食事の用意が始まった。タケルやタロウが言っていたように、ナナとアツコは大して手伝いが出来なかった。逸子の指示で皿を並べたり、出来上がりをリビングに運んだりをしていた。
出来上がった料理がリビングの大テーブルの上に並んだ。皆がテーブルに着く。男性陣、特にタケルとタロウは泣き出さんばかりに感動している。
全員で「いただきます」と声をそろえ、食事が始まった。
「美味しい! 生まれて初めて食べる味だ!」タロウが叫ぶ。「コーイチさん、あなたがうらやましい!」
「全く同意見だね」タケルがうなずく。「本当、うらやましいよ」
「そうかなぁ?」コーイチは言いながら一口食べる。「いつもと同じだけど……」
「え? これがいつもの味だって!」タロウがまた叫ぶ。「コーイチさん、あなたはどれだけ恵まれていると思っているんですか!」
「そうだよ。これらは本当に美味しい」タケルがしみじみと言う。「これがいつもと同じだなんて、はっきり言って卑怯だよ」
「あら、そんなに褒めてもらうと、困っちゃうわ」逸子は照れくさそうだ。「……でもね、わたし一人じゃ、ここまでは出来なかったわ」
「うん、ボクも見てたけど、チトセちゃんが良く手伝っていたよ」
コーイチが言う。逸子の言う「わたし一人じゃ、ここまでは出来なかったわ」の意味は、チトセはもちろん、ナナもアツコも手伝ってくれたという意味が含まれていたのだが、コーイチには伝わらなかったようだ。
「じっと逸子さんの動きを見てさ、逸子さんが次に何を使うか分かってさ、それを手渡すんだよ。驚いたのはそれだけじゃない。焼いたり煮たりしている様子を見ていてさ、それを次には行えるんだ。焼き物も煮物もそうやって作っていたよ。初めて見るだろう調理器具もすぐに使いこなしていたし」
「本当かい?」タケルがチトセを見る。その眼には尊敬の輝きがあった。「そりゃあ、凄いや!」
「いや、オレ……」チトセは赤くなった。「……仲間や兄者のメシをいっつも作っていたから…… みんな味にうるさかった。やれ甘いだ塩っ辛いだ硬いだ軟らかいだってさ。毎日が戦いだった」
「なるほど、現場で鍛えられたってわけだ」タロウがうなずく。「でもそれ以上に、チトセちゃんは勘が良いんだろうね。すぐに自分のものに出来るんだから」
「いや、全く」タケルがうなずく。「……ナナも見習えよな」
「ふん!」ナナは鼻を鳴らすが、料理を一口食べるとにこりとする。「やっぱり美味しいわぁ。是非、アツコやわたしに教えて欲しいわね」
「ナナ、ちょっと待ってよ。どうしてわたしを先に言うのよ? わたしとアツコって言うんなら分かるけど?」
「だって、あなたって、砂糖を取ってって言われて小麦粉を渡したのよ? わたしよりひどいじゃない。だから先に教わるべきなのよ」
「何ですってぇぇぇぇ!」
「まあまあまあ……」
タケルとタロウ同時にそう言いながら、タケルはナナを収め、タロウはアツコを収めた。それ以降は楽しく食事が進んだ。
一通り食事が済むと、女性陣は逸子、ナナ、アツコが話をしている。料理の話から始まって、恋愛話が続いた。きゃあきゃあ叫んでみたり、くすくすと小声で笑い合いながら肘で突つき合ったりしている。男性陣はケーイチ、タケル、タロウがタイムマシンや今後の事を話している。女性陣はテーブルで、残ったものをつまんで話し、男性陣はソファに移動してタケルが探し出したウイスキーをちびちびと飲んでいた。
ぽつんとテーブルの端に残ったのはコーイチとチトセだった。
「コーイチ……」コーイチの隣に座っているチトセが言う。「オレは、いっつもこんな感じで一人になるんだ……」
大人並みの働きをしても、基本はまだ子供だ。大人の内緒話や込み入った話には入ることが出来ないチトセだった。
「ボクも似たようなものだよ」コーイチは言う。「女の人の話には入れないし、男の人の話も難しそうだしね」
「コーイチは、何の話なら出来るんだ?」
「う~ん……」コーイチはチトセに言われて考え込む。「……言われてみれば、出来る話って無いかも知れないなぁ。ボクは話すより聞く方が多いから」
「そうなんだ」チトセが納得したようにうなずく。「でもさ、話を聞かずにずけずけしゃべるヤツよりは良いと思う」
「そうかなぁ? でもさ、チトセちゃんみたいに何でもすぐ出来るなんて事はないから、チトセちゃんの方がずっと凄いと、ボクは思うよ」
「……あのさ、……この格好どう思う? 本当に変じゃないか?」
チトセは急に話題を変えた。照れくさくなったのだろう。心なしか頬を赤く染めている。
「とっても似合っていると思うよ。まあ、ボク自身、着物を見慣れていないせいかもしれないけど、服を着ている方が自然に見えるよ」
「あのさ、上に着ているのは良いんだけどさ、このズボン…… って言うのか、この変な袴? 何だかぴっちりし過ぎていて……」
「すぐに慣れるよ」
「それとさ、オバさんたちが選んでくれたんだけど、胸と腰にさ、変なもの着けたり穿いたりしてさ。……何だか締めつけられているみたいで、イヤなんだよな。オバさんたちは取っちゃダメって言うんだけどさ、取っても構わないよな?」
「いや、それは取っちゃダメだよ!」チトセが言っているのは下着の事だ。コーイチはあわてて言う。「この格好には必需品なんだよ!」
「じゃあ、着物に着替えてくる。そうすれば取っちゃって良いんだろう?」
「いや、その格好の方が似合っているよ。だから、そのままで……」
「そうか、コーイチがそう言うんなら、そうする」チトセは素直に言う。「……でも、何だかイヤな感じだ……」
「大丈夫。チトセちゃんはすぐに慣れるさ」
「でも、こんなのに慣れちゃうと、もう、棟梁の所には帰れないかもな……」
「そうかもしれないね……」
「良いんだ、オレ、コーイチと一緒なら!」
チトセはコーイチの腕にしがみついた。
つづく
出来上がった料理がリビングの大テーブルの上に並んだ。皆がテーブルに着く。男性陣、特にタケルとタロウは泣き出さんばかりに感動している。
全員で「いただきます」と声をそろえ、食事が始まった。
「美味しい! 生まれて初めて食べる味だ!」タロウが叫ぶ。「コーイチさん、あなたがうらやましい!」
「全く同意見だね」タケルがうなずく。「本当、うらやましいよ」
「そうかなぁ?」コーイチは言いながら一口食べる。「いつもと同じだけど……」
「え? これがいつもの味だって!」タロウがまた叫ぶ。「コーイチさん、あなたはどれだけ恵まれていると思っているんですか!」
「そうだよ。これらは本当に美味しい」タケルがしみじみと言う。「これがいつもと同じだなんて、はっきり言って卑怯だよ」
「あら、そんなに褒めてもらうと、困っちゃうわ」逸子は照れくさそうだ。「……でもね、わたし一人じゃ、ここまでは出来なかったわ」
「うん、ボクも見てたけど、チトセちゃんが良く手伝っていたよ」
コーイチが言う。逸子の言う「わたし一人じゃ、ここまでは出来なかったわ」の意味は、チトセはもちろん、ナナもアツコも手伝ってくれたという意味が含まれていたのだが、コーイチには伝わらなかったようだ。
「じっと逸子さんの動きを見てさ、逸子さんが次に何を使うか分かってさ、それを手渡すんだよ。驚いたのはそれだけじゃない。焼いたり煮たりしている様子を見ていてさ、それを次には行えるんだ。焼き物も煮物もそうやって作っていたよ。初めて見るだろう調理器具もすぐに使いこなしていたし」
「本当かい?」タケルがチトセを見る。その眼には尊敬の輝きがあった。「そりゃあ、凄いや!」
「いや、オレ……」チトセは赤くなった。「……仲間や兄者のメシをいっつも作っていたから…… みんな味にうるさかった。やれ甘いだ塩っ辛いだ硬いだ軟らかいだってさ。毎日が戦いだった」
「なるほど、現場で鍛えられたってわけだ」タロウがうなずく。「でもそれ以上に、チトセちゃんは勘が良いんだろうね。すぐに自分のものに出来るんだから」
「いや、全く」タケルがうなずく。「……ナナも見習えよな」
「ふん!」ナナは鼻を鳴らすが、料理を一口食べるとにこりとする。「やっぱり美味しいわぁ。是非、アツコやわたしに教えて欲しいわね」
「ナナ、ちょっと待ってよ。どうしてわたしを先に言うのよ? わたしとアツコって言うんなら分かるけど?」
「だって、あなたって、砂糖を取ってって言われて小麦粉を渡したのよ? わたしよりひどいじゃない。だから先に教わるべきなのよ」
「何ですってぇぇぇぇ!」
「まあまあまあ……」
タケルとタロウ同時にそう言いながら、タケルはナナを収め、タロウはアツコを収めた。それ以降は楽しく食事が進んだ。
一通り食事が済むと、女性陣は逸子、ナナ、アツコが話をしている。料理の話から始まって、恋愛話が続いた。きゃあきゃあ叫んでみたり、くすくすと小声で笑い合いながら肘で突つき合ったりしている。男性陣はケーイチ、タケル、タロウがタイムマシンや今後の事を話している。女性陣はテーブルで、残ったものをつまんで話し、男性陣はソファに移動してタケルが探し出したウイスキーをちびちびと飲んでいた。
ぽつんとテーブルの端に残ったのはコーイチとチトセだった。
「コーイチ……」コーイチの隣に座っているチトセが言う。「オレは、いっつもこんな感じで一人になるんだ……」
大人並みの働きをしても、基本はまだ子供だ。大人の内緒話や込み入った話には入ることが出来ないチトセだった。
「ボクも似たようなものだよ」コーイチは言う。「女の人の話には入れないし、男の人の話も難しそうだしね」
「コーイチは、何の話なら出来るんだ?」
「う~ん……」コーイチはチトセに言われて考え込む。「……言われてみれば、出来る話って無いかも知れないなぁ。ボクは話すより聞く方が多いから」
「そうなんだ」チトセが納得したようにうなずく。「でもさ、話を聞かずにずけずけしゃべるヤツよりは良いと思う」
「そうかなぁ? でもさ、チトセちゃんみたいに何でもすぐ出来るなんて事はないから、チトセちゃんの方がずっと凄いと、ボクは思うよ」
「……あのさ、……この格好どう思う? 本当に変じゃないか?」
チトセは急に話題を変えた。照れくさくなったのだろう。心なしか頬を赤く染めている。
「とっても似合っていると思うよ。まあ、ボク自身、着物を見慣れていないせいかもしれないけど、服を着ている方が自然に見えるよ」
「あのさ、上に着ているのは良いんだけどさ、このズボン…… って言うのか、この変な袴? 何だかぴっちりし過ぎていて……」
「すぐに慣れるよ」
「それとさ、オバさんたちが選んでくれたんだけど、胸と腰にさ、変なもの着けたり穿いたりしてさ。……何だか締めつけられているみたいで、イヤなんだよな。オバさんたちは取っちゃダメって言うんだけどさ、取っても構わないよな?」
「いや、それは取っちゃダメだよ!」チトセが言っているのは下着の事だ。コーイチはあわてて言う。「この格好には必需品なんだよ!」
「じゃあ、着物に着替えてくる。そうすれば取っちゃって良いんだろう?」
「いや、その格好の方が似合っているよ。だから、そのままで……」
「そうか、コーイチがそう言うんなら、そうする」チトセは素直に言う。「……でも、何だかイヤな感じだ……」
「大丈夫。チトセちゃんはすぐに慣れるさ」
「でも、こんなのに慣れちゃうと、もう、棟梁の所には帰れないかもな……」
「そうかもしれないね……」
「良いんだ、オレ、コーイチと一緒なら!」
チトセはコーイチの腕にしがみついた。
つづく
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