
2025/02/28 fry
前回の章
横浜に来て福富町周辺はほとんど行けたと思う。
次は道路の把握。
関内駅から伊勢佐木モールがあって、その並行する左の道が親不孝通り。
その隣の関内駅を出て真っ直ぐにある十六号。
いつも基本的に伊勢佐木モールを歩いているので、十六号沿いに進んでみる。
横浜橋通商店街への道と交差する角にある一番本店。
この店、本当に安かったよな。
ボリュームもあるし、いい店だ。
何より二十四時間営業というところが凄い。
ショーウインドーに飾られたメニューの数々。
どれも値段は非常に安くて驚くのに、時間帯によって日替わりセットまで用意しているのか。
AセットにBセット。
六百円で生姜焼き定食にライスとラーメン、小鉢までついてくるのか。
今回は日替わりAセットと餃子を注文してみた。
お新香に何故か羊羹までついてくる。
餃子が三百円だから、これでも千円以下っていうのが素晴らしい。
徐々にだけど、少しずつ地理状況を理解していく過程がとても面白い。
俺にとって心の休める地。
あとは金を貯めて、部屋を借りるだけ。
俺が部屋に置いてあるものといえば、数日分の下着類に衣服程度。
物件を借りるのに印鑑や住民票など必要だろう。
十月最後というのもあり、必要なものを取りに、ちょっとだけ地元へ戻る。
印鑑だけ取るとすぐ家から出てクレアモールへ入り、途中にある和菓子の『かなめや』へ寄った。
「あれ、最近岩上さん、姿見掛けなかったじゃない」
『かなめや』のマスターが声を掛けてくる。
「今は横浜へ住んでいるんですよ。今日は印鑑とか取りに戻っただけなんです。あ、茶飯のおにぎり横浜の人間にお土産で持っていきますね」
「ありがとうございます。いくついるんだい?」
「買えるだけ買っちゃってもいいですか?」
「ごめんよ、岩上さん。もう残り三つしかないや」
「いいですよ。他のおにぎりも買っていきますから」
俺はここの茶飯のおにぎりが大好きだった。
同級生ケンチンの母親『加賀屋』のおばさんに一度持っていったら、彼女も気に入って茶飯おにぎりのファンになったほどである。
横浜へ持っていき、お土産でみんなにあげると「美味い美味い」と大喜び。
この茶飯のおにぎりが好きだった五店舗の裏ビデオ統括時代、お世話になった高田さんは元気でやっているのかなと、数年前をふと思い出した。
十一月に入った。
まだ俺が横浜へ来て一ヶ月も経っていないが、随分前からいるような気がする。
関内駅から真っ直ぐ伸びる伊勢佐木モールと並行する十六号。
その通りを歩いていると、左手に手作り居酒屋『かっぽうぎ』という二階にある店を発見する。
告知メニューの面白さが目についた感じだった。
三品定食書かれたポスターには、メイン一品、小鉢二個選び、ご飯、みそ汁、漬物お代わり自由。
日によってメニューの品数は変わり、魚も肉も揚げ物系と種類は豊富である。
ランチタイムのこの時間帯だと、メイン二品と小鉢一品か、メイン一品なら小鉢三品になっており、昼に来たほうがお得だ。
並べてあるある料理の中から根菜ハンバーグ、アジの野菜あんかけ、ポテトサラダを選択。
これでおかわり自由で七百円。
横浜はこういったサービス感満載の店がとにかく多い。
伊勢佐木モール、親不孝通り、十六号と並行する横浜橋通商店街の前を伸びる公園みたいな通りの名前を長谷川隆に聞いてみた。
「ああ、あそこは大通り公園って言うんだよ。通りに沿って下にブルーラインという地下鉄があるんだ」
以前名義の鈴木社長が言っていた弘明寺駅まで行く別の線だ。
今日は大通り公園を探索してみよう。
親不孝通りの風俗街は金の無い俺が探索したところで、ムラムラするだけ。
横浜根岸通りから真っ直ぐ行くと、ぶつかる大通り公園。
ここを右折して真っ直ぐ行けば、横浜橋通商店街へ着く。
左手にラブホテル街があり、その角に和食『いちばん』という店を見つける。
今日はここでランチにしてみるか。
横浜橋商店街近くの中華一番本店と似たような店造り。
多分ここが支店なのだろう。
メニューの品数豊富、値段は安い。
こういうパターンの店多いなあ、横浜は。
今の俺にとって有り難い店が多いのは嬉しい事だ。
向こうにある本店と違う点は、中華系のメニューが一切無い事。
昼時という時間も手伝ってか、中々店内は混んでいる。
今回はミックスフライ定食を注文。
コロッケ、アジフライ、エビフライの定食で、小鉢も色々ついてこれで七百円。
本当に良心的な店だ。
何か横浜へ来てから、プライベートはほとんど食い物ばかりだな……。
まあそれでも地元川越にいた頃のあの阿鼻叫喚のような日々に比べれば、天国にいるくらい平穏な時間を過ごしている。
今はこうして傷ついた羽を休ませればいい。
珍しく仕事中、オーナーの下蔭さんがやって来た。
あと数日でこの店から撤退し、新たな店の準備へ入る。
この店が下蔭さんともう一人の共同経営の為、働く従業員たちも半分くらい割れる。
下蔭さんチームには長谷川隆に平田、そして俺の三名。
残るのは鈴木社長に坂本、そして菅井。
横浜ではこの店が初めて働いたところなので、残り数日で去る事を思うと少し寂しかった。
「隆さん、この時間帯で出前取れるところってありますか?」
「あー、出前は基本的に取るの禁止にしてるんだよ。電話して取りに行く分なら構わないけどね」
「どこかいい店ありますか?」
「イタリーノとかいいんじゃないの」
福富町を歩き回っていた時に、気になっていたお店だ。
「何がお勧めなんですか?」
「俺ならポークチャップかな」
夜、小腹減ったので、近くにある洋食屋イタリーノで持ち帰りで注文。
時間になり、料理を取りに行く。
ポークチャップ、サラダ、ライスとちゃんと分けて包んでくれているところが嬉しい。
ポークチャップは豚肉のデミグラスソース掛けの事らしく、分厚く切った肉のソテーとサラダが千円。
ライス二百五十円。
食べ応え十分で、味も美味しい。
今度ランチタイムにでも行ってみよう。
目を覚ます。
足が伸ばせる程度のネットルーム。
横浜へ来てもうちょっとで一ヶ月。
いつまでもこんなところへ寝泊まりする訳にもいかない。
そろそろ部屋探しをしないと駄目だろう。
大岡川沿いに歩く。
橋に差し掛かり左に行けば都橋商店街や野毛。
右へ行けば福富町。
このまま真っ直ぐ進めばイタリーノだけど、昨日の夜食べたばかりだしな。
西通りと交差する角に焼肉『ヤンさんの台所』を見つけたので入ってみた。
入口に表記してある日本語以外のタガログ語から、どうも韓国人の店のようだ。
入口脇に置いてあるメニューを見てみた。
ランチタイム時は、全品八百円均一。
やっぱり焼肉屋へ来たんだから、肉だよな……。
店内はそこそこ広く、椅子のテーブル席もあれば、畳の小上がりまである。
ランチのロース定食を注文。
肉やご飯以外に小皿料理が四つもついてきた。
こんなに付け合せがついてくるなんて、凄い店だな。
俺は手始めに手前にある小鉢に箸をやり、インゲンか何かかなと思いながら口に入れてみる。
鼻の中で尖った何かが突き刺さるような痛みを覚え、口から火を噴いたような感覚になった。
「ブホッ」
思わず口の中のものを吐き出す。
咳が止まらない。
何だ、こりゃ?
インゲンだと思って食べたもの。
実は青唐辛子だったようだ。
初めて口にしたけど、こんな殺人的な辛さなのか……。
口の中の味覚がおかしくなった感じ。
出されたものを残すのは嫌だったが、さすがに青唐辛子は無理だった。
舌の感覚がしばらくおかしいまま店を出る。
今日はいい天気だ。
川を眺めながらゆっくり歩き、長者橋へ出る。
水面に映る景色。
俺はのんびり川を見ながらタバコへ火をつけた。
写真でも撮っておくか。
横浜へ来て、この辺りが俺の生活の拠点となった場所。
いつまでここにいるのかは分からない。
だけど、あれだけ荒々しかったため心境が嘘のように落ち着いた日々を送れている。
俺は出勤時間直前まで、川を眺めて過ごした。
まだ口の中がおかしい。
青唐辛子恐るべし。
仕事へ行くと、長谷川隆が興奮して話し掛けてきた。
「昨日うちら帰ってから遅番で凄かったらしいぜ」
長谷川の話を要約すると、坊主頭のヤクザ客二人が背を向ける形で席に座り、ゲームをしていた。
あとからそのヤクザの兄貴分が来店し、中へ入れると右手にビール瓶を持っている。
兄貴分はゲームをしている左のヤクザの頭を突然ビール瓶でかち割ったらしい。
ビール瓶が粉々になるほどの衝撃で叩きつけたので、当然ヤクザ者の頭からは血が吹き出した。
「うぎゃー」と転げ回るヤクザを顔を見た兄貴分は「あ、すみません…。間違えました」と謝る。
平田や坂本たちは固まったままその状況を見守るしかなかったようだ。
兄貴分は財布から一万円札を取り出し「すみません、これで!」と誤爆したヤクザへ手渡す。
血を流しながらヤクザは、坂本へ「入れてー」と一万円札を渡してきたそうだ。
実は兄貴分の舎弟は右のヤクザであり、同じ坊主頭、服装だったので見間違えてビール瓶で殴打したらしい。
「テメー、何事務所当番バックレているんだよ、オラッ!」と、その後右にいたヤクザを店内で散々どついたと言う。
ヤクザだらけの客層な横浜らしい出来事。
遅番と交代時間になり、その時の様子を聞いてみる。
「ほんと吹き出しそうでしたよ。ビール瓶で頭かち割っといて、間違えましたですよ? それですみませんって、詫びに一万円ですよ? しかもその一万で血を流しながらINしてくれで、隣ではその兄貴分がヤキ入れているんですから」
坂本は興奮して当時の様子を話してくる。
平田も混じって大笑いしながら昨日の状況を説明してくれた。
帰り道イタリーノへ寄ろうとしたら、さすがに夜中なので閉店していた。
今日は大人しく帰って寝て、昼にでも来てみるか。
起きてシャワーを浴びる。
横浜での一日の始まり。
インターネットで調べてみると、イタリーノはこの辺の洋食屋B級グルメで有名なようだ。
初めては持ち帰りだったので、今日こそ店へ食べに行こう。
何故か浮き浮きしている自分がいた。
福富町へ入り中通りを歩いていると、ちょっとした数名の行列ができている。
ランチタイム時、この店はこんなに人気なのかと驚く。
店内はカウンター席に、テーブル席が三つしかない狭い空間なので、相席当たり前、食べたらすぐ会計して店を出るのが不文律らしい。
外には日替わりランチメニューが手書きで貼り出され、今日はメンチカツのデミグラスソース掛けで、値段は五百五十円とかなり安い。
早速俺は日替わりランチを注文。
ボリューム満点のメンチカツ二つにたっぷりとデミグラスソースが掛かり、サラダと太麺のスパゲッティが添えてある。
イタリーノはこれまで行った洋食屋の中でもかなり気に入った。
リーズナブルな値段に対し、味もそこそこ美味い。
常連客らしき中年男性が「スモール!」と大きな声で注文するのが聞こえてきた。
スモールって何だ?
気になり眺めていると、小皿にサラダといってもドレッシングがたっぷり掛かったキャベツの千切りを出していた。
なるほど、この店ではサラダの追加をスモールと呼ぶのか。
値段はプラス百円。
しばらく探索を辞め、イタリーノのランチタイムを制覇してみたくなった。
池袋の『バラティエ』で働く伊達から連絡があった。
今日休みで暇だから、横浜まで遊びに来たいらしい。
いきなりじゃ休み取れないと伝えると、それでもいいから来ると横浜へやって来た。
行き方を説明し、日ノ出町駅で落ち合う。
池袋のインカジ『バラティエ』ではうまく従業員とも馴染めているようで、俺も安心した。
福富町の中を歩きながら案内し、途中タクシーを拾って山下公園へ向かう。
せっかくなので、横浜らしいところへ連れていきたかった。
前回鈴木社長とちょっとだけきた山下公園。
そこにはにある小さな船に乗る水上バスが四百円で乗れるようだ。
山下公園から赤レンガ倉庫、そこからみなとみらいの順番らしい。
伊達の了承を得て、水上バスへ乗る。
行き先はみなとみらい。
横浜へ来て、このようにのんびり海を見ながら過ごすのは、俺も初めての事だった。
「横浜の海は汚いですねー」
そう伊達は言うが、俺にとって海自体とても珍しいものであり、今その上を船で走っているという感動しかなかった。
ボーっと海をひたすら眺める。
もっと早く来ていれば良かったと後悔したくらいだ。
やがて観覧車が見えてくる。
この辺りが埋立地だなんて、人間の技術は凄いものだ。
遠くに見える港のようなもの。
海辺にあるマンションのような建物。
ちょっとした風景が、自分にとって一つ一つ感動を覚えた。
またこの光景を一人でもいいから眺めたい。
そんな事を思いながら水上バスはみなとみらいへ到着する。
前回足を運んだ時は休園だったけど、今回はちゃんとやっていた横浜コスモワールド。
もちろんお目当てはコスモクロック。
男二人で観覧車というのも滑稽だが、この機会を逃すとまた伸び伸びになってしまう。
嫌がる伊達を説得して乗る事にした。
高い。
何かで世界一の高さとか謳っているだけはある。
ほとんどガラス張りといっていい観覧車の窓から見える景色は、何とも言えない美しさ。
観覧車の真下にはコスモワールドや近隣のホテルやビルが一望できる。
何と言っても海が見えるのが素晴らしい。
観覧車は天辺へ到着し、ここから下へ向かってゆっくり下降していく。
俺はデジタルカメラでこの様子の映像を撮った。
観覧車を出ると、中を少し探索してみる。
ホラーのザ・ジャッジというアトラクションがあり、寄ってみた。
何かの映画をモチーフに作ったのだろうか?
入口横にこんなドアがあり、ボタンを押す。
錯乱した外国人の女が髪を振り乱しながら、こちらへ近付き斧のようなものでガラスの扉を何度もヒステリックに叩き出す。
俺は映像を撮りつつそれだけで満足してしまい、伊達を促してコスモワールドから出た。
山下公園まで戻り、少し進むと横浜人形の家という案内板を見つけたので行ってみる。
入場料三百円らしく入口にキューピーの人形が飾ってあった。
入口から中の様子を伺うも、人形自体に興味が無い為結局入らず山下公園へ向かう。
山下公園の噴水があるところまで来て、仕事の出勤時間が近付いている事に気付く。
赤い靴を履いていた女の子の像を探す時間が無かった。
伊達に話すと、俺の働くインカジで少し打ちたいと言うので一緒に出勤する。
「細長いけど小奇麗な店なんですね」
隆へ新宿の知人だと説明し、伊達は少しだけ遊んで池袋へ帰った。
今度時間作って山下公園の探索をしてみよう。
またあの海を眺めながら……。
仕事の交代時、遅番の平田がトンカツの弁当を店に持ってきた。
何だか妙にご機嫌だ。
「どうしたんですか、平田さん。ニコニコしてるじゃないですか?」
「今日は八日だから長八のトンカツが半額に近い八百八十円なんですよ」
彼の話によると、今住んでいるネットルームの近くにトンカツの『長八』はあるらしい。
毎月八日は店名にちなんでトンカツ半額デーを実施しているので、実質九日の朝までは大丈夫と説明される。
この店は二十四時間経営なようで、時間毎にモーニングやランチのメニューもあるそうだ。
仕事帰り、早速寄ってみた。
昔実家の隣にあったトンカツ『ひろむ』を思い出す。
活気があった地元川越のあの頃。
俺も本当に若かった。
馬鹿だから稼いだ金を全部気にせず使ってしまうから、四十一歳になってこんな現状を歩んでいる訳だ。
『長八』のショーウインドーを見ると、トンカツだけでなくステーキや天ぷら、和食系のメニューも豊富だ。
店内へ入り、カウンター席へ座る。
さすがに深夜一時を過ぎているので、店内はまばらだ。
千四百円のロースカツ定食が今日なら八百八十円。
部屋も無い俺はそんな贅沢できる身分ではないので、素直に店の好意に甘えロースカツ定食を注文。
久しぶりに旨いトンカツを食べたような気がする。
トンカツ屋独自のオリジナルソースは本当に美味い。
金を貯めて、いつか五千円くらいするここのステーキを食べてみたいものだ。