雲は竜二に当たった。
「これ! 何をやっとる!」静が、竜二を叱る。「さっさとどかんかい!」
しかし、雲は竜二を包み込み始めた。竜二はもがいて逃げようとするが、出来ない。
「ははは! 蜘蛛の巣にかかった虫けらみたいだねぇ!」竜二のもがくさまを見て、楓が笑う。「後先考えずに、馬鹿な事をするからさ!」
「竜二!」
静は竜二に駈け寄る。竜二を雲から引っ張り出そうと手を伸ばす。
「ダメだよ、ばあちゃん!」竜二は叫ぶ。「手を出したら、ばあちゃんまで捕まっちまうぜ!」
「でもよう!」
「良いから、ばあちゃんはあいつらに気をつけるんだ!」
竜二に言われ、静はさゆりたちを見る。楓はすでに姿を消していた。
「何て狡い女なんだい!」静は舌打ちをする。「今度見つけたら、ただじゃおかないよ」
「綾部さとみはどこだえ……?」
さゆりが静に訊く。その声は、何事もないかのように、淡々としている。
「そんな事より、竜二を解き放しておやりよ!」静が言う。「そうじゃないと、話してはやれないねぇ」
しかし、さゆりは動かない。
「おい、どうなんだい?」静がしびれを切らす。「竜二を解き放てば、さとみの話をしてやろうって、言ってんだよ?」
「……いや、もう良い……」さゆりは面倒くさうに言うと、冷たい笑みを浮かべた。「いずれはここに来る事になるだろうからさ」
「そりゃ、どう言う事だい?」
「仲間を捕らえているんだ。返してほしきゃ、来るだろう?」
「さあねぇ……」静も負けずに冷たい笑みを浮かべる。「もういらないって言うかもだよ? それに、ここに来なきゃ、お前にどうのこうのとされる事もないだろうしね」
「来なければ、仲間は消えて無くなる」さゆりは言うと、かわいらしい声で笑う。「まあ、それで良いんなら構わないけどね。わたしがその気になれば、あっと言う間さ」
「何て事を言うんだい、こいつは……」静は呆れる。「……お前さん、何でこの世に現われたんだい?」
「現われたんじゃないよ。呼び出されたのさ」
「呼び出されたぁ?」静は言う。「って事は、あの影野郎が手引きしたって事かい」
「それは知った事じゃないけどね。とにかく、呼ばれた、って言うか、目を覚ませられたって感じだね」さゆりは楽しそうに言う。「知ってるだろう? ここは刑場だったんだ。だから、碌で無しどもが集まり始めてさ。ヤツらの気も集まり始めた」
「ああ、分かっているさ」静は周囲を見回し、鼻を摘まんで見せる。「なんたって、くっさい気が漂っているからねぇ。特にお前さんからね」
「ふん」さゆりは軽く流す。「碌で無しどもや処刑された奴らの恨み辛みの気だからね、くっさいはずだよ。わたしは平気だけどね」
「だけどさ、刑場をやめた時に、鎮護の礼は尽くしたんだろう?」
「そうかも知れないけど、大昔の話だよ。いつの間にか効き目が無くなっちまったんじゃないのかい?」
「そうかねぇ……」
「そうだから、わたしがいるんだ」さゆりがいらついたように言う。「大人しく、綾部さとみをここに連れておいで!」
「何だい、自分からは行けないのかい?」静が小馬鹿にして言う。「碌で無しどもの大将にしちゃあ、冴えないねぇ……」
「ははは、大将ってのは動かないもんさ……」さゆりの顔から、すっと笑みが消え、目付きが残忍な光を湛えた。「お遊びはおしまいにしようじゃないか……」
「とにかく、竜二を放しな」静が真顔になって言う。「そうでなきゃ、何もしてやらないよ」
「手は幾らでもあるさ……」
さゆりは言うと、雲に包まれて身動きできない竜二を見た。その様子に不穏なものを感じた静も、竜二を見た。
突然、雲が縮み始めた。
「うひゃあああ!」竜二が悲鳴を上げる。「ばあちゃんよう! からだが縮んで行くよう!」
雲の収縮に合わせて、竜二も縮んで行く。
「おい、やめるんだ!」静がさゆりに向かって怒鳴る。「ふざけんじゃないよ!」
縮んでいた雲が元に戻る。
「じゃあ、綾部さとみを連れて来い」残忍な笑みを浮かべたさゆりが静に言う。「……いや、やっぱりいいや。別のやり方にするさ」
「別って……」
「別は別だよ」
さゆりは再び竜二の方を見た。雲が収縮し始めた。
「うひゃあああ!」竜二がまた悲鳴を上げる。「縮む、縮むよう!」
「ははは、大の男が情けないねぇ!」
さゆりは笑う。静はさゆりに駈け寄った。さゆりの姿がふっと消えた。静は周囲を見回す。気配が全く感じられない。
「何だい、お前も大した事ないじゃないか」
突然、さゆりの声がした。静は声の方を見る。縮んで行く雲の中で苦しそうにしている竜二のすぐそばに、さゆりは立っていた。
「ははは」さゆりは小馬鹿にしたように笑う。「楽しかったよ、おばあちゃん!」
さゆりは言うと縮んで行く雲を見た。雲は縮む速度を速めた。最早、竜二の悲鳴は無かった。雲は手の平ほどの大きさになり、さらに縮み続け、消えた。それとともに、さゆりも姿を消した。すっかり気配が消え、午後ののどかな風景に戻っていた。
静が悔しそうに佇んでいる。
つづく
「これ! 何をやっとる!」静が、竜二を叱る。「さっさとどかんかい!」
しかし、雲は竜二を包み込み始めた。竜二はもがいて逃げようとするが、出来ない。
「ははは! 蜘蛛の巣にかかった虫けらみたいだねぇ!」竜二のもがくさまを見て、楓が笑う。「後先考えずに、馬鹿な事をするからさ!」
「竜二!」
静は竜二に駈け寄る。竜二を雲から引っ張り出そうと手を伸ばす。
「ダメだよ、ばあちゃん!」竜二は叫ぶ。「手を出したら、ばあちゃんまで捕まっちまうぜ!」
「でもよう!」
「良いから、ばあちゃんはあいつらに気をつけるんだ!」
竜二に言われ、静はさゆりたちを見る。楓はすでに姿を消していた。
「何て狡い女なんだい!」静は舌打ちをする。「今度見つけたら、ただじゃおかないよ」
「綾部さとみはどこだえ……?」
さゆりが静に訊く。その声は、何事もないかのように、淡々としている。
「そんな事より、竜二を解き放しておやりよ!」静が言う。「そうじゃないと、話してはやれないねぇ」
しかし、さゆりは動かない。
「おい、どうなんだい?」静がしびれを切らす。「竜二を解き放てば、さとみの話をしてやろうって、言ってんだよ?」
「……いや、もう良い……」さゆりは面倒くさうに言うと、冷たい笑みを浮かべた。「いずれはここに来る事になるだろうからさ」
「そりゃ、どう言う事だい?」
「仲間を捕らえているんだ。返してほしきゃ、来るだろう?」
「さあねぇ……」静も負けずに冷たい笑みを浮かべる。「もういらないって言うかもだよ? それに、ここに来なきゃ、お前にどうのこうのとされる事もないだろうしね」
「来なければ、仲間は消えて無くなる」さゆりは言うと、かわいらしい声で笑う。「まあ、それで良いんなら構わないけどね。わたしがその気になれば、あっと言う間さ」
「何て事を言うんだい、こいつは……」静は呆れる。「……お前さん、何でこの世に現われたんだい?」
「現われたんじゃないよ。呼び出されたのさ」
「呼び出されたぁ?」静は言う。「って事は、あの影野郎が手引きしたって事かい」
「それは知った事じゃないけどね。とにかく、呼ばれた、って言うか、目を覚ませられたって感じだね」さゆりは楽しそうに言う。「知ってるだろう? ここは刑場だったんだ。だから、碌で無しどもが集まり始めてさ。ヤツらの気も集まり始めた」
「ああ、分かっているさ」静は周囲を見回し、鼻を摘まんで見せる。「なんたって、くっさい気が漂っているからねぇ。特にお前さんからね」
「ふん」さゆりは軽く流す。「碌で無しどもや処刑された奴らの恨み辛みの気だからね、くっさいはずだよ。わたしは平気だけどね」
「だけどさ、刑場をやめた時に、鎮護の礼は尽くしたんだろう?」
「そうかも知れないけど、大昔の話だよ。いつの間にか効き目が無くなっちまったんじゃないのかい?」
「そうかねぇ……」
「そうだから、わたしがいるんだ」さゆりがいらついたように言う。「大人しく、綾部さとみをここに連れておいで!」
「何だい、自分からは行けないのかい?」静が小馬鹿にして言う。「碌で無しどもの大将にしちゃあ、冴えないねぇ……」
「ははは、大将ってのは動かないもんさ……」さゆりの顔から、すっと笑みが消え、目付きが残忍な光を湛えた。「お遊びはおしまいにしようじゃないか……」
「とにかく、竜二を放しな」静が真顔になって言う。「そうでなきゃ、何もしてやらないよ」
「手は幾らでもあるさ……」
さゆりは言うと、雲に包まれて身動きできない竜二を見た。その様子に不穏なものを感じた静も、竜二を見た。
突然、雲が縮み始めた。
「うひゃあああ!」竜二が悲鳴を上げる。「ばあちゃんよう! からだが縮んで行くよう!」
雲の収縮に合わせて、竜二も縮んで行く。
「おい、やめるんだ!」静がさゆりに向かって怒鳴る。「ふざけんじゃないよ!」
縮んでいた雲が元に戻る。
「じゃあ、綾部さとみを連れて来い」残忍な笑みを浮かべたさゆりが静に言う。「……いや、やっぱりいいや。別のやり方にするさ」
「別って……」
「別は別だよ」
さゆりは再び竜二の方を見た。雲が収縮し始めた。
「うひゃあああ!」竜二がまた悲鳴を上げる。「縮む、縮むよう!」
「ははは、大の男が情けないねぇ!」
さゆりは笑う。静はさゆりに駈け寄った。さゆりの姿がふっと消えた。静は周囲を見回す。気配が全く感じられない。
「何だい、お前も大した事ないじゃないか」
突然、さゆりの声がした。静は声の方を見る。縮んで行く雲の中で苦しそうにしている竜二のすぐそばに、さゆりは立っていた。
「ははは」さゆりは小馬鹿にしたように笑う。「楽しかったよ、おばあちゃん!」
さゆりは言うと縮んで行く雲を見た。雲は縮む速度を速めた。最早、竜二の悲鳴は無かった。雲は手の平ほどの大きさになり、さらに縮み続け、消えた。それとともに、さゆりも姿を消した。すっかり気配が消え、午後ののどかな風景に戻っていた。
静が悔しそうに佇んでいる。
つづく
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