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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 158

2020年10月17日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「よう! これはこれは、ナナ・トキタニ次期タイムパトロール長官殿!」
 土間に座り込んだタケルは、呆れた顔をしているナナに敬礼をして見せた。
「タケル、何やってんのよう!」ナナは言うと、眉間にしわを寄せて自分の鼻をつまんだ。「うわっ! 酒臭っ!」
「ははは、バレたか!」タケルはナナに反してご機嫌だ。「……ちょいと、テルキ先輩とさ……」
「そんな呑気な事でどうするのよう!」ナナは怒鳴る。「そう言う気の緩みが失敗につながるかもしれないじゃないの!」
「ははは、ナナが居れば大丈夫だよ」タケルは立ち上がろうとするが腰が立たない。「……そうさ、ナナが居れば大丈夫さ……」
「何ぐちぐち言ってんのよう!」
「だからさ…… ナナが居ればボクが居なくっても良いって事さ。どうせ、みんなの足を引っ張るダメ男だからなぁ……」
「何訳の分かんない事を言ってんのよ! 酔っぱらいのたわ言なんか聞きたくないわよう!」
「へへへっとくらぁ……」
 タケルは下駄箱に寄りかかっていびきをかき始めた。
「タケル!」
 そう大きな声をかけて来たのはチトセだった。手に大きめの方手鍋を持っている。タケルのいびきが止んで、片目が開いた。チトセと認めると両目が開いた。しかし、まぶたは重そうだ。
「おやおや、チトセお嬢様じゃありませんか……」タケルはそう言うと起き上がろうとする。しかし、下駄箱から離れられないようだ。「……鍋を持っているけど、何か食べさせてくれるのかな?」
 チトセはそれに答えず、鍋の蓋を取ると、タケルに向かって鍋を振った。中には大量の水が入っていた。水はタケルにかかり、あっという間にずぶ濡れになった。
「うわっ! ぶっ! ふわっ!」
 訳の分からない叫びを上げたタケルは、ぽたぽたと全身からしずくを垂らしながら、座り込んだまま、呆れた顔をしてチトセを見上げた。
「ふん!」チトセはタケルの様子を見ながら鼻を鳴らす。「どうだ? 少しは酔いが醒めたか?」
「チトセちゃん、ちょっと乱暴よ」ナナが心配そうな顔でタケルを見る。「大丈夫かしら……」
「兄者や仲間たちが酔っぱらったら、いつもやってやったんだ。何回もやっているから、心配はいらないよ」チトセは平然と答えた。「……さあ、タケル、もう立てるだろう?」
 言われたタケルは下駄箱につかまりながら、のそのそと立ち上がった。頭を何度も振る。その度に水しぶきが飛び、ナナに掛かった。
 タロウとコーイチがやって来た。ずぶ濡れで立っているタケルを見て驚いた顔をしている。
「タロウ、遅いじゃないか!」チトセがタロウをにらんで文句を言う。一緒に来たコーイチには文句を言わない。「タケルは酔っぱらっているんだ。だから酔いを少し醒ましてやったんだよ」
「テルキさんって言う先輩とお酒を飲んだらしいのよね……」ナナがため息をつく。「この大事な時に何をやっているんだか……」
「文句は後にしろよな、オバさん」チトセがナナに言う。「とりあえず、こんな所に置いておけないよ。中で寝かさないと」
 そう言うとチトセは裸足のままで土間に降り、タケルの左腋にからだを入れて担ごうとした。急に支えられたタケルの体勢が崩れ、チトセに覆いかぶさるようして倒れかけて来た。コーイチがあわてて土間に飛び降りてチトセを支えた(抱き締められるようにして支えられたチトセは、この状況にもかかわらず嬉しそうに微笑み、それからぽっと頬を染めた)。
 タロウも下りて来てタケルのからだを支えた。コーイチはチトセの代わりにタケルの左腋にからだを入れた。タロウは右腋にからだを入れ、ふらふらなタケルを左右から吊り上げるようにして支える。
「チトセちゃん、タケルさんの着替えと寝床の用意をしてもらえるかな?」コーイチがぽうっとした顔をして横に立っているチトセに言う。「すぐそこの部屋で良いからさ。タケルさんはボクとタロウさんで運ぶから」
「……え?」コーイチの言葉にチトセは我に返った。「あ、うん、分かった!」
 チトセはどたどたと廊下を走って行った。タロウとコーイチはタケルを玄関から廊下へと引き上げた。
「さあ、タケルさん、しっかり……」コーイチがタケルに声をかける。「テルキさんとは楽しかったようだね」
「……テルキ先輩は、ボクの話を聞いてくれたんだ……」タケルは言うと泣き出した。「ボクの話をじっくりと聞いてくれたんだ。軽口ばかりの、この、どうしようもない、ボクの話をさ……」
「良かったねぇ」コーイチはうなずく。「でも、ちょっと飲み過ぎたようだね。今日はもう休もう」
「……ああ、そうするよ」タケルは言うとコーイチの顔を見た。「コーイチさん…… あんた、良い人だなぁ。チトセちゃんが好きって言うのが分かるぜぇ……」
 タケルはそこまで言うと、ぐったりと頭を垂れた。いびきをかき始めている。タロウとコーイチは何とか踏ん張ってタケルを支え、チトセが寝床を用意した部屋へと引きずって行った。
 濡れた服を脱がそうとしていると、チトセが部屋の中にいる事に気がついた。
「チトセちゃん……」コーイチがチトセに向かって首を左右に振ってみせる。「あとはボクとタロウさんとでやるから、もう大丈夫だよ」
「オレなら平気だ。兄者や仲間たちで、すっかり見慣れているから」チトセは平然と言う。「連中の着替えはオレがやってたんだから」
「チトセちゃんは見慣れているかもしれないけど、タケルさんは見慣れられていないからさ……」
「だって、酔っぱらって寝ちゃったんだから、何にも分かんないよ」
「あとで話を聞かされたら、おそらく、タケルさんは恥かしさで引きこもりになってしまうかもしれない……」
「ふうん……」チトセは納得していないようで、口を尖らせる。「まあ、コーイチがそう言うんだったら、そうするよ。何かあったら呼んでくれ」
 チトセは部屋を出て行った。どたどたと言うチトセの足音が遠去かる。
 その後およそ一時間をかけてタロウとコーイチとでタケルの着替えを済ませ、寝床へと寝かしつけ、リビングへと戻って来た。 
「……ははは、凄いいびきだな」リビングにまで聞こえるタケルのいびきにチトセが笑う。「大いびきだった兄者よりも大きいや」
「まあ、色々とあったんだろうね」タロウが同情するように言う。「あんなに酔っぱらうなんてさ……」
「そうね……」ずっと黙っていたナナがため息交じりに言った。「わたし、タケルに何となく辛く当たっていたのかもしれないわね…… いつもなら、何を言っても平気そうにへらへらしているのに……」
「ほら、今は人も多くなったし、やる事もあるし、みんなも気を張っているしさ」コーイチが言う。「ボクも、もっとタケルさんの話を聞いてあげられると良かったんだな……」
「コーイチさんだけじゃないよ。ボクだって……」タロウが言う。「タケルさんとは同じような境遇だからさ、分かり合える部分が多かったから、もっと話をすれば良かったよ……」
「男は、イヤな事や忘れたい事があると大酒喰らうんだって、兄者や仲間たちが言ってたよ」
 皆は黙ってしまった。タケルのいびきだけが聞こえる。
「さあさあ!」ナナが明るい声で言った。「いつもの日常を取り戻すために、また明日から頑張りましょう!」
 それが合図となって、皆、寝る事になった。タロウとコーイチはおやすみを言ってリビングから出て行った。
「オバさん、寝ないのか?」テーブルから動かないナナを見てチトセが言う。「夜更かしは美容の大敵とか言ってたじゃないか」
「……いいの、もう少し起きているわ」ナナは力無く笑う。「チトセちゃんはもう寝て良いわよ」
 チトセはうなずくと、大あくびをしながらリビングを出て行った。
 タケルの大いびきを聞きながら、ナナは「馬鹿……」とつぶやいた。


つづく

 


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