい?」
呆れ顔でコーイチが言った。逸子は心配そうな顔でコーイチの隣に立っていた。
「いいじゃない! ちょっとお酒を飲んだだけよ!」
少しふらふらしている。酔っているようだった。
「ステージを降りた時に、飲まされたんだな…… で、ちょっとって、どれくらいだい?」
この様子じゃ、ちょっとでは済まないな…… コーイチは思った。
「う~んとね……」京子は思い出しながら指を折り始めた。右手が開いたり閉じたりを何度も繰り返した。「大ジョッキってヤツで十五、六…… いや、もっとかなぁ、へへへ……」
「へへへって ……もう!」
コーイチが文句を言おうとすると、京子はステージの上に座り込んでしまった。
「京子さん、大丈夫?」
逸子が京子の隣に座る。
「平気、平気! 逸子ちゃんも飲むといいわよぉ、楽しくなっちゃうんだからぁ!」
「いえ、わたしはお酒は飲めないの……」
「それは残念ねぇ……」京子は立っているコーイチを見上げた。「じゃ、コーイチ君が飲んでよ!」
コーイチを見上げる京子の顔がこわい顔になった。コーイチはあわてて言い出した。
「でも、その、この僕の持ってるグラスが手から離れない、と言うか、ワインを十分に飲んだからもう飲めない、と言うか……」
「ごちゃごちゃ言わないの! ……じゃ、グラスを持った手ごとこっちへ出してよ。逸子ちゃん、いい? よ~く見ててね」
コーイチはしぶしぶしゃがみ込み、腕を伸ばした。京子はどこから出したのか、赤い絹のハンカチを両手でピンと張り伸ばし、グラスごとコーイチの手の上にかけた。
「逸子ちゃん、ハンカチを取り上げてみて!」
逸子が言われた通りにすると、コーイチの手にはワイングラスではなく、ビールのたっぷり入った大ジョッキが握られていた。もこもこした泡が今にもジョッキから流れ落ちそうだった。
「京子さん、やっぱり凄い!」
逸子は感心したような表情で京子を見ていた。京子は「えっへん!」と言いながら少し胸を張るような格好をした。
「と言うわけで、コーイチ君、どうぞ、召し上がれ」
京子が言う。
「そうです! 京子さんのビール、飲んでください!」
逸子も言う。
コーイチはちょっと疑いの眼差しをジョッキに向けた。……さっきの逸子さんとの話、聞いていたんだよな。酔っ払ったって言ってるけど、本当かなぁ。このジョッキ、魔法で出したんだろう? 何かあるんじゃないのかなぁ?
「コーイチ君……」京子が泣き出しそうな顔になった。「イヤなの……」
「そうなんですか……」逸子も釣られて泣きそうな顔になった。「イヤなんですか……」
「何を言ってるんだい。イヤなわけないじゃないか!」
コーイチはあわてて泡に口をつけた。……しまった! やっぱり! 思わずコーイチは心の中で叫んだ。京子の目が妖しく光ったのを見たからだ。
しかし、もう遅かった。
つづく
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