岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

3(真・進化するストーカー女編)

2019年08月01日 16時49分00秒 | 鬼畜道 各章&進化するストーカー女

 

 

2(真・進化するストーカー女編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

1(真・進化するストーカー女編)-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)鬼畜道~天使の羽を持つ子~(真・進化するストーカー女編)これまでの人生で、一番信頼の...

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 俺の精液が、モモの顔を伝ってゆっくり流れ落ちた。今日二度目のセックスを済ませたばかりだ。
「もー、顔に出さないでよー。目に入ったりすると痛いんだからね」
「はは、悪い、悪い。おまえの体は最高だ。もう俺もクタクタだよ」
 モモは一生懸命ティッシュで顔に掛けられた俺の精液をぬぐっていた。俺は服を取り、着替え始める。モモも拭きとったようで、キャミソールを身につけていた。
「じゃあ、またな」
「ありがとうね」
 モモが俺に顔を近づけてきた。視線は真っ直ぐ俺の瞳を見ながら、徐々に迫ってくる。俺の唇に、モモの唇が触れた。さっき二度目の射精を済ませたばかりなのに、また興奮してくる。
「これ以上、俺をあおるなよ」
「ふーん、私とキスするの、そんなに嫌なんだ?」
「…たく、もう今日はそろそろ帰るよ」
「ねぇ、あなた仕事は何をしている人なの? 私、名前も何も知らないし……」
 モモの言葉にときめいている自分がいる。この女とはプライベートで会っていない。
「神威だ。神威龍一」
「ふーん」
「おまえの本名は?」
「裕美」
「ずいぶん簡単に教えるんだな」
「プライベートで抱かれたほうが、思い切り大きな声を出せるし」
 その言葉に俺はドキッとする。
「いつなら空いている?」

「明日」
「急だな」
「駄目なの?」
「いや、絶対に時間を作るよ」
「言っておくけど、プライベートだからってタダにしないからね」
「けっ、金をまだ毟り取るつもりか。まあいい。おまえはそれだけの価値がある」
「キスしてよ、龍一」
「ああ」
 濃厚なキスをしばらくした。部屋の電話が鳴る。もう時間か。
「じゃあな」
 俺は店をあとにする。
 あいつは一体どういうつもりで俺に接しているんだ? 明日会えば分かるか……。
 店を出て細い道を曲がり、さくら通りに出る。ボーっとモモ、いや裕美の事を考えながら歩いているとポン引きが俺に近付いてきた。
「おにーさん、いい店あるよー。抜き? 本番?」
 無視して歩く。そのまま歩いていると、不意に後ろから肩をつかまれた。さすがにここまでしつこいとムカついてくる。
「おい、コラッ! 気安く人の肩、触ってんじゃねえぞ、おい」
 肩に置かれた手首をつかみ、右手の甲で下に押す。この状態で手首の関節が極まる。
「い、いてーなっ!」
 睨みつけてくるポン引き。まだこの馬鹿、力の差が分からないのか。さらに俺は手首を後ろに押し、少し斜めに捻る。肘の関節を極めると今度はそこから上に持っていき、肩までロックする。俺は手首をつかんでいるだけだが、こうなると相手は何も動けなくなる。
「喧嘩売る相手を間違えるな。この街で長生きしたきゃな」
「す、すんません、すんません……」
 腕を放すとポン引きは怯えるように全力で走って逃げていく。
 駄目だな、俺は……。
 いくら何でも素人に八つ当たりしちゃいけないだろうが。
 モモ、いや裕美。顔とスタイルだけは俺の理想の女だった。心がこれでついてくれば問題ないのだ。違う。あの性格もかなり問題だ。
 友香の性格なら…、いや、あいつも違う。
「はあ……」
 深い溜息をつきながら、俺は西武新宿駅へ向かった。

 翌日俺は、仕事を従業員の島根に変わってもらい休む事にした。
 モモをプライベートで抱ける。いや店の中じゃないんだから、裕美を抱ける。
 あの反則的な肉体。俺は二日間に渡って抱いたが、あくまでも店の中。回りを気にせず抱けた訳でない。裕美は言っていた。プライベートで抱かれたほうが思い切り大きな声を出せると……。
 俺は新宿プリンスホテルでまた部屋を予約する。
 まず地下二階にある『アリタリア』でイタリアンを食べ、最上階の『シャトレーヌ』で酒を飲む。そのあとは部屋でグレンリベットを飲みながら、あの女を抱く。
 これ以上の贅沢などないように感じた。
 あの女と俺は付き合いたいのか? どうしたい?
 抱きたい。あの体を思う存分抱きたい。でも付き合いたい訳ではない。あんな金の掛かる女は面倒だし大変だ。
 難しい事を考えるな。今日はこれから裕美を抱ければいい……。
 ホテルの部屋でボーっと外を眺めた。テーブルの上にはグレンリベット十二年のボトルとショットグラスが置いてある。冷蔵庫にはカマンベールチーズとクリームチーズ。そしてクラッカー。簡単なつまみも用意してある。
 今すぐ酒を煽りたい気分だったが、夜は長い。今から一人で飲んだところで意味がない。
 携帯電話が何度も鳴る。また友香や文江からの着信やメールだ。
 放っておく事にした。電源を切りたいところだが、裕美から連絡がある。バイブレーターにして音を消したいが、それだと裕美から連絡あった時に困る。
 出会い系サイトって本当にとんでもねえな……。
 自分の意思で始めたものなのに、俺はサイトのせいにしていた。
 テレビをつけ、映る番組を眺める。酒でも飲むか……。
 グレンリベットのボトルを開けた時、違う着信音が鳴る。慌てて画面を見ると、裕美からの電話だった。
「やっほー、今どこにいるのー」
「新宿にいるよ」
「じゃあさ、ご飯食べようよ」
「ああ、ちょうど腹が減っていた」
「今からかい?」
「駄目なの?」
「いや、嬉しいよ。西武新宿駅の階段降りたところで待っている」
「どっち?」
「ぺぺじゃなく、新宿プリンスホテルの赤レンガの入口分かる?」
「うん!」
「そこの階段で」
「ラジャー」
 これから裕美と逢える。そう思っただけで俺の心臓はとても高鳴っていた。
 携帯電話が鳴る。友香から。俺はバイブレーターに設定して音が鳴らないようにした。

『モーニング抜きっ子』のナンバーワン風俗嬢のモモ。本名は裕美。
 俺は彼女と会った瞬間驚いた。何故ならプライベートなので過去付き合ったブランド女のように高価な衣服やブランドを身につけた姿を想像していたのだ。実際は質素で地味な服装。スタイルと顔立ちがいいので、それでも充分にいい女だったが、もっと着飾ればいいのにと俺が思ったほどである。
「ずいぶんと大人しい格好をしているんだな」
「へへ、あんま金を掛けられないからね」
 金を掛けられない? あんなに金に執着しているのに何故だ? この女はおそらく一日で十万以上の金を稼いでいるだろう。それなのに服に金を掛けない。その心理がいまいち分からない。
「腹減ってんだろ? イタリアンでいいか?」
「わお! 私、イタリアン好きなんだ」
「よし、じゃあすぐそこのプリンスの地下にある『アリタリア』へ行こう」
「わお、おっしゃれー」
「はは、こう見えて、多少顔が利くんだ」
 新宿プリンスホテルの入口から左手の階段を降りる。地下一階にあるフロント。階段を降りて左にまた地下に降りるエスカレーターがある。地下二階には『レストラン プリンスバイキング』があり、その中を通過した先にイタリア料理の『アリタリア』があった。
 俺の顔を見るとホテルの従業員は笑顔になり、奥へ引っ込む。慌ててマネージャーで出てきた。
「いらっしゃいませ、神威さん」
「お世話さまです」
「おタバコはお吸いでしたよね?」
「ええ」
「ではあちら、奥の席を用意します。少々お待ち下さい」
 俺たちはキャッシャー前のソファーに腰掛ける。裕美は妙に落ち着かないようで、キョロキョロとレストラン内を眺めていた。
「どうした?」
「ん、いや…。こういうところって初めてだから……」
 こんな女なのに、こいつは一度もこういった経験がないのか? 裕美のような女なら、ほとんどの男は気を使い、精一杯の見栄を張るだろうに……。
「今までデートした男たちとは、ホテルで食事とかなかったんだ?」
「ハハハ…、デート自体、本当に久しぶりかな~……」
 こいつ、この期に及んでまだ嘘をつくか。
 それ以上話し掛けず、俺は黙ったまま裕美の横顔を見た。
 本当に綺麗な女だった。綺麗に整った長いまつ毛。眩い光でも入ってんじゃないのかって思うぐらい大きな瞳。鼻筋がスッとした端正な鼻。少し上唇がつき出したアヒルのような魅力的な唇。
 しかし反対に髪の毛はそこまで金を掛けていないのか、ショートカットで色も黒のまま。よく見ると毛が痛んでいるのが分かる。
 不思議な魅力を持った女だ。
「神威さん、お待たせしました。ご案内します」
 マネージャーが迎えに来たので、俺は裕美と一緒にあとに続いた。

 適当に前菜、スープ、肉料理、パスタ、ピザを選ぶと俺たちは食前酒を頼み、乾杯する。
 いつもここに来ると頼んだもの以外に、サービスで様々な料理がテーブルに置ききれないぐらい出された。ここのエスカルゴのニンニクバター風味は俺の好物でもある。
「ねえ、あなたって顔が広いのね~」
 感心したように裕美は言った。いい女に褒められると男は素直に嬉しいものだ。そういえば酢女とかは、こういった場所へ連れてきた事がなかったなあ。
「裕美はプライベートだと結構地味なんだな。もっと着飾ればいいのに」
「言ったでしょ? そんな余裕なんてないってさ」
 おどけた顔で話す裕美。いくら稼いでいるなんて野暮な事聞けやしない。
「だったら今はうまい目の前に料理を食べて、幸せを感じよう」
「ふん、気取っちゃって」
「いい女の前じゃ、男はいつだって気取っていたいものだ」
 ホテルマンが近づいてくる。右手にはデキャンタに入った琥珀色の飲み物を持っている。
「神威様、よろしければお飲み下さい。ちょっとうちのレストランでは扱ってないので、デキャンタに移していますが」
 このホテルは俺がウイスキー好きなのを覚えていて、いつだってこうして気遣ってくれる。だからこそ、ここぞという時はいつも新宿プリンスホテルを使うようになった。
「あなたには何だか興味が沸くの」
 じっと真剣な目で俺を見つめる裕美。こいつと出会ったのは風俗店。あんな場所じゃなく、もっとちゃんとした場所で知り合いたかった。
「俺もおまえに興味を持っている」
 自分の気持ちを正直に言った。
「ありがとう」
「何だか裕美がその言葉を使うと妙な気分だ」
「うん、私…、もう、すっかり汚れちゃってるんだ……」
 そう言った裕美は下をうつむき、とても悲しそうな顔をしていた。
「そんな事ないよ。とても綺麗だ」
「ううん…、心の問題。ドス黒く薄汚れていて、そう思ったらいつからこんな風になってしまったんだろうなあって……」
「……」
 俺は何も言わず黙ってウイスキーを飲んだ。
「私、すごい壊れているでしょ、性格が……」
「まあな」
「へへ…、やっぱ龍一から見てもそう思うよね」
「表向きはな」
「え?」
「表面上だけはそうおまえがあえてしているだけだろ? 心の闇なんて誰だってあるさ。それを表に出すかどうかは個人の自由だけど」
「ふふ」
「何かおかしい事でも言ったか?」
「ずいぶんとまともな事を言うんだなあって」
「ふん」
「風俗に来る客なんてさ、もっと女とやりたい。そんな人ばかりかと思った」
「間違ってないよ、それは。みんな、男はやりたいから金を払って行くんだ。俺だってそうさ。おまえを見て、ああいい女だなあって、絶対にこいつとやりたいなあって。だから強引に抱いた」
「うん、うまく抱かれちゃったよね……」
「最高だ。おまえの体は」
「あまり嬉しくないや」
「嬉しくないかもしれないけど、正直な感想を言っただけだ」
「もうちょっとお酒、飲みたいなあ……」
「上に汚い歌舞伎町のネオンが見えるラウンジがある。それを眺めながら酒でも飲むか?」
「うん、汚いネオンが見たい」
「じゃあ、ここはチェックしよう。それで上に行こう」
 何故か裕美に惹かれている自分がいる。こういう女といつも一緒にいたら、俺ってすごい幸せになれるんじゃないか。そんな事を思っていた。

「こ、これは何ていうカクテルなの?」
 裕美が目の前に置かれたカクテルグラスを凝視しながら聞いてくる。
「スカイダイビングというラムベースのカクテルだよ。ラムとブルーキュラソーとライムをシェイクして作るカクテルだ。気に入ったのか?」
「うん。とてもおいしい。初めてこういうの飲んだ」
「最近は市販のレモンジュースとかをフレッシュのライムの代わりに入れて作るバーも多いけど、俺からしたらカクテルはやっぱフレッシュを使わないとな」
「フレッシュって?」
「生のライムやレモンをそのまま絞って、カクテルの材料に使うって事だよ」
「味は違うもんなの?」
「飲み比べてみれば、よく分かるよ」
「ふーん」
 キリッと冷えたカクテルを一気に飲み干す。裕美は目を細めながら俺の様子を眺めている。
「裕美って甘党?」
「うん、何かおいしいものでもあるの?」
「アイスのチョコミントは好き?」
「うん。三本の指に入るぐらい好きなアイスかなあ」
「そうか、ちょっと待っててくれ」
 俺はホテルマンを呼ぶ。赤い短めのチョッキを来たホテルマンが礼儀正しく笑顔で、近付いてくる。
「はい、何かお持ち致しますか?」
「うーんと…、グラスホッパーとですねー、あとスコッチのモルトのグレンリベット十二年をダブルで、飲み方はストレートでお願いします」
「はい、かしこまりました」
 ホテルマンは礼儀正しく頭を下げ去っていく。
「なあにグラスホッパーって?」
 不思議そうに裕美は聞いてくる。
「バッタって意味だ」
「バッタ?」
「バッタは緑色だろ? もうじきカクテル来るから飲んでみろ。飲んだらおまえは、俺にきっと感謝するぜ」
「そんなおいしいの?」
「今日俺とこうして出会えて良かったって思えるかもな」
「そんな事はもうとっくに思ってるよ。だからこうして一緒にいるんでしょ」
 ホテルマンがカクテルを運んでくる。小さいグラスがテーブルに置かれた。琥珀色のスコッチウイスキー、グレンリベット十二年。その横に続いてチェイサーが置かれる。
 裕美の前にはクリームの掛かった緑色のカクテルが置かれる。裕美は用心しているのか、匂いを嗅いでいた。
「いいから飲んでみなって、そんな変な顔すんなよ」
 恐る恐る口に入れる裕美。
「お、おいしーっ!」
「バッ、バカっ! 声がでか過ぎるって」
「何これ? へえ、こういうカクテルなんてあったんだ。アイスクリームのチョコミントそのものね。本当に感動しちゃった。チョコレートのような甘さと、ミントのスキッとしたハーモニー。こんな飲み物があったのね。ところで龍一が飲んでるのはウイスキーなの? それともブランデー? 横にある水みたいなのって何?」
「俺が飲んでるのはスコッチシングルモルトウイスキーのザ・グレンリベット十二年。由緒正しいウイスキーだ」
「へえ、どう由緒正しいの?」
「スコットランドで政府に初めて容認されたウイスキーなんだ。客は初めて容認された酒として安心感があるから、このウイスキーを求める。そうすると他の会社も真似して自社のウイスキーの名前にグレンリベットと名前をつけて売り出した訳。もちろん混乱が起きるだろ?」
「うん。それでどうなったの?」
「そうすると、このグレンリベットを作った会社は当然怒るだろ?」
「うん」
「裁判を起こして勝ったんだよ。ザ・グレンリベットって名乗れるのはあなたの会社だけですって判決が決まったんだ。法的に守られ、勝ち抜いた酒なんだよ。ちょっと格好いいだろ?」
「うん。格好いいかも。だからストレートで飲むのが正しい飲み方なんだ?」
「それは違うな。よく氷を入れずに、酒と水を同じ量だけ入れて飲むのが正しい飲み方だって言うけど、俺は間違っていると思う」
「何で?」
 裕美は俺の話に興味を持ったようだ。両肘をテーブルにつき、駄々っ子がねだるような顔をして俺を見ている。
「裕美は目玉焼き食べる時、何をかけて食べる?」
「はあ? 何それ?」
 酒の正しい飲み方から、何故いきなり目玉焼きの話になるのかって思ってんだろうな。
「いいから質問に答えて」
「う、うーんと醤油かな」
「そうか、俺はケチャップだ。ケチャップをかけて目玉焼きを喰う。おかしいか?」
「ちょっと変わっているだけで全然おかしくないんじゃないの。別にソースをかける人だっていれば、塩コショウだけで食べる人だっているし」
「そうだろ。人の好みなんて十人十色だ。目玉焼きに何かけたって文句言われる筋合いは何もない。じゃあ酒の飲み方だって個人の自由でいいと思わないか。例えば俺は今、この酒を金出して買っている。大袈裟な言い方をすれば、この酒のオーナーだ。俺がこの酒をストレートで飲もうが何だろうが自由だと思わないか?」
「それは自由でしょ」
「それに対して正しい飲み方はどうだとか言う奴が、俺に言わせれば間違っているんだ。そいつがその勘定を持つって言うならまだいい。でも自分の金で飲んでいるのに、そんな不愉快な事、言われたらムカつくだろ?」
「そうだね」
「そんなの自分の好きなスタイルをただ否定されただけの話だ。文句だけだったら、誰だって言えるんだよ。口先だけなら簡単だよ。人をただ否定するだけでも簡単。でも俺に言わせりゃ、そんな奴はクズ野郎だ」
「すごいな、龍一って。本当に何をしている人なの?」
「俺は酒が好きだから、真面目にこだわっているだけなんだ」
「それは分かるけど」
「裕美、よくスコッチとバーボンって言うけど、言い方が比例していると思うか?」
「分かる訳ないでしょ。私はウイスキー飲まないから」
「ウイスキーの五大生産国っていうのがあってね。もちろん俺たちの日本も入っている。あとはアメリカが作るアメリカンウイスキー。カナダが作るカナディアンウイスキー。アイルランドが作るアイリッシュウイスキー。スコットランドが作るスコッチウイスキー」
「スコットランドが作るウイスキーだからスコッチって言うの?」
「そうだよ。そのスコッチを大別するとモルト、グレーン、ブレンデットの三つに分かれる。アメリカンウイスキーだってライ、コーン、バーボンって具合に色々と分かれるんだよ。みんなバーボンとスコッチって言うだろ? 正式な言い方をしたらバーボンとモルトっていう言い方が俺は正しいと思うんだ。ただ飲んでいる時にそんなこと言っても、つまらないしシラけるだろ? だから別にいちいち言わないだけだけどな」
 熱くなって語っているのが自分でも分かった。まだ俺は、バーテンダーという職業に未練があるのかもしれない。
「水みたいのは何でついてくるの?」
「チェイサーって聞いたことあるだろ? カーチェイスの語源から来たと言われている。後を追いかける意味だね。まー、酒の後を追いかける水って言っても分からないか」
「ううん、何となく分かる気がするよ。すごいね、龍一は」
「偉そうに言っているが、いつも行きつけのバーのマスターの受け売りなんだ」
 俺が何の職業をしているか聞いてきた裕美。彼女にゲーム屋だと答えられない俺。だから嘘をつき、話を誤魔化した。
「へえ、そうなんだ。すごいね、そのマスターって」
 本当はすべて俺自身が勉強して身につけた知識だと大きな声で言いたかった。

 会計を済ませエレベーターに乗る。誰もいない密室の空間。
 俺は自然と裕美のアゴに手を添えて顔を近づける。裕美は素直に俺のキスを受け入れた。
 特に言葉など必要なかった。自然に俺たちはとってある部屋に行き、歌舞伎町の汚いネオンを見ながらグレンリベットで乾杯をした。
「ほんとに下品な風景だよね」
 窓の外を見ながら裕美はボソッと言った。
「まあね。世界一の繁華街ってのを象徴したような風景だよな」
「こんなところの片隅で、私って仕事をしているんだなあ……」
「俺もさ……」
「え?」
 裕美は驚いたようにこっちを向く。こいつなら素直に言ってもいいか。そんな風に感じた。少し酒に酔ったのかもしれないな。
「俺もこの街で働き生きている。おまえと変わらない。いわば同類だ」
「何をしているの?」
「ゲーム屋って分かるか?」
「ううん…。行った事ない。店の子がたまに行くっていうポーカーゲームの事かな?」
「ああ、そうだ。俺は一番街通りにある『ワールド』ってとこで店長をしている」
 初めて人に告白した。何故だろう? 自分の心境がよく分からない。
「へえ」
「おまえの正体だけ知って、俺のを言わないのは不公平な感じがしたんだ」
 そこまで言うと、俺は冷蔵庫からクリームチーズとクラッカーを取り出す。
「どこか大きい会社のサラリーマンだと思ってた」
「何で」
「何となく」
 クラッカーにクリームチーズをまんべんなく塗る。裕美のほうへ差し出しながら「食ってみろ。グレンリベットにはこいつがよく合うんだ」と渡した。
「うん、おいしい、もう龍一ってば私をこれ以上太らせてどうするつもり?」
「こうするつもりだ」
 裕美を強く抱き締めた。そして濃厚なキスをして、五分ほどそのままでいた。
「もう…、いつも強引なんだから……」
「嫌か?」
「嫌なら素直に部屋へついてくる訳ないでしょ。野暮なんだから……」
「悪かったな、野暮で」
「龍一ってさ……」
「少しうるさい」
 俺は再び裕美の唇を塞ぐ。お姫さま抱っこのように持ち上げると、ベッドの上に寝かせた。
 裕美は俺を見ず、ジッと天井を見ている。構わず俺はゆっくりと裕美の服を脱がせた。

 全裸になった芸術的な裕美の肉体をしばらく眺めた。彼女はずっと天井の一点を見つめている。
 こいつとなら俺は、幸せに一緒に過ごしていけるかもしれない。
 乳房を右手でそっと撫ぜる。軽く裕美の体が動く。
「なあ、裕美……」
「なあに」
「俺とさ、一緒に暮らさないか?」
「私、風俗嬢よ?」
「そんなもの辞めればいい」
「お金が必要なの……」
 裕美は視線を天井に向けたまま静かに言った。
「何に遣う? 必要なら俺が稼ぐ。もうおまえが体を張る必要なんてない」
「……」
 俺の言葉を聞いて、裕美の目から一筋の涙がこぼれる。
「何故泣く? そんなに酷い事を言ったか?」
「もっと……」
「え?」
「もっと早く龍一に逢いたかった……」
 裕美はそれだけ言うと、ベッドに突っ伏して号泣した。どれだけ辛い人生を歩んできたのか分からない。でも安心しろ。これからは俺がずっと一緒にそばにいる。
 口には出さず、裕美の肩に手を置いて見つめた。
 しばらく泣き止みそうもない裕美。俺はベッドに腰掛けると、汚いネオンの景色を見ながらタバコに火をつけた。
 薄暗い室内。煙だけが空気に揺れながら天井へ上っていく。
「龍一……」
「どうした?」
「もっと早く逢いたかった」
 声を震わせながら、裕美は言った。
「俺もだ」
「で、でもね……」
「ん?」
「ご、ごめんなさい」
「どうしたんだ?」
 泣きじゃくる裕美。俺は優しく髪を撫ぜた。
「私ね…、私ね……」
「うん、どうした?」
 ゆっくり立ち上がる裕美。そして服を身につけだした。黙ったままそれを眺める俺。
 窓際まで歩く裕美を見て、本当に綺麗だと感じた。まるで妖精が地面を滑るように優雅に、そして軽やかに歩いている。
 彼女はテーブルの上にあるグレンリベット十二年の入ったショットグラスを手に取り、軽く口に含む。グラスを置くと、心臓を抱え込むように両腕を交差させたまま外の景色を眺めていた。
「ごめん、私…、今日は帰るね」
「あ、ああ……」
 荷物をまとめると裕美は部屋を静かに出て行った。その間俺はタバコを吸う以外何もできなかった。

 訳も言わずに出て行った裕美。俺は頭の中で色々考えてみた。
 何故あのまま行かせた?
 あいつは俺にとめてほしかったんじゃないのか?
 一緒に暮らそうと言うと、泣いた彼女。あの涙の意味は一体何の為の涙なのか。
 何を俺に言おうとしていたのだろう。
 俺には何一つ分からなかった。
 何か俺がしたのか?
 何もしていない。
 イタリアン料理を楽しく食べ、汚いネオンを見ながら酒を飲み、部屋でセックスをしようとしただけだ。どこか問題でもあったのか? いや、何もないはずだ。
 帰り際、何故裕美はグレンリベットを飲んだのだ? 言おうとしても言えない言葉を酒によって円滑にして、俺に何か伝えたかったんじゃないだろうか。
 それをただタバコを吸いながら黙って見ていただけの俺。最低だ。
 彼女の抱え込んでいる心の闇は、かなり深いだろう。想像もつかない何かを抱えている。
 歌舞伎町にすっかり溶け込み、この街の住人となった俺。今じゃ薄汚れている。もう普通の生活などできやしない。
 服を脱いでユニットバスへ向かう。
 熱い温度のシャワーが俺の汚れをすべて流れ落としてくれるような気がした。体にジンジンくるような高熱の温度が心地良い。
 金はまだまだある。
 裕美を見て抱きたいと思い、欲望のままに抱いた。
 気付けば、心までが本能的に裕美を求めていた。
 寂しかった。今、この時間を一人でどう過ごしていいのか分からなかった。心が張り裂けそうな痛み。声にならない苦痛。
 シャワーを浴び終わると、バスタオルで簡単に体を拭く。そして裸のまま、歌舞伎町を見下ろした。
 裕美は今頃この中を一人寂しく歩いているのだろうか?
 あの時引きとめて、何故強引にでも抱かなかったのだ?
 俺が望めばいくらだって裕美を抱けたはず。
 裕美の完成された肉体美を思い出す。俺の下半身はギンギンにたぎっていた。
 右手で一物を握る。そしてゆっくり上下に動かした。裕美の中に入っていたあの感覚を思い出しながら……。
 気付けば窓に向かって俺は、射精をしていた。
 男の性欲など単純だ。こんな事ですぐ現実に戻る。
 下品な光を放つ歌舞伎町のネオン。それらがすべて今の俺の姿を見て、馬鹿にしたように笑っている。
 残った感情は寂しさと虚しさだけだった。
 自然とこぼれる涙。俺はずっとこうして孤独なのだろうか。
 バイブレーターの音が聞こえた。画面を見ると友香からだった。静寂に包まれた心の中が掻き乱される。
「もしもし……」
 無意識の内に俺は電話に出ていた。

 たかが数日しか経っていないのに、友香は電話口でわんわん泣きじゃくっていた。
 以前なら鬱陶しいとさえ感じた。しかし、今のこの孤独な心境には不思議と心地良かった。
「龍一…、私、龍一と別れるの嫌だよ~」
 ガキのように泣く友香。同じ女の涙でも、何故こう質が違うのか。裕美、彼女の涙はとても崇高で美しさを感じた。
 顔だけで言えば、友香も裕美に引けをとらないぐらいの美人だ。何故彼女はこんな泣き方をするのだろう?
「何で何も言ってくれないの?」
「おまえが泣いている声をしばらく聞いていただけだ」
「龍一……」
「何だ?」
「もう、私たち終わっちゃうの?」
「……」
 元々友香とはメールと電話のやり取りだけ。写真を一枚もらっただけ。一時は付き合っている気分になっていた事もあった。電話代だってかなり掛けた。
 だからって俺たちは付き合っていたなんて、言えるのだろうか?
 友香のしつこ過ぎるほどの電話とメール。それにうんざりした俺は他の女を抱いて誤魔化そうと風俗へ行った。そこで出会った裕美。完璧な肉体と壊れた心を持つ女だった。
 そんな女と俺は、今さっきまでここにいたのだ。
 裕美が寝ていたベッドを見る。彼女の流した涙でシーツはまだ濡れていた。右手の人差し指で軽く濡れた部分をなぞる。指先についた水分を俺はゆっくり口へ持っていき、舌を出して舐めた。特にしょっぱさを感じない。
「聞こえているの、龍一?」
「うっさいなぁ~」
「何よ、その言い方……」
「うるせーっ!」
 大きな声で叫ぶと俺はそのまま電話を切った。すぐにバイブレーションが鳴る。構わず携帯電話の電源ごと切った。
 切ってから思った。裕美から電話があったらどうするんだ……。
 いや、ある訳ないだろうが。
「……」
 一体俺はどうしたいのだ? 分からなかった。
 考えろ。俺は何を一番求めている。どの女がいいのだ?
 目を閉じると裕美の顔しか浮かばなかった。今日で三回しか逢っていない女だぞ? 俺はどうかしている……。
 友香の写真の顔を思い浮かべた。吐き気を覚えた。あの粘着質な性格に嫌気が全身を包んでいた。あいつじゃ、俺を癒せない。孤独から救ってくれない。
 文江の顔を想像した。まるで浮かんでこない。当たり前だ。あの女は未だ写真一つ送ってこない。
 このまま裕美と、自然消滅してしまっていいのだろうか?
 頭の中は裕美の悲しげな顔でいっぱいだった。

 

 

4(真・進化するストーカー女編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

一週間が経った。俺の携帯電話は電源を切ったままだ。裕美から連絡があったかどうかさえ分からない。毎日のように夜になると歌舞伎町へ向かい、ゲーム屋『ワールド』で仕事...

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