エリが学校から帰ってくると、文香は居間でうつ伏せになって倒れていたのだ。すでにこと切れていた。
「わたしはわあわあ泣きながら、隣の家に駆け込んだわ・・・」カレーにスプーンを突き立てたまま、エリが言った。目は遠くを見つめているようだ。「色々な事があっと言う間に過ぎた。気が付いたら、おばあちゃんのお葬式だった。会った事も無い親戚がたくさん集まっていたわ」
悟と亜希子は親戚中に懇々と説教をされていた。うな垂れしきりに頷いている二人をエリは見ていた。
「その時よ、父親と母親の声が、・・・心の中の声が、聞こえたの」
二人の声は親戚への悪口と、文香への恨みだった。
「『うるせえ! だから最初から亜希子と一緒になんかならなきゃ良かったんだ! 迷惑なババァだぜ!』『産めって言うから産んでやったんじゃない! それに、今になって説教されても、もう手遅れじゃないの! ああ、早く帰りたいわ! でも、これで、正式に離婚できるわね』」エリは口調を変えながら父親と母親の真似をして見せた。そして、にこっと笑った。「これが、わたしの力の発芽だったわけね」
葉子は思わず涙ぐんでしまった。カバンからハンカチを取り出す。・・・なんて気の毒なのよう! しかも、最初に聞こえたのがそんなひどい言葉だったなんて・・・
「あ、お姉さん、泣いてるぅ!」不意に大きな声を出して、エリは葉子を指差した。周りが振り返る。葉子は思わず下を向いてしまった。・・・一体何なのよう! この娘ったら! 「・・・お姉さんって、優しいんだね」
葉子は思わず顔を上げた。エリは葉子を真顔でじっと見つめていた。・・・心を読まれたのかしら? 葉子も見つめ返したが、分からなかった。
「でね、結局、わたしは父親と住む事になったの。なんて事は無い、今までと同じよ。親戚もなんだかんだ偉そうな事を言って、面倒は背負い込みたくは無かったのね」エリは視線をカレーに戻した。「親戚の心の声も聞こえていたしね・・・」
文香の居なくなった生活にも次第に慣れ、生活はいつもの通りに戻って行った。父親の悟は帰宅するようにはなったが、食事は外で済ませ、家では風呂と睡眠のためだけに戻ってきているような有様だった。
「わたしもそのほうが気が楽だった。話す事もないし・・・」
「でも、心の声が聞こえちゃうんでしょ?」
「いや、そんなふうになったのは、お葬式の時だけ。後は今みたいに、触れなきゃ分からなくなったわ。おばあちゃんがそうしてくれたのかもね。あまりに世の中の心の声ってひどいから・・・」
「・・そう・・・」
葉子はつぶやくように言った。
「あ、同情なんかしないでね。お姉さん、感情過多だから、大袈裟に考えすぎちゃうんだもん」エリは笑った。しかし、すぐに表情がこわばった。「・・・小学校の卒業式がもうすぐって時だったわ」
夜遅く、聡が帰ってきた。そして、エリの寝室に入って来た。
「・・・まさか!」葉子は叫んだ。「だって、自分の娘でしょう?」
「触れられた途端、訳の分からないものが流れ込んできた。人間の心じゃなかったわ。生臭い臭いで気持ち悪くなった。叫ぶ事もできなかった」エリは水を飲んだ。「それが、妖魔だったのね」
つづく
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「わたしはわあわあ泣きながら、隣の家に駆け込んだわ・・・」カレーにスプーンを突き立てたまま、エリが言った。目は遠くを見つめているようだ。「色々な事があっと言う間に過ぎた。気が付いたら、おばあちゃんのお葬式だった。会った事も無い親戚がたくさん集まっていたわ」
悟と亜希子は親戚中に懇々と説教をされていた。うな垂れしきりに頷いている二人をエリは見ていた。
「その時よ、父親と母親の声が、・・・心の中の声が、聞こえたの」
二人の声は親戚への悪口と、文香への恨みだった。
「『うるせえ! だから最初から亜希子と一緒になんかならなきゃ良かったんだ! 迷惑なババァだぜ!』『産めって言うから産んでやったんじゃない! それに、今になって説教されても、もう手遅れじゃないの! ああ、早く帰りたいわ! でも、これで、正式に離婚できるわね』」エリは口調を変えながら父親と母親の真似をして見せた。そして、にこっと笑った。「これが、わたしの力の発芽だったわけね」
葉子は思わず涙ぐんでしまった。カバンからハンカチを取り出す。・・・なんて気の毒なのよう! しかも、最初に聞こえたのがそんなひどい言葉だったなんて・・・
「あ、お姉さん、泣いてるぅ!」不意に大きな声を出して、エリは葉子を指差した。周りが振り返る。葉子は思わず下を向いてしまった。・・・一体何なのよう! この娘ったら! 「・・・お姉さんって、優しいんだね」
葉子は思わず顔を上げた。エリは葉子を真顔でじっと見つめていた。・・・心を読まれたのかしら? 葉子も見つめ返したが、分からなかった。
「でね、結局、わたしは父親と住む事になったの。なんて事は無い、今までと同じよ。親戚もなんだかんだ偉そうな事を言って、面倒は背負い込みたくは無かったのね」エリは視線をカレーに戻した。「親戚の心の声も聞こえていたしね・・・」
文香の居なくなった生活にも次第に慣れ、生活はいつもの通りに戻って行った。父親の悟は帰宅するようにはなったが、食事は外で済ませ、家では風呂と睡眠のためだけに戻ってきているような有様だった。
「わたしもそのほうが気が楽だった。話す事もないし・・・」
「でも、心の声が聞こえちゃうんでしょ?」
「いや、そんなふうになったのは、お葬式の時だけ。後は今みたいに、触れなきゃ分からなくなったわ。おばあちゃんがそうしてくれたのかもね。あまりに世の中の心の声ってひどいから・・・」
「・・そう・・・」
葉子はつぶやくように言った。
「あ、同情なんかしないでね。お姉さん、感情過多だから、大袈裟に考えすぎちゃうんだもん」エリは笑った。しかし、すぐに表情がこわばった。「・・・小学校の卒業式がもうすぐって時だったわ」
夜遅く、聡が帰ってきた。そして、エリの寝室に入って来た。
「・・・まさか!」葉子は叫んだ。「だって、自分の娘でしょう?」
「触れられた途端、訳の分からないものが流れ込んできた。人間の心じゃなかったわ。生臭い臭いで気持ち悪くなった。叫ぶ事もできなかった」エリは水を飲んだ。「それが、妖魔だったのね」
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