岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 62(初雪と物事の清算編)

2024年10月08日 11時26分00秒 | 闇シリーズ

2024/10/08 tue

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新宿コンチェルト01 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2010年11月23日~原稿用紙?枚『新宿コンチェルト』クレッシェンド第7弾、2010年11月23日より執筆開始過去から逃げちゃいけない業を背負ってまで、俺はま...

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今朝の神明町の交番にいる鈴木正義と駐禁論争から始まった一日。

今の俺には変な勢いがある。

今日辺り西武新宿の一件で自分から動いたら、何かしらいい方向に行くかもしれない。

西武新宿駅に着くと、そのまま駅員待機室へ寄り「峰駅長はいます?」と尋ねる。

「峰駅長なら小江戸号のほうに行っています」

やっぱり今日は何だか流れがある。

三交代制でいきなりいるなんて。

峰の奴、あれから何のリアクションもないが、時間が経てば自然に俺の怒りが治まると思っていたら大間違いだ。

今日こそ峰に思い知らせてやる。

「ありがとう」

俺は最高級の笑顔で駅員にお礼を言った。

小江戸号を待つ乗客たちはいつも通り、長い列を作って並んでいる。

車内清掃が終われば、この人の列は電車に吸い込まれるように入っていく。

あえて列に並ばず、常に最後尾にいるようにした。

列の先頭のほうに駅長の峰が忙しそうに切符をチェックしている。

俺は乗客が全員乗り終わるのを待ち、携帯電話で動画を撮れるように準備しておいた。

ようやく手の空いた峰に近づく。

「先日はどうも」

俺が近付くと、峰はギョッとしたように身構える。

さりげなく携帯電話を操作して、そっと動画を開始するボタンを押す。

「あれから何もないですけど、あなたはあれで終わったと思っているんですか?」

「いえ」

「でもあれ以来何も連絡すらないじゃないですか? あのまんまの状態で、もう関係ないやって思ってんですか?」

今、この話し合いがいずれいい証拠になるだろう。

峰は携帯電話でこの状況を撮られているのを何も気付いていない感じだ。

「いや、関係ないとかそういう事ではなくてですね……」

「じゃあ、何で連絡一本ないんです? おかしいじゃないですか。放っておけばいいだろうぐらいに思ってるんじゃないですか?」

「そんな事は思いません。ただ関係ないとかいう事ではなく、我々こちらとしても謝ってそれぐらいしかお話はできないと言うことです」

「あれがちゃんとした謝罪ですか? どこがですか? あれが西武新宿総意の謝罪という訳ですね。それがそちらの言い分と受け取ります」

「言い分ですか?」

「言い換えれば、言いたい事って意味です」

「言いたい事って私が言いたい事ではなくて……」

「だからー、俺はあれだけ赤っ恥かかせられて、俺からわざわざ駅まで出向いてあの対応で…、それがそちらの謝罪だと言う事ですね。あんなもんで誠意を見せたと……」

「いえ、それは……」

「ですから、あれが謝罪なんですね。あれで西武としては充分謝罪したって事ですね」

「はい、そうです」

よし、いい言質が撮れたぞ……。

「もう何も話す事はないという事ですね」

「はい」

あえて相手を感情的にさせて、言葉を滑らせるようにもっていけた。

卑怯なやり方かもしれないが、それだけ早くこんなどうでもいい件を片付けたかった。

「分かった。このつもりなら西武新宿全部を巻き込んでやるよ」

俺は携帯電話をさりげなくしまい、無言のままこちらを見ている峰をあとにして小江戸号に乗り込んだ。

さて、この映像をどう料理するか。

本川越駅に着くまでゆっくり考えればいい。

どっちにしても解決は近いと感じた。

百合子にメールを打つ。

 

《とりあえず西武新宿全部を巻き込む事にした。舐めやがって…。ま、とりあえずおまえは心配するな。うまい具合に持っていくから安心しな。 岩上智一郎》

 

電車に乗っている間、西武新宿の件を一から整理してみた。

まずメガネの女との席を巡るトラブル。

駅員を呼んだが、その時対応した助役の朝比奈の行動。

続いて駅長の峰の言動が今回の原因だ。

その時の車掌だった石川さん。

そして本川越駅駅長の村西さん、西武新宿駅長の間壁さんと助役の福島さん。

この人たちがいたから大事にならずに済んだ。

みんな自分のせいでもないのに、必死に駅としての対応の落ち度を反省し、俺に頭を下げて謝ってくれた。

こちらの心が苦しくなるぐらいに……。

何日かしてようやく助役の朝比奈から電話があった。

俺は電話じゃ済まさない。

直に駅へ行って話すと、二日後に会う約束をした。

実際に会って話し合うと、朝比奈は頭を下げて謝罪し、峰は見苦しい言い訳が多く、結局俺が怒って話し合いにならなかった。

それから現在まで峰のほうから何も連絡はなく、さっきの状況に至った訳だ。

俺は何に納得いかないのか?

答えは明白である。

峰や朝比奈が原因でこうなって、峰以外の駅員がみんな頭を下げている。

自分のせいで周りが迷惑を被っているのに、何故あいつはあんな態度でいられるんだという事だ。

一度でいいから、ちゃんと謝ればすべて解決できるのに……。

携帯電話で撮った先ほどの映像を繰り返し見てみる。

「だからー、俺はあれだけ赤っ恥かかせられて、俺からわざわざ駅まで出向いてあの対応で…、それがそちらの謝罪だと言う事ですね。あんなもんで誠意を見せたと……」

「いえ、それは……」

「ですから、あれが謝罪なんですね。あれで西武としては充分謝罪したって事ですね」

「はい、そうです」

「もう何も話す事はないという事ですね」

「はい」

周囲の駅構内の雑音が入ってかなり声が聞き取り辛いが、携帯電話はちゃんと俺たちの会話を拾ってくれていた。

世の中本当に便利になったものだ。

頭の中で本川越駅に着いてからのシュミレーションを思い浮かべてみた。

 

西武新宿線最終駅の本川越に小江戸号は到着し、ゆっくりと俺は電車を降りる。

改札横の駅員待機室に向かい、中に入ると一人の駅員がいた。

「駅長の村西さんいます?」

何かの作業をしてた駅員は俺が声を掛けると怪訝そうな表情でこちらを見る。

すみませんも何も言わず、失礼な言い方をしているのは百も承知だ。

簡単に言えば、ワザとつっ掛かり喧嘩を売っているのだ。

「何の用ですか?」

「そんな事はどうでもいいから、村西さん呼んで下さい」

口調は丁寧だが、おまえなんぞどうでもいいという舐めた話し方をした。

窓口の駅員の顔が歪む。

「ですから用件を伝えて頂かないと……」

「いいかい? こっちはおたくの西武新宿の件で感情的になってんだ。俺が呼べって大人しく言ってんのに、そんな訳分かんねえ態度で口利いてるとどうなってもしらねえぞ」

「……」

俺の口撃に駅員は黙ってしまった。

まだ何か言ってやらないと気が済まない。

その時、百合子からメールが届いた。

 

《分かりました。智ちんが西武鉄道全部巻き込む事にしたって言うのはよっぽどの事だと思うよ。智ちんがそう思うなら応援するね。明日智ちんが仕事終わったら食事でも行かない? 細かい話も色々聞きたいし。でもあまり無理はしないでね。 百合子》

 

メールを見て、怒るタイミングがズレた。

駅員はどうしていいのか分からないような困った表情をしている。

「すみません、どうか致しましたか?」

ドアが開き、別の駅員が俺たちの元にやってきた。

見た感じまだ若い。

俺とそう年齢は変わらないぐらいだ。

「俺は村西駅長はいますかって聞いてるだけです」

若い駅員に言いながらさりげなく名札をチェックする。

『助役 小谷野』と書いてあった。

助役と言えば、俺が西武新宿線で知る限り、福島さんに朝比奈さんの二名。

その二名と比較すると、この若さで助役という役職を与えられてるという事に驚きを覚える。

小谷野は冷静に、しかし口調は優しそうな柔らかい感じで話し掛けてきた。

「本日、村西はお休みでこちらにはいません。さしつかえなければ、私がお話をお聞き致しますが」

「ちょっと待って下さいね」

俺は携帯電話を取り出して百合子へ簡単な返事を返す。

頭の中で素早く作戦を組み立てる。

まずはどう切り出すか……。

「小谷野さん…、で、よろしいんですね?」

「はい」

「分かりました。以前、村西さんには直接話した事はあるんですが、小江戸号のトラブルの件はご存知ですか?」

「ええ、ある程度は聞いています」

「あれから結構な時間が経っているのにもかかわらず、何も話が進んでないんですよ。西武新宿の峰駅長。今日、彼に会ったんでさっきこちらに帰る前に話をしてきたんです」

「はい」

「まず、これを見てもらえますか?」

そう言いながら、先ほどの峰との会話の携帯電話で撮った映像を見せた。

「周囲の雑音がうるさくて聞き取り辛いですけど、どう見ても峰駅長の態度が反省しているようには見えないですよね?」

「はぁ……」

「もし、これがハッキリ聞こえなくて分からないと言うなら、音声だけスッパ抜いてCDで聞けるように作ってきましょうか?」

「いえ、ちゃんと聞こえています。お客さまに大変失礼な真似をして、本当に申し訳ありませんでした。」

「今まで村西さん始めとして、西武の間壁さんや福島さん。色々な人の顔を立てようとして黙っていましたけど、この件の本人がこんなじゃもうしょうがないですよね?」

「と、とりあえず中でお話しませんか? お時間のほうは大丈夫ですか?」

「ちょっと待って下さい」

ワザと手帳を取り出して、予定をチェックするフリをした。

嫌なやり方だったが今までと同じ形で応対していては何も先に進まない。

「分かりました。行きましょう」

「どうぞこちらへ」

小谷野はドアを開けて、俺を中に招いた。

以前、村西駅長と話をした部屋に通される。

「どうぞお掛け下さい」

「失礼します」

ソファに腰掛けひと息ついてから、相手を見据える。

どう転んでも俺に有利な状況。

これをどう生かせるか。

すべては自分次第だった。

プライベート用の名刺を取り出して、小谷野に手渡す。

「私、岩上と申します。これはプライベート用の名刺です」

「あ、申し訳ないです」

「ハッキリ自分の言い分を言いますね」

「はい」

「話を大事にしたくなかったけど、こうなったらとことん戦おうと思っています」

シーンとした何とも言えない空気が部屋を覆い被さる。

「本当に申し訳なかったです」

小谷野が最初に口を開く。

「そんな、小谷野さんが謝らないで下さい。俺は別に西武新宿自体を攻撃したい訳じゃない。駅長の峰を個人攻撃したいだけなんです」

「個人攻撃ですか?」

「ええ、簡単に言えば、提訴するだけです。峰駅長個人を……」

提訴という言葉を聞き、小谷野の顔色が変わる。

「ちょっと待って下さい。お気持ちは分かりますが……」

「自分の言ってる事が小谷野さんを始めとして、他の人たちにも迷惑掛けているのは重々承知です。でも峰駅長本人があんな態度じゃ何の意味もないんですよ」

「ええ、お客さまのおっしゃる通りです。お気持ちも大変分かります。ただ西武側も提訴すると言われるのは困ります」

「俺だって小谷野さんに頭下げさせて、本当は心苦しいですよ。でもこの状況では何も変わらないじゃないですか?」

「ええ」

「難しい事なんて俺は言ってないんですよ。ただ、峰駅長自身が事を大きくしたんだから、ちゃんと素直に謝ってくれって言ってるだけなんです」

「分かりました。ごもっともな意見です。岩上様には大変失礼な真似をしてしまったので、西武新宿の組織、総意で駅長の峰に対し説得させます。そしてキチンとした形で謝罪させます」

あれからから今まで…、座席を巡る小さなトラブルからここまで大きくなった。

しかし、それもようやく終わりそうな感じがした。

「分かりました。小谷野さんの言葉、信じます」

そう言って少しだけ微笑んだ。

小谷野も私を見て笑顔を見せる。

「何で俺がこうも極端な行動をしてるか分かりますか?」

「いえ……」

「村西さんや間壁さんには言ってありますけど、実はこの件をもとに小説を書いているんですよ」

「え、小説ですか?」

「ええ、たた西武鉄道を中傷するような内容で書いている訳じゃありません。読んだ人がみんな、良かったと思えるようなものを書きたいんです。だから自分からこう面白くなるように行動したんです。出来る限り事実に近く書きたいじゃないですか。それで小谷野さん……」

そんな事よりもこの件から始まってしまい、おろした子供の為にけじめをつけたかった。

でもそれは、あくまでも私怨である。

西武新宿とは関係ない。

だからせめて小説という中で、その存在を忘れぬよう俺は忠実に堂々と生きていかなきゃいけない。

「はい?」

「小谷野さんは小説の中での名前、何がいいですか?」

「え…。自分もですか?」

照れくさそうな表情を見せる小谷野。

「ええ、村西さんも間壁さんもみんな、名前は当然いじって登場してますよ」

「はぁ……」

「ま、こっちで適当に名前、考えときますよ。小説できたら持ってきますね」

「はい、楽しみにしてます」

「それとですね」

「はい?」

「トラブルの原因になったあの女。あれだけは許せないんで、今度見つけたら、西武新宿総動員で捕まえてもらいますよ。俺がけじめつけさせますから」

「いや、あの…。お気持ちは分かりますが、それだけは勘弁してもらえないですか?」

「確かに会社的にはそんな事できないですよね。小谷野さんがそう言うなら分かりました。素直に顔を立てますよ」

「すみません」

「でもこれで小谷野さんには貸しができましたね?」

「え?」

「冗談ですよ。まだこれからも西武新宿は利用させてもらうんですから、お互い仲良くやっていきましょう」

「ありがとうございます」

「小説が完成したらちゃんと持ってきますよ。読んで本当に面白いって感じてくれたら、西武鉄道でぜひ応援して下さい」

「分かりました。上の執行部にも話は伝えておきます」

助役の小谷野。

自分とそう年も変わらないだろうけど、礼儀正しく応対も良い駅員だ。

話をしただけで人間性が滲み出ている。

この件で知り合えて良かったと思う。

まだ決着がついてないとはいえ、久しぶりにスッキリできた。

 

《もう寝ちゃったかな? 今まで本川越の駅に寄っていて、助役の小谷野と例の件で話してました。返事遅くなってごめんな。明日、多分だけど西武新宿の件が決着つきそうなんだ。だからそのあとでなら食事行けるけどどうする? 岩上智一郎》

 

小説『とれいん』を早く完成させたい。

自分の中で変な使命感みたいものが大きくなっているのを感じる。

今の俺に何ができるんだろう。

とりあえずあの子の為に生き様は変えたくなかった。

今は明日あたりで西武の件を終わらせて、小説をできるだけ早く完成させよう。

ひょんな事からベストセラーにまで発展したら面白い。

…んな訳ないか。

これは俺と百合子の間にできた我が子を償う為の作品なのだから……。

 

十二月二十八日 火曜日

 

携帯の着信音が聞こえ、目が覚める。

誰からだろう?

画面を見ると西武新宿からの電話だった。

「もしもし」

「もしもし、朝早くにすみません。西武新宿駅長の間壁です」

「え、間壁さんですか? お久しぶりです」

時計を見ると、朝の八時半だった。何か

あったのだろうか?

ひょっとして昨日本川越駅の助役、小谷野との話がもう伝わったのか?

「どうかしたんですか?」

「ええ、うちの峰が岩上さんにぜひ謝罪したいと言うので、岩上さんのお時間の都合をお聞きしたいと思いまして」

心の中にあった何かのつかえが、間壁さんのひと言でスーッと溶けていくのが分かる。

「今日も仕事なんで、えーと…、そうですねー。夜の八時過ぎ頃には西武新宿の駅に行けると思います」

「いえ、峰が岩上さんの自宅に直接行って謝罪したいと申してますので」

「大丈夫ですよ。そこまで気を遣って頂かなくても…。仕事でどっちにみち、新宿には行きますから。帰りにでも寄りますよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ…。間壁さん、すみませんでした」

「岩上さん……」

「はい?」

ちょっとした沈黙が流れる。

真壁さんは何かを言い辛そうにしているみたいだ。

「どうしたんですか、間壁さん……」

「み、峰は…、峰は私たちの仲間なんです。許してあげて下さい……」

間壁さんの熱い感情の籠もった言葉が私の胸に突き刺さる。

思わずグッときてしまった。

「ありがとうございます。もちろんです。あんなちっぽけな事で大袈裟にでかくして、皆さんにご迷惑を掛けて、こちらこそすみませんでした」

「とんでもないですよ。失礼な真似をしたのはこちらなんですから」

「間壁さん、本当にありがとうございました。さっきの間壁さんの言葉…、グッときましたよ」

「ありがとうございます」

「何、言ってんですか。八時過ぎ頃に行きますから。わざわざすみませんでした」

「よろしくお願いします」

電話を切ってからタバコに火を点け一服する。

仲間か……。

それはそうだ。

峰も間壁さんや村西さんにしてみれば仲間なのだ。

大事に思い、心配するのは当たり前だ。

今の俺の仕事仲間と言ったら……。

馬鹿面の當真と、阿呆面の有木園の顔が浮かぶ。

クソでも食ってろ!

色々あったが笑顔ですぐに解決できるよう話し合いに臨もう。

携帯を見直すと、メールが一件届いていた。

百合子からだった。

 

《おはよう。智ちんが納得のいくように解決するのなら良かったね。西武新宿の件が昨日でいい方向に進んだんでしょ? そのあとで食事行こうって私の事を気に掛けてくれる余裕があるぐらいだもんね。仕事終わって、西武の件が解決したら連絡ちょうだいね。 百合子》

 

百合子とも些細な事から喧嘩になり、子供までおろさせて散々嫌な思いをさせてしまった。

こんな俺に、よく今でもついてきてくれるものだ。

感謝してもしきれない。

様々な思いを込めてメールを打った。

 

《おはよー。たかだか座席を巡るトラブルから色々な事が今まであったな。本当におまえには辛い思いさせて悪かったと反省している。これからもよろしくな。とりあえず今日、仕事が終わってから西武新宿駅に寄って、駅長の峰と話し合う事になった。向こうが今朝俺に謝罪したいと連絡あったんだ。みんなが笑顔でいられるような解決を俺は望んでる。だから今日で西武の件はハッピーエンドにする。そのあとで一緒にうまいものでも食おう。あの子もこれで少しは喜んでくれるかな…。勝手な言い分だけどな。俺はあの子の事をずっと想って背負っていくよ。 岩上智一郎》

 

送信するとすぐにパソコンの前に座る。

昨日も帰ってから『とれいん』の続きを書いた。

今のこの現状をすぐ文字で表現したくて堪らなかった。

誤字脱字なんて気にするな。

そんなものはあとの校正で気付いて直せばいい。

大切なのはこの熱…、勢いを文字へ。

すらすら進む文章。

一刻も早く現在の状況に追いつきたかった。

出勤するギリギリの時間まで小説を書く事に没頭した。

この作品に自分の魂を込めたい。

読んでいてリアルに頭の中で映像化されるような、そんな作品を作りたい。

昨日の駐車禁止の事とかも書いてやろう。

自分の中で歯止めが利かなくなっている。

許されるなら仕事も休んで小説を書く事に集中したかった。

俺が生きてきた事の証。

格闘技やプロレスの世界では中途半端なままだった。

今でもリングに上がりたいという悔いが残っている。

だからせめて、この『とれいん』だけは、満足に悔いの残らぬよう完成させたい。

この世に岩上智一郎という男が生きていたという爪跡を残しておきたい衝動に駆られる。

キーボードを打つ指に、全身系を集中させて文字を打ち込んでいく。

自分の犯した過ちを生涯忘れずに刻み込むように……。

 

気がつけば、もう電車に乗らないといけない時間まで小説を書いていた。

ここまで熱中したなんて、レスラーを目指してガンガンとトレーニングしていた時以来だ。

あの時は体力的にだが、今は精神的に疲れを感じる。

でも、その疲れさえも妙に心地良かった。

今日で西武新宿の件も決着がつく。

そう思うと疲れも吹き飛んでいく。

着替えを終えて、外に出る。

「おぉ……」

思わず外の景色を見て声を出してしまう。

白い雪がしんしんと降っていた。

今年の初雪……。

師走の最後でなんて……。

まるで俺を応援してくれているかのようだった。

今まで雪が降って、こうまで感動できた事があっただろうか?

次の日には溶けて道路もベチャベチャになるので、雪が降るとウザいという感覚しかなかった。

だが、その雪さえも今の俺を祝福してくれるように感じる。

明らかに良い意味での追い風が吹いている。

心の中でそれを確信した。

「ロマンチック過ぎるだろ……」

天を仰ぎ見る。

神様がどこかで見て、このタイミングで降らせてくれたのかな?

心の奥底に沈殿していた深い悲しみが、喉元まで出てくる。

雪を見ながら俺は泣いていた。

馬鹿、泣くのはまだ早い。

まだ終わりじゃないんだ。

しっかりしろ。

一歩一歩、雪を噛み締めるようにゆっくり歩く。

珍しく辺り一体は一面の銀世界だった。

「よし、今日で終わりにしてやるぞ」

俺は本川越駅までの道程を歩きながら、そっと呟いてみた。

 

落ち着かない気分で時間が経つのを願った。

仕事が終われば、帰りに西武新宿駅へ寄る事になっている。

外の見張りをしているはずの山下が、いつものように店に顔を出す。

「うー、寒いっすよ~。外で見張りなんてしてられないっす。岩上さん、温かいコーヒー下さいよ」

「まったくおまえは……」

こいつの店に警察が入ったらどうするつもりなんだ。

まあ、他人のゲーム屋なので口うるさく言ったところ意味ないか。

笑いながらコーヒーを淹れてやる。

早く時間経たないかな……。

「岩上さん、どうしたんですか? そわそわして」

「以前、電車の件でトラブルがあったって話した事あったろ?」

「ええ」

「今日、仕事終わってから駅に寄るんだ」

「何か仕掛けるんですか?」

「違うよ。今日、雪が降ったけど、こっちの件は雪解けだ」

「向こうから頭下げて来たんですか?」

「うーん、まあ結構力技使ったけどな」

「何したんですか?」

携帯電話を取り出して、先日の峰との会話を撮った映像を山下に見せる。

「すごい言い合いですね」

「ああ、俺がうまい具合に隠し撮りしたからな。これ持って、他の駅員を脅したんだ」

「過激ですねー、やる事が……」

「まーな。でもやってる事はエグイけど、俺の主張は正当なもんだ。別に間違っちゃいない。あまりにも何の反応もないから、強引に行動しただけだよ」

「しょうがないですよね、その状況じゃ。あ、そういえばこの間、浄化作戦の事を話してたじゃないですか?」

「ああ、それで?」

「岩上さんの知り合いで執行猶予になった人たちって、今はどうしてるんです?」

「うーん、普通に働いている奴もいれば、どこに行ったのか分からない奴もいる。どっちにしても歌舞伎町も寂しくなったもんだよ」

「何で歌舞伎町ばっかり、やり玉にあげるんですかね?」

「前も言ったように国民に格好つける為の正義を語ったパフォーマンスだろ。テレビで見てるだけの奴らには、歌舞伎町は怖い街だって認識があるだろ?」

「はい。自分の友達なんかもボラれるから怖いって、みんな言いますよ」

「そんなのは街に立ってるポン引き連中に、ついて行くからだよ。見ず知らずの人間の言う事を鵜呑みにして、スケベ心を剥き出しにしてるほうも責任はあるって」

「はぁ、奥が深いですね」

「全然深くないよ。自業自得だ。頭の中がエッチな事ばかり考えてるから、足元をすくわれる。簡単に言えばポコチンおっ立てている連中はもっと頭にも血液を回せって事だ」

「自業自得かー……」

「まあ、話を元に戻すと歌舞伎町はそこまで怖い街じゃないだろ? でも国が攻撃すれば、世間的な見方は正義の行動に映る。あれだけテレビで派手にやれば、歌舞伎町を知らない人間が見たら、嫌でも悪い者退治をしてるとしかとれないようにうまく番組を作ってる。やり方が汚い」

「言われてみればそうですね」

「ああ、俺々詐欺とかのほうがよっぽど問題あるだろ? 最近ニュースでようやく話題になっているけど」

「ええ、あれは最悪ですよ。人間のクズのやる事です」

「ああ、人の弱みにつけ込んで、金を騙し取ろうとしてんだからな。でも法律上での罪はというと、裏ビデオ売ってる奴も、俺々詐欺も同じ執行猶予三年から四年だぜ。おかしいじゃん。歌舞伎町のやってる商売で多くは確かに違法かもしれないけど、それを実際に求める客がいる。需要と供給が成り立っているのにさ。誰にも迷惑を掛けてないだろ? 何故なら歌舞伎町はみんなが欲望を金で満たしにくる歓楽街だからだ。そのぐらいあっていいじゃねえかよ、歌舞伎町なんだから。性欲でいっぱいになった人間が、自分の金で好きな事をしに遊びに来てるんだから」

「その通りですね。自分も好きだから裏DVDを買うんです。好きだからヘルスに行くんです」

別にそんな事までムキなって話さなくてもいいのに……。

俺はそう思ったが、心の中で思うだけに留めておく。

もう数分すれば夜の八時になるところだった。

 

闇 63(ほろ苦いコーヒー編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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