「ここって…… ノートに?」
コーイチは京子の示している薄いクリーム色のページを見つめた。
「そうよ。ここに、よ」
京子は微笑みながら言う。
コーイチは最初のページに吉田部長の名前を書いてからの事を思い出していた。……見えないくらい薄く書いた「吉田吉吉」が水色になってノートに吸い込まれるようにして消えた。そして、翌日(つまり今朝)課長から部長へ突然の昇進発表があった。それは、社長と役員達にビビッと来て決まった事だった。
これは多分、スミ子は、書かれた名前を食べたら、書かれた人物の将来に何かしらの影響を与える魔法をかけるんだろう。部長の場合は昇進だった。水色になったのは、「昇進」の魔法がかかったって事なんだろう。また、あってもなくても構わないような、パッとしない「第二営業部長」になったのは、薄く名前を書いたから、満足しなかったスミ子の魔法が弱くしかかからなかったって事なんだ。
「ひょっとして、スミ子は食べた名前の人に魔法をかけたりする?」
「するわよ。あの部長さんは何色だった?」
「水色だった」
「水色は魔女の世界では『ややラッキー』の色ね。でも薄く名前を書いたんだったら、『ややラッキー』は薄まっちゃうわね」
「やっぱりそうなんだ。だからあんな感じの部長になったんだ……」
「でも、それだけじゃないわ。ページも大いに関係しているのよ」
「どう言う事?」
「ノートのスミ子には、最初に書かれるものと最後に書かれるものとに、特別の意味があるわけ」
「って言うと?」
「初めてのエサと最後のエサは、特別なご馳走って事よ」
「それなのに、最初を半端なものにしてしまった……」
「そう。だから、最後のエサは豪勢なものにしなくちゃ、かわいそうよね」
「つまり、しっかりくっきりと名前を書くって事か……」
「そう。それでスミ子は大満足!」
京子は楽しそうに言った。コーイチもつられて笑ったが、ふと心配の種が芽生えた。
「あのさ……」コーイチは真剣な顔で京子に言った。「ボクの名前は何色になって吸い込まれるんだろうか……」
「なあに? 心配?」京子はくすくすと笑った。「スミ子は大満足だもの、金色よ! 魔女世界最大級のラッキーカラーに決まってるわ!」
楽しそうに大声で言った。だが、コーイチはまだ不安が消えない。
「それって、ボクはどうなってしまうんだい?」
「何にも心配ないわ! 金色は何でも願いが叶うのよ! 望めば、私たちの世界と平気で行き来も出来るようになるわ!」京子は不意に大人しくなった。優しく微笑む。「……つまり、いつでも私たちは会えるのよ」
「えっ! そうなのか! そりゃあ良いな!」
コーイチの不安は消えた。いつでも会えるんだ! いつでも…… そうと分かれば早いところ書いてしまおう!
「さあ、早くして……」
京子は開いたスミ子をコーイチの前に差し出した。コーイチはいつの間にかボールペンを握っていた。京子の顔を見た。京子はぺろりと舌を出して見せた。
コーイチはボールペンを握り直し、最後のページに自分の名前をしっかりくっきりと書き付けた。
コーイチと京子は書かれた文字を見つめていた。しばらくすると、コーイチの名前が縁取られ始めた。
「あら! 赤だわ!」
京子は驚いたように言った。
つづく
コーイチは京子の示している薄いクリーム色のページを見つめた。
「そうよ。ここに、よ」
京子は微笑みながら言う。
コーイチは最初のページに吉田部長の名前を書いてからの事を思い出していた。……見えないくらい薄く書いた「吉田吉吉」が水色になってノートに吸い込まれるようにして消えた。そして、翌日(つまり今朝)課長から部長へ突然の昇進発表があった。それは、社長と役員達にビビッと来て決まった事だった。
これは多分、スミ子は、書かれた名前を食べたら、書かれた人物の将来に何かしらの影響を与える魔法をかけるんだろう。部長の場合は昇進だった。水色になったのは、「昇進」の魔法がかかったって事なんだろう。また、あってもなくても構わないような、パッとしない「第二営業部長」になったのは、薄く名前を書いたから、満足しなかったスミ子の魔法が弱くしかかからなかったって事なんだ。
「ひょっとして、スミ子は食べた名前の人に魔法をかけたりする?」
「するわよ。あの部長さんは何色だった?」
「水色だった」
「水色は魔女の世界では『ややラッキー』の色ね。でも薄く名前を書いたんだったら、『ややラッキー』は薄まっちゃうわね」
「やっぱりそうなんだ。だからあんな感じの部長になったんだ……」
「でも、それだけじゃないわ。ページも大いに関係しているのよ」
「どう言う事?」
「ノートのスミ子には、最初に書かれるものと最後に書かれるものとに、特別の意味があるわけ」
「って言うと?」
「初めてのエサと最後のエサは、特別なご馳走って事よ」
「それなのに、最初を半端なものにしてしまった……」
「そう。だから、最後のエサは豪勢なものにしなくちゃ、かわいそうよね」
「つまり、しっかりくっきりと名前を書くって事か……」
「そう。それでスミ子は大満足!」
京子は楽しそうに言った。コーイチもつられて笑ったが、ふと心配の種が芽生えた。
「あのさ……」コーイチは真剣な顔で京子に言った。「ボクの名前は何色になって吸い込まれるんだろうか……」
「なあに? 心配?」京子はくすくすと笑った。「スミ子は大満足だもの、金色よ! 魔女世界最大級のラッキーカラーに決まってるわ!」
楽しそうに大声で言った。だが、コーイチはまだ不安が消えない。
「それって、ボクはどうなってしまうんだい?」
「何にも心配ないわ! 金色は何でも願いが叶うのよ! 望めば、私たちの世界と平気で行き来も出来るようになるわ!」京子は不意に大人しくなった。優しく微笑む。「……つまり、いつでも私たちは会えるのよ」
「えっ! そうなのか! そりゃあ良いな!」
コーイチの不安は消えた。いつでも会えるんだ! いつでも…… そうと分かれば早いところ書いてしまおう!
「さあ、早くして……」
京子は開いたスミ子をコーイチの前に差し出した。コーイチはいつの間にかボールペンを握っていた。京子の顔を見た。京子はぺろりと舌を出して見せた。
コーイチはボールペンを握り直し、最後のページに自分の名前をしっかりくっきりと書き付けた。
コーイチと京子は書かれた文字を見つめていた。しばらくすると、コーイチの名前が縁取られ始めた。
「あら! 赤だわ!」
京子は驚いたように言った。
つづく
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