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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 157

2020年10月16日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 その夜、タケルはいつもの時間になってもナナの屋敷に姿を現わさなかった。
 ナナは明らかにいらいらしている。タロウはその様子に、アツコの過去のある姿を思い出していた。アツコもこんな風にいらいらした様子になり、心配して話しかけると、いきなり怒った口調で、タロウの臓腑をえぐるような事を矢継ぎ早やに口にし、言うだけ言うとさっぱりしたような顔をした。しかし、言われたタロウは、それからしばらく立ち直れなかったと言うイヤな経験があった。その時の姿に今のナナが似ているだけに、タロウとしてはどうしたものかと手をこまねいている。コーイチにもタロウの気配が伝わったのか、タロウと同じように息を潜めている。……ひょっとすると、逸子さんとコーイチさんとの間にも、ボクと同じような事があったのかもしれない。そう思うタロウだった。
「おい、オバさん」一緒に居たチトセは平気な顔でナナに話しかける。「何をいらいらしてんだ? タケルが来ないからか?」
「そうよ!」ナナがむっとした顔で言って、じろりとチトセをにらむ。「作戦が終わるまでは毎日、話し合いをしたいって思っていたのに……」
「その事はタケルに言ってあるのか?」
「そんな事、言わなくても分かるじゃない!」
「あのタケルだぞ」チトセが呆れた顔で言う。「言ったってダメっぽいヤツじゃないか? それを言わないでいたら、どうなるかくらい分からないのか?」
「……うるさいわね!」ナナは言い返す。図星なだけに、余計にいらいらした口調になる。「それにしても、何をやっているのかしら……」
「何て言ったっけ? ……残業、だっけ? それなんじゃないか?」
「いや、それはないわ。定時になったらパトロールを出て行く姿を見たから」ナナが不満そうに言う。「……でも、何だか楽しそうな顔していたわね」
「だったら、デートってのをしているんじゃないか?」チトセがにやにやしながら言う。ナナはチトセをにらみ付けた。「そんな顔をするなよな。きっとオバさんは口やかましいから、嫌われたんだよ!」
「ふん!」ナナは鼻を鳴らす。「わたし、あんな変な幼なじみなんか、これっぽちも思ったことなんかないわよ! ただ、今は大事な時期だから言っているだけよ。普段なら、この家にだって上げないわ!」
「ふ~ん……」チトセのにやにやは止まらない。「その割には、この家の事、タケルは詳しいぞ。オレに色々と教えてくれた。他にも『これはナナの秘密なんだけどさ』ってのを幾つも教えてもらったし」
「な、何よそれって!」ナナが真っ赤になる。何か思い当たることがあるらしい。「タケルが、何を言ってたのよ! 教えなさいよ!」
「良いのか? オバさんの秘密だぞ? 言っても良いのか? タロウやコーイチもいるんだけど、言って良いんだな?」チトセはにやりと笑い、タロウとコーイチの方を見る。「タケルが言うには、ナナってド……」
「ダメ!」ナナは叫ぶ。「言っちゃダメ!」
「教えろって言ったり、ダメって言ったり、どっちなんだよ!」チトセが言う。「それにさ、この前寝ている時に寝言を言ってたぞ。『タケルぅ……』って甘えた声でさ!」
「もうっ!」ナナは真っ赤になってタロウとコーイチを見た。「何なのよう、この子は! 二人からも何か言ってやってよう!」
 タロウとコーイチは顔を見合わせる。それから二人してチトセを見るが、何も言えないままだった。
「オバさんは、タケルが嫌いなのか?」チトセの容赦のない言葉が続く。「本当は二人は『親密』なんじゃないのかぁ?」
「いつの間にそんな言葉を覚えたのよ! この不良娘が!」ナナがチトセに向かって拳を振り上げる。「大人をからかうのも好い加減にしなさいよね!」
「ふん、大人大人って、そう言う言い方をするなんてさ、やっぱりナナはオバさんだな!」
「このぉ!」
 ナナは怒鳴るとチトセに向かって突進した。しかし、チトセの方が動きが早い。突進してくるナナを軽くかわし、ナナの背後に立つと小馬鹿にしたように笑う。ナナは怒りを剥き出しにした表情でチトセに振り返る。
「へ~んだ! オバさんなんて怖かぁないよぉだ!」
 チトセは言ってべえと舌を出して見せた。
「この小娘がぁ!」
 ナナはそう叫ぶと、再びチトセに突進した。チトセは今度も軽々とかわしたが、かわした先にタロウが立っていて、タロウにぶつかってしまった。その拍子にチトセは床に尻もちをついてしまった。
「タロウさん、ナイスアシスト!」ナナがタロウに言った。「協力してくれて感謝するわ!」
 ナナは言うとチトセに飛び掛かった。
「え? ああ……」ただ立っていただけだったタロウは、どう答えて良いのか分からなかった。「そりゃ…… どうも……」
「どうもじゃない!」ナナに抑えつけられ、足をばたつかせているチトセが叫ぶ。「そんなところにぼうっと突っ立ているから捕まっちまったじゃないかよう!」
「いや…… その…… すまない……」タロウはチトセに言う。「……とにかく、二人とも、落ち着いて……」
「離せよう! オバさん!」
「やかましい! この小娘が!」
 タロウの忠告は二人の耳には届いていないようだ。困ったタロウがコーイチを見るが、コーイチも困った顔をしていた。
 と、大きな声がした。
「お~い、ボクだぁ! 帰ったぞぉ!」
 タケルの声だ。続いてどさりと倒れる音がした。ナナはチトセを離してリビングのドアを開けて出て行った。
「わっ! タケル! あなた……」ナナの声が玄関の方から聞こえた。「……あなた、酔っぱらってんの?」


つづく



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