思い付きブログ

道州制と地方分権

 道州制が、また、少し話題になってきたので。

 道州制は、日本をいくつかに分けて、国の権限と予算の多くを道と州に移し、地方分権をすすめるものです。
 どこまで権限を移すのかにもよりますが、道や州は、国に近い位置付け。

 北海道、東北州、関東州、東京都、甲信越州、中部州、関西州、中国州、四国州、九州とか。北陸は、甲信越か中部か関西と一緒とか。
 中国と四国は一緒とか。東北を南北に分けるとか。

 アメリカ合衆国やドイツ連邦のような連邦制。
 日本合衆国、日本連邦です。




 しかし、国の政府の権限と予算の多くを道と州の政府に移しても、国がすることは残るので、国の政府はなくなりません。
 外交や防衛はもとより、多分、労働や保健衛生や教育や福祉など、もろもろの最低基準は国の政府が定め、適切に実施されているかの監視をするのでしょう。



 なので、道と州の政府を増やして県をまとめるだけでは、公務員と予算をいくらか増やさないと対応できなくなります。

 また、国が新たな統一的な基準を示したとしても、道州の政府、県、市町村の順に伝達するので、道州が間に入った分、今まで以上に時間と手間がかかります。




 すると、県か市町村を無くさないと公務員は減らないどころか増えるし、増えれば政府の人件費、予算は増えるし、予算が増えたら増税などで政府の収入を増やさないといけないし。

 住民に近い市町村は、ある程度規模を大きくして数を減らすことは必要にせよ、無くせないでしょう。

 すると、県を無くさないといけないわけで。



 無くせるのか?県を。



 無くせないなら、道州制は反対です。
 無くせるのなら、道州制に反対はしません。





 なお、そもそも地方分権が良いのかについては、11月29日にも触れています。

 現行の都道府県のままなら、地方分権を大きくすすめることには反対です。

 地方分権により権力を持つ人が増えると、それを監視するマスコミなどが増えないと十分な監視はできません。
 監視が届かないと、権力は腐敗して恣意的になります。それは、現在もしくは少し前の東京の市でも起きていることです。

 都道府県を無くした道州制なら、その道州制による地方分権には反対はしません。
 監視対象が多くはないので、腐敗防止も比較的しやすいので。





 ところで、国にせよ道州にせよ、政府の仕事を減らすか増やすか、どこまで減らすか増やすか、それは別問題です(二重行政の解消も別問題)。
 それは、道州制とは関係なく出来ることです。

 単純に言えば、政府の仕事を減らせば、公務員も政府の予算も(多分)税金も減らせるけれど、国民へのサービスも減るわけです。
 単純に言えば、政府の仕事を増やせば、公務員も政府の予算も(多分)税金も増えるものの、国民へのサービスも増えるわけです。

 アメリカ合衆国のような小さな政府(失業も医療費も老後も多くが自己責任)か、北欧のような大きな政府(福祉国家)か、その中間を目指すのか。

 今の日本は、だいたい、中間ですね。
 今後の日本も、中間を目指すのが現実的でしょう。
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