「何よう!」
「ジェシル、君にはやってもらわなきゃならない事がある」ジャンセンは真剣な眼差しだ。マーベラは目を細める。「ベランデューヌの民とダームフェリアの民は和解した。神としての役割は終わったんだよ。だから、いつまでもぼくたちがここにいてはいけない」
「え? どう言う事?」
ジェシルは少し首を傾げて訊き返す。可愛らしく見えるその仕草にマーベラは目を細める。
「……ジェシル、あなたって本当に何にも知らないのねぇ……」マーベラは、わざとらしいくらい大きなため息をつく。「そんなんでよくジャンセンに着いて来たわね」
「なによ!」
「なによって、なによ!」
「わたしは、たまたまアーロンテイシアになっただけよ!」
「それなら、わたしだってたまたまデスゴンになっただけだわ!」
「そうね、あなたの性格にぴったりな悪の神、邪神デスゴンね!」
「アーロンテイシアの乱暴な闘神面しか反映できなかったくせに、良く言うわ!」
「なによ!」
「なによって、なによ!」
「まあまあ、二人とも、そこまでにしようか」ジャンセンが割って入る。「あのね、ジェシル、神と人とは積極的に交わってはいけないんだよ。ぼくたちはちょっとやり過ぎたかもしれない。アーロンテイシア然り、デスゴン然りだ」
「やり過ぎると歴史が変わるって事?」
「そうなるかもしれない……」ジャンセンは深刻な表情だ。「でも、今なら、神話って言うか、伝説って言うかの範疇で治まると思うんだよ。でも、これ以上関わると保証できない」
マーベラがうなずく。ジェシルは忌々しそうな顔をして、そっぽを向いた。向いた先にトランが居て、トランもうなずいている。ジェシルは笑んで、うなずき返した。
「……そう、そう言う事なら、ここを離れましょう」
「……あなたねぇ……」マーベラが目を細めながらジェシルの方へ歩く。「わたしを無視したわね?」
「え?」ジェシルは驚いた顔をする。しかし、明らかに白々しい。「あなたがうなずいていたなんて、全然気がつかなかったわ!」
「まあ、ジェシルもマーベラも神としての働きを十分にこなしてくれたと思うよ」ジャンセンが言う。「ベランデューヌとダームフェリアの争いも終結したし、ここからは二つの民の働きだね。……ぼく個人は古代の神々について確証のある考察が出来て良かったよ。衣装が神だって言うね」
「最後のが本心でしょ?」
ジェシルは意地悪そうな表情をジャンセンに向ける。その表情が可愛らしく見えたマーベラは目を細める。
「とにかく、みんなに最後の挨拶をするんだ」
ジャンセンがジェシルに言って、民の前へと促す。
「どう言うの?」
「あれ? アーロンテイシアなら分かるんじゃないか?」
「なんだかすっかり抜けちゃったみたいなのよねぇ……」
「ふん!」マーベラが鼻を鳴らす。「乱暴女だからアーロンテイシアも逃げ出したのよ!」
「何ですってぇ……」
「民に向かって『ブゥエール、トゥエール、ダ、マスカウェール』って言うんですよ」トランがあわてた様に割って入る。「『民に祝福あれ、われらは去る』って言う意味です」
若いトランでさえ、女同士の不穏な気配を察したようだ。
ジェシルはうなずくと、民に向かって最上の笑顔を向けた。民はどよめく。どの顔も笑顔になっている。
「……何よ、ちょっと美人だからってさ!」マーベラが吐き捨てるように言う。「ベランデューヌもダームフェリアも困ったものだわ! ジェシルなんかに誑かされちゃって……」
「姉さん!」トランがマーベラの腕を軽く叩き、心配そうな顔でジェシルを見る。「言って良い事と悪い事があるんだよ!」
「ふん!」マーベラは鼻を鳴らす。「大丈夫よ、わたしたちの言葉は通じていないから。通じてほしいのは、ジェシルにだから」
ジェシルはマーベラの方に一瞬顔を向ける。笑顔だったが、目に殺気が宿っていた。トランの背に冷たいものが走った。
ジェシルはすぐに民に顔を向ける。
「ブゥエール、トゥエール、ダ、マスカウェール!」
ジェシルは声を張る。民は一斉に両の手の平を上に向け、頭を下げた。
「……さあ、行こう」ジャンセンが言う。「歴史は守られたようだ」
民が頭を下げている間に、四人は茂みの中へと入って行った。
つづく
つづく
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