お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ブラック・メルヒェン その15 「幸運のペンダント」

2008年09月06日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
「あーあ。運動会、いやだなぁ・・・」
 六年生の俊夫は重い足取りで学校を出ました。
 再来週の日曜日は小学校最後の運動会があります。元々運動が苦手な俊夫は、運動会は苦痛なものでしかありませんでした。最後の運動会だから、みんながんばって良い思いでを作ろう、なんて先生もお父さんもお母さんも言っていたけど、ボクみたいに無理なヤツだっているって事を知っておいて欲しいよな・・・ 俊夫はそう思うと、悔しそうな顔で学校を振り返りました。
 帰り道の途中に公園があります。俊夫はなんとなく公園に入り、ベンチに座りました。
「勉強も運動も、あんまりぱっとしないのかい。つまんないだろうねぇ・・・」
 突然、横から声をかけられました。俊夫は驚いて立ち上がりました。いつの間にか隣に黒ずくめの格好をしたおじいさんが座っていて、立ち上がった俊夫を、ニタニタ笑いながら見上げていました。
「びっくりしなくてもいい・・・」おじいさんはかすれた声で言いました。「君の事はよく分かっているよ、俊夫君。さぁ、座った、座った」
 おじいさんはベンチを指し示しました。俊夫は言われるままに座り直しました。
「おじいさんは、本当にボクの事が分かるの?」
 俊夫はなかなか信じられません。
「もちろんさ。運動会で一番になりたい。勉強でも一番になりたい。みんなの憧れの佐々木妙子さんと仲良くなりたい・・・ 他にもあるようだけど、話そうか?」
「いや、いいです・・・」
 俊夫はドキドキしました。このおじいさん、本当にボクの願いを知っているんだ! 
「そこでだ・・・」おじいさんは上着の内ポケットを探り始めました。何かをつかんだようで、握ったままの手を、俊夫の前に突き出しました。「これをあげよう。心配しなくていい。さ、手を出してごらん・・・」
 俊夫が手の平を上にすると、おじいさんはそこにペンダントを乗せました。
 小さな赤く丸い石が金色の細い鎖と繋がっていました。
「これを首につけると、君は何でも一番になれるよ。運動会だろうが、勉強だろうが、女の子だろうが・・・」
 おじいさんはニタニタ笑いのままで言いました。
 俊夫はペンダントをぶら下げて、顔の前に持ってきました。赤い石の輝きに、俊夫の心が吸い込まれそうになりました。ふと我に返って、隣を見るとおじいさんはいませんでした。
「あのおじいさん、誰だったんだろう・・・?」
 俊夫は言いながら立ち上がりました。赤い石がきらりと光りました。(これを首につけると、君は何でも一番になれるよ。運動会だろうが、勉強だろうが、女の子だろうが)おじいさんの声が頭の中に響きました。俊夫はペンダントをつけて見ました。丁度良い大きさでした。
 運動会の日、俊夫は徒競走で圧倒的な走りで一位、初めて選ばれたリレーでも最下位からの大逆転を演じ、自分のクラスの所属する紅組を優勝に導きました。
「俊夫君、ステキ!」
 佐々木妙子さんが憧れの眼差しで俊夫を見据えています。
「今度、勉強も教えてね・・・」
 先日行われた、校内実力テストで全教科満点を採った俊夫に妙子さんが言い添えました。 
 あれから二十年が経ったのか・・・ 俊夫は大邸宅の寝室にいました。
 ペンダントをつけた日から、俊夫は行った事が全て一番になっていました。
 一流のアスリートにして学問の秀才、一流企業に入社し、若くしてトップに立ち、次は政界に進み、行く行くは一国の長になる・・・ 俊夫の思った通りの日々でした。と言うより、ペンダントの力が俊夫を動かしていたのでしょう。
 しかし、最近、体調がすぐれず、寝室で休んでいる事が多くなっていました。妻の妙子は心配し、医者を呼ぼうとしましたが、俊夫はそれを拒んでいました。
 俊夫には原因が分かっていました。
 ペンダントです。
 俊夫の体は大人になるにつれて大きくなっていきましたが、ペンダントはそのままでした。六年生の時に丁度良かったペンダントは、今では首に食い込むほどになっていました。
 はずしたいと何度も思いましたが、その途端に全てが無くなってしまう様で、結局、はずせないままでいたのです。
 どうしたものだろう・・・ 俊夫はベッドに寝ながら、天井を見つめました。
「もうそろそろ、はずしてみてはどうかね?」
 ベッドの脇から声がしました。俊夫が顔を向けると、あの老人が、俊夫にペンダントをくれた老人が、あの時と同じ、黒ずくめでニタニタと笑って立っていました。
「もう、十分に一番を楽しんだだろう? 俊夫君・・・」かすれた声もそのままでした。「それに、今はずさないと、命が危なくなるよ」
「分かっています」俊夫は答えました。「でも、はずすのが怖いんです。全部無くしそうで・・・」
「ほぅ・・・」老人は驚いたような顔をしました。「命よりも今の地位が大切だと言うのかね? 命が尽きれば同じ事だよ・・・」
「どう言う意味ですか?」
「君が死ぬと、ペンダントの効き目は無くなる。つまり、ペンダントで築いたものは全て無くなるって事だよ。この家も奥さんも会社も何もかもだ」
「それは、困ります! もう、ボクだけのものではなくなっていますから!」
「じゃあ、どうするつもりだね・・・?」
「・・・もし、今はずしたら」俊夫はしばらく考え込んでから言いました。「今はずしたら、どうなるんですか?」
「そうだねぇ・・・」老人はうれしそうな顔をしました。「君だけが元々の君に戻るだけだよ。運動も勉強もぱっとしない、つまんない君にね。それでも、命だけはあった方がいいんじゃないのかな。まだ君は若いんだし、色々とやり直せるさ。それなりだけどね。・・・さあ、どうするね・・・?」
 俊夫はじっと老人を見つめていました。やがて、弱々しく言いました。
「・・・お願いします。はずしてください・・・」
 数日後、全てを失った俊夫は、会社のあった場所の近くの公園にいました。・・・会社は別会社に買収され、妻も別の男のもとに去り、か。体はとても楽にはなったし、命もこうして長らえているが、これじゃ何も出来やしない・・・ 俊夫は今は自分のものではなくなった会社のビルを見上げていました。
 何気なく公園内を見回すと、小学生らしい男の子がベンチに座っていました。何か悩んでいるようでした。すると、その隣に突然黒ずくめの格好をした老人が現れ、男の子になにやら話しかけ、何かを手渡すと、すーっと消えてしまいました。男の子は渡されたものを首からさげました。赤い小さな光が俊夫の目に突き刺さりました。
 ・・・あれは・・・ しかし、俊夫は黙って、男の子が立ち去るのを見送っていました。

 最近、お子さんが急に一番になったりしてはいませんか? また、お子さんに一番を期待しすぎてはいませんか? 無理はさせませんように。程が大切ですよ、程が・・・



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