岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

06 業務命令「世界で一番怖いホラー映画」を作れ

2023年02月28日 23時52分39秒 | 業務命令「世界で一番怖いホラー映画」を作れ

 翌日鈴木君のいない会議が始まる。いつも中心になって話を進める彼がここにいないという現実。目の当たりにすると何とも言えない寂しさがあった。もう二度と彼とあのようなやり取りをする事もできないのだから。

 近々通夜や葬儀があるので、社員は全員出席になるだろう。

 会議は酒巻君が中心になって進めだす。酒巻君自体ホラー好きというのもあって張り切っているけど、あの一件のせいかどうもみんなの気持ちの乗り具合が悪い。鈴木君の思念が会議室のどこかにあるような気がする。

 とにかく仕事と割り切って業務命令なんだから、私も坂巻君を見習って積極的に発言した。

 まず決まったのが、ドキュメントタッチで一度映像を撮ってみようじゃないかという事。キャスター役には美人で画面映りがいいだろうという理由で、知世が選ばれた。

 撮影をしたものをみんなで見て、それで恐怖を感じるかどうかを確認する。

 次に撮るものの内容だけど、噂で聞いた話を知世がインタビュー形式で聞いていき、その事実と真相に迫るものを作る。ここまではとんとん拍子に話が進んだけど、肝心の内容をどうするか? そこが一番のネックになっていた。

「一つ思ったんですが、俺的には昨日の鈴木が亡くなった件。あれが今までで一番怖かったんですね。みなさんもそうじゃないですか?」

「確かに……」

 私も相槌を打つ。その場にいない人がいつものように普通にいて消えたという事実。そのせいで発狂寸前になった知世。怖さと驚きという点では一番かもしれない。

「そこで自分たちがいつも会議をするところから、演出してやったらどうかと思うんですね。撮影時にはエキストラの人を雇い、鈴木役をしてもらって」

 ちょっと昨日亡くなったばかりの鈴木君の死を軽んじているような酒巻君の発言。さすがにちょっとした嫌悪感がある。

「それは鈴木君の死ですら、ネタにしてしまうって事になりませんか?」

 人道的な思いからの発言。つい、言葉に出てしまう。その瞬間坂巻君の表情が一瞬だけ一変したのを私は見逃さなかった。多分余計な事を言いやがってと、そんなような顔だった。

「そんな訳ないでしょ? 奴の死については同期である俺が一番ショックを受けていますから。ただ、最後に奴がみんなの前に姿を現した会議。あの意味を考えると、この事すらネタにしろって伝えている気がしたから、俺は言ったまでです」

 一度は抱かれ、あれだけ想い焦がれた坂巻君だけど、彼の発言に真意があるとは到底思えなかった。でも、作品でそれを表したら、どれだけの恐怖を与えられるのか。坂巻君の言い分は分からないでもない。

「ではオープニングシーンで、それを始めるってところですか?」

「そうですね。もちろん社長にも最初は出てもらい、このホワイトボードに『世界で一番怖いホラー映画を作れ』って書いてもらうところから始めたら、どうかなと思ってますね」

「すみません…、私……。もう、この仕事から降りたいです……」

 知世がゆっくり立ち上がり、ボソッと呟く。

「え、澤井さん…、一体どうしちゃったんです?」

 酒巻君が驚いたように尋ねる。しかし知世はすぐ席に座り、口を開こうともしない。

 無理もない。彼女は昨日今日で心臓が止まるような怖い思いを実際に二度も体験しているのだ。一昨日はバーで見た白い女性が知世のマンションまでついてきてしまい、昨日は昨日で鈴木君の幽霊騒動。ただでさえオカルト嫌いの彼女なのにリアルに体験したら、関わりたくないと思うのが当たり前だろう。この映画を作るって決まってから、すべて起きた事ばかりなのだから……。

「ねえ、澤井さん…、黙ってちゃ分からないですって」

「酒巻君…、今朝の件で彼女は酷いショックを覚えています。とりあえず今はそっとしてあげませんか?」

 これ以上知世を怖がらせる事はやめたほうがいい。私は彼に注意した。

「まあ、現段階は作品の内容をどうするか。それが一番に決めなきゃいけない事ですから、澤井さんの件がとりあえず保留にしましょう。みなさん、何かこれと言ったものはありませんか?」

 相変わらず貝のように口を閉ざし、何の発言もしようとしない外山さん。

「怖いと言うか不思議な現象ですが、ある日家に帰ったら自分っていう存在を誰も知らなくなっていたというのはどうでしょうか? 昨日の鈴木さんの一件も怖さと言うよりも、不思議さと驚きという表現のほうが適した言い方だと思うんですね。それと澤井さんをキャスターにという事ですが、やはり役者の方を使ったほうがいいんじゃないでしょうかね」

 あと一人、入社して数ヶ月の神威さんはこちらを気遣うような発言をしていた。何となくだけど、彼には共通点がある。神威さんがあの先生と呼んでいる人と、私が以前会ったあの人とは話を聞いている限り、同一人物のような気がする。

 このままじゃ知世は精神に異常をきたしてしまう。そうならないよう早めに動きたい。でもなかなかそうできないもどかしさ。これは私が一人で全部何とかしようと思っているからだ。

 個人の力なんてある程度のものしかない。同僚である神威さんに相談してみようかな。もっと年上の外山さんは論外だし……。

 今日頃合いを見て、神威さんに声を掛けてみよう。そしてできれば力になってもらいたい。明日から土日で会社は休みになる。なので今日を逃すと来週になってしまう。その間、また知世の周りで何かあったら困る。

「まあ、キャスターをどうするかってのは別に置いといて、日常変わりない生活をしていたのに、周囲の人が突然そうなったら確かに怖いというか、嫌ですよね」

 どうも知世にこだわりたい酒巻君だが、ほとんどの従業員から言われたせいで、さすがにそれ以上しつこくはできなくなったようだ。

「それと会議の様子までも映像として使用するのなら、実際に会議中隠し撮りでもカメラマンを雇ってもいいから、日常をそのまま撮影したほうが、作り物ぽくなくていいんじゃないかなと私は思いますね」

「なるほど…、こういった会話を生のまま撮影ですか。それはいいかもしれませんね」

「もちろんナレーション等も必要です。それに先日みんなで話した都市伝説…。それを自分たちの手で考え、それを調査するという作品ならどうでしょうか? まだまだプラスアルファは必要でしょうけどね」

「それはいいですね。あと神威さん…、できたらやはり例の先生の出演交渉を……」

「すみません、酒巻さん。昨夜もそれは何度も丁重にお断りしたつもりですが?」

「作品の為に…、いいものを作りたいんです。だからこそしつこく話しています」

「あくまでもそれは会社の都合であって、先生には何の関係もありません。嫌がる者を無理にと言うのは自分の信念に反しますので、お断りします」

 険悪な空気が会議室に流れ出した。確かに神威さんの言うあの人が例の先生なら、まずそういったものに出演するなどありえないだろう。

「まあ先生の件もあとに置いておきましょう。とりあえず来週の頭でもテスト的に、外で撮るだけ撮ってみませんか? どんな感じの映像になるのかを」

「撮るって何の撮影をですか?」

 思わず立ち上がる私。知世をまだ引っ張り出そうとする酒巻君の意見にはさすがに同意し兼ねる。

「最初にナレーション的な役割で、澤井さんに上野駅周辺でマイクを持って『この度私たちスタッフがホラー作品の作製をするようになりました』って出だしからのほうがいいかなと思ったんですよ。別にそれなら霊と直接触れてとかじゃないし、始まりの部分は大事じゃないですか。それぐらいなら問題ないですよね、澤井さん」

「は…、はい……」

 有無を言わさぬ酒巻君の口調に、知世もそう返事をせざるえないようだ。

「じゃあ、みなさん…、来週は通常九時出社ですが、直接上野駅へ集合でいいですね。俺のほうから社長には承諾を得ておきますから」

 会議はこれでひとまず今回終わりになる。あれほど好きだった酒巻君の印象が、私の中でどんどん急速に冷めていく。

 

 午後になって鈴木君の通夜が、明日の土曜日に行う事がを通達される。そして社長の口から来週月曜は上野駅不忍池口に朝九時集合と言われた。

 カメラマンの手配なども済み、知世は本人の意思とは無関係に駆りだされてしまう結果になる。こればかりは仕事だからしょうがないと割り切るしかないようだ。

「神威さん、これから少しお時間取れませんか?」

 私は仕事が終わる時間になると、神威さんに声を掛けてみた。知世の一件や、昨日の鈴木君の事で色々相談したかったのである。彼は川越から通勤しているので、ここからだと一時間以上掛かる。なのであまり夜遅くまでは難しいだろうけど。

「お時間?」

「私と言うよりも、澤井知世の件でちょっとお話と言うか相談したい事ありまして」

「別に構いませんよ。食事でもしながら場を設けましょう」

「良かった…。ありがとうございます、神威さん」

 明日から休みだし断られる可能性も考慮していた分、余計に嬉しく感じた。知世が現状について、いかに困って精神的に参っているかも伝えておきたい。

 彼が上野に来るようになってから、たまに行くというステーキハウスへ案内される。アメ横と並行する隣の細い路地沿いの地下にあるお店だった。

 時間は夕方の六時半。本来ならあと三十分で、バーのマスターである香田とすぐそばの御徒町で会う約束をしていた。もうキャンセルしてしまったけど。

 階段を降りて中へ入ると、外国人が従業員のお店でそこそこ繁盛しているようだ。

 私たちはメニューを眺め、ステーキを注文する。知世は食欲がないようだけど、私が強引に同じものを注文させた。

 料理が運ばれて来るまでの間、先日ダイニングバーで見た白い洋服の女性の話をひと通り済ませる。そして昨日から知世が、私のところへ泊まりに来ている事も。

 神威さんは私の話を黙って一部始終聞いてくれる。それからようやく口を開いた。

「バーで澤井さんが見た女性が、彼女のマンションまでついてきてしまったという事実。それって今現在川崎さんのところに澤井さんがいるという事ですが、何か異変はありますか?」

「いえ…、こっちに来てからは何もないですね……」

 知世を不安がらせたくないので、あえてそこは嘘をつく。

「澤井さん…、今回私も一緒にいるので、良かったらその香田さんというマスターの方。その人と会ってお話しませんか? 最優先しなきゃいけないのが、澤井さんが安心できるような環境に一刻もする事だと思うんですね。ですからその為にも原因を解明する事が大事だと思うんです」

「……」

 知世はしばらくどうしたらいいのか考えているようだ。できれば強く押したいところだけど、そうそう強引にしても彼女の負担になってしまう。ここは知世自身が心から願わないといけない。

「澤井さんはこのままでいいと思いますか? 早く原因の解明をして、ゆっくり安心して眠れるような環境になりたくありませんか?」

「もちろんそれはそうなりたいです。一刻も早く…。でも、そのマスターと会って、これ以上ショッキングな事が遭ったらどうしようって……。そういう心の迷いがあります」

「では、聞きますが、澤井さんが思う…、または想定するこれ以上ショッキングな事って一体何なんでしょうか?」

「え……」

 何も答えられない知世。

「現在の心理状況で言えば先日の鈴木さんの件…、そしてその前の白い女性の件と連続で不可解な現象が起こったので、精神的なパニックと疲れはあると思います。でもこれ以上のショッキングな出来事って、そうそうないような気がするんですね。あと、あれ以上にどんな怖い想像をできますか? それなら早くリラックスして眠れるように動くのが最善だと思うんです」

「……。確かにそうかもしれません……」

「勇気を持って…、いや、勇気なんて持たなくていいから、まずは香田さんとお話が今日これからできるなら、会ってしてみましょうよ」

 そう言って神威さんは優しく微笑んだ。

 私は失礼を承知で再び香田さんの携帯電話に連絡をして、これから会って話を聞けるか尋ねてみる。もちろん自分以外に同僚が二人いる事も伝えた。

 香田さんは快く承諾してくる。でも、今は上野周辺にいないので、ここに来るまで一時間ほど掛かってしまうようだ。

 少しは知世も気が楽になったのか、運ばれてきたステーキを食べていた。うん、これならいい方向へ向かうはず。神威さんに思い切って相談してみて良かった。

 つかの間のホッとできる一息を久しぶりに体感できたような気がする。

 

 香田さんが御徒町駅に到着したのは八時前だった。

 一度キャンセルしたお詫びをしつつ、ゆっくり話をできる場所を探す。騒がしい居酒屋とかでなく、静かなバーがいいだろう。

 この辺で働いているだけあって香田さんは静かで素敵なバーの店を紹介してくれる。

 個々に飲み物を頼み、オードブルとミックスナッツを注文した。

「今日はすみません、香田さん…。こちらの都合で一度断っておきながら、また会えるかなんて無理を言ってしまって」

「いえいえ、独身で暇な身ですからね。そんな気にしないで下さい」

 独身? ではその左手薬指についているその指輪は何なのだろう? それを聞くにはさすがに躊躇いがあるので、逸る気持ちを抑えた。

「ありがとうございます。あ、紹介を先にしておきますね。こちらが先日香田さんのお店に一緒にいった澤井知世と申します」

「はじめまして、澤井です」

「はい、よろしくお願いします。香田と申します」

「続いて同じく会社の同僚である神威さんです」

「忙しいところをすみません。神威龍一と申します」

「はじめまして」

 お互いの自己紹介を終えると、ちょうどカクテルが運ばれてくる。見るからにお酒の強そうな神威さんは、スコットランドのウイスキーであるグレンリベット十二年のストレートと、チェイサー代わりにドライマティーニ。私はアプリコットフィズ。知世がバレンシア。香田さんはダイキリを頼んでいる。

 カクテルを置き終わると、店員が「こちら、サービスになります」とキスチョコにチーズの盛り合わせを置いて、香田さんに会釈していく。

「へー、香田さんって顔が利くんですね~」

「いやいや…、この近くで商売している者同士ですからね」

 そろそろ例の本題に話を移そう。神威さんは川越だから、そんな遅くの時間まではいられないし。

「早速ですが、香田さん…。香田さんのお店で見た白い服を着た女性の事なんですが」

「ええ、私もあれから色々考えたんです。自分一人でいつまでも抱え込んだところで何の解決にもならないだろうって。多分、誰かにこうして話したかったんだなって、今になって自覚しました」

「……」

 やはり私の睨んだ通り、彼は何かを知っている。でも、どんな結末が待ち受けているのだろうか?

「川崎さんたちがお店で見たという白いワンピースの女性ですが、おそらく自分の妻だと思うんです」

「え?」

 先ほど自分の事を独身だと説明した香田さん。薬指にある指輪の訳が何となくだけど理解できた。彼の奥さんはすでに亡くなっていたのだ。

「もうかなり時間が経ちます…。亡くなってからは」

「そうでしたか……。お悔やみを申し上げます」

「結婚していた当時の話…、私は普通のサラリーマンだったんですね。あのお店で働くようになったのは、亡くなって数年経ってからでした。何故なら、あの店で私と亡くなった妻の静香は出会ったんです……」

 神威さんの持っていたカクテルグラスが落ち、床に落下するのが見えた。派手な音を立てながら粉々に砕け散るグラス。慌てて神威さんは破片を拾い出す。

「危ないですよ、神威さん」

「すみません、うっかり落としてしまって……」

 心なしか神威さんの表情が冴えない。薄暗い店内のせいではないような感じだ。

 やがて店員がやって来て、ほうきで破片を集めている。平謝りに店員へ謝ると神威さんは、香田さんに声を掛けた。

「あの…、奥さんのお名前って…、香田静香さんって言うんですか?」

「ええ、端正な顔立ちで周囲にも自慢の妻でした……」

「失礼ですが、香田さん…。お子さんはいらっしゃいますか?」

 今度はその質問に対し、香田さんが無口になる。下をうつむきジッと一点を見ていた。

「隆志という息子がおりました…。原因不明の病気で幼い内に、亡くなってしまいましたが…。おそらく自分で腹を痛めた妻の静香には耐え難いショックだったんでしょう。しばらくしてあとを追うように首吊り自殺をして亡くなりました……」

「……」

 小刻みに神威さんが震えていた。何故か怯えているようにも見える。

「どうしたんですか?」

 私が声を掛けると、神威さんはそれに答えずタバコに火をつけた。そしてマティーニを少し飲んでから口を開く。

「な、何でもないです」

 その言い方にはあきらかに動揺があった。もしかして香田さんの奥さんとは、生前知り合いだったのかもしれない。今はそっとしておこう。

 しかし何故知世のマンションまで、香田さんの奥様がついていったのか? そこが一番不可解な部分だった。

 辛い過去を思い出したのか、香田さんはどこを見ているのか分からないような視点で見つめている。今、知世についていった事まで聞くのは失礼になるだろう。

 肝心の知世も、首吊り自殺した霊が自分のところへ来ているという事実を知ってしまったせいか、青褪めている。

 私以外の三人が急に口を閉ざしてしまっているのだ。これでは会話にならない。

 本当なら原因解明したいところだけど、香田さんや神威さんがあのような状態になってしまった今、それを聞き出すのは難しいだろう。

 今日はこの辺でお開きにしたほうがいいかもしれないな。

「香田さん…、そろそろ今日はこの辺でやめておきましょう。古傷に触れてしまったみたいでごめんなさい。神威さん、知世…、行こうか?」

 私は二人に声を掛け、伝票を持ってレジへ進んだ。

 

 

~七章 悪事~

 

 まったく馬鹿の酒巻の奴、面倒臭い事を抜かしやがって。上野駅周辺で朝から撮影? そんなもん、やる気のある連中だけでやればいいじゃねえか。わざわざこんな暑い時期にそんな事考えやがってよ。

 それにあいつの意見が通ってしまったら、ワシまで映像に映るようになってしまう。目立たないようにきたのに冗談じゃない。

 しかし自分の目で見たものが未だ信じられなかった。霊という存在を信じずここまで生きてきたが、鈴木のあれはどう説明すればいい? 幽霊というものをこの目でハッキリと見てしまったというのか?

 案の定来週からは色々と忙しくなりそうだから、この二日間の休みの内に性欲の処理でもしておくか。ワシは変装用グッズを引っ張り出し、それを乱暴にカバンの中へ詰め込んだ。今日はそうだな、埼玉のほうまで遠征するか。それで状況を物色し、人通りのない場所を選べばいい。

 足がつかないようワシはいつも切符を買って電車に乗る。そして滞在するホテルは使わない。漫画喫茶やDVD鑑賞のところなら、そのまま気軽に時間を潰せるし、素性も知られずに済む。

 池袋駅まで出て、西武池袋線に乗り換える。そして所沢駅まで向かう。さすがに駅周辺だと人がいるので、ワシはひと気のない方向を吟味しながら探していく。

 駅から二十分ほど離れた場所に行くと、畑ばかりのひと気がない好都合な空間を見つける。あとはここに通り掛かる女がいるかどうかだ。変装をしたまま辺りをウロウロしてみる。時間帯にして一時間に二、三人しか通らない道。深夜になれば、余計に人は来なくなる。うん、今回はこの場所にしよう。

 夜中になるまでまだまだ時間があったので、ワシは漫画喫茶に入り時間を潰す事にした。

 最近の漫画喫茶は便利なもので、食事も安く完全な個室になっている。そしてドリンク類も飲み放題。漫画やDVDなどの暇つぶし道具も完備し、部屋に置いてあるパソコンはタダで数百種類のAVビデオが見放題。ワシのような独身男性には溜まらない環境でもあった。

 ボーっとAVを眺めながら横になる。レイプものの作品を見ていたが、しょせんやらせだから迫力も何もない。真に女を犯した事などない連中共が、そんなものを作ったところで緊張感も何もない愚作にしかならぬ。

 今日俺の相手になる女はどんな感じだろう。やるなら若い女がいい。張りのある肌。たわわに実った胸を貪りつつ、ワシのをぶち込んでやる。

 会議の時に大きく揺れた川崎の乳をふと思い出す。いつかあの女もヒーヒー言わせてやりたいものだ。そして嫌がるあいつにワシのをくわえさせる。いや、その前にやはり澤井だな。女として成熟した一番いい頃合いである。あの女の怯えた表情を眺めつつ犯したら、どんなに最高か。

 会社の同僚に関してはあくまでも妄想に過ぎん。しかしこうして日々鬱憤が溜まりつつあった。でも今の自分の生活を守るようだから、そう無茶はできない。

「やだ~、アッ君たら~」

 薄い壁一枚隔てた隣のブースから、カップルの女の声が聞こえてくる。女は酒が入っているのか、話しつつも呂律が回っていない。こんなクソ狭い部屋なんかに二人で入りやがって……。

 イチャイチャぶりが嫌でも耳に入るこの環境。本やパソコンに集中できない。しばらく無視しながらいても、自然と耳に入ってきてしまう。苛立ちを感じた。壁を叩き怒鳴りつけてやりたいところだが、そんな事をして大騒ぎになってしまったら、肝心の強姦自体やり難くなる。

 店員に言って部屋を代えてもらうか。それとも注意を促すようにするか。

 限界を感じ立ち上がろうとすると、ベルトを外す音がカチャカチャと聞こえてきた。

「おっきくなってるよ、アッ君の……」

 小声で女は話しているつもりらしいが、隣のワシには丸聞こえだ。どうやら女が性欲を我慢しきれずに男のズボンを脱がしだしたのだろう。少しは面白くなってきたな。

 やがて口で男の一物をくわえだしたのか、いやらしい音が聞こえてくる。途切れ途切れに聞こえる男の吐息。ワシは静かに立ち上がり、ゆっくりと背伸びした。天井まで壁は繋がっていないので、こうして覗こうと思えば簡単にできるのだ。

 息を殺しつつ、真上からそっと覗き込む。壁に寄り掛かる男の髪の毛が見える。次に男の股に覆い被さるようにして、女の首が上下に動いていた。こんなところで色気づきやがって、この馬鹿共が。ワシにこうして見られているなんて想像もつかないだろう。

 真上からなのでカップルがどんな顔立ちをしているかさえ分からないが、それでも覗いているという行為自体がワシを興奮させる。今度ここへ商売女を呼んで…、いや、さすがにそれは難しいと言うよりも無理か。男の頭目掛けてツバを垂らしてやりたくなったが、グッとこらえた。

 男の左手が動き出し、モゾモゾと女のスカートの中をまさぐりだす。早くこっちにも見えるようスカートを捲り上げろ、このボケナスが。

「何だよ、こんなグチョグチョにしてよ」

 小声で囁く男。感じた声を押し殺しつつも一物をくわえる女。上から覗くワシ。

 スカートを捲くらないとやり辛いだろうが。しかしこのあとドッキングなんて、ここじゃさすがに無理だろうな。

 こんなものを見ているだけなんて、却って性欲が溜まるだけ。一度ここを出て、外を歩いてみるか。時間を確認すると夜中の一時を回っていた。そろそろいい頃合いだな。

「何をしてんですか、お客さん?」

 ギョッとして声のするほうを向く。通路に立った漫画喫茶の店員が怒ったような表情で睨んでいる。慌ててワシは顔を引っ込め、姿を消す。

 心臓が破裂しそうなぐらい音を立てていた。ヤバい。覗き行為を店員に見られたのか? 落ち着け…、冷静になれ。その時ワシの部屋のドアが開いた。

「お客さん…、今…、何をしていましたか?」

 静かな口調であるが、あきらかに店員はワシが覗きをしていたという事に気付いているような言い方だった。店員の声で、隣のカップルはシーンと物音一つ立てなくなる。別にちゃんとした証拠がある訳じゃない。毅然と言い返せ。

「何だ? 体を伸ばそうと立ち上がっただけだが?」

「さっきから様子が変だったから、ずっとこっちは見ていたんですけど?」

 怯むな。ここは冷静にいるしかない。

「伸びをしただけなのが、そんなにいけない事なのか?」

「隣の部屋を上から覗き込むようにしていたじゃないですか」

「おい、ワシは客だぞ? 口の利き方に気をつけろよ? 証拠も何もないのに、人をそんな扱いするなんて、もってのほかだ」

「証拠ですね? こういうお客さんのような方がたまにいますから、あっちに小型カメラを設置してあるんですね。何なら、その撮れた映像でも見せましょうか?」

「……」

 動揺するな…。こんな馬鹿げた事で大騒ぎをする訳にいかぬ。

「ちょっと出てきてもらえますか?」

「ふざけるなっ! こんな不愉快な店、こちらから出て行ってやる」

 ワシは財布から一万円札を取り出し、靴を履く。そして店員に向かって投げつけ、そのまま入口へ向かおうとした。

「ちょっと待って下さいよ。まだ話は終わっていないんですが」

 気安く肩をつかんでくる店員。

「勝手に触るなっ! 今のでおまえはワシの体に暴力行為をしようとしたって事になるんだぞ?」

「はあ?」

 一瞬、店員の顔色が変わったのを見逃さなかった。

「こんな気分の悪いところなんぞ、もう二度と来るか。釣りなどいらん!」

 ワシは肩をつかんだ手を払いのけ、早歩きで入口を潜る。階段まで来ると、一気に全力で駆け下りだした。少しして背後から「待てっ!」という声が聞こえたが、構わずにワシは逃げる。こんなくだらない事なんかで素性が割れて溜まるか。

 外へ出ると、脇目も振り返らず一目散に猛ダッシュして走り出した。

 

 寂れた所沢の繁華街を走りつつ、二百メートルも行くと、その場で膝に手を付きながら肩で息をした。こういう時、年を取って体力が落ちたのを実感する。

 数名の通行人と飲み屋の呼び込みらしき従業員が、不思議そうにワシを眺めているが、あの店の店員が追い駆けてくる様子はない。

「ハア…、ハア……」

 よくもワシをこんな目に遭わせやがったな、あのクソ店員め。もう少し人通りが少なくなったら、あの漫画喫茶には目にものを見せてくれよう。この暑い時期にこんな走らせ汗だくにしくさりおって……。

 これでは今日の計画に支障をきたす。まだ金曜…、いや土曜日になったばかり。まだまだ時間はあるのだ。落ち着いてから実行に移したほうがいいだろう。今は大人しくサウナにでも入り、汗を洗い流そうじゃないか。

 歩調をゆっくりしながらいると、道端に立っていたアジア系の女が笑顔で近づいてくる。

「お兄さん、マッサージ…。マッサージどう?」

 四十四歳の男を捕まえて『お兄さん』か。思わず笑ってしまう。

「片言の日本語だが、どこの国だ?」

「私あるか? 中国ね」

「日本に来て何年だ?」

「もう一年と二ヶ月ね」

「そうか。だが悪いけどワシはこれからサウナ行くんだ」

 そう言い捨て、先を歩こうとすると中国女は腕をつかんできた。

「うちもシャワーあるね。マッサージ行こ」

「いいって…。余計に高くつくじゃねえか」

「サウナいくら? マッサージ、三千円でいい。シャワーもある」

「ん、たった三千円でいいのか?」

「お兄さん、終電逃した。マッサージ終わたあと、朝まで眠る、OKね」

 サウナでもそのぐらいの金額は取られるし、それならまだ中国女に体を揉んでもらい、シャワーを浴びてから朝まで寝たほうが利口か? あと二、三時間もすれば、ここの通りもひと気がなくなるし、さっきの漫画喫茶に対しても嫌がらせをしやすいだろう。

「ね、お兄さん、マッサージ」

 ワシは話し掛けてきた中国女の体を足元から舐め回すように見てみた。スタイルは細身で胸もない。女としての魅力的なボリューム感がない女だ。

「やっぱやめとくよ」

「どして? お兄さん、三千円でいい? 行こ」

「だってあんたがマッサージするんだろ?」

「違うね。私、案内だけ。マッサージ、もっと可愛い子する」

「う~ん……」

 ここまで言うなら、どんな女が付くのか見てからでもいいか。

「ね、お兄さん、マッサージ」

「分かったよ…。でもよ、付く女がブサイクだったら、その場で帰るからな?」

「私、日本語よく分からないね。早くマッサージ行こ」

 そう言いながら中国女はワシの腕を離さず、引っ張って誘導し出した。異国の地でもこうやって逞しく生きようとする執念。世界各国にチャイナタウンがあると聞いた事があるが、その理由が何となく分かったような気がする。

 連れて行かれた店は、繁華街の通りの路地へ入り、すぐ近くだった。看板も何もない店らしく、狭く暗い階段を上がるよう促してくる。大丈夫なのか、こんなところで…。少しばかり不安を覚えつつも、ワシはゆっくり階段を上がった。

 中国女は部屋に着くと、「三千円だけね」と手の平を開いて出してくる。ワシは仕方なく千円札を三枚取り出して手渡した。ん、女の面を見て確認してから渡せば良かったな……。

 薄暗いカーテンで区切られた通路を進み、ベッドのある簡易な一室へ案内される。

「すぐ女の子来る。ちょと待てて」

 それだけ言うと女は姿を消した。まずは汗ばんだ体を何とかしたかったのだが…。まあ別の女が来るまでしょうがないか。

 ベタベタした体が気持ち悪くベッドに横になるのを躊躇う。とりあえず腰掛けて狭い室内を見回した。

 白いシーツに包まれたベッド。頭の部分だけうつ伏せ時、息継ぎがし易いような穴が開いている。横には小さな青いゴミ箱と小さな棚があり、上にはローションの入ったボトルと籠しかない。

 その内遠くから足音が聞こえてくる。カーテンで遮られた入口をジッと眺めた。

「いらっしゃいませ」

 カーテンが少しだけ開き、色白の鼻の高い女が顔を出す。そんなブサイクではないが、特別美人という訳でもない。もう金を払ってしまったんだし、この際これで我慢するか。

 女はゆっくりと体を現し、手にはバスローブとタオルを持っていた。

「最初にシャワー案内するね」

「ああ、頼むよ。汗かいたから早く浴びたいんだ」

 再び通路へ出ると、入口とは逆方向へ向かう。突き当たりにシャワー室があり、ワシはバスローブとタオルを渡される。

「シャワー浴びたら部屋戻る。OKね?」

「何だ、一緒にシャワーを浴びるんじゃないのか?」

「シャワーはお客さん一人ね。部屋で待ってるね」

 たった三千円しか払っていないのだ。そんなサービスまで要求しても仕方ないか。諦めて一人寂しくシャワーで体を洗い流す。バスローブに着替えると、先ほど来た道を戻り部屋へ帰った。

「服脱いでベッド横になる。顔はこっち向いて」

 たどたどしい日本語に苛立ちを感じながらも言われた通りにするワシ。バスローブを脱ぐと素っ裸になるが、本当に真面目なマッサージなのだろうか?

 女は右足を持ちながら指を一本ずつ丁重にほぐしていく。目の前に晒しているワシの下半身。それを見て、女は何を思っているのだろう。商売的に見慣れた光景だから、何も感じていないのか? やがて指先から足の甲、ふくらはぎと徐々にではあるが上に女の手が伸びてくる。股間に近づく度にエロスの香りがしてきた。

 それまでだらしなく縮こまっていたワシの下半身も、みるみる内に大きくなっていく。

「お兄さん、元気一杯ね」

「あ…、ああ……」

 手は太腿を触り出し、内側に差し掛かる。シーンとした薄暗いこの空間がより一層妄想を掻き立てた。ようやく股間まで、…と思った瞬間、女は左足のほうへ下がる。

「お、おい…、何もないのかよ?」

 ワシの問いに対し、薄笑いを浮かべながら女は口を開く。

「お客さん…、料金三千円だけね。三千円、マッサージだけ。サービス欲しいか?」

「当たり前だろうが。早くしろって」

 目の前に伸びる手。

「あと一万円払うね」

 道理で話がうま過ぎると思った。こういう場所に来て、三千円だけで済むはずがないとは感じていたが。

「一万払ったら本番か?」

「違うね。手でするね」

「おい…、さらに追加で一万も払って手だけだと?」

「そう、手だけ。早く一万ちょうだい」

「高い。半分に負けろ。五千円なら出す」

「駄目ね、一万ね」

 完全にそそり立った一物。こんな時男の性は悲しい。ワシは上半身を起こし、服から財布を取ろうとした。

「……」

 もう一人の冷静な自分が心に囁いてくる。今ここでこんな女に金を払って出してどうするんだ? 夜には女を強姦する予定なのに、興奮度が弱まるだけ。今は我慢しろと。

 そう…、この興奮度があるからこそ、見ず知らずの女を抱いた時の快感がある。ここで余計な金を払い、性欲と快感度を減らすような真似をして何になるんだ? 何の為にこんな片田舎な場所まで出張っている? すべては強姦の為……。

「やはりいい…。普通にマッサージを続けろ」

「え、お客さん…、どうした?」

「マッサージ代は払っているんだ。その分ちゃんと仕事をしろ」

「お客さん、こんな元気ね」

 一物を握り締めながら女は覗き込むようにして言う。

「気にするな。おまえには関係ない。いいから早く続きをしろ」

「一万……」

 あまりにも金に執着したしつこい女。見苦しい限りである。どいつもコイツもワシを舐め腐りやがって…。根底にある憎悪が湧き上がる。ワシは持ってきたバックをベッドの下から引っ張り、チャックを開けた。

 女は嬉しそうに覗き込む。金を出すと思ったのだろう。その面を見ると、殺意が湧く。

 手探りで腕を動かし、ある感触に触れる。握り締めると静かにそれを女の喉下まで突き立てた。

「あ……」

「大きな声を出すな。ワシはこう見えて結構気が短い……」

 薄暗い空間で鈍い光を放つナイフ。強姦する際、決まって女を脅す時に使うものだった。

「わ…、私……」

「声を出すな。命が欲しかったらな。また手で握れ…、いいな?」

「わ、分かた…、分かたね……」

 手を通じて全身の震えが女から伝わってくる。よその国にまで来てガメツイ真似をしやがって。これもこいつにとって、いい社会勉強になるだろう。

 途中でワシは女の髪の毛を乱暴につかみ、口でするように意思表示した。意のままに動く女は口を大きく開き、ゆっくりと舌を這わせていく。知らない土地、知らない店。そんな環境が興奮度を増す。五分も持たずにワシは射精していた。

「吐き出すな。ゆっくりワシのを飲め、飲み込め…。そうだ。声を出すなよ、いいか?」

 ナイフを構えながら服を着ると、ワシはそのまま辺りを警戒しながらゆっくりと入口へ向かう。

 外へ出ると、道端にいた中国女が笑顔で近づいてきた。

「お兄さん…、気持ち良かったか?」

 元はと言えば、こいつが悪い。どのみちあと少ししたら、上であの女が騒ぎ出すだろう。ワシは笑顔で近づく。

「ああ、最高だったよ…。教えてくれたお姉さんにもチップをやらなきゃな」

「え、ほんとか? 私、嬉し」

 こんなアングラな商売をしているような輩だ。大方ビザなどとっくに切れ、不法滞在だろう。つまり警察へは垂れ込めないはず。

「ああ、こいつをくれてやるよ」

 先ほどの漫画喫茶の件、そして日頃の鬱憤まで乗せた怒りの拳を女の腹へぶち込む。

「グッ!」

 クの字に体を折り曲げる中国女。道路に腹を押さえたまま悶絶し、足をバタつかせている。ワシは腹目掛けて蹴りを入れると、一目散にその場から逃げた。

 三十分ほど時間が経ったせいか、通りにはほとんど人がいない。

 さっきの漫画喫茶の前まで来ると辺りを見回した。閉店した飲食店の前にある大きなポリバケツ。フタを開けると大量の生ゴミが詰まっている。バケツの両脇を持つと、漫画喫茶の入口目掛けてそのまま派手に中身をぶちまけた。一気に辺りが生臭い強烈な匂いが漂いだす。

 どうせこんなシケた街など二度と来る事はない。そのまま駅前まで走ると、待機しているタクシーに乗り、行き先も告げずに発進させた。

 

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