声の主は、もじゃもじゃ頭にフレームが上向き尖ったサングラスをし、ぼうぼうに伸びた髭の間から火の点いていないタバコを突き出し、黒のワイシャツを豹柄のスーツとスラックスで包み、首からカメラを三つぶら下げた、四十歳くらいの見上げるほどの巨漢だった。その巨漢が内股で駆け寄って来た。
「あら、滑川さん!」
逸子が親しげに声をかけた。さっきまでと打って変わって、満面に笑顔を浮かべている。
「探したわよぉ、逸子ちゃん!」
滑川が息を弾ませながら言った。
「逸子、こちらの方は……?」
印旛沼が滑川を見上げながら聞いた。
「こちらは雑誌のカメラマンをしている滑川大三郎さんです」
「滑川です」
妙に艶っぽい声で滑川は言い、軽く両膝を曲げるようにして印旛沼に挨拶をした。
「ナメちゃん、って呼んでね。逸子ちゃんのパパさんね。逸子ちゃんにはいつもお世話になってます」
「はあ、それはどうも……」
印旛沼は、あっけに取られたようだった。
「あたし、見た目はこの通りゴツイ男ですけど、心はか弱き乙女なんです。お気になさらないでね」
「は、はぁ…… そうだ、用を思い出したよ、じゃ、コーイチ君。また後でね」
印旛沼は逃げ出すように行ってしまった。
印旛沼さん、こういうタイプが苦手なんだな。ボクもそうだけど。でも、あの娘なら面白がるだろうな。いや、それだけじゃない。魔法でも使って変な事をするかもしれないぞ!
コーイチは京子の方を見た。しかし、京子はいなかった。周りを見たが姿がなかった。……どこへ行ったんだろう。ちょっと不安になったコーイチだった。
「それはそうと、逸子ちゃん、仕事よ仕事。このお店に来た途端に『逸子 in ドレ・ドル』ってピンと来ちゃって、ここの支配人さんにお願いしてみたら、撮影を許可してくれたの。各フロアのベストポジションで撮っちゃうわよ。もうすぐスタッフも来てくれるはずだから、いっしょに来てちょうだい!」
「え、ええ……」
「なになに、あまり乗り気じゃないみたいね」
「そうじゃないんだけど……」
逸子は言いながら、ちらちらとコーイチの方を見た。滑川もその視線に気付き、コーイチの方を見た。
「はは~ん、逸子ちゃん、このボクちゃんに気があるのね」
滑川は言いながら、コーイチの顔に自分の顔をぐいっと近付けサングラスを取った。長い睫毛のつぶらな瞳だった。コーイチは思わず身を硬くした。
「ふ~ん、よく見ると、なかなか素敵なボクちゃんじゃない。ナメちゃんの好みかも……」
滑川はコーイチのあごに手をかけて少し上向かせた。……こわい! コーイチの背筋に冷たいものが走った。
「あーら、あらあらあら、わたしのコーイチ君に何をしてるのかしら!」
京子の声がコーイチの背後でした。逸子の目にギラリと殺気がみなぎる。
「どこへ行ってたんだよ!」
コーイチは滑川の手から逃れるようにして背後の京子に振り返り、小声で聞いた。
「ヤボな事は聞かないの!」
京子も小声で答える。
「ヤボって…… 魔女もトイレに行くのか?」
「当然よ。住む世界が違っていたり、魔力を持っていたりするけど、基本は同じ人間なのよ。トイレにも行くし、それに、お風呂にも入るし、ご飯も食べるし、ベッドで寝るし、それから……」
「分かった、分かった。変な事言ってゴメン」
京子はコーイチを押しのけるようにして、滑川の前に立った。
「ところで、この人なあに?」
「わたしがモデルやってる雑誌のカメラマンのナメちゃんよ!」
逸子が語気鋭く言った。京子は逸子の方を見てのんびりした口調で言った。
「男なのに、女の人っぽいわね」
「ナメちゃんは女の人以上に女の心が分かるのよ! もちろん、あなたなんかよりもね!」
「ふーん……」
京子は滑川を見上げた。
「見た目は男、心は女…… か」
京子の眼が妖しく光った。コーイチはあわてて叫んだ。
「ダメだよ!」
しかし、遅かった。
つづく
「あら、滑川さん!」
逸子が親しげに声をかけた。さっきまでと打って変わって、満面に笑顔を浮かべている。
「探したわよぉ、逸子ちゃん!」
滑川が息を弾ませながら言った。
「逸子、こちらの方は……?」
印旛沼が滑川を見上げながら聞いた。
「こちらは雑誌のカメラマンをしている滑川大三郎さんです」
「滑川です」
妙に艶っぽい声で滑川は言い、軽く両膝を曲げるようにして印旛沼に挨拶をした。
「ナメちゃん、って呼んでね。逸子ちゃんのパパさんね。逸子ちゃんにはいつもお世話になってます」
「はあ、それはどうも……」
印旛沼は、あっけに取られたようだった。
「あたし、見た目はこの通りゴツイ男ですけど、心はか弱き乙女なんです。お気になさらないでね」
「は、はぁ…… そうだ、用を思い出したよ、じゃ、コーイチ君。また後でね」
印旛沼は逃げ出すように行ってしまった。
印旛沼さん、こういうタイプが苦手なんだな。ボクもそうだけど。でも、あの娘なら面白がるだろうな。いや、それだけじゃない。魔法でも使って変な事をするかもしれないぞ!
コーイチは京子の方を見た。しかし、京子はいなかった。周りを見たが姿がなかった。……どこへ行ったんだろう。ちょっと不安になったコーイチだった。
「それはそうと、逸子ちゃん、仕事よ仕事。このお店に来た途端に『逸子 in ドレ・ドル』ってピンと来ちゃって、ここの支配人さんにお願いしてみたら、撮影を許可してくれたの。各フロアのベストポジションで撮っちゃうわよ。もうすぐスタッフも来てくれるはずだから、いっしょに来てちょうだい!」
「え、ええ……」
「なになに、あまり乗り気じゃないみたいね」
「そうじゃないんだけど……」
逸子は言いながら、ちらちらとコーイチの方を見た。滑川もその視線に気付き、コーイチの方を見た。
「はは~ん、逸子ちゃん、このボクちゃんに気があるのね」
滑川は言いながら、コーイチの顔に自分の顔をぐいっと近付けサングラスを取った。長い睫毛のつぶらな瞳だった。コーイチは思わず身を硬くした。
「ふ~ん、よく見ると、なかなか素敵なボクちゃんじゃない。ナメちゃんの好みかも……」
滑川はコーイチのあごに手をかけて少し上向かせた。……こわい! コーイチの背筋に冷たいものが走った。
「あーら、あらあらあら、わたしのコーイチ君に何をしてるのかしら!」
京子の声がコーイチの背後でした。逸子の目にギラリと殺気がみなぎる。
「どこへ行ってたんだよ!」
コーイチは滑川の手から逃れるようにして背後の京子に振り返り、小声で聞いた。
「ヤボな事は聞かないの!」
京子も小声で答える。
「ヤボって…… 魔女もトイレに行くのか?」
「当然よ。住む世界が違っていたり、魔力を持っていたりするけど、基本は同じ人間なのよ。トイレにも行くし、それに、お風呂にも入るし、ご飯も食べるし、ベッドで寝るし、それから……」
「分かった、分かった。変な事言ってゴメン」
京子はコーイチを押しのけるようにして、滑川の前に立った。
「ところで、この人なあに?」
「わたしがモデルやってる雑誌のカメラマンのナメちゃんよ!」
逸子が語気鋭く言った。京子は逸子の方を見てのんびりした口調で言った。
「男なのに、女の人っぽいわね」
「ナメちゃんは女の人以上に女の心が分かるのよ! もちろん、あなたなんかよりもね!」
「ふーん……」
京子は滑川を見上げた。
「見た目は男、心は女…… か」
京子の眼が妖しく光った。コーイチはあわてて叫んだ。
「ダメだよ!」
しかし、遅かった。
つづく
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