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ジェシル 危機一発! ㉟

2019年12月13日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 明るい太陽の熱い光が降り注ぎ、それをきらきらと乱反射させている大きなプールの水面を、プールサイドに拡げたビーチチェアに白いビキニ姿を長々と伸ばしながら、サングラス越しに眺めているジェシルがいた。サイドテーブルには自家製のベルザの実のジュースに入ったグラスが置いてある。ジェシルは満足そうな笑みを浮かべている。
 ここは地球の南半球の某る国の高級リゾートホテルだった。
 身を隠すには、誰も知らない辺境の地が最適だ。その点、地球は実にふさわしかった。未開の辺境の惑星でありながら、そこそこ不便を感じない。さらに、ジェシルは行き先を誰にも伝えていないため、すっかり休暇気分になっていた。このまま地球に居続けようかとも思うが、どうも地球人と言うのがジェシルには気に入らなかった。どんなに気取ってみせても、未開の辺境人にしか思えないからだ。
 こんな未開の辺境惑星でも、この太陽の光は評価できるわね。ジェシルは思った。ジェシルの知る恒星の中でこれほど優しく照らすものは他になかった。普段のジェシルなら露出の多いものを好まないのだが、この光は全身に浴びたいと思わせた。これを売り物にすれば結構他の宙域から客が来るんじゃないかしらね、そんな事も思うジェシルだった。
 ジェシルは起き上がり、ベルザの実のジュースをストローで飲む。そうそう、このストローって言うのも評価できるわ。なんだか面白い。帰る時、記念に買って帰ろうかしらね。ジェシルはそう思いながらストローを吸った。
 そんなジェシルの様子をプールにいる男性たちは見逃してはいなかった。飛び切りの美人が飛び切りのプロポーションを惜しげも無く晒しているのだ。しかし、ジェシルは全く頓着していない。未開の辺境人だからだ。
「……失礼、お嬢さん……」
 背後から声をかけられた。ジェシルが振り向くと、たぶん、この惑星では上流階級と言われる部類に属しているだろう若い男性が笑顔で立っていた。白い高価なスーツで身を包んでいる。
「何かしら?」
 ジェシルはグラスをテーブルに戻しながら言う。口調には関心を示していない感が現われている。
「今晩、ディナーにご招待したいのですが…… わたしはダニエル・ホープと申します……」
「そう…… わたしはジェシル・アンよ。でも結構、お断りするわ」ジェシルは素っ気なく返す。「それに、わたしは忙しいの」
「ジェシル・アン…… 素敵な名前ですね」ホープは笑顔を崩さない。「では、ご都合の良い日を教えていただけませんか?」
「無いわ」
「わたしの事をご存じないようですね。ここいらの人たちに聞いてみてみてください。そうすれば、断れなくなると思いますよ」
「あら、相当の自信家ね。……でも、やっぱりお断り」
「これはまた、また強気な方ですね」ホープは優しく微笑む。「あなたのような方は初めてだ。とても気に入りましたよ」
「わたしは全然関心が湧かないわ」
「それはまた、どうしてでしょうね? 後学のために教えていただけませんか?」
「だって、あなたは地球人でしょ?」
「これは……」ホープは驚いた表情をした。それから品良く笑い出した。「ははは、面白い事をおっしゃる方だ」
「別に面白い事じゃないわ」ジェシルはちょっと機嫌を損ねた。「わたしって、地球人には興味ないのよ」
「まるで、ご自身は地球人ではないような言い方ですね」
「そうよ、わたしは地球人ではないわ」
「わかりました。それでも興味を持ってくだされば、夜八時に最上階の特別室にお越しください」
「多分、行かないわ」
 ホープは去って行った。ジェシルはプールの水面を見ている。まるで、ホープよりずっと価値があるとでも言いたげだった。
「ねえ……」隣にいた若い女性がジェシルに話しかけてきた。ジェシルと同じビキニを着ている。「あなた、人生最大のチャンスを逃す気なの? 信じられないわ!」
「どう言う事?」
「相手は、あのダニエル・ホープよ! 若いのに、世界で屈指の資産家よ!」
「でもそれって、地球での話でしょ?」
「また、そんな事言って!」
「だって本当の事じゃない? 宇宙一って言うんなら自慢しても良いだろうけど、こんな未開の辺境惑星で自慢されてもねぇ……」
「変な人ねぇ……」
「そう? じゃあ、あなたが行ってくれる?」
「な、何を言い出すのよ! わたしなんかじゃダメに決まってるわ!」
「どうして?」
「ホープはあなたに話していたじゃない。隣にいるわたしなんか眼中になかったわ」
「ふ~ん、同じ地球人同士なのにねぇ……」
「またそんな変な事を言う……」
「そうだ、あなた、わたしの代わりに行ってよ」
「はあ?」ジェシルの唐突な話に驚きを隠せない。「なんて馬鹿なこと言ってるいるのよ! わたしなんか無理に決まっているわよ!」
「そうかしら?」
 ジェシルは言うと、グラスの横に置いてあるポーチを手に取り、中を探った。そして、リップスティックのようなものを取り出した。
「これをあげるわ」ジェシルはそれを差し出した。「これを自分の唇にさっとひと塗りすればいいの。それで、あなたの言う、人生最大のチャンスが手に入るわ」
「……本当?」
 相手はいぶかしそうにジェシルとスティックとを見比べる。
「絶対よ。これには地球の男性を惹き付ける匂いの成分が入っているから」
「どうしてそんなものもっているのよ?」
「どうしてって…… 遊び心からなのかな」
 ジェシルは過去に指名手配犯を捕まえるため(結果として処分してしまったが)地球へ行くとドクター・ジェレミウスに話をしたことがあった。その際にドクターが悪ふざけで作ったものだった。「これで地球の男はジェシルのものじゃぞい!」と言いながら、ドクターはげらげら笑っていたが、ジェシルは地球の男性に興味はなかった(何度も言うが、未開の辺境人には全く関心が持てなかったからだ)。しかし、作ってもらったものだからと捨てるわけにもいかず、かと言って使う気にもなれず、仕方なしに持ち歩いていた。それがこんなところで役に立つ事になって、ジェシルはほっとした気分だった。  
「これを使えば、夜まで待つ必要はないわ。すぐにでもホープって人を訪ねて行くと良いわ」
「どう使うの?」
「会う直前に塗るだけよ」
「でも、会ってくれるかしら?」
「わたしからの伝言を持って来たって言えば会ってくれるわ」
「ありがとう、ダメ元でやってみるわ。ジェシル、あなたって変わり者だけど、良い人ね。わたしはメアリー、メアリー・バクスターよ」メアリーは立ち上がった。「じゃあ、さっそく試してみるわ」
 ジェシルはメアリーの後ろ姿を見送ると、再びビーチチェアに寝転がった。太陽が心地よい。


つづく



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