「……それって、どう言う意味?」マーベラがゆっくりと訊き返す。目付きが今まで違う。殺気を帯びている。「ジェシル、あなた、自分が何を言っているのか、分かっているの?」
「そうだよ、ジェシル!」ジャンセンが割って入ってくる。「君は博士に会った事が無いから、そう言う歪んだ発想をするんだよ!」
「だって、話を通したとは思えない展開じゃない?」ジェシルも負けていない。「それに、ジャン、あなただってそのマスケード博士から文献をもらったんでしょ?」
「そうだけど、絶対に調べて来いなんて強要はされなかったよ。ぼくがジェシルの従兄弟と言うの聞き知って、都合の良い時に調査してみてはくれないかと丁寧に頼まれたんだ」
「そうよ、マスケード博士は奥床しい方よ!」マーベラは語気を強める。「下衆な考えはやめる事ね!」
「でも、そう言われたら、優先するんじゃないの?」ジェシルは引き下がらない。「ジャン、あなたはどうなの? 子供の時以来の再開なのに、地下室がどうのって話ばっかりだったじゃない?」
「そりゃ、渡されたのが、とっても興味深かったからだよ。他意はないさ」
「ふ~ん……」ジェシルはジャンセンの言葉に疑わしそうだ。「でも、それって、あなたの興味を引くような物を渡したって事じゃない?」
「それは考え過ぎだよ、ジェシル」ジャンセンは言う。「もしそうだとしても、博士の配慮だったと思う。ボクに発掘調査を頼むような事はないんだから」
「そうよ!」マーベラが加わる。「逆に、マスケード博士はわたしに文献調査は頼まないわよ!」
「そう……」ジェシルはまだ疑っているようだ。「ねえ、トラン君、あなたはどう思う?」
「ぼく、ですか……」トランは三人から注目され、戸惑っている。「ぼくも、カスケード博士の配慮だと思います……」
「ほうら!」マーベラは勝利宣言をするかのごとく胸を張る。「あなたの妄想よ! これからは慎む事ね! あ、それとも人を疑うって言うのは、宇宙パトロールの職業病なのかしらぁ?」「あのう……」トランが考え込みながら言う。「でも、思っていた事があるんです」
「トラン!」マーベラが叱責する。「余計な事を言うもんじゃないわよ。マスケード博士はわたしたちを信頼して下さっているのよ」
「それは良く分かっている、分かっているんだけど……」
「いいから、黙っていなさい。今はジェシルが問題なんだから」
「あら、あなたって弟に何も言わせない暴君姉なの?」ジェシルが呆れたように言う。「言いたい事を言わせないなんて、研究者の前に、姉の前に、人としてどうなの?」
「……うるさいわねぇ」マーベラは唸るように言うと、トランを見る。「トラン、言いたい事があれば言いなさい!」
姉の剣幕にたじろぎながらも、トランは咳払いをして気を取り直し、ジェシルを見る。
「ぼくだけが思っている事かもしれないんですが……」トランはちらちらとマーベラを見る。「ぼくたちに頼まれる調査って、そのほとんどが危険な物ばかりなんです。いっつも命懸けでした……」
「トラン、それはマスケード博士がそれだけわたしたちを信頼して下さっているからじゃないの!」
「そうとも言えるけど、ぼくはいつも姉さんは心配していたんだ」トランはマーベラを見る。「マスケード博士は無理はしなくて良いよっておっしゃるけど、その度に姉さんが平気です、大丈夫ですなんて答えるから……」
「だって、いっつも大丈夫だったじゃない?」
「発掘調査の段取りはぼくが決めてきた。行き先を調べるたびに、本当に大丈夫なのかって不安に思う事が多かった。それで、できるだけ危険を避けて段取りを組んでいたんだよ」
「こんな姉思いの弟なんて聞いた事無いわ」ジェシルがマーベラに訊く。「あなた、それを知っていたの?」
「知らないわ!」マーベラは答える。「わたしたちは役割をしっかりと分けていたから」
「じゃあ、あなたはトラン君の段取りの通りに動いていたってわけね。それでいて、栄誉は独り占めしてたんだ」
「そうじゃないですよ、ジェシルさん」トランがすぐに否定する。「ぼくは姉さんの役に立てれば、それで良いんです。姉さんが栄誉を受けるって事はぼくも受けてるって事と同じなので」
「なんて姉思いなのかしら……」ジェシルは感激していた。「それを知らないだなんて。本当に姉失格ね。これから一人でやって、どこかで死んじゃえばいいんだわ!」
「な……!」マーベラが憤慨する。「ふざけた事言ってんじゃないわよ!」
「ふざけていないわ……」ジェシルの目が座る。ジェシルはマーベラを睨み付けたまま腰に手を回す。指先が銃に触れた。「今すぐ引導を渡してあげるわ……」
「何かするつもり?」マーベラが腰を落とし身構える。「こう見えて格闘は上級者なのよ。今までどれだけのヤツを倒してきたことか……」
「おいおい、アーロンテイシアとデスゴンの闘いは終わったんだよ」ジャンセンが二人の間に立って、双方を見ながら言う。「とにかく今は戻る事が最優先事項だよ」
ジェシルは銃から手を放す。身構えていたマーベラも構えを解く。
つづく
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