お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 83

2024年10月04日 | メキドベレンカ

「挨拶に来るなんて、さすがは呪術大師だわ」マーベラは感心したように言う。「まだ回復していないようだけど、大したものだわ」
「そうね。立派だわ!」ジェシルも感心している。「責任を全うするって言う姿勢、わたしも見習わなくちゃね」
 メキドベレンカはジャンセンの前に立った。ケルパムは圧倒されたかのように脇へとよけた。じっとジャンセンの顔を見つめる。
「大丈夫なのかい?」ジャンセンは民の言葉でメキドベレンカに優しく声をかける。「貴女のお蔭で全てを終える事が出来た。後は元の世界に帰るだけだ。悪党どもは戻ってから裁きが下る」
 ジャンセンの言葉が聞こえているのか判断が付かないほど、メキドベレンカは表情を変えずにジャンセンを見つめている。
「伝達者様……」
 メキドベレンカはやっとつぶやくように言う。その声は弱々しい。ジャンセンは心配そうな顔をする。
「どうしたんだい? まだ足元がふらついているけれど? 座った方がいいんじゃないかな?」
「……いいえ」メキドベレンカは答える。相変わらずじっとジャンセンを見つめている。「お伝えしたい事がございまして……」
 メキドベレンカは言うと、ふと顔を伏せる。しばらくそのままでいる。メキドベレンカが困憊に中にいるのが分かっているジャンセンは、敢えて急かす事をせず、次に言葉を待っている。
「伝達者様……」メキドベレンカは振り絞るように言うと、顔を上げた。その目には強い意思があった。「伝達者様……」
「何だい?」ジャンセンは心配そうな顔をする。「相当思い詰めているような感じだけど?」
 と、メキドベレンカはジャンセンに抱きついた。両腕はジャンセンの背中をしっかりと抱きしめ、右頬がジャンセンの左頬に合わさる。突然の事で、ジャンセンは両目を見開いたまま動けず、どうして良いのか判断が付かない。
 それは周囲も同じだった。
 長老のデールトッケとハロンドッサは「大師、そのような事をしてはいけませんぞ!」「偉大な呪術の力が無くなりますぞ!」と口々に叫ぶ。民たちも「お心お平らかに!」と懇願するように声を上げる。ケルパムはメキドベレンカの腰回りの青い布を両手で引っ張ってジャンセンから離そうとしている。
 ジェシルとマーベラはメキドベレンカの豹変に、ただただ驚いている。マスケード博士は混乱しているようで、両手で頭を抱えている。そんな中、トランは一人うなずいている。
「トラン!」マーベラがトランにを睨む。ジェシルもそうしている。「何を一人で分かったような顔をしているのよ!」
「姉さんは分からないのかい?」トランは言うとジャンセンとメキドベレンカを見る。その眼差しや優しい。「……あれはね、彼女がジャンセンさんに惚れちゃったんだよ」
「はあ?」
 ジェシルとマーベラが同時に声を上げた。
「ジェシルさんを助けた後に、ジャンセンさんが彼女の労をねぎらったのがきっかけだね」トランはしたり顔で言う。「彼女、とっても嬉しかったんだと覆う。きっと初めての事だったんだよ。それで、嬉しさが恋心に変わったんだ」
「トラン、あなた、何時から恋愛小説家になったのよ?」マーベラが口を尖らせる。「勝手な思い込みよ!」
「いや、彼女の表情を見れば、間違いないよ。あれは全てを捨てる覚悟だね」
「トラン君……」ジェシルはため息をつく。「随分と女声の心に詳しそうだけど?」
「ぼくだって恋愛感情を持った事はありますから……」
「あら、どんな素敵な彼女だったのかしら?」
「ジェシル、こんな時にふざけた事を言わないで!」
「トラン君、貴女のサポート役が続いて、そう言う機会を逸しているんだわ」
「そんな……」マーベラはトランに顔を向ける。「そうなの? わたしがあなたの恋愛を邪魔してたの?」
「いや、そう言う事はないよ。ないけど……」トランはつぶやくように言うと、ジャンセンをちらっと見る。「まあ、叶わぬ恋ってやつかもしれないね……」
「でもさ……」ジェシルがマーベラを見る。「もしも、ジャンセンがメキドベレンカを受け入れたら、どうなるの?」
「それは絶対に出来ないわ」マーベラは強く言う。「ほんの些細な事でも、宇宙中の歴史がどうにかなってしまうわ」
「姉さん、恋愛はほんの些細な事ではないよ」
「普通の話じゃないのよ、トラン」マーベラはトランを叱るように言う。「時代が全然違うのよ? ジャンセンがここに残るの? それとも、メキドベレンカをわたしたちの時代に連れて来るの? どちらも不可能だわ!」
「そんな事はジャンセンさんは充分に分かっている事だよ」トランはきっぱりと言う。「その上で、ジャンセンさんがどうするかって事だよね」
 ジェシルたちは。ジャンセンとメキドベレンカを見る。
「……偉大な大師」両腕をだらりと下げたジャンセンが民の言葉で、抱きついているメキドベレンカに話しかける。「民には貴女が必要だ。一時的な感情で全てを失ってはいけないと思う」
「いいえ、いいえ……」メキドベレンカは涙を流す。その涙はジャンセンの頬に伝わる。「初めてお顔を拝見した時から、わたくしは心惹かれておりました。でも、わたしは民の呪術師、大師です。自分のこの気持ちを、自分にまじないを掛ける事で封じ込めました。封じ込めたのですが、貴女がわたくしをねぎらって下さって…… そのような事は一度もなかった。途端に様々な感情が噴き上がってしまいました。それで封じた心がよみがえったのです……」
「まじないも消し飛んだと言う事ですか……」
「左様です。そうなっては、もう押し留める事が出来ません。代言者様への思いが溢れ、居ても立っても居られなくなったのです…… わたくしは呪術者失格です。でも、それは構いません。あなたと共に居たいのです……」
 メキドベレンカのジャンセンを抱きしめる力が強くなり、嗚咽が拡がる。

 

つづく



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