「何じゃ、お前!」綺羅姫は薙刀の切っ先をテルキに向けた。「どけ! お前などに話は無いわ!」
「オレに話があるんですよ……」
テルキは向けられた切っ先に目もくれず、じっと姫の顔を見つめる。
「ふん! 家老の犬の話なんぞ、聞きとうも無いわ!」姫は言うと、ずいっと切っ先気をテルキの顔に近づける。「さっさと失せるのじゃ!」
「……そうそう、そう言う気の強い所ですよ……」テルキは言うと、にやりと笑う。「そして、その別人になったかのような美貌……」
「……何じゃ……?」さすがの姫も薄気味悪そうにして、一歩下がった。「何なのじゃ……?」
「はっきりと言いましょうか……」テルキはすっと立ち上がった。長身なテルキを姫は見上げる。「姫…… オレ、あんたに惚れました!」
「は?」姫は呆気にとられている。「……今、何と申した?」
「何度も言わせないでくださいよ。恥かしい……」テルキはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。「姫に惚れたんですよ!」
「惚れた、じゃとぉぉぉぉ!」
綺羅姫はふらふらと後ろへ下がった。泣いていた姉姫たちも、あまりに展開に呆然としている。腰を抜かしている殿様も、頭だけを姫の方に向け口をぱくぱくさせている。姫から切腹を言い渡されている家老も、腰を浮かしたり戻したりを繰り返している。腰元の松と竹も、互いの手を取り合って妖しい眼差しを光らせている。周囲の侍たちも、どうして良いのか分からず顔を見合わせている。逸子も、オーラを鎮め構えを解き成り行きを見ている。コーイチも、走っている途中だったので右足を上げたままで動きが止まっている。
「そうです、惚れたのです!」テルキはきっぱりと言う。「姫はコーイチのために元の姿になったとか言っているけど、オレのためだったんじゃないかと思うくらいですよ。まさに運命的な衝撃ですね。その勝ち気な性格も併せて、オレの理想にぴったりだ」
「痴れた事を申すな!」姫は気を取り直し、再び薙刀をテルキに向ける。声を荒げる。「そこに直れ! そのふざけた事を思う下らぬ頭を叩き落としてくれようぞ!」
「……良いでしょう……」テルキは言うと、再び片膝を付いた。「心底惚れた女に斬られるんなら本望さ。それに、逸子さんが来たって事は、遅かれ早かれナナやタケルも来て、オレを捕まえるんだろう。捕まっちまうくらいなら、ここで終わりになるのも悪くないさ……」
テルキは言うと頭を下げた。姫は薙刀を振り上げた。テルキをにらみ付ける。
「この、身の程知らずのたわけ者めが! 覚悟せい!」姫は言うと、逸子をにらむ。「良いか! 手出しをするで無いぞ! このたわけ者を成敗してから、改めて勝負をしてやる故な!」
「……分かったわ……」
逸子は姫の気迫に押され、そう答えた。
姫は薙刀の柄を握り直す。白い二の腕に力が入る。切っ先に陽光が当たり、きらりと光った。姫はふうと深呼吸を一つ付くと、双眼をかっと見開いた。
「きぇぇぇぇい!」
姫は裂帛の気合いと共に薙刀を振り下ろした。陽光を受けた穂が光の帯となってテルキの後頭部へ走った。コーイチは思わず目を閉じた。
「あっ!」
「おっ!」
「むっ!」
「きゃあ!」
様々な声が響いた。その後には沈黙が続く。
コーイチは恐る恐る目を開けた。
薙刀を振り下ろした体勢の姫がいる。薙刀の穂はテルキの後頭部ぎりぎりに、まさに紙一重のところで止まっている。
「……姫……」
コーイチが綺羅姫に声を掛けた。綺羅姫はそのままの姿勢で顔だけをコーイチに向けた。
「コーイチ……」姫が不思議そうな表情をしている。「良くは分からんのじゃが、胸がどきどきしておる……」
「どきどき…… ですか?」
「そうじゃ」姫はうなずく。「わたくしは、惚れたなどと言う言葉を直に聞いたのは初めてじゃ……」
「それで、どきどきしていると?」
「どうやら、その様なのじゃ……」姫はテルキの後頭部を見ながら言う。「斬り伏せようと思っておったのだが、何故か斬ってはならぬと思うてしもうた……」
「姫……」コーイチはにっこりと笑む。「それはきっと、あれですよ……」
「あれ?」姫は首をかしげる。「あれとは、何じゃ?」
「こんなボクが言うのも何ですけれどね……」コーイチは軽く咳払いをした。「それは恋心と言うヤツですよ」
「恋心……?」
姫は驚いた顔になる。信じられないと言った顔にも見える。
「そうです。ボクが逸子さん持っているのと同じ気持ちです」コーイチは力強く言う。「相手を大事にしたいって言う気持ちです」
「これが……」
姫は右手で薙刀の柄を持つと、穂を上にし、石突を地面にとんと音を立てて付ける。テルキはゆっくりと顔を上げた。姫と視線が合うと、にやりと笑ってみせた。それを見た途端、姫の頬が赤く染まる。
「これが…… 恋心……」
姫はつぶやく。
つづく
「オレに話があるんですよ……」
テルキは向けられた切っ先に目もくれず、じっと姫の顔を見つめる。
「ふん! 家老の犬の話なんぞ、聞きとうも無いわ!」姫は言うと、ずいっと切っ先気をテルキの顔に近づける。「さっさと失せるのじゃ!」
「……そうそう、そう言う気の強い所ですよ……」テルキは言うと、にやりと笑う。「そして、その別人になったかのような美貌……」
「……何じゃ……?」さすがの姫も薄気味悪そうにして、一歩下がった。「何なのじゃ……?」
「はっきりと言いましょうか……」テルキはすっと立ち上がった。長身なテルキを姫は見上げる。「姫…… オレ、あんたに惚れました!」
「は?」姫は呆気にとられている。「……今、何と申した?」
「何度も言わせないでくださいよ。恥かしい……」テルキはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。「姫に惚れたんですよ!」
「惚れた、じゃとぉぉぉぉ!」
綺羅姫はふらふらと後ろへ下がった。泣いていた姉姫たちも、あまりに展開に呆然としている。腰を抜かしている殿様も、頭だけを姫の方に向け口をぱくぱくさせている。姫から切腹を言い渡されている家老も、腰を浮かしたり戻したりを繰り返している。腰元の松と竹も、互いの手を取り合って妖しい眼差しを光らせている。周囲の侍たちも、どうして良いのか分からず顔を見合わせている。逸子も、オーラを鎮め構えを解き成り行きを見ている。コーイチも、走っている途中だったので右足を上げたままで動きが止まっている。
「そうです、惚れたのです!」テルキはきっぱりと言う。「姫はコーイチのために元の姿になったとか言っているけど、オレのためだったんじゃないかと思うくらいですよ。まさに運命的な衝撃ですね。その勝ち気な性格も併せて、オレの理想にぴったりだ」
「痴れた事を申すな!」姫は気を取り直し、再び薙刀をテルキに向ける。声を荒げる。「そこに直れ! そのふざけた事を思う下らぬ頭を叩き落としてくれようぞ!」
「……良いでしょう……」テルキは言うと、再び片膝を付いた。「心底惚れた女に斬られるんなら本望さ。それに、逸子さんが来たって事は、遅かれ早かれナナやタケルも来て、オレを捕まえるんだろう。捕まっちまうくらいなら、ここで終わりになるのも悪くないさ……」
テルキは言うと頭を下げた。姫は薙刀を振り上げた。テルキをにらみ付ける。
「この、身の程知らずのたわけ者めが! 覚悟せい!」姫は言うと、逸子をにらむ。「良いか! 手出しをするで無いぞ! このたわけ者を成敗してから、改めて勝負をしてやる故な!」
「……分かったわ……」
逸子は姫の気迫に押され、そう答えた。
姫は薙刀の柄を握り直す。白い二の腕に力が入る。切っ先に陽光が当たり、きらりと光った。姫はふうと深呼吸を一つ付くと、双眼をかっと見開いた。
「きぇぇぇぇい!」
姫は裂帛の気合いと共に薙刀を振り下ろした。陽光を受けた穂が光の帯となってテルキの後頭部へ走った。コーイチは思わず目を閉じた。
「あっ!」
「おっ!」
「むっ!」
「きゃあ!」
様々な声が響いた。その後には沈黙が続く。
コーイチは恐る恐る目を開けた。
薙刀を振り下ろした体勢の姫がいる。薙刀の穂はテルキの後頭部ぎりぎりに、まさに紙一重のところで止まっている。
「……姫……」
コーイチが綺羅姫に声を掛けた。綺羅姫はそのままの姿勢で顔だけをコーイチに向けた。
「コーイチ……」姫が不思議そうな表情をしている。「良くは分からんのじゃが、胸がどきどきしておる……」
「どきどき…… ですか?」
「そうじゃ」姫はうなずく。「わたくしは、惚れたなどと言う言葉を直に聞いたのは初めてじゃ……」
「それで、どきどきしていると?」
「どうやら、その様なのじゃ……」姫はテルキの後頭部を見ながら言う。「斬り伏せようと思っておったのだが、何故か斬ってはならぬと思うてしもうた……」
「姫……」コーイチはにっこりと笑む。「それはきっと、あれですよ……」
「あれ?」姫は首をかしげる。「あれとは、何じゃ?」
「こんなボクが言うのも何ですけれどね……」コーイチは軽く咳払いをした。「それは恋心と言うヤツですよ」
「恋心……?」
姫は驚いた顔になる。信じられないと言った顔にも見える。
「そうです。ボクが逸子さん持っているのと同じ気持ちです」コーイチは力強く言う。「相手を大事にしたいって言う気持ちです」
「これが……」
姫は右手で薙刀の柄を持つと、穂を上にし、石突を地面にとんと音を立てて付ける。テルキはゆっくりと顔を上げた。姫と視線が合うと、にやりと笑ってみせた。それを見た途端、姫の頬が赤く染まる。
「これが…… 恋心……」
姫はつぶやく。
つづく
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