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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 94

2018年09月14日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
 ……なんだか大変な状況になっているようだぞ…… コーイチは思った。
 後ろ手にしばられ、膝もしばられ、台の上にうつ伏せで寝かされ、そのうえ、首も枷をはめられている。全く見ることができないし、目の前は照明の無い闇だ。交わされている会話から考えるしかなかった。
 ……とにかく、大地の女王には感謝だ。あとは、このしばられた手足が自由になれば、芳川さんを助けられるんだけど…… コーイチは手足を動かした。……あれ? しはられている感覚が消えていた。思わずかゆかった右の脇腹をぽりぽりと掻いてしまった。……いや、そうじゃなくて…… コーイチは両手をそろそろと動かして、首の枷をつかむ。枷を持ち上げて首を抜く。それから膝を曲げながら上半身を起こし、台の上に座り込む。
 見上げると、浮いている若く美しい女王と、扇子を振り回しながら叫んでいる旗の絵そっくりなベリーヌと、おいおい泣いているジョーカーが見えた。
 四方では駆け回る足音、武器や武具がぶつかり合ってガチャガチャ言う音、なにやら言い合う声が渦巻いている。
 ……今なら、芳川さんを助け出せそうだ。コーイチは台の外に右足を伸ばし、床を探るように、ゆっくりと伸ばす。……待てよ、うつ伏せになっていた時に芳川さんの台は右側にあったから…… コーイチは足を引っ込めて、台の反対側から再び右足を下ろした。逆側に降りようてしていたことに気がついたからだった。
「いやいやいやいや、まいったなあ……」
 思わずつぶやくコーイチだった。
 爪先が床に付いた。左足も下ろす。床に降りた。鼻を摘ままれても分からないほどの闇だ。用心のため腰をかがめ、そろりそろりと移動を始める。一足移動しては、両手を前に伸ばし、それぞれを上下左右に動かす。コーイチなりの用心深さだった。
 ……待ってろよ、芳川さん! 一刻も早く助け出してあげるから! 台の上に乗せられる前の、何とも言えない悲しい笑みを思い出したコーイチだった。しかし、思いとは裏腹に一足移動しては両手を動かしている。
 右手に何かが触れた。同時にコーイチは突き飛ばされて尻もちをついた。痛かったが、口に両手を当てて声を出さないようにした。もし熊やトランプの兵隊だったら、何をされるか分かったものではないからだ。
「何者!」
 押し殺してはいるが鋭い声がし、ぶんぶんと風を切る音が絶え間ない。……この声は……
「……僕だよ、コーイチだよ。芳川さん……」コーイチは言いながら起き上る。ぶつけたお尻をさする。「芳川さんも手足が自由になったんだね。良かった、良かった」
「えっ? あっ!」洋子が蹴りまわしている右脚を下ろし、急におろおろした声になる。「……今のコーイチさんだったんですか!」
「今のって……」
「いえ、急に触られたものですので……」まさか胸を触られたなんて言えない…… 洋子は闇の中で顔を赤くした。「……びっくりしてしまって……」
「そりゃあ、悪かったね。真っ暗闇なものでね…… 大丈夫だった?」
「全然平気です…… それより、コーイチさんの方が心配です」
「僕も大丈夫だよ……」見えないのを幸いにコーイチは痛むお尻をさすり続ける。「……でも、こう闇が深いと、すぐそばにいるんだろうが、何にも見えないね……」
「そうですね…… 上の方じゃ、大変そうですけどね」
「少なくとも、大地の女王には感謝しなきゃいけないね」
「……コーイチさんは平気なんですか?」
「え? 何が?」
「こうも次から次へと、おかしなことが続いているのに……」
「……きっと同僚の人たちのおかげで耐性がついているんだろうな。印旛沼さん、林谷さん、清水さん、それと西川課長もかな。それにさ、この世界自体がそういう所なんだろうし」
「まあ、そうなんですけど……」頼りになりそうな、ならなそうな、でも、大好きだから良いかな…… 洋子は見えないのを幸いに、にまあーっとした笑みを浮かべる。「……そうですね」
「そうさ。だから気にしない、気にしない」
 その時、突然法廷内が明るくなった。


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