「逸子!」
不意に取り巻いている多くの人の中から鋭い声がかかった。聞き覚えのある声だぞ、コーイチは思い、きょろきょろと声の主を探した。
「何者!」
逸子は一喝し、殺気を帯びた眼差しで周囲を見回した。
取り巻きの中から一歩前に出た人物がいた。印旛沼が腕を組んで、逸子を睨みつけていた。……印旛沼さん! そうか、道理で聞いた事のある声のはずだ。
「お父さん……?」
逸子は構えを崩さずにつぶやいた。
「お前、なんて格好をしているんだ!」
「え?」
逸子は、流れ込んで来る空気のせいで髪が逆立ち、ふりふりしたミニスカートの裾も少し上がり始めていた。
「いやん!」
逸子は顔を真っ赤にして上がり始めたスカートを両手で押さえ、赤いじゅうたんの上に両膝を付いた。もはや殺気はすっかり失せてしまっている。
「あ~あ、つまんないの!」
京子はがっかりした声を出し、指先から立ち上らせていた「闘気」(きっと魔法で出していたんだろうと、コーイチは思っていた)を消した。
取り巻いていた人たちも、これで終わりと察したらしく、それぞれに散って行った。
「やれやれ……」
コーイチはつぶやいて、安堵の息をついた。あれだけの取り巻きの中で、京子が魔法を使いでもしたら、どうなっていただろうか。……あのままだと、大勢の目の前で逸子さんを何かに(ヒキガエルかコウモリかヘビかトカゲか)変えてしまい、それを見て大騒ぎする取り巻きの人たち全員を何かに(ヒキガエルかコウモリかヘビかトカゲか)変えてしまっただろうな。目撃者の口封じのため、と言うより、面白半分で……
「逸子、一体どうしたと言うんだい」
印旛沼が逸子に聞いた。逸子はまだ赤い顔をしながらも立ち上がり、きっと京子を睨みつけた。京子も逸子の視線に気付き、睨み返す。
「あのコーイチさんの幼なじみの京子って言う人が、コーイチさんを困らせているもんだから、つい……」
「何を言っているんだい。コーイチ君の幼なじみの京子さんは、なかなかユーモアのセンスがある、コーイチ君にお似合いのお嬢さんだと思うけど」
「そんな事ないわ! 背中を壁にぶつけるまで追い詰めたり、力任せに腕を握ったり、ふしだらな物言いをしたり……」
「まあまあ、落ち着きなさい。……ところで、何でそこまでムキになってるんだ?」
「知らない!」
逸子はまた顔を赤くして、ぷいと横を向いてしまった。印旛沼は困ったような顔をコーイチに向けた。
「あら、父親ってこんなに鈍感なのかしら」京子が割って入った。「その娘はねぇ、コーイチ君の事が、すき……」
コーイチがあわてて京子と印旛沼の間に入り込んで、印旛沼に向かって大きな声で言った。
「そうだ、印旛沼さん! さっき服の色が変わるタネを思いついたって言ってたじゃないですか! どうやるのか教えて下さいよ!」
「え?」
手品の話になると他の事はどうでも良くなる性格をコーイチは知っていた。思った通り、印旛沼の目の色が変わった。
「そのタネは企業秘密だよ、コーイチ君。でも、少しくらいならバラしちゃっても良いかな。いや、勿体ないかな。でも、コーイチ君になら…… う~ん」
印旛沼は腕を組んで考え込んでしまった。
「どうして私に喋らせないのよ」
京子がコーイチの後ろから文句を言った。コーイチは振り返った。
「だって、恥ずかしいじゃないか」
「あら、ひどいわ、わたしってものがありながら……」
京子はうつむいて顔を両手で覆って、しくしくと泣き出した。コーイチはその様子にあたふたしてしまった。すると京子は顔を上げて、ぺろりと舌を出した。
「な~んてね」
……うーん、魔女だと分かってるんだけど、可愛いよなぁ…… コーイチは思った。
「逸子ちゃ~ん!」
突然、そう叫ぶ太くて低い声が聞こえて来た。
つづく
不意に取り巻いている多くの人の中から鋭い声がかかった。聞き覚えのある声だぞ、コーイチは思い、きょろきょろと声の主を探した。
「何者!」
逸子は一喝し、殺気を帯びた眼差しで周囲を見回した。
取り巻きの中から一歩前に出た人物がいた。印旛沼が腕を組んで、逸子を睨みつけていた。……印旛沼さん! そうか、道理で聞いた事のある声のはずだ。
「お父さん……?」
逸子は構えを崩さずにつぶやいた。
「お前、なんて格好をしているんだ!」
「え?」
逸子は、流れ込んで来る空気のせいで髪が逆立ち、ふりふりしたミニスカートの裾も少し上がり始めていた。
「いやん!」
逸子は顔を真っ赤にして上がり始めたスカートを両手で押さえ、赤いじゅうたんの上に両膝を付いた。もはや殺気はすっかり失せてしまっている。
「あ~あ、つまんないの!」
京子はがっかりした声を出し、指先から立ち上らせていた「闘気」(きっと魔法で出していたんだろうと、コーイチは思っていた)を消した。
取り巻いていた人たちも、これで終わりと察したらしく、それぞれに散って行った。
「やれやれ……」
コーイチはつぶやいて、安堵の息をついた。あれだけの取り巻きの中で、京子が魔法を使いでもしたら、どうなっていただろうか。……あのままだと、大勢の目の前で逸子さんを何かに(ヒキガエルかコウモリかヘビかトカゲか)変えてしまい、それを見て大騒ぎする取り巻きの人たち全員を何かに(ヒキガエルかコウモリかヘビかトカゲか)変えてしまっただろうな。目撃者の口封じのため、と言うより、面白半分で……
「逸子、一体どうしたと言うんだい」
印旛沼が逸子に聞いた。逸子はまだ赤い顔をしながらも立ち上がり、きっと京子を睨みつけた。京子も逸子の視線に気付き、睨み返す。
「あのコーイチさんの幼なじみの京子って言う人が、コーイチさんを困らせているもんだから、つい……」
「何を言っているんだい。コーイチ君の幼なじみの京子さんは、なかなかユーモアのセンスがある、コーイチ君にお似合いのお嬢さんだと思うけど」
「そんな事ないわ! 背中を壁にぶつけるまで追い詰めたり、力任せに腕を握ったり、ふしだらな物言いをしたり……」
「まあまあ、落ち着きなさい。……ところで、何でそこまでムキになってるんだ?」
「知らない!」
逸子はまた顔を赤くして、ぷいと横を向いてしまった。印旛沼は困ったような顔をコーイチに向けた。
「あら、父親ってこんなに鈍感なのかしら」京子が割って入った。「その娘はねぇ、コーイチ君の事が、すき……」
コーイチがあわてて京子と印旛沼の間に入り込んで、印旛沼に向かって大きな声で言った。
「そうだ、印旛沼さん! さっき服の色が変わるタネを思いついたって言ってたじゃないですか! どうやるのか教えて下さいよ!」
「え?」
手品の話になると他の事はどうでも良くなる性格をコーイチは知っていた。思った通り、印旛沼の目の色が変わった。
「そのタネは企業秘密だよ、コーイチ君。でも、少しくらいならバラしちゃっても良いかな。いや、勿体ないかな。でも、コーイチ君になら…… う~ん」
印旛沼は腕を組んで考え込んでしまった。
「どうして私に喋らせないのよ」
京子がコーイチの後ろから文句を言った。コーイチは振り返った。
「だって、恥ずかしいじゃないか」
「あら、ひどいわ、わたしってものがありながら……」
京子はうつむいて顔を両手で覆って、しくしくと泣き出した。コーイチはその様子にあたふたしてしまった。すると京子は顔を上げて、ぺろりと舌を出した。
「な~んてね」
……うーん、魔女だと分かってるんだけど、可愛いよなぁ…… コーイチは思った。
「逸子ちゃ~ん!」
突然、そう叫ぶ太くて低い声が聞こえて来た。
つづく
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