「おいっ! 何笑ってやがるんだっ!」
ももの様子に苛立ったマスターは怒鳴った。そして、ももの胸倉をつかみ、そのまま持ち上げ、前へと歩き出した。そうしながらマスターの顔の位置まで持ち上げられ、真正面から睨みつけられる。
「うふふ…… 腕一本でなんて、相変わらずの馬鹿力なのね……」ももは笑顔で言う。「そんな所が良いんだけどね……」
「な、あんだあ? お前はあ?」
「うふふ……」
マスターは、不敵な笑みを浮かべているももを持ち上げたままで歩みを止め、百合恵の方に顔を向けた。
「姐さん……」不安そうな声でマスターは言った。「この娘、なんだか変ですぜ……」
「そうね」
百合恵は言うと、腕組みしながら近づいてきた。そして、腰を抜かして座り込んでいるさとみの傍らにしゃがみ込んだ。
「さとみちゃん、大丈夫?」
優しい笑顔でさとみの顔を覗きこむ。目を閉じて、唇を突き出したくなりそうなさとみだった。それを察したのか、百合恵は、さとみの唇にぴんと立てた右の人差し指を当てた。
「その様子だと、大丈夫のようね……」
百合恵は囁くように言うと、甘い吐息を残して立ち上がった。さとみはぽうっとした眼差しで、その姿を目で追う。
百合恵はさらに歩を進め、マスターの前に立った。見上げながら困ったような表情で腕を組んだ。
マスターはももを下ろした。それから、百合恵と同じ目線まで身を屈めた。窮屈そうなマスターの様子に、ももはくすくす笑った。
「姐さん……」笑っているももを無視しながら、マスターは言った。声が不安げだ。「なんだか話が違っているようですが……」
「そうね」
「お電話では、ふわふわした服を着た娘を脅して、気を失わしてくれって事でしたが……」
「そうね」
「それで、精一杯の脅しをかけたんですが……」
「そうね」
「まったく効きません……」
「そうね」
「姐さん!」マスターは地面に膝をつき、頭を深く垂れた。「申し訳ありません! お役に立てません!」
「……」
沈黙が続いた。
耐え切れなくなったマスターは顔を上げた。
そこには険しい表情の百合恵が、腕組みしたままでマスターを睨み付けている。
マスターはその場に腰を抜かしたように座り込んでしまった。
「姐さん! 勘弁して下せえ!」泣き声になっている。「どうか、許して下せえ……」
百合恵はすっとマスターに背を向けた。黒髪がふわっと舞う。舞い終わった髪が肩の上に治まる。
「姐さん!」
マスターは置いてきぼりを食らった子供のようなか細い声を出す。
背を向けてじっとしていた百合恵の肩が、小刻みに上下し始めた。
「姐さん! お怒りをお鎮めくだせえ!」
マスターの必死の声を背に受けている百合恵を、さとみは正面から見ていた。
百合恵は涙を流しながら、笑いを堪えていたのだ。
つづく
ももの様子に苛立ったマスターは怒鳴った。そして、ももの胸倉をつかみ、そのまま持ち上げ、前へと歩き出した。そうしながらマスターの顔の位置まで持ち上げられ、真正面から睨みつけられる。
「うふふ…… 腕一本でなんて、相変わらずの馬鹿力なのね……」ももは笑顔で言う。「そんな所が良いんだけどね……」
「な、あんだあ? お前はあ?」
「うふふ……」
マスターは、不敵な笑みを浮かべているももを持ち上げたままで歩みを止め、百合恵の方に顔を向けた。
「姐さん……」不安そうな声でマスターは言った。「この娘、なんだか変ですぜ……」
「そうね」
百合恵は言うと、腕組みしながら近づいてきた。そして、腰を抜かして座り込んでいるさとみの傍らにしゃがみ込んだ。
「さとみちゃん、大丈夫?」
優しい笑顔でさとみの顔を覗きこむ。目を閉じて、唇を突き出したくなりそうなさとみだった。それを察したのか、百合恵は、さとみの唇にぴんと立てた右の人差し指を当てた。
「その様子だと、大丈夫のようね……」
百合恵は囁くように言うと、甘い吐息を残して立ち上がった。さとみはぽうっとした眼差しで、その姿を目で追う。
百合恵はさらに歩を進め、マスターの前に立った。見上げながら困ったような表情で腕を組んだ。
マスターはももを下ろした。それから、百合恵と同じ目線まで身を屈めた。窮屈そうなマスターの様子に、ももはくすくす笑った。
「姐さん……」笑っているももを無視しながら、マスターは言った。声が不安げだ。「なんだか話が違っているようですが……」
「そうね」
「お電話では、ふわふわした服を着た娘を脅して、気を失わしてくれって事でしたが……」
「そうね」
「それで、精一杯の脅しをかけたんですが……」
「そうね」
「まったく効きません……」
「そうね」
「姐さん!」マスターは地面に膝をつき、頭を深く垂れた。「申し訳ありません! お役に立てません!」
「……」
沈黙が続いた。
耐え切れなくなったマスターは顔を上げた。
そこには険しい表情の百合恵が、腕組みしたままでマスターを睨み付けている。
マスターはその場に腰を抜かしたように座り込んでしまった。
「姐さん! 勘弁して下せえ!」泣き声になっている。「どうか、許して下せえ……」
百合恵はすっとマスターに背を向けた。黒髪がふわっと舞う。舞い終わった髪が肩の上に治まる。
「姐さん!」
マスターは置いてきぼりを食らった子供のようなか細い声を出す。
背を向けてじっとしていた百合恵の肩が、小刻みに上下し始めた。
「姐さん! お怒りをお鎮めくだせえ!」
マスターの必死の声を背に受けている百合恵を、さとみは正面から見ていた。
百合恵は涙を流しながら、笑いを堪えていたのだ。
つづく
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