「そうねぇ・・・ どこから話そうかしらねぇ・・・」
エリはスプーンでカレーの山を突つきながら言った。葉子はエリの言葉を待った。
「・・・お姉さんが聞きたい事に答えるわ」エリは葉子の顔を見つめた。「さあ、どんどん聞いてよ」
「でも、エリちゃんはわたしの思っていることが分かるんでしょう?」葉子もはエリを見つめた。「わざわざ聞く必要はないと思うんだけど・・・」
「そうでもないの・・・」エリがふと視線を逸らせた。「わたしが読まない限り、相手の心は読めないの。妖介みたいに自分の意志に関わりなく流れ込んでくるのとは違うのよ」
「そう・・・」・・・まだこの娘の方が人間味があるんだ。葉子はほっとした。「じゃ、今は読まないのね?」
「あんな変なこと思っているんじゃ、読む気にもならないわ!」エリは言うと、カレーを一口すくって食べた。「・・・味は、まあまあね」
葉子の過去がよほど応えたようだった。・・・確かに、刺激が強すぎたかもね。
「じゃあ、聞かせてもらうわ」軽く咳払いをし、居住まいを直す。「まず、あの男って、何なの?」
「妖介の事?」エリはスプーンを止めた。「・・・あの人は、妖魔始末人よ」
「そんな事は分かるわよう!」葉子は腹を立てた。「そう言う事じゃなくて・・・」
「わたしも知らないの」エリが言ってまたカレーを食べた。「いきなりわたしの前に現われて、妖魔と戦う仲間にされちゃったのよ」
「・・・じゃあ、エリちゃんもあの男と妖魔の戦うところでも見たの?」
葉子は自分の体験を思い出しながら言った。・・・イヤな思い出だわ。あれさえなければ、普通の生活が出来たのに・・・
「そうとも言えるような、言えないような・・・」エリはスプーンを置いた。真っ直ぐ葉子を見つめる。「わたしの場合、ちょっと込み入ってたのよね」
「どんなふうに?」
「わたしの親って、とっても仲が悪かったの・・・」
エリは本来、望まれて生を受けたわけではなかった。父となった悟と母となった亜希子の一時の戯れの結果だった。亜希子の妊娠が分かった頃には二人の間は冷めていた。お腹の子供を処置すると言う話で合意をしたが、悟の母親の文香の説得を受け、二人は籍を入れた。
「おばあちゃんが出した条件は『とにかく生んで欲しい。あとはわたしが育てるから』ってものだったわ・・・」
二人は式を挙げず、ただ婚姻届を出しただけの夫婦となった。取り合えず、悟の実家に住む事になった。
悟は元々出張の多い仕事をしており、それを変える事は無かった。亜希子も仕事を続け、夜遅い帰宅が常だった。文香は心配して亜希子に出産休暇を取るように言ったが、「あんな男を産んだ母親と一緒に居られるわけがない」と拒絶された。
「それと、このまま流産でもしないかって思って、無茶な働き方もしたみたい」
やがて臨月になり、さすがに亜希子の会社も休みを取るように命じ、亜希子は家に居るようになった。だが、部屋に篭ったきり、文香をほとんど顎でこき使った。家事全般から亜希子の世話まで全てをさせた。亜希子の親は全く顔を出さなかった。文香がそれとなく尋ねると「こうなったのは悟のせい、全ての面倒は悟側で見るのが当然、わたしの親は無関係」と一蹴された。
「そうこうするうちに、陣痛が始まって、病院へ行って、さんざん時間がかかって、ようやくわたしが産まれ出たわけなの」
「お父さんは立ち会わなかったの?」
「どっかに出張中だったって」エリは笑った。「連絡も取れなかったんだって」
亜希子は授乳を拒否した。乳が張っても決して飲ませなかった。看護師も医者もお手上げだった。名前も付けようとしなかった。
「わたしの名前はおばあちゃんが付けてくれたの」エリがカレーを続けざまに食べた。「母が名前付けて手続きするようにおばあちゃんに言ったからなんだけどさ」
退院し、家に戻っても、亜希子はエリの面倒を一切見なかった。悟も帰ってきたが、産まれた自分の子の顔も見ず、次の出張の準備を済ませると、出掛けて行った。
「なんたって、望まれなかった子供だからね」エリは水を一口飲んだ。「母も回復すると、すぐに仕事に復帰したわ」
「・・・じゃあ、ずっとおばあちゃんがエリちゃんの面倒を見ていたの?」
「そう」エリは言って笑った。「だって、父親も母親も帰ってこないんだもん」
「・・・ひどいわ・・・」葉子は怒りに震えた。「辛かったでしょうね・・・」
「いいえ、全然!」
「ど、どうしてよう・・・」葉子はエリの屈託のなさに押された。「だって、お父さんもお母さんも、エリちゃんを省みないんでしょ?」
「最初からそうだったんだから、別に気にはならないわよ」エリはカレーを食べた。「・・・途中からだったら、分からないけど・・・」
エリは幼稚園には行かず、文香の手元で育てられた。小学校に上がっても、入学式も参観日も、全て文香だけだった。その頃になると、悟も亜希子もまったく家に寄り付かなくなっていた。互いに外に別の相手を作っているらしかった。
「友達は結構いたわね」エリが楽しそうに言う。「わたし小さい頃から美少女だったのね。だから、男の子が寄って来るし、女の子も憧れの目で見てくれたし・・・」
・・・こう言う所はイヤな娘だわ。葉子は無言のまま水を飲んだ。
「でもね、五年生の時、おばあちゃんが倒れちゃったの」
つづく
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エリはスプーンでカレーの山を突つきながら言った。葉子はエリの言葉を待った。
「・・・お姉さんが聞きたい事に答えるわ」エリは葉子の顔を見つめた。「さあ、どんどん聞いてよ」
「でも、エリちゃんはわたしの思っていることが分かるんでしょう?」葉子もはエリを見つめた。「わざわざ聞く必要はないと思うんだけど・・・」
「そうでもないの・・・」エリがふと視線を逸らせた。「わたしが読まない限り、相手の心は読めないの。妖介みたいに自分の意志に関わりなく流れ込んでくるのとは違うのよ」
「そう・・・」・・・まだこの娘の方が人間味があるんだ。葉子はほっとした。「じゃ、今は読まないのね?」
「あんな変なこと思っているんじゃ、読む気にもならないわ!」エリは言うと、カレーを一口すくって食べた。「・・・味は、まあまあね」
葉子の過去がよほど応えたようだった。・・・確かに、刺激が強すぎたかもね。
「じゃあ、聞かせてもらうわ」軽く咳払いをし、居住まいを直す。「まず、あの男って、何なの?」
「妖介の事?」エリはスプーンを止めた。「・・・あの人は、妖魔始末人よ」
「そんな事は分かるわよう!」葉子は腹を立てた。「そう言う事じゃなくて・・・」
「わたしも知らないの」エリが言ってまたカレーを食べた。「いきなりわたしの前に現われて、妖魔と戦う仲間にされちゃったのよ」
「・・・じゃあ、エリちゃんもあの男と妖魔の戦うところでも見たの?」
葉子は自分の体験を思い出しながら言った。・・・イヤな思い出だわ。あれさえなければ、普通の生活が出来たのに・・・
「そうとも言えるような、言えないような・・・」エリはスプーンを置いた。真っ直ぐ葉子を見つめる。「わたしの場合、ちょっと込み入ってたのよね」
「どんなふうに?」
「わたしの親って、とっても仲が悪かったの・・・」
エリは本来、望まれて生を受けたわけではなかった。父となった悟と母となった亜希子の一時の戯れの結果だった。亜希子の妊娠が分かった頃には二人の間は冷めていた。お腹の子供を処置すると言う話で合意をしたが、悟の母親の文香の説得を受け、二人は籍を入れた。
「おばあちゃんが出した条件は『とにかく生んで欲しい。あとはわたしが育てるから』ってものだったわ・・・」
二人は式を挙げず、ただ婚姻届を出しただけの夫婦となった。取り合えず、悟の実家に住む事になった。
悟は元々出張の多い仕事をしており、それを変える事は無かった。亜希子も仕事を続け、夜遅い帰宅が常だった。文香は心配して亜希子に出産休暇を取るように言ったが、「あんな男を産んだ母親と一緒に居られるわけがない」と拒絶された。
「それと、このまま流産でもしないかって思って、無茶な働き方もしたみたい」
やがて臨月になり、さすがに亜希子の会社も休みを取るように命じ、亜希子は家に居るようになった。だが、部屋に篭ったきり、文香をほとんど顎でこき使った。家事全般から亜希子の世話まで全てをさせた。亜希子の親は全く顔を出さなかった。文香がそれとなく尋ねると「こうなったのは悟のせい、全ての面倒は悟側で見るのが当然、わたしの親は無関係」と一蹴された。
「そうこうするうちに、陣痛が始まって、病院へ行って、さんざん時間がかかって、ようやくわたしが産まれ出たわけなの」
「お父さんは立ち会わなかったの?」
「どっかに出張中だったって」エリは笑った。「連絡も取れなかったんだって」
亜希子は授乳を拒否した。乳が張っても決して飲ませなかった。看護師も医者もお手上げだった。名前も付けようとしなかった。
「わたしの名前はおばあちゃんが付けてくれたの」エリがカレーを続けざまに食べた。「母が名前付けて手続きするようにおばあちゃんに言ったからなんだけどさ」
退院し、家に戻っても、亜希子はエリの面倒を一切見なかった。悟も帰ってきたが、産まれた自分の子の顔も見ず、次の出張の準備を済ませると、出掛けて行った。
「なんたって、望まれなかった子供だからね」エリは水を一口飲んだ。「母も回復すると、すぐに仕事に復帰したわ」
「・・・じゃあ、ずっとおばあちゃんがエリちゃんの面倒を見ていたの?」
「そう」エリは言って笑った。「だって、父親も母親も帰ってこないんだもん」
「・・・ひどいわ・・・」葉子は怒りに震えた。「辛かったでしょうね・・・」
「いいえ、全然!」
「ど、どうしてよう・・・」葉子はエリの屈託のなさに押された。「だって、お父さんもお母さんも、エリちゃんを省みないんでしょ?」
「最初からそうだったんだから、別に気にはならないわよ」エリはカレーを食べた。「・・・途中からだったら、分からないけど・・・」
エリは幼稚園には行かず、文香の手元で育てられた。小学校に上がっても、入学式も参観日も、全て文香だけだった。その頃になると、悟も亜希子もまったく家に寄り付かなくなっていた。互いに外に別の相手を作っているらしかった。
「友達は結構いたわね」エリが楽しそうに言う。「わたし小さい頃から美少女だったのね。だから、男の子が寄って来るし、女の子も憧れの目で見てくれたし・・・」
・・・こう言う所はイヤな娘だわ。葉子は無言のまま水を飲んだ。
「でもね、五年生の時、おばあちゃんが倒れちゃったの」
つづく
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