ビョンドル統括管理官とカルースは病室から出たが、トールメン部長はまだ残っていた。
「部長」ジェシルは嫌味っぽく言う。「一番見たくない顔が残っているのは、精神衛生上、深刻な影響があります」
「精神衛生上なら、君のしでかしたことの方が深刻だな……」トールメン部長は壁に背凭れ、腕組みをしながらジェシルを見つめる。「君は地球では大人しく目立たないようにしていたと言っていたな?」
「ええ、そうですけど。それが?」
「君があっさりとそう言うので逆に心配になり、近隣の宙域で捜査に当たっているメレズ捜査官に調べてもらった」
「暇なんですね」
「ジェシル、君は地球で一躍、時の人扱いをされている……」
「は?」
「滞在していたホテルで立ち回りを演じたそうじゃないか」
「そうでしたっけ?」
「宇宙パトロール捜査官ジェシル・アンと名乗ったそうじゃないか」
「そうでしたっけ?」
「どう言うつもりだったのだ?」
「あんなのは軽い冗談で聞き流されるはずです」
「ところが、そうはならなかったようだ……」
トールメン部長は上着の内ポケットからペンのようなものを取り出した。その先端を病室の白い壁に向け、底部のスイッチを押す。壁一面に胸元を開けた制服姿のジェシルが映し出された。ホテルで支配人に案内されてフロントロビーを歩いていた時のものだった。トールメン部長が底部のスイッチを押すたびに、ジェシルの画像が変わる。右側から、左側から、後ろ姿、正面顔、胸元、プールサイドをビキニ姿で歩く姿、等々、その数は留まることがなかった。
「どうしてこんなのがあるんです?」ジェシルは憮然とし、唇を尖らせる。「ただ歩いていただけですけど!」
「地球の記事がある」
トールメン部長は別のスイッチを押す。ジェシルの画像が女性の正面顔に替わり、何か喋っている映像になった。ニュース番組の一部で、喋っているのはアナウンサーのようだ。
アナウンサーは、フロントロビーを不愛想に歩くジェシルの映像を背後のモニターに流しながら「謎の美女、自称『宇宙パトロール捜査官ジェシル・アン』に付いて何か情報をお持ちの方は御一報ください」と言っていた。続いて少女が映し出され「お姉ちゃんが助けてくれたの。ものすごく強かったわ!」と言っている。品の良さそうな老人が映り「全財産を差し上げようと申し出たのですが、宇宙一のお金持ちじゃないならいらないと言われましてな。それにお急ぎのようでしたなあ……」次に若い女性が映し出され「ええ、ジェシルと話をしましたわ。とっても良い人でした。ダニエルとの仲を取り持ってくれたのよ」映像が切れた。元の白い壁になった。
「どう言う事だね、ジェシル?」トールメン部長が言う。明らかに迷惑そうだ。「これは辺境人保護法に抵触する事案だ」
「思っていたより、地球人って言うのは他人に関心を持つものなのですね」ジェシルは言う。「あんな未開の辺境人の癖に……」
「そう言う話ではない」トールメン部長は続ける。「君が犯人を捕まえる際に使ったベルザの実が分析され、地球上にない果実だと言う結果が出たそうだ」
「そうなんですか」ジェシルは悔しそうな顔をする。「あのせいでベルザの実を一粒無駄にしたんです」
「ジェシル、反省が全くないようだが……」
「反省したら事態が収拾されるんですか?」
「……」
挑発的なジェシルの態度を見て、トールメン部長は気を落ち着けようと大きく深呼吸をした。
「いいか、ジェシル。この話はいずれは上層部にも流れ、政府の中枢にいる君の親戚筋にも流れるだろう」
「そうですか」
「そうだ。そうなれば、君は逮捕される。当然、宇宙パトロールを懲戒解雇される。さらに君の一族にも悪影響が及ぶだろう。だが、仕方がないな、君が蒔いた種なのだからな」
「では、わたしが刈り取ればいいんですね?」
「そう言う事になる。残念だな、君は優秀な捜査官だったが、ここまでだ」
「言葉と裏腹に嬉しそうですけど?」
「君がそう思うから、そう感じるのだろう。わたしはいつもと変わらんよ」
「トールメン部長」ジェシルはにこりと微笑む。「ちょっと、携帯電話をお借りできますか?」
「どうするのだ?」
「蒔いたものを刈り取るんです」
トールメン部長は携帯電話をジェシルに渡した。
「これは宇宙パトロール用だから、つまらん私用には使わないでほしいな」
「つまらなくはありません」ジェシルは言いながら操作をし、耳に当てる。「……あ、タルメリック叔父様! ジェシルです。……ええ、大丈夫です。もう退院できますわ。叔父様が思っている以上に、わたし、タフに出来ているんですの。何と言っても、直系ですから…… ははは!」
笑うジェシルと対照的に、トールメン部長はイヤな顔をしている。ジェシルの通話相手が大評議員のタルメリックと知れたからだ。
「それで、お話があるんですけど…… いえ、ですから、結婚は、この件が解決してからと言ってるじゃないですか。そうじゃなくて…… ええ、候補の方々には会いますわ。それは約束します。それで、わたし、実は地球へ行ってたんですけど…… いいえ、叔父様、そんなに怒らないでください。地球は野蛮ではありませんでしたわ。むしろ快適でした。未開で辺境だなんて表現は、まったく当てはまりませんでした。……ええ、そうです。十分、宇宙連邦の一員となる資格があると思います。ですから、辺境人保護法なんて法律は、すでに地球には適用すべきではないと思います。……そんなに褒めていただかなくても。はい? 早速、評議員を招集して、この法を撤廃するとおっしゃるんですか? さすが、叔父様ですわ。なさることが早い。……ええ、分かっています。候補の方々と必ずお会いしますわ。では、失礼いたします」
ジェシルは電話を切ると、憮然としたままのトールメン部長に返した。
「と言う事で、蒔いた種は刈り取りました」ジェシルはにやりと笑う。「辺境人保護法は無くなります。だから、わたしは何のお咎めもありません」
「やり方が悪どいとは思わないかね?」トールメン部長は言う。「それに、どうして君が褒められるのだ?」
「身を隠しながらも宇宙の事を気に掛けるその態度、まこと直系にふさわしき行動だって、言われました」
「君の一族は、君には大甘なのだな」
「いいえ」ジェシルは真顔になる。「わたしの怖さを知っているからです」
トールメン部長が何か言い返そうとした時、携帯電話が鳴った。ジェシルを睨みながら操作する。
「トールメンだ。……そうか、分かった」
電話を切る。トールメン部長はジェシルを見る。
「何かあったんですか?」ジェシルは捜査官の顔になる。「まさか……」
「そうだ」トールメン部長はうなずく。「クェーガーが死んだよ。モーリーと同じく首を絞められて、だ」
つづく
「部長」ジェシルは嫌味っぽく言う。「一番見たくない顔が残っているのは、精神衛生上、深刻な影響があります」
「精神衛生上なら、君のしでかしたことの方が深刻だな……」トールメン部長は壁に背凭れ、腕組みをしながらジェシルを見つめる。「君は地球では大人しく目立たないようにしていたと言っていたな?」
「ええ、そうですけど。それが?」
「君があっさりとそう言うので逆に心配になり、近隣の宙域で捜査に当たっているメレズ捜査官に調べてもらった」
「暇なんですね」
「ジェシル、君は地球で一躍、時の人扱いをされている……」
「は?」
「滞在していたホテルで立ち回りを演じたそうじゃないか」
「そうでしたっけ?」
「宇宙パトロール捜査官ジェシル・アンと名乗ったそうじゃないか」
「そうでしたっけ?」
「どう言うつもりだったのだ?」
「あんなのは軽い冗談で聞き流されるはずです」
「ところが、そうはならなかったようだ……」
トールメン部長は上着の内ポケットからペンのようなものを取り出した。その先端を病室の白い壁に向け、底部のスイッチを押す。壁一面に胸元を開けた制服姿のジェシルが映し出された。ホテルで支配人に案内されてフロントロビーを歩いていた時のものだった。トールメン部長が底部のスイッチを押すたびに、ジェシルの画像が変わる。右側から、左側から、後ろ姿、正面顔、胸元、プールサイドをビキニ姿で歩く姿、等々、その数は留まることがなかった。
「どうしてこんなのがあるんです?」ジェシルは憮然とし、唇を尖らせる。「ただ歩いていただけですけど!」
「地球の記事がある」
トールメン部長は別のスイッチを押す。ジェシルの画像が女性の正面顔に替わり、何か喋っている映像になった。ニュース番組の一部で、喋っているのはアナウンサーのようだ。
アナウンサーは、フロントロビーを不愛想に歩くジェシルの映像を背後のモニターに流しながら「謎の美女、自称『宇宙パトロール捜査官ジェシル・アン』に付いて何か情報をお持ちの方は御一報ください」と言っていた。続いて少女が映し出され「お姉ちゃんが助けてくれたの。ものすごく強かったわ!」と言っている。品の良さそうな老人が映り「全財産を差し上げようと申し出たのですが、宇宙一のお金持ちじゃないならいらないと言われましてな。それにお急ぎのようでしたなあ……」次に若い女性が映し出され「ええ、ジェシルと話をしましたわ。とっても良い人でした。ダニエルとの仲を取り持ってくれたのよ」映像が切れた。元の白い壁になった。
「どう言う事だね、ジェシル?」トールメン部長が言う。明らかに迷惑そうだ。「これは辺境人保護法に抵触する事案だ」
「思っていたより、地球人って言うのは他人に関心を持つものなのですね」ジェシルは言う。「あんな未開の辺境人の癖に……」
「そう言う話ではない」トールメン部長は続ける。「君が犯人を捕まえる際に使ったベルザの実が分析され、地球上にない果実だと言う結果が出たそうだ」
「そうなんですか」ジェシルは悔しそうな顔をする。「あのせいでベルザの実を一粒無駄にしたんです」
「ジェシル、反省が全くないようだが……」
「反省したら事態が収拾されるんですか?」
「……」
挑発的なジェシルの態度を見て、トールメン部長は気を落ち着けようと大きく深呼吸をした。
「いいか、ジェシル。この話はいずれは上層部にも流れ、政府の中枢にいる君の親戚筋にも流れるだろう」
「そうですか」
「そうだ。そうなれば、君は逮捕される。当然、宇宙パトロールを懲戒解雇される。さらに君の一族にも悪影響が及ぶだろう。だが、仕方がないな、君が蒔いた種なのだからな」
「では、わたしが刈り取ればいいんですね?」
「そう言う事になる。残念だな、君は優秀な捜査官だったが、ここまでだ」
「言葉と裏腹に嬉しそうですけど?」
「君がそう思うから、そう感じるのだろう。わたしはいつもと変わらんよ」
「トールメン部長」ジェシルはにこりと微笑む。「ちょっと、携帯電話をお借りできますか?」
「どうするのだ?」
「蒔いたものを刈り取るんです」
トールメン部長は携帯電話をジェシルに渡した。
「これは宇宙パトロール用だから、つまらん私用には使わないでほしいな」
「つまらなくはありません」ジェシルは言いながら操作をし、耳に当てる。「……あ、タルメリック叔父様! ジェシルです。……ええ、大丈夫です。もう退院できますわ。叔父様が思っている以上に、わたし、タフに出来ているんですの。何と言っても、直系ですから…… ははは!」
笑うジェシルと対照的に、トールメン部長はイヤな顔をしている。ジェシルの通話相手が大評議員のタルメリックと知れたからだ。
「それで、お話があるんですけど…… いえ、ですから、結婚は、この件が解決してからと言ってるじゃないですか。そうじゃなくて…… ええ、候補の方々には会いますわ。それは約束します。それで、わたし、実は地球へ行ってたんですけど…… いいえ、叔父様、そんなに怒らないでください。地球は野蛮ではありませんでしたわ。むしろ快適でした。未開で辺境だなんて表現は、まったく当てはまりませんでした。……ええ、そうです。十分、宇宙連邦の一員となる資格があると思います。ですから、辺境人保護法なんて法律は、すでに地球には適用すべきではないと思います。……そんなに褒めていただかなくても。はい? 早速、評議員を招集して、この法を撤廃するとおっしゃるんですか? さすが、叔父様ですわ。なさることが早い。……ええ、分かっています。候補の方々と必ずお会いしますわ。では、失礼いたします」
ジェシルは電話を切ると、憮然としたままのトールメン部長に返した。
「と言う事で、蒔いた種は刈り取りました」ジェシルはにやりと笑う。「辺境人保護法は無くなります。だから、わたしは何のお咎めもありません」
「やり方が悪どいとは思わないかね?」トールメン部長は言う。「それに、どうして君が褒められるのだ?」
「身を隠しながらも宇宙の事を気に掛けるその態度、まこと直系にふさわしき行動だって、言われました」
「君の一族は、君には大甘なのだな」
「いいえ」ジェシルは真顔になる。「わたしの怖さを知っているからです」
トールメン部長が何か言い返そうとした時、携帯電話が鳴った。ジェシルを睨みながら操作する。
「トールメンだ。……そうか、分かった」
電話を切る。トールメン部長はジェシルを見る。
「何かあったんですか?」ジェシルは捜査官の顔になる。「まさか……」
「そうだ」トールメン部長はうなずく。「クェーガーが死んだよ。モーリーと同じく首を絞められて、だ」
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます