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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 116

2018年11月08日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「ヴァイオレット様、お持ちしました!」
 五人のカンフーが同時に言った。とたんに互いににらみ合い、互いに蹴りと突きを繰り出し始め、戦いになった。
「あら、やめて、やめて下さい!」洋子は大きな声で言った。戦いはぴたっと止まった。「皆さん一人一人に心から感謝していますから、戦いはやめて下さい!」
「はい、わかりましたぁ!」
 五人は直立して同時に言うと、同時に洋子に向かって頭を下げた。
「……おう、お前ら……」リー・チェンが五人を睨みつける。「こんな小娘にぺこぺこしやがって! 後で思い知らせてやるぜぇ……」
「わぁ~、乱暴者~っ」花子は両手で自分の頬を挟む。「こわ~い!」
 おおおっと、どよめきが起き、その中には「か、可愛いじゃねえか」との声も聞き取れた。
「ちっ!」リー・チェンは舌打ちをして、どよめく周囲を睨みつけた。どよめきがすっと止んだ。「お前らも後で思い知らせてやるぜ」
 洋子は息巻いているリー・チェンの前を通り、新たに運ばれてきたコンクリートの立方体の方へ歩いた。
「おう、何をしようってんだ? あ? わしに対抗しようってのか? あ?」
 リー・チェンの挑発を無視し、洋子は立方体の前に立った。巨大な立方体が、小柄な洋子をさらに小さく見せている。
 洋子は右手をゆっくりと上げ、自分に向いている面のほぼ中央に手の平を当てた。そのままの姿勢で目を閉じ、佇む。何も起こらず時間が経って行く。
「おい、何やってんだ? あ?」リー・チェンが小馬鹿にしたように言う。「お前が支えていなくても倒れちゃこねえぜ!」
 リー・チェンは自分の冗談に、げはげはと笑った。
 不意に風が吹き出した。いや、空気が洋子に向かって動いているのだ。洋子の全身から、うっすらと煙のようなものが立ち上ってきた。それはオレンジ色となって天に向かって高く舞い上り始めた。
 ……芳川さんのオーラ! コーイチの背筋がぞくっとなった。
 洋子に集まる空気の動きが激しくなり、土ぼこりが上がり、カンフーやサムライは衣服をはためかせながら、立っているのが精いっぱいのように踏ん張っている。コーイチの髪の毛と髭も洋子に向かってなびく。巨漢二人もあまりの事に動けずにいた。この中でわくわくしながら成り行きを見守っているのは花子一人だけだった。
 洋子の全身がオレンジ色のオーラにすっかり包まれた。
「はああああああああっ!」
 洋子の口から気合いが流れた。全身を包んでいたオーラが、洋子の右腕に集中し、右腕が鮮やかなオレンジ色になった。
「いやあああああっ!」
 洋子の裂ぱくに気合と共に、オーラは立方体の面に当てている手の平から立方体の中へと流れて行った。
 空気の動きが止まった。洋子はそのままで動かない。
「おおおおおっ!」
 周囲がどよめいた。
 洋子の立方体に当てた手の平を中心に、縦横に亀裂が走ったのだ。亀裂は洋子の触れている面だけではなく、見えている五つの面全体の走った。おそらく見えていない底面にも走っているだろう。
 亀裂が止まった。どよめきも止まった。しばらくして、洋子はゆっくりと手の平を離した。
「うわわわわわぁ!」
 再び、どよめきが起こった。
 立方体は粉のようにさらさらと崩れ、その場に小高い山を作ったのだ。
 洋子はリー・チェンを見た。リー・チェンはぽかんと口を開けたまま、ぼうっと立っていた。洋子はゆっくり歩いてリー・チェンの前に立った。リー・チェンの眼だけが動いて洋子を捉えている。
「見た? これが龍玉虎牙神王拳秘奥義『龍虎撃掌波』よ!」
 そう言うと、にっこりと笑顔を作った。
「うおおおおおおお!」
 周囲のカンフーもサムライも、興奮したように大声で叫んだ。


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