岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 233(自分の城編)

2025年03月08日 05時36分51秒 | 闇シリーズ

2025/03/08 sta

闇 232(横浜新店舗開始編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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布団一式は揃った部屋。

横浜橋通商店街に百円ショップもあったので、灰皿も買ってくる。

電気は開通し、水も出るようになった。

ガスは明日契約。

これで部屋の風呂にも入れる。

もし日払いできるようなら、次は自転車が必要だな。

出勤して長谷川隆に相談してみる。

「基本月にまとめてだけど、岩ちゃんの場合しょうがないか。ちょっと下蔭さんに連絡してみるよ」

「お手数お掛けします」

客が来たので仕事をしていると、オーナーの下蔭さんが店にやって来た。

「おう、岩上。とりあえず日払い一日五千円は出すようにしたから」

「ありがとうございます!」

「それとな……」

そう言いながら下蔭さんは一万円札を手渡してきた。

「え…、あのー…、これは?」

「馬鹿野郎、おまえは即戦力なんだ。風邪でも引かれちゃ堪んねえだろ。これでコタツでも買ってこい」

危なく泣きそうになるほど嬉しかった。

ぶっきらぼうな下蔭さんの気持ちが籠もった暖かいお金。

俺は頭を深く下げ、礼を述べた。

「おまえには期待してんだからよ、頼むな」

「はい!」

本当にこの人には感謝しかない。

誠心誠意下蔭そんの為にこの店を絶対に流行らせる。

それが俺の使命だ。

頂いたお金でコタツを買う。

身体も暖まったが、それ以上に心に火が灯った感じがする。

 

オープン初日に作った額の傷は思ったよりも深く、未だ傷跡が少し残っていた。

「まだお兄さん、額の傷残っているねー」

ヤクザ客に気遣われるくらいである。

アップしていた髪の毛を下ろし、傷跡を隠す事にした。

二千十二年十二月二十四日。

今日はクリスマスイブか。

俺は変わらず出勤すると、ヤクザ者に「メリークリスマス」と言われた。

「まだ今日はイブですよ」と素っ気なく返すと「モーニング娘はふんふんふん」とラブマシーンを呑気に唄っていた。

物騒な街ではあるが、横浜って平和な街である。

ここに来て、二ヶ月半以上の時間が過ぎた。

最初は色々な場所へ行き、様々なものを食べ、思い切り堪能した。

少しして横浜橋商店街という立派なアーケードがある賑やかな場所で部屋を借りる。

少しずつ家庭用品を増やしていった。

すぐ近くにリサイクルショップがあったので、冷蔵庫、洗濯機、空気洗浄機など徐々に購入していく。

風呂に入って、洗濯して、料理作って、仕事して、寝て……。

そんな当たり前のような日々が淡々と過ぎていく。

自分の好きな料理を作り、好きな食材を買い、好きなように過ごす。

ちゃんこ鍋を作って食べる。

一人焼肉を部屋でやってみた。

あとで臭いが酷く、ちょっぴり後悔した。

生まれて初めて魚を買い、部屋の中でグリルを使って焼いて食べた。

レッドソースカレーをじっくり煮込んで作ってみる。

従業員のみんなも食べたがったので、店のみんなにも分けてあげた。

今日仕事終わったら、ホワイトソースを作る予定。

次はマグロのサクを買ってきて、鉄火丼でも作ろうかなと思う。

横浜橋通商店街は素晴らしい。

肉も魚も野菜もすべての食材が揃う。

どの店のどの肉が安いか、野菜はこの店のほうがいいなど、気付けばこの周辺に詳しくなった。

気付けば外食はまったくしなくなっていた。

そんなごく普通の些細な生活なのに、それだけで幸せを実感している自分がいる。

じっと目の前の風景をぼんやり眺めていた。

たった俺一人だけの空間。

今、そこに俺はいる。

ここは俺の城。

自分で築いた城だ。

とるに足らないような事なのに、何故こんな事を考える自分がいるのだろうか?

地元での…、いや…、家での環境が酷過ぎたからだろう。

四十年以上に渡って続いてきた世知辛い日々が、自身を麻痺させていたという悲しい現実。

忌まわしき場所から離れて暮らすだけで、こんなにも心の中は晴れやかになっていた自分。

小二でお袋が家を出ていったから、自分で好きなものを作ろうと料理をやり始めた。

でも、それを見た親父に「女みてーな事しやがって」と、そんな理由で殴られ、泣きながら包丁で野菜を切っていた幼少期。

高校生の頃、いつの間にか俺の食事など用意してくれなくなったおばさん。

顔を見る度、「早く家から出て行け」と言ってくるおじいちゃん以外の家族。

風呂場の湯船の風呂栓をわざわざ隠され、ここ数年家の風呂では湯船に浸かった事がなかった。

冷蔵庫に自分で買ってきた野菜や肉を入れているだけで、嫌味を言われる事もない。

去年から俺宛ての年賀状や郵便物がまったく届かなくなった。

親父と勝手に再婚していた加藤皐月が、郵便局で嫌がらせの為そう手続きしていたようだ。

伯母さんのピーちゃんからは「おまえが親父とお袋を勝手に離婚させるから、あんな女が家に入ってきたんだ」といつも責められた。

加藤皐月が家に入ってきたのは俺のせい……。

それはさすがに違うだろ?

親父が内密に籍を入れ、いつの間にか家に住ませていただけだ。

そもそもお袋が勝手に出て行ったあと、何故離婚をしないのか教えてやると幼い俺に対して言ってきたのはピーちゃんである。

「おまえのお母さんは、家の財産目当てだから離婚しないんだよ」

そう言われて育ったから、俺は大学も目指さずすぐ就職が決められた自衛隊へ行ったのだ。

一日でも早く社会人になって、そしたら出て行ったお袋と親父の間をクリアにできると思って……。

俺が間違っていたのか?

違うだろ?

間違っているのは両親だ。

それを親父は俺に対し「そんなに母親が恋しいなら岩上の性を捨てて、加藤と名乗りやがれ」と言いやがった。

俺が親父のケツを拭いただけの事なのに……。

思い出すのはいつだって嫌な暗い過去ばかり。

何かつまらない事を言われたり、酷い事をやられたりする度、心には目に見えない傷が一つ一つ増えていた。

何度殺してやろうと憎しみを覚えた事だろうか。

この四十一年間、常に憎悪が浮かび上がっては、静かに心の奥底へ沈殿していた。

世間では長男なんだから家にいろと言われる。

でも、家では邪魔者扱いされるだけの状況。

横浜に住み出したのも、そんなつまらない状況から離れたかったからかもしれない。

いや、違う……。

あのままいたら、俺は殺してしまったかもしれないのだ。

だから新天地横浜へ来た。

裸一貫で……。

新宿の人間と違い、横浜の人間は優しい人が多い。

その辺は地元川越で仲良くしている人たちと変わらないような空気がある。

仕事で足を引っ張ってくる人間なんて誰一人いない。

家に帰っても、文句一つ言う人間はいない。

こんな些細な事で幸せを感じられる自分って、本当に安上がりでくだらない人生を過ごしてきたのだろう。

でも、もうちょっと時間が経ったら多分だけど、今の環境にも退屈さを感じ始め、また新たな喜びを探しに動くのだろうな。

だけど、今はもうちょっと一人の時間ってのをゆっくり噛み締めたいと思う。

 

昨日がイブだから今日はクリスマス。

聖なる夜か……。

クリスマスで思い出すのが教会の神父の妻だった望。

もう随分と会っていない。

横浜へ来てからずっと一人だった俺。

部屋も手に入れ、生活の目途がつき落ち着いた。

そこで芽生えた感情は、少し寂しいだった。

しばらく女も抱いていない。

そういえば準備前に地元川越へ行った際、裕也のガールズバーで知り合った里奈はどうしているだろうか?

メールをしてみたが、彼女からの返信はクリスマスだから店に来ないかだった。

あの時何度もキスはしたが、ただの飲み屋の女に過ぎないか。

そうなると今日のクリスマス中に呼べる身近な女はいないのか考えてみる。

いる訳がない……。

いや、以前ゴールデン街の有路の店で知り合ったエスティシャンの塚田めぐみ。

 

闇 98(破局編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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確か岩上整体へ来た頃、横浜だか平塚から来たとか言っていなかったか?

数年ぶりに連絡をしてみた。

「あれ、智一郎さん、とうしたの? 凄い久しぶりなんだけど」

「いや、あれから色々あって今ね、横浜にいるんだ。今日クリスマスだし元気でやっているのかなと気になってね」

「今は関内のスナックで働いているのよ。エステは予約があった時だけやるようにして」

ちょうど仕事が終わった時間らしいので、一生食事でもしないか誘ってみた。

横浜橋通商店街の近くならタクシーで数分もあれば来れると言うので、岩上整体以来久しぶりに会う事となる。

深夜三時過ぎなので営業している店も限られる。

この辺だと『中華一番本店』が二十四時間だが、クリスマスだし少し見栄を張りたい。

でもあと営業しているのは、焼肉くらいか。

 

横浜橋通商店街の中で待っていると、一台のタクシーが来る。

降りてきた女性は塚田めぐみ。

俺はタクシー代を払ってやると、大通り公園方向へ一緒に向かう。

「元気だったか?」

「大変だよー、色々と。エステだけじゃ食べていけないから、スナックでも定期的に働くようだし…。あ、そういえば智一郎さん、整体はどうしたの?」

「話すと長くなるから、とりあえず焼肉でも行こう」

俺たちは大通り公園沿いにある焼肉屋へ入った。

そこで肉を注文しながら、俺はこれまでの簡単な経緯を話す。

「じゃあ智一郎さん、彼女さんとは別れちゃったの?」

「二千六年の時だから、めぐみが俺の整体に来たあとすぐくらいだったかな」

ちょうど今日であの時から六年経つのか……。

この真夜中にめぐみをわざわざ呼び出したのは、もちろん抱く為だった。

会計を済まし、横浜橋通商店街を共に歩く。

「この商店街って初めて来たけど、何だか凄いよね」

「うん、俺も住むならこの辺がいいなあとね」

さり気なく自分のマンションの方向へ向かう。

「え、智一郎さん、どこ行くの?」

「ここが俺の部屋なんだ」

「今日は食事だけって言ったから来たのに…。もう私、帰るよ」

「こんな時間じゃ電車なんて無いだろ」

「タクシーで帰るから大丈夫」

「分かったよ。タクシー代くらい出してやるからとりあえず入りな」

「えー、何もしない?」

過去何度も俺に抱かれている癖に、今更何をカマトトぶっているのか。

俺は強引にめぐみを部屋に入れ、中に入った瞬間抱き締めた。

「ちょっと! 今日はそういうつもりじゃ……」

構わず服を一枚ずつ脱がせていく。

めぐみの全身を愛撫して、俺のものを挿入した。

それまで抵抗していためぐみだが、両腕を俺の首に回し激しいキスをしてくる。

「もう…、本当に智一郎さんて、いつも強引なんだから……」

俺は黙ってタバコに火をつけた。

「とりあえず私はこれから帰る」

「めぐみはとこに住んでいるんだ?」

「二俣川」

「横浜はこの辺しか土地勘ないから全然分からない」

「免許センターのあるところよ」

「タクシー代いくらくらい掛かるんだ?」

「五千円くらい」

俺は財布の中身を見ると細かい金が無かったので、一万円札を手渡す。

「じゃあ私行くからね。もう、化粧も何も落としてないのに……」

「鍵を渡しておく。またいつでもおいで」

「……。うん……」

大通り公園を通過して十六号まで行き、タクシーを捕まえる。

「じゃあ気を付けて帰れよな」

「うん、ありがとう。智一郎さん、またね」

めぐみを乗せたタクシーはどんどん視界から遠ざかっていく。

久しぶりに女を抱いたような気がする。

それにしても焼肉代にタクシー代の一万は、今の俺にとって手痛い出費だ。

俺はタバコに火をつけて、ゆっくり吸いながらゆっくり部屋へ戻った。

 

今の店に女性従業員が新しく入ってきた。

下蔭さんの弟である修さんがよく行く飲み屋の女性で、名前は早紀。

黒髪ロングヘアーの細身の三十二歳の女性で、目がとても大きいのが特徴的だった。

俺たちが抜けたあと、鈴木社長のあのインカジで少しは働いていたようで、少しは戦力になりそうだ。

早紀の加入により、オーナーの下蔭さんは遅番の出勤から外れ、平田早紀体制になる。

「早く修さんの同級生の田村さん来ないのかなー」

この店の名義を張っている長谷川隆も、早く現場から外れたいようでウズウズしているが、こればかりは人が来ないと仕方ないだろう。

平田は女性と一緒に働くのがとても嬉しいようで、毎日早紀の送り迎えまでしている。

「岩ちゃん、新宿のインカジってイベントとかってやってないの?」

「うーん…、ゲーム屋とインカジはまたシステムが違いますからね…。特にこれといったイベントは無いですよ」

「横浜と比べて違う点は?」

「負けサビがあるところですね」

「負けサビ? 何それ?」

「客が負けた金額に対する何パーセントのポイントを次回来店時つけてあげるんです。それがあるから客も、またその店へ来るじゃないですか」

「何パーセントくらいつけるようなの?」

「だいたい新宿や池袋の今の相場は五パーセントくらいですね」

「二万円負けると、負けサビが千円って事?」

「そうなりますね」

「高いところだと?」

「一番街通りにあるインカジが、負けサビ十パーセントっていうのやり始めましたけど、そこは十万円単位で出しているみたいです。例えば十八万負けだと端数切り捨てで、負けサビ一万円という感じで」

「よし! じゃあうちは一万円からでも負けサビ十パーセントやっちゃうぞ!」

「え? 隆さん! 絶対にやめたほうがいいてすよ! パーセンテージ上げたらもう下げる事は無理なんですよ?」

「いや、うちの店はやる!」

「……」

この人、偏屈というか馬鹿だったのか?

俺が何を言っても、一度自分が決めた事は曲げない。

それによって店の経営が成り立てばいいが、客へのサービスを良くすればするほど店の純利益からその分の経費が出て行くだけなのだ。

「あとイベントもやるよ」

「え、どんなイベントをやるんですか?」

「五千円もらって、五千円サービスの一万円スタートで、アウトは二万円から」

負けサビ十パーセントに加え、客に五千円分のサービスを出す?

「隆さん! 絶対にやめたほうがいいですって! どこもそんな無茶なイベントやらないですよ?」

「いや、ここの名義は俺だから。それでイベントやるよ」

言い出したらまったく聞かないタイプ。

パッと思いつきでイベントも口にしたのだろうが、実際にやって失敗しないと分からないのだろうな……。

 

塚田めぐみとの六年ぶりの再会。

それ以来頻繁にめぐみは店の仕事帰り、俺のマンションへ来るようになった。

来る度めぐみを抱くが、その都度彼女はちょっとした抵抗はする。

それでも向こうから来るのだから、ちょっとしたポーズのつもりなのだろう。

一緒に寝て、俺のほうが早く起きるので食事を作っておく。

昼間、エステの仕事がある時は弁当を作ってやると、めぐみはとても喜んだ。

久しぶりの異性とのプライベートとの時間はとても安らぐ。

二日に一度の確率で来るめぐみ。

半同棲なようなものだ。

これもワンルームにしろ自分の城を持てたからこそだ。

イベントが始まり、プラス五千円余計にもらえるのでヤクザ客はわんさか押し寄せてきた。

全十一卓の席が何回転もするほどの盛況ぶり。

但し来た入客数掛ける五千円分のポイントを出しているのだ。

全員が負けていく訳でもなく、勝つ客もいる。

運良くこのイベントの売上はトントンで終わった。

「何だよ、忙しいだけで全然儲からないじゃねえかよ」

そう長谷川は愚痴をこぼしていたが、俺があれほど止めたのに名義という立場で強行して自分がやったイベントなのだ。

呆れてものも言えなかったが、これで今後不用意なイベントは控えるようになるだろう。

 

年末ギリギリになり、前の店の坂本がうちの店で働く事が決まった。

鈴木社長の店は畳んでしまったようで、宙ぶらりんとなった坂本がうちの遅番へ入る形になる。

従って早紀が早番へ移動し俺と組む。

遅番は平田と坂本。

名義の長谷川はこれてようやく現場から外れる事がてきた訳だ。

早紀は経験はあるもののキャッシャーまではできない。

俺がキャッシャーもやりつつ、ホールもフォローしながらの業務となった。

番交代の時、何故前の店が潰れてしまったのかを坂本に聞いてみると、壮絶な思いをしていたらしい。

横浜へ来て最初に働いた店なので、愛着もある。

少し残って話を聞いてみた。

「よく来ていた組長の吉田さんていたじゃないですか」

「あ、あのダスティローデスみたいな人ですよね?」

「ダスティローデス?」

プロレスに詳しくない坂本は俺の例えがまるで分からない。

パソコンでダスティローデスを検索し、画像を見せてみた。

「これがダスティローデスですよ」

画像を見ながら坂本は「うわ、似てる似てる! 目の下の隈とかそっくりだ」と大笑いしている。

吉田組長は前の店の時、自分的にはお世話になった人だった。

インカジに来て大勝ちすると「今日は従業員何人いるんだい?」と尋ねてきて、チップを一人辺り一万円置いていくような一人である。

以前別のヤクザ客のテーブルでドリンクをこぼすという粗相をしてしまい、俺が責められた時も横にいた吉田組長が「まあ勘弁してやって下さい」と間に入ってくれた事もあった。

「その吉田さんが、どうかしたんですか?」

「もう本当に大変でしたよ。死ぬかと思いましたよ」

話を聞いてみる。

九州から横浜に来たという売人が、吉田組長の事務所にシャブを買う金をまとめて置いてあったらしい。

その金を吉田組長は誰のかも知らずに持ち出し、鈴木社長の店ですべて溶かしてしまったようだ。

その額百八十万。

九州のヤクザから追い込みの連絡を受けた吉田組長は、急いで金策をしなければならなくなった。

組長の女である琴美が、店に電話を掛ける。

たまたま店の電話を取ったのが当時働いていた坂本。

「吉田組長が使った金、あれ、使っちゃいけない金だから、負け分すべて戻して」

「え…、そんなの無理に決まっているじゃないですか……」

「じゃああんたが電話に出たんだから、責任持って百八十万出しな」

「えー! 無理ですよ、そんなの!」

「私はあんたに言ったからね! 用意しておきな」

そこで電話を切られた坂本は鈴木社長へ連絡。

もちろんギャンブルで負けた額を返せるはずもない。

それから数日間、店を閉めると吉田組長の組員が十人ほどビルの周りを張っており、売上金を盗ろうと毎日のように待ち伏せされたようだ。

「もう生きた心地がしなかったですよ。あのビル、二箇所出口があるじゃないですか。様子を見ながら順番に出て、見つかるとヤクザ連中に追い駆け回されるんですよ?  最初直樹さんが囮になって逃げて、俺は慌てて車に乗り込んで逃げて…。一週間くらいこんな毎日なんですよ? それで店をこれ以上続けられないってなりまして……」

「……」

正に横浜のインカジの闇を味わったとでも表現すればいいのだろうか。

俺や長谷川、平田の下蔭さんチームは早々とあそこを抜けといて正解だったのだ……。

「そういえば菅井さんていたじゃないですか? 彼はどうなったんですか?」

「彼は途中でクビになったんですよ」

「菅井さんはクビ? 何でですか?」

「あの人、下蔭さんじゃないほうのオーナーの紹介で入ってきているじゃないですか」

「ええ」

「客がヤクザばかりだから、負けると従業員に当たるくらいするじゃないですか」

「まあそれは商売上つきものですからね」

「ただ怒鳴られただけで、すぐケツモチに電話してしまうんですよ」

「何で知ってるんですか、ケツモチの電話番号を?」

「オーナーから聞いていたみたいですよ。さすがにどうしょうもない案件で何回も店に呼ばれ、ケツモチから『こんなにくだらない事で毎度呼ばれるじゃ、ケツモチ料だけじゃ割に合わねえ』と逆に怒られたんですよ」

「でもヤクザから殴られたとか?」

「いえいえ、何十万負けたよとか、嫌味で帰り際言われた程度ですよ? それで勝手にケツモチへ電話しちゃうんですから」

「……」

「何度直樹さんが注意しても、すぐビビッて電話しちゃうのでクビにという事です」

何度か仕事後に酒を飲んだ仲ではあるが、連絡先まで交換しなくて本当に良かったと胸を撫で下ろす。

あの人とプライベートも一緒にいると、絶対にいつかこちらまで災害に見舞われる恐れがある。

「あの店のほうなんて働く人はいない、自分が毎日休み無しで一日十六時間くらい働かせられたんですよ? それで仕事終わりにはヤクザに待ち伏せされて…。本当にこっちの下蔭さんの店来れて良かったですよ……」

苦労人の坂本はそう染み染み呟いた。

こんな状況で俺は横浜で年を越し、二千十三年になる。

 

年明けは五日まで店が休みなので、ほとんどの時間をめぐみと過ごす。

二日に下蔭さんから中華街の『大新園』で新年会をやるからと言われ、全従業員が集合する。

俺、長谷川隆、平田、坂本、早紀ほ揃って新年の挨拶を済ます。

また華やかなご馳走を振舞われ「今年も頼むな」とお年玉袋を手渡された。

中身は三万円も入っていた。

本当に下蔭さんは下に対する面倒見が抜群にいい。

俺はそのお金を使い、プレイステーション三を買った。

前のプレイステーション二と比べると、明らかな進化にビックリする。

翌日の一月三日に、中学時代の同級生である岩崎努ことゴリから連絡があった。

「岩上、俺暇だから横浜へ遊びに行くよ」

知り合いが横浜まで来るのは伊達以外初めてである。

俺は了承し、行きたい場所を聞くとみなとみらいや中華街へ行ってみたいようだ。

横浜駅から出ている地下鉄ブルーラインの『阪東橋駅』まで来るように伝え、迎えに向かう。

上の階から見下ろすようにゴリを待っていると、少しして階段を上がる姿を見つける。

ん、何だか頭の天辺がハゲてきていないか、あいつ?

「おー、岩上久しぶり」

「ゴリッチョさ、髪の毛結構ハゲてきてない?」

「テメーこの野郎! 上から覗いてやがったのかよ?」

「こりゃあ数年後波平さんだな」

「うっせーよ! 早く飯食いに行くぞ」

無性に腹が減っているらしく、お約束の中華街へ。

以前行った『醉樓』へ行き、安いランチを食べる。

「これで千円って凄いな」

驚くゴリゴリゴリッチョ。

彼は男二人なのに何が楽しいのか、山下公園にも行ってみたいと望み、仕方なく向かう。

大型停船の日吉丸の鎖へ一列に並ぶウミネコ。

海を見ていると自然と心が和んでくる。

あ、前から気になっていた赤い靴を履いていた女の子の像を探してみるか。

幼い頃の記憶が正しければ、多分山下公園にあるはずだ。

公園内を歩いていると様々な像がある。

うん、おそらくこの辺にきっとあったはず……。

探し回り、やっと赤い靴履いていた女の子の銅像を発見。

小学生の頃、伯母さんのピーちゃんに連れてきてもらった中華街。

そして山下公園。

何故この像だけ記憶に残っていたのだろうか?

俺が好きだった漫画、小山ゆうの『がんばれ元気』で海堂と戦っている最中、元気が突然唄い出したのが赤い靴履いていた女の子の歌だったのだ。

幼心に何故いきなりこんな歌を唄っているのだろう?

そんな疑問を覚えつつ、四十一歳になった今でもその部分だけ不思議と記憶に残っていたのだ。

約三十年ぶりの再会。

そう考えると感慨深いものがある。

みなとみらいでアトラクションに乗って時間を潰していると、めぐみから電話が入った。

俺はみなとみらいへめぐみを呼び、ゴリに紹介する。

突然の紹介にゴリは驚いていたが、すぐに馴染み楽しく時間を過ごす。

夜になり、自分のマンションへ戻り酒を飲む。

朝から起きていたので、眠くなりめぐみの膝枕で横になる。

コタツの中から手を伸ばし、めぐみのスカートの中を弄っている内にムラムラしてきた。

そうなるとゴリの存在が邪魔だったので、そろそろ帰るように伝える。

「ここ出て左行くと横浜橋通商店街があるから、出たら左方向へ進んで左へ行くと『阪東橋駅』って地下鉄があるから」

「あ、ああ……」

「何冷たい事を言ってんのよ、智一郎さん! ちゃんと送ってってあげなさいよ」

めぐみに言われ仕方なく俺はゴリを阪東橋駅まで案内する。

「何か岩上はこっちで結婚とかしそうだなー」

ゴリが俺の顔を見ながらニヤリとする。

「結婚願望なんて、昔から俺はねえよ」

「いや、何かそんな感じがするんだよなー」

地下鉄ブルーラインの阪東橋から横浜まで行ける事を伝え、ゴリと別れる。

マンションへ戻ると、俺はめぐみとセックス三昧の時間を送った。

 

仕事が始まる前は横浜橋通商店街の様々な店を周り、色々な食材を買い漁る。

仕事以外では自炊して食事をするのが日課になりつつあった。

洗濯や掃除をすべて済ませてから職場へ向かう。

俺はよく洋食屋『イタリーノ』へ連絡をして、その日の日替わりランチの持ち帰りを頼んだ。

持ち帰りは容器代でプラス五十円掛かるが、元々六百円なのでそれでも本当に安い。

早番の前半はほとんど客が来ないので、五分程度抜け出してよく食事を取りに行った。

仕事を終え、マンションへ戻る。

めぐみも来るし、今日の食事は家庭的なものを作ってみよう。

昼間の時間帯に魚屋でシマホッケを買ってきていたので、グリルで焼く。
味噌煮込み鍋を作る。

普段なら水炊きで作るちゃんこ鍋を味噌ダレも一緒にしたバージョンだ。
冷凍のアジフライとカニクリームコロッケを揚げ、冷奴にご飯を炊く。

めぐみはテーブルの上にある料理を見て声を出して喜んでいる。
こういう平凡でのほほんと過ごしせる日々が、何気に素敵だ。

今の俺に対し、口うるさく文句を言ってくる家族は誰一人いない。

十月初旬に横浜へ来てから、スーツを洗っていなかった。

実家がクリーニング屋という当たり前の日常が、いかに幸せだったか分かる。

風呂へ入る時、服はすべて放って籠の中へ入れとけば下着まで全部洗ってくれていたのだ。

そろそろスーツも汚れてきた。

俺は今日生まれて初めてクリーニング屋というものに、スーツを出しに行ってみる。

調べると横浜橋通商店街の私大通り側から徒歩三分程度て店があった。

染み抜きをするか、裾のほつれはどうするか色々聞かれたので、すべてお願いすると結構いい金額を請求される。

クリーニングってこんなに金が掛かるものなのかと驚く。

なんせ実家がクリーニング屋だから、初体験だったのだ。

横浜に来て家の有難みが少しだけ理解できた。

 

俺の料理を絶賛してくれるめぐみ。

新宿や池袋のインカジもそうだったが、これが本来の反応なんだよな。

俺の実家がおかしいだけなのだ。

自分の城を持てるようになり、俺は調理する事に飢えていたかのように日々料理を作る。

そういえば同じ番で働く早紀は、いつも食事を取っていないな。

一人分作るのも二人も同じだ。

『イタリーノ』の持ち帰りはしばらく我慢して、これからは職場へ弁当を作って持っていこう。

早紀の分も一緒に作ってやろうと思い、本日の弁当は少し凝ったものにしたい。

まずは俺の十八番料理であるチーズハンバーグ。

マンションを出たところの精肉屋で安く売っていた手羽先のグリル焼き。

ネギ焼きに、梅ワカメご飯。

大根サラダも作って、漬物を添えて完成。

三時間も調理に時間を掛けてしまった。

余った挽肉でロールキャベツでも作るか。

ハンバーグを作るのと途中まで工程は変わらないので、仕込んでおく。

 

デミグラスソースのロールキャベツ&ピーマンの肉詰め&ハンバーグサン& - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2024/04/15monデミグラスソースのロールキャベツとピーマンの肉詰めまず人参、玉ねぎ、エリンギを切って、バターで炒めますジャガイモも入れて炒めますトマトホルダー入れま...

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せっかくだから川越の『ビストロ岡田』のデミグラスソースのロールキャベツにしよう。

必然的に明日はこれでデミグラスロールキャベツになる。

職場へ弁当を持っていき、早紀にもプレゼントすると「え、これ岩上さんが作ったんですか? 凄い!」とビックリしていた。

女性には量が多かったのか、半分くらいで蓋を閉めていたので謝ると、美味しいので残りは持って帰って食べると嬉しい感想を言ってくれる。

こんなに喜んでくれるんじゃ、明日も作って持っていってやろう。

 

マンションへ帰ると仕込んであったロールキャベツへ火を入れる。

いかに煮込んでキャベツを柔らかくできるかがポイントだ。

箸で裂けるくらいにするのが理想である。

手羽先がまだたくさんストックあるので、塩胡椒を掛けてグリル焼き。

デミグラスソースのロールキャベツはいい感じの柔らかさだ。

ご飯は海苔弁当にして、しば漬けにポテトサラダ、付け合わせにキンピラゴボウを作る。

「毎日こんなに手の掛かった料理を作って頂いて申し訳ないですよー」

「いえいえ、一人分も二人分も作るの変わらないですから。もしダイエットとかで困るとかだったらあれですけど」

「いえ、それは無いんですけど、手間暇掛けて申し訳ないなあと」

「料理するの嫌いじゃないんで。また何か作る時は持ってきますよ。気にしないで下さいね」

しかしこれが早紀へあげる最後の弁当となった。

翌日より以前から予定していた修さんの同級生の田村が横浜へ来る。

俺より十歳年上の田村が入った事で、早紀が現場から外れ、俺と田村体制になった。

彼女が外れるのは仕方ないにしても、今後の仕事はどうなるのだろう?

その辺は下蔭さんグループらしく修さん経営のゲーム屋で働く事が決まったようだ。

田村はインカジ経験がまったく無いので、俺はキャッシャーの仕組みからホール仕事を詳しく教える。

五十一歳の田村はキャッシャーを理解すると「岩ちゃんはホールのゲームの説明もできるから、岩ちゃんがホールのほうがいいね」と言い、キャッシャー室から出なくなった。

ヤクザ客に関わらないキャッシャーのほうが楽だからなのだろうが、俺が休みを取った時、代わりに長谷川隆が入りキャッシャーをするのだから、今の内に慣れておいたほうがいいとは思うのだが……。

修さんの同級生というのもあり、俺から余計な事を言うのは避けておく。

彼は住む場所も、下蔭さんの家へ居候という形でいるらしい。

新潟から出稼ぎで来ている田村は向こうに家族を残し、構成は妻、娘、息子の四人家族。

毎月三十万円の仕送りをするようなので、月に数万円程度の小遣いしか残らないと、話をする度嘆いていた。

大半の客がヤクザなので、大負けした時が本当に面倒臭い。

いつも俺は話術で怒りをかわしつつ、笑顔でヤクザを返す。

俺がヤクザ対応に追われている際キャッシャー室の小窓を見ると、呑気にティッシュをテーブルに広げピンセットで鼻毛を抜いている田村の姿を見ると、さすがに苛立ちを覚えた。

しかも自分は何一つ行動しないくせに、ヤクザが帰ると「岩ちゃん、あの対応はこうしたほうが良かった」などと能書きだけを垂れる。

「それなら田村さんがホールやりますか?」と返すと「いや、ホールのゲームの説明とかは岩ちゃんのほうが上手いから、俺はキャッシャーをやるよ」と言ってきた。

何もしないなら後付けでつまらない事を言ってくるなよと思う。

どんなに怒って従業員へ八つ当たりしてきても、連日懲りずに店へ来店するのは俺の対応が間違っていない証拠。

偉そうに上から物を言うなら、実際にやってみせろというのが俺の持論である。

これならまだ早紀と組んで仕事をしていた頃のほうが良かった。

 

「今日仕事終わったら、一杯付き合わないか?」

田村が誘ってきたので、業務上支障の無いよう付き合う。

『三百宴商人 楽』へ連れていき、ここなら安く飲める説明をする。

田村は酒を飲みつつ携帯電話を見ながら何度も頭を抱えているので話を聞いてみると、新潟にいる家族への送金額をさらに上げられたようだ。

「小遣いどころか、飯代もどうしろって言うんだよ……」

家庭の事情を俺に言われてもなあ……。

これ以上愚痴を聞かされるのも面倒だったので、早紀の時同様田村にもついでに弁当を作ってやる事に決めた。

「田村さん、弁当ついでに作ったから、良かったら食べますか?」

「へえ、これ岩ちゃんが作ったんだ? せっかくだから頂くよ」

下蔭さんの家は、磯子区手前の南区にあるようなので、必然的に田村とは帰り道が途中まで同じ方向になる。

「俺は下蔭さんの家に住ませてもらっているが、光熱費代わりにちゃんと月に一万円払っているんだ」

偉そうにそう語る田村だが、月に一万円しか払わないで居候させてもらっているのだから、もっと下蔭さんへ感謝を覚えたほうがいいと思う。

たまに彼は俺のマンションへ寄って酒を飲みたがったが、めぐみがいるのを理由に断った。

あまりにもホール仕事をやろうとしない田村。

たまにはめぐみを部屋の中だけでなく別の場所へ連れてってやらないとという思いと、キャッシャーしかやろうとしない田村へホールをやらせる為に、定期的に休みを取ろう。

部屋で必要な生活必需品はほとんど揃っていたので、そこまでシャカリキに休み無しで働く必要もなかった。

 


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2 コメント

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Unknown (岩上智一郎)
2025-03-09 02:53:27
> シャイン さんへ
> このころも... への返信

確かにこの頃くらいからでしたね
人に料理を振る舞うようになったのは

ただ、この時の事がしばらくして今でも後悔するなんて、思いもよりませんでした(笑)
返信する
このころも (シャイン)
2025-03-08 14:09:49
すでに人にお料理をふるまっていたのですね
返信する

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