逸子は薙刀の切っ先を見つめている。初めて対する薙刀との間合いが把握出来ないようだった。そのために逸子は切っ先の動きからそれを判断しようとしていたのだ。綺羅姫はそれを察して、わざと切っ先を揺らし、間合いを測らせまいとする。
大変だ、大変だ、大変だ…… コーイチは思う。しかし、思うだけで行動が伴わない。腰元の一人の竹の言っていた「女同士の命がけの勝負」の言葉が、コーイチを一層不安にさせた。どちらが勝つにせよ、その大元となったコーイチの責任は重い。出来ればこの勝負を止めたい。いや、止めなければならない。コーイチはそう固く決心した。しかし、気ばかり焦って、どうしたら良いのか浮かばない。
対峙している綺羅姫と逸子は、表面上は穏やかだ。が、互いが発し合っている気は激烈なものだった。
「……あなた、お姫様のくせに生意気ね……」逸子が姫の顔を見つめて言う。「わたしにオーラを撃たさないなんて、本当に、生意気だわ!」
「ふん! お前もぎゃあぎゃあ騒いだ割には、かなりの使い手のようだな」姫も逸子を見つめる。「だがな、わたくしの方が勝つ。お前はまだ間合いを見切ってはおらぬようじゃからな」
「それはどうかしら?」逸子はゆっくりと左足を擦り出し、腰を落とす。「間合いを見切ったように見せていないだけかもよ……」
「ほう……」
姫は唇の右端を軽く上げて不敵な笑みを浮かべた。薙刀の柄を握り直す。逸子も白い歯を見せて同じく不敵な笑顔を作った。両手の指をぴんと立てて、手の平を真っ直ぐ姫に向ける。姫も逸子も目は笑ってはいない。相手の僅かな隙を窺っているのか、冷たく光っている。
まずい、まずい、まずい…… コーイチは頭を抱える。そろそろ姫と逸子は激突するだろう。場合によっては阿鼻叫喚な場が展開するかもしれない。ここはボクが止めなければ! コーイチは決心し、目の前に立ち塞がる松と竹の脇をすり抜けようとした。が、松と竹はコーイチがすり抜けようとした側へと移動し、コーイチの前に立った。あわてたコーイチは反対側へと動くが、やはり松と竹が前に立っている。コーイチはふと空を見上げた。松と竹も、何事かと言うように空を見上げる。その隙をついてコーイチは二人の脇をすり抜けた。と、思ったのだが、何故か松と竹が目の前にいる。コーイチはにっと笑ってみせた。松と竹も同じ様に笑ってみせる。コーイチは左右にからだを振りながら、松と竹にフェイントを掛けようとする。しかし、松に左腕を、竹に右腕をしっかりとつかまれてしまった。
「あの……」コーイチがおずおずと二人に声をかける。「ボクの腕を放してもらって、通してもらえないでしょうか?」
「あら、やっとお口をお開きですわ、竹さん」松は竹に言う。左腕をつかむ力が強くなる。「わたしは遊んでいるものと思っておりましたわ」
「わたしもそう思っておりましたわ。松さん」竹もつかんでいる右腕へ力を強める。「鬼ごっこだと思っておりましたわ。やっと鬼を捕まえたと思ったのですけれど」
「まあ、竹さんも? 鬼は逃がせませんからね。ぎゅっと捕まえておきませんとね」
「あの、ですから、これは鬼ごっこではないんですよ」コーイチは言うが、二人は腕を放さない。「このまま逸子さんと姫が激突するのは、とっても危険なんですよ」
「姫様ならば大丈夫でございますわ」松が言う。「姫様は武芸百般に通じておられます故、ご案じなさる事はございませぬ」
「でもですね、逸子さんも『真風会館空手』の免許皆伝なんですよ。言ってみれば達人なんです」
「まあ!」竹は驚いた顔をするが、すぐににやりと笑む。「でございますのなら、とっても見ものでございますわね! ねえ、松さん!」
「左様ですわね、竹さん」松は言うと、竹に顔を向ける。「でも、わたしは姫様がお勝ちになると思いますわ」
「あら、松さんがそうおっしゃるんなら、わたしは逸子さんが勝つと思う事に致しましょう」
「でも、それは姫様付きと致しましては、良からぬ考えでございますわよ」
「まあ、よろしいじゃございませぬか」
「仕方ございませぬわねぇ…… では、夜食のお汁粉を賭けましょうか?」
「左様ですか? では、わたしが二杯頂く事になりましょうね、松さん?」
「ほほほ、姫様は無敵ですわよ、竹さん?」
「いえいえ、良く見ますと、逸子さんもかなりの使い手でございますわ」
二人は笑顔で向き合いながらも、眼から火花を飛ばしているようだ。そちらに意識が集中してしまったのか、コーイチの腕をつかんでいる力が緩んだ。コーイチは二人の腕を振り払って駈け出した。
「あれぇ! 竹さん、コーイチさんが!」
「お待ちを、コーイチさん!」
二人は走るコーイチの声をかけたが、コーイチは振り返らない。
コーイチはにらみ合っている逸子と綺羅姫の間に入ろうと走る。
「逸子さ……」
コーイチは呼び掛けようとした。しかし、コーイチの声をかき消すほどの大きな声が響いた。
「姫! 綺羅姫!」
声の主はテルキだった。テルキは綺羅姫の前に飛び出すと、片膝を付いた。真剣な表情で姫を見上げている。
つづく
大変だ、大変だ、大変だ…… コーイチは思う。しかし、思うだけで行動が伴わない。腰元の一人の竹の言っていた「女同士の命がけの勝負」の言葉が、コーイチを一層不安にさせた。どちらが勝つにせよ、その大元となったコーイチの責任は重い。出来ればこの勝負を止めたい。いや、止めなければならない。コーイチはそう固く決心した。しかし、気ばかり焦って、どうしたら良いのか浮かばない。
対峙している綺羅姫と逸子は、表面上は穏やかだ。が、互いが発し合っている気は激烈なものだった。
「……あなた、お姫様のくせに生意気ね……」逸子が姫の顔を見つめて言う。「わたしにオーラを撃たさないなんて、本当に、生意気だわ!」
「ふん! お前もぎゃあぎゃあ騒いだ割には、かなりの使い手のようだな」姫も逸子を見つめる。「だがな、わたくしの方が勝つ。お前はまだ間合いを見切ってはおらぬようじゃからな」
「それはどうかしら?」逸子はゆっくりと左足を擦り出し、腰を落とす。「間合いを見切ったように見せていないだけかもよ……」
「ほう……」
姫は唇の右端を軽く上げて不敵な笑みを浮かべた。薙刀の柄を握り直す。逸子も白い歯を見せて同じく不敵な笑顔を作った。両手の指をぴんと立てて、手の平を真っ直ぐ姫に向ける。姫も逸子も目は笑ってはいない。相手の僅かな隙を窺っているのか、冷たく光っている。
まずい、まずい、まずい…… コーイチは頭を抱える。そろそろ姫と逸子は激突するだろう。場合によっては阿鼻叫喚な場が展開するかもしれない。ここはボクが止めなければ! コーイチは決心し、目の前に立ち塞がる松と竹の脇をすり抜けようとした。が、松と竹はコーイチがすり抜けようとした側へと移動し、コーイチの前に立った。あわてたコーイチは反対側へと動くが、やはり松と竹が前に立っている。コーイチはふと空を見上げた。松と竹も、何事かと言うように空を見上げる。その隙をついてコーイチは二人の脇をすり抜けた。と、思ったのだが、何故か松と竹が目の前にいる。コーイチはにっと笑ってみせた。松と竹も同じ様に笑ってみせる。コーイチは左右にからだを振りながら、松と竹にフェイントを掛けようとする。しかし、松に左腕を、竹に右腕をしっかりとつかまれてしまった。
「あの……」コーイチがおずおずと二人に声をかける。「ボクの腕を放してもらって、通してもらえないでしょうか?」
「あら、やっとお口をお開きですわ、竹さん」松は竹に言う。左腕をつかむ力が強くなる。「わたしは遊んでいるものと思っておりましたわ」
「わたしもそう思っておりましたわ。松さん」竹もつかんでいる右腕へ力を強める。「鬼ごっこだと思っておりましたわ。やっと鬼を捕まえたと思ったのですけれど」
「まあ、竹さんも? 鬼は逃がせませんからね。ぎゅっと捕まえておきませんとね」
「あの、ですから、これは鬼ごっこではないんですよ」コーイチは言うが、二人は腕を放さない。「このまま逸子さんと姫が激突するのは、とっても危険なんですよ」
「姫様ならば大丈夫でございますわ」松が言う。「姫様は武芸百般に通じておられます故、ご案じなさる事はございませぬ」
「でもですね、逸子さんも『真風会館空手』の免許皆伝なんですよ。言ってみれば達人なんです」
「まあ!」竹は驚いた顔をするが、すぐににやりと笑む。「でございますのなら、とっても見ものでございますわね! ねえ、松さん!」
「左様ですわね、竹さん」松は言うと、竹に顔を向ける。「でも、わたしは姫様がお勝ちになると思いますわ」
「あら、松さんがそうおっしゃるんなら、わたしは逸子さんが勝つと思う事に致しましょう」
「でも、それは姫様付きと致しましては、良からぬ考えでございますわよ」
「まあ、よろしいじゃございませぬか」
「仕方ございませぬわねぇ…… では、夜食のお汁粉を賭けましょうか?」
「左様ですか? では、わたしが二杯頂く事になりましょうね、松さん?」
「ほほほ、姫様は無敵ですわよ、竹さん?」
「いえいえ、良く見ますと、逸子さんもかなりの使い手でございますわ」
二人は笑顔で向き合いながらも、眼から火花を飛ばしているようだ。そちらに意識が集中してしまったのか、コーイチの腕をつかんでいる力が緩んだ。コーイチは二人の腕を振り払って駈け出した。
「あれぇ! 竹さん、コーイチさんが!」
「お待ちを、コーイチさん!」
二人は走るコーイチの声をかけたが、コーイチは振り返らない。
コーイチはにらみ合っている逸子と綺羅姫の間に入ろうと走る。
「逸子さ……」
コーイチは呼び掛けようとした。しかし、コーイチの声をかき消すほどの大きな声が響いた。
「姫! 綺羅姫!」
声の主はテルキだった。テルキは綺羅姫の前に飛び出すと、片膝を付いた。真剣な表情で姫を見上げている。
つづく
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