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ジェシル、ボディガードになる 153

2021年06月29日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「ハービィ、気が利くじゃない!」ジェシルはハービィに笑顔を向ける。「オーランド・ゼムがケガをしているのよ」
「可能性の問題だよ、ハニー」ハービィは言い、音を立てながらオーランド・ゼムに近づく。「殺し屋が現われた。となれば、殺されるか、殺すかだ。その際に、どちらかが負傷するかもしれない」
「じゃあ、この医療キットは、オーランド・ゼムのためってわけじゃないのね……」ジェシルは呆れる。「ハービィ、あなたって、結構ドライなのねぇ……」
「オーランド・ゼム」ハービィは椅子に座っているオーランド・ゼムに顔を寄せる。「傷の手当てをしようと思いますです」
「あ、それは、わたくしが……」ミュウミュウが割って入った。「オーランド・ゼムさんは、わたくしを助けようとして、負傷なさったんです。ですから、わたくしが……」
「でも、実際は殺し屋と交渉していたのよ」ジェシルが言う。「そんなに恩義に感じる事は無いわ」
「ははは、ジェシル、君は相変わらず厳しいねぇ……」オーランド・ゼムは笑う。しかし、やはり痛そうだ。「……ミュウミュウ、ハービィの腕は確かだよ。任せておくと良い」
「でも……」
 そう言うと、ミュウミュウは悲しそうな表情で下を向いてしまった。
「分かったよ」オーランド・ゼムはうなずく。「じゃあ、ミュウミュウ、君の任せよう。……ハービィ、そう言うわけだ」
「かしこまりましてございますです」
 ハービィは言うと、ぎぎぎと音を立てながら、持っている医療キットをミュウミュウに差し出した。ミュウミュウは受け取ると、テーブルの上に置き、中身を手慣れた様子で確認し始めた。ハービィは壊れたように動かなくなった。
「さあ、オーランド・ゼムさん、服は脱げますか?」
 ミュウミュウが言う。オーランド・ゼムは無事な方の右手で服の前ボタンを外した。それから服を脱ごうとしたが、左肩の痛みに、思わずうめいてしまった。
「ははは、何とも自分が情けないよ」オーランド・ゼムは苦笑する。「痛くて服が脱げないとはね…… ハービィ、手伝ってくれないか?」
「いいえ、わたくしが致しますわ」ミュウミュウが言う。「……こう言う事は、リタ様で慣れておりますので」
 オーランド・ゼムはミュウミュウの手伝いで服を脱ぐ。老年とは思えない締まった体型だ。左肩の傷は深いものではなかったが、見慣れていないムハンマイドは眉をしかめていた。ジェシルは、オーランド・ゼムの傷を無表情で一瞥しただけで、転がっている殺し屋の検分に掛かった。死体の傍らに片膝を突く。
「見事に心臓を一発で仕留めているわね……」ジェシルはつぶやきながら、殺し屋の上着を探る。「思ったっ通り、何も持っていないか……」
 これでは、どこの誰なのかが分からない。もちろん、直接に依頼した者も分からない。シンジケートの差し金としか判断が出来ず、犯人を特定できない。ジェシルは忌々しそうに舌打ちをする。
 殺し屋が握り締めている熱線銃を見る。ジェシルの特注品とは違い、どこででも手に入る代物だった。とは言え、目の前で撃てばそれなりの威力はある。不意打ちが得意な殺し屋には、これで充分なのだろう。だが、入手が容易であっては、武器から殺し屋の素性や依頼主は追う事は出来ない。ジェシルは苦々しげに、自分の腹部を見た。黒焦げになっている。……撃たれ損だわ! ジェシルはまた舌打ちをする。
「それにしても……」
 ジェシルはつぶやいて、殺し屋の顔を見る。目を大きく見開いて、驚いたような表情だ。そして、それが気に食わない。オーランド・ゼムによほど旨い事を言われ、すっかり信用していた矢先に不意を突かれて撃たれたのか。撃たれた瞬間に、自分はプロ失格だと己の不甲斐無さに驚き呆れたのか。とにかく、表情からは何とも言えないが、気にはなる。
「でも、これで、殺し屋がまた現われたら、戦えるのはわたしだけね……」ジェシルはつぶやく。そして、残忍な笑みを浮かべる。「……ふふふ、楽しみね。わたしのお腹を焦した落とし前が着いていないから、次の殺し屋さんは覚悟しておく事ね……」
「……ああ、ありがとう」オーランド・ゼムの声がした。ジェシルが見ると、オーランド・ゼムはテーピングされた左肩を軽く回していた。「……うむ、痛みが無くなったようだ。ミュウミュウ、君は大したものだねぇ」
「……いえ、そんな事……」ミュウミュウは照れたように笑む。「……これもリタ様にお仕えしたからこそ出来るようになったのですわ。そうでなければ、わたくしは何も出来ませんでした」
 そう言うと、想い出が溢れたのか、ミュウミュウの目に涙がにじみ、「リタ様……」と、小さくつぶやいた。
「ねえ、オーランド・ゼム」ジェシルは言うと立ち上がる。「あなた、銃は使える?」
「ああ、大丈夫だ」オーランド・ゼムは笑む。「痛みは無いし、銃は右手で扱うからね。次の殺し屋が現れても対応出来るさ」
「また、お金で釣ると良いんだわ!」
「相変わらず厳しいねぇ……」
「やっぱり、皆で動いた方が良いわね」ジェシルはオーランド・ゼムの言葉を無視して言う。「そして、ムハンマイドに通信を回復してもらって、宇宙パトロールに来てもらうわ。呑気に宇宙船の修理なんてしていられないわ」
「それは困るなぁ……」オーランド・ゼムが言う。「何しろ、この宇宙船には愛着があるからねぇ。何とか修理をしてもらいたいのだよ。付き合いも、ハービィよりも長いのでね。最早、わたしのからだの一部なのだよ」
「言いたい事は分かるけど、身の安全が優先よ。宇宙パトロールが来て、一段落してから修理をすれば良いじゃない? 優秀な修理班も同行させるわ」
「それはそうだろうが……」
「修理はもうすぐ終わる」ムハンマイドが言う。それからジェシルを見て半笑いを浮かべる。「……ハービィに急かされてね、思いの外、修理は順調に進んでいるんだ。それに、ボクは手がけている物を途中で放り出すのは嫌いだ」
「だったら、宇宙パトロールが来てから、あなたが続きをすれば良いじゃない?」
「そうだな、そうしよう」ムハンマイドは納得したようにうなずく。「じゃあ、家に戻って通信を回復させよう。アーセルの葬儀も行いたいし……」
「殺し屋は宇宙パトロールが来るまでは一応保管ね。本部で調べれば、分かる事もあるだろうから」
「それじゃ、ボクの家に行こう。……オーランド・ゼム、大丈夫か?」
「……あの、話がありますです」突然、ハービィが話し始めた。「話がありますのです」
 

つづく

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