ドアの前で京子は立ち止まった。組んでいた腕を離す。コーイチは締め付けられていた腕を何度も振って、血の流れを戻していた。ジンジンとしびれが広がって来る。
「あらあら、ごめんなさい。力加減がいまひとつ分からなくて……」
京子はペロッと舌を出した。コーイチは腕をさすりながら、その可愛い顔を見つめた。この顔にごまかされちゃうんだよなぁ。でもそうも言っていられない。
「えーっと、そうだ、さっきもそんな事を言っていたよね。『力加減が分からない』ってさ。それって、どう言う事なんだい? それに、ボクの知っている幼なじみの京子さんと君とは全くの別人だ。それに、あちこちに現われては消えるなんて、どう考えても普通の人間とは思えない」
コーイチはここまで一気にしゃべり終えると肩で息をし、呼吸を整えた。
「君は一体どこの誰なんだ?」
コーイチは腕を伸ばし、びしっと京子に人差し指を突きつけたつもりだったが、実際は、ふらふらと揺れて定まらないしびれた腕をほんの少しだけ上げ、やや伸ばし気味の人差し指を、これもふらふらと上下左右に揺らしているだけだった。京子はその揺れる指先を面白そうに眺めてから、ふらつくコーイチの手をいきなりぐっと握った。
「んふふふ、コーイチ君、そこまで分かっているんなら、それでいいじゃない」
コーイチは苦痛で顔をしかめた。あわてて京子は手を離した。またペロッと舌を出す。コーイチは手を何度か振った。
「いいや、よくない! 今は君がここにいるけど、また、いつ消えてしまうのか、消えたら消えたで、またいつ現われるのか、考えるだけで、ボクはとても不安だ」
「あらあら、わたしが消えちゃうのが心配なんだ」
「そうじゃなくって、何だか気味が悪いんだ。引き出しの中に居たり、一階ロビーでウエイトレスになってみたり、『4・5』階なんて所で浮いていたり…… 一体何がどうなっているのか、からかっているのか、怖がらせているのか、ボクには良く分からない」
「な~んだ、良く分かっているじゃない。その両方よ!」
京子は明るく笑いながら、ドアに向かって歩き出した。そして、ドアの中へ入って行くように消えた。あわてたコーイチが後を追う。しかし、閉まったドアの中へ入れるはずはなく、ドアノブにみぞおちをぶつけてしまった。コーイチはみぞおちを片手で押さえ、うめきながら屈み込む。すると、内側からドアが勢い良く開けられた。屈み込んでいたため、ドアノブが頭に当たった。コーイチはもう片方の手で頭を押さえた。
開いたドアの陰から、京子がひょっこりと顔を出した。腹と頭を押さえて前屈みになっているコーイチを不思議そうな顔で見ていた。
「ああ、そうか! ドアって開けて入るものだったわよね。ごめんなさい」
「そう、それが世界の常識だよ……」
コーイチは苦しそうな声で言った。京子はドアを開けて出て来て、コーイチの前に立った。
「世界の常識……か。わたしの住む世界の常識とは、全く違うのね」
京子は考え込むような表情でつぶやいた。
「わたしの世界って…… やっぱり君は普通じゃないんだな!」
「そうね。でもいいじゃない、そんな事」
「良かぁないよ。普通じゃなきゃ何なんだ。幽霊か? 宇宙人か? 未来人か? 異次元人か? それとも、えーと、あの、その……」
京子はさも面白いと言うように笑った。
「無理に捜さなくてもいいじゃない。でも、その中に正解はないわね」
「じゃ、君は何者なんだ?」
京子は微笑み、コーイチの耳元に顔を寄せた。
「わ・た・し・は……」
「コーイチ! コーイチじゃないか!」
突然、京子の言葉を遮るような大きな声が、ロビーから響いて来た。
コーイチが驚いて振り向くと、ハンカチで手を拭いている岡島が、コーイチ以上に驚いた顔をして立っていた。
つづく
「あらあら、ごめんなさい。力加減がいまひとつ分からなくて……」
京子はペロッと舌を出した。コーイチは腕をさすりながら、その可愛い顔を見つめた。この顔にごまかされちゃうんだよなぁ。でもそうも言っていられない。
「えーっと、そうだ、さっきもそんな事を言っていたよね。『力加減が分からない』ってさ。それって、どう言う事なんだい? それに、ボクの知っている幼なじみの京子さんと君とは全くの別人だ。それに、あちこちに現われては消えるなんて、どう考えても普通の人間とは思えない」
コーイチはここまで一気にしゃべり終えると肩で息をし、呼吸を整えた。
「君は一体どこの誰なんだ?」
コーイチは腕を伸ばし、びしっと京子に人差し指を突きつけたつもりだったが、実際は、ふらふらと揺れて定まらないしびれた腕をほんの少しだけ上げ、やや伸ばし気味の人差し指を、これもふらふらと上下左右に揺らしているだけだった。京子はその揺れる指先を面白そうに眺めてから、ふらつくコーイチの手をいきなりぐっと握った。
「んふふふ、コーイチ君、そこまで分かっているんなら、それでいいじゃない」
コーイチは苦痛で顔をしかめた。あわてて京子は手を離した。またペロッと舌を出す。コーイチは手を何度か振った。
「いいや、よくない! 今は君がここにいるけど、また、いつ消えてしまうのか、消えたら消えたで、またいつ現われるのか、考えるだけで、ボクはとても不安だ」
「あらあら、わたしが消えちゃうのが心配なんだ」
「そうじゃなくって、何だか気味が悪いんだ。引き出しの中に居たり、一階ロビーでウエイトレスになってみたり、『4・5』階なんて所で浮いていたり…… 一体何がどうなっているのか、からかっているのか、怖がらせているのか、ボクには良く分からない」
「な~んだ、良く分かっているじゃない。その両方よ!」
京子は明るく笑いながら、ドアに向かって歩き出した。そして、ドアの中へ入って行くように消えた。あわてたコーイチが後を追う。しかし、閉まったドアの中へ入れるはずはなく、ドアノブにみぞおちをぶつけてしまった。コーイチはみぞおちを片手で押さえ、うめきながら屈み込む。すると、内側からドアが勢い良く開けられた。屈み込んでいたため、ドアノブが頭に当たった。コーイチはもう片方の手で頭を押さえた。
開いたドアの陰から、京子がひょっこりと顔を出した。腹と頭を押さえて前屈みになっているコーイチを不思議そうな顔で見ていた。
「ああ、そうか! ドアって開けて入るものだったわよね。ごめんなさい」
「そう、それが世界の常識だよ……」
コーイチは苦しそうな声で言った。京子はドアを開けて出て来て、コーイチの前に立った。
「世界の常識……か。わたしの住む世界の常識とは、全く違うのね」
京子は考え込むような表情でつぶやいた。
「わたしの世界って…… やっぱり君は普通じゃないんだな!」
「そうね。でもいいじゃない、そんな事」
「良かぁないよ。普通じゃなきゃ何なんだ。幽霊か? 宇宙人か? 未来人か? 異次元人か? それとも、えーと、あの、その……」
京子はさも面白いと言うように笑った。
「無理に捜さなくてもいいじゃない。でも、その中に正解はないわね」
「じゃ、君は何者なんだ?」
京子は微笑み、コーイチの耳元に顔を寄せた。
「わ・た・し・は……」
「コーイチ! コーイチじゃないか!」
突然、京子の言葉を遮るような大きな声が、ロビーから響いて来た。
コーイチが驚いて振り向くと、ハンカチで手を拭いている岡島が、コーイチ以上に驚いた顔をして立っていた。
つづく
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