岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

01 業務命令「世界で一番怖いホラー映画」を作れ

2023年02月28日 23時35分56秒 | 業務命令「世界で一番怖いホラー映画」を作れ

~プロローグ~

 

「今日は恒例の朝礼というよりも、みんな会議室へ集まってくれ」

 普段気だるそうに話す社長が、こんな風に威勢よく言う時って、必ず嫌な予感あるんだよな……。

「おい、酒巻」

「は、はい」

 ヤバ、社長に目をつけられた。朝っぱらから運が悪いなあ。

「何だ、その不満そうな顔は? 文句あるなら言ってみろ」

「も、文句なんてありませんよ。ちょっと昨日飲み過ぎてしまって、それで体調が思わしくないだけです」

「……」

 社長は一別すると、黙って会議室へ向かって歩いていく。相変わらず嫌な性格だ。まあグダグダと小言を続けられるよりはマシか。

 俺の隣にいる女子社員の澤井知世と目が合う。ついてないねといった感じの表情をしてからクスッと笑い掛けてくる。本当に可愛らしいというかいい女だ。二十四歳の一番女としておいしそうな頃合い。いつかこいつは酔わせても絶対に食ってやろう。もちろんそんな事を考えているだなんて思いもせず、俺は爽やかに笑い返す。

 その横では無表情の『能面』と言うあだ名がついた外山がいる。こいつは本当にセコい男で俺は大嫌いなタイプだ。誰かに奢るというような事は一度もなく、そのくせ人には普通にたかるような蝿のような性格だから。年は四十半ばのくせにどうしょうもない奴だ。いつかこういう馬鹿には天罰が下るんじゃないかって心から思う。

 先を歩いているのが、中途採用でうちに入って三ヶ月目の神威というデカブツ男。昔、格闘技をやっていたらしいので体だけはデカい。身長は百八十センチぐらいだけど、何て言うか体の厚みが一般人と違うのだ。おそらく一回じゃ流れないような大きなクソをして便所をつまらすタイプだろう。年は三十八歳とか言っていたっけ。何で映像系のうちへ入ってきたのかすら分からないが。

 続いて俺の恋のライバルとも言えるマークを外せない男の鈴木茂。俺と同じ年の二十六歳。ダサダサの名前の割に性格は本当にいい奴で、女子社員にも人気がある。オマケに仕事も一番できるから性質が悪い。裏じゃ何をしているのか分からない性格なだけに、要注意人物警報が俺の体内で常に鳴り響く。

 最後に俺より二つ年上の川崎道子。この女とは以前酔った勢いで抱いてしまった苦い経験がある。もうじき三十手前のせいか一度彼女面を社内でもされて、いい迷惑だった。ハッキリと付き合うつもりはないと伝えたから事なき得たが、多分まだ俺を狙っているには間違いない。ブスじゃないけど、美人でもないどこにでもいそうな感じの女。澤井知世となら幸せな家庭を築く為に働き蜂にでもなれるけど、こいつじゃヒモになって食わせてもらっても嫌だ。

 俺、酒巻然を合わせて総勢七名の小さな映像の会社だ。あとは数名のアルバイトが昼過ぎから来るぐらいである。そこそこ給料がいいからいるだけで、将来ここでっていうのはあまり考えていない。

 社長の社員に対する面倒見は悪くないけど、変な事を口走るのがたまに傷なんだよな。この間なんて、いきなりAV製作に取り掛かりたいなんて言い出すし……。

 普通に下請けで受けた映像編集をしているぐらいがちょうどいいのに、野望を持った器の小さな男の下にいると大変だ。

 会議室へ到着して個々に席へ座る。黙々とホワイトボードに黒マジックで何かを書き出す社長。誰もがそこへ注目していた。みんな内心何を言い出すのか冷や冷やしているはずだ。

『業務命令「世界で一番怖いホラー映画」を作れ』

 大きな字で書かれた文字を見て、みんな言葉を失っていた。もちろん俺も。

 ゆっくりと振り向き、一人一人の社員の顔を眺める社長。いきなりホワイトボードを大袈裟に叩き、口を開く。

「いいか、本当に怖い作品って今の日本にあるのか? 我が社ですごいものを作って一気にスターダムへのし上がろうじゃないかっ!」

「社長」

 鈴木が手を上げながら立ち上がる。

「何だ?」

「一重にホラーと言いましても、当社ではこれまで経験がありませんが……」

「ちょっとした閃きとみんなの知恵とやる気。これさえあれば私はできると信じている」

「お気持ちは分かります。ただもう少しやるなら絞りませんか?」

「絞る? 何を?」

「ノンフィクション系の作品にするのか、もしくは完全な作り物の純粋なホラーにするかです」

「ふむ…、そうだな……」

 腕を組みながら考え込む社長だが、結局「あとはみんなで決めろ」と丸投げするに違いない。いつも思いつきだけで話すからなあ。

 一分ほど目を閉じながら考えるふりをしていたけど、目を開くと「一時間やる。みんなでどういう方向で話を進めるか、それを考えろ」と大きな声で言った。やっぱりな……。

 それだけ言うと満足そうに会議室を出て行く社長。のん気なもんだ、やるのはこっちだからなあ……。

 

 

~一章 会議~

 

 鈴木と神威以外の人間は誰も関心を示さないまま、会議は無駄に続く。

 仕事熱心な鈴木はホラー作品を望んで作りたいという訳じゃないみたいだが、それでも業務命令という事もあり、意見を色々述べている。逆に神威は大きな体でジェスチャーを踏まえながら妙に張り切っていた。こいつ、怖い話とか大好きなんだろうな。

 職場に咲く一輪の高嶺の花である澤井知世は、顔をしかめつつしょうがないという感じで話を聞いている。おそらく怖いもの関係が苦手なのだろう。これはこれでいい発見だ。いつか遊園地にでもデートに誘った時、いい展開になれるかもしれない。

「では先ほど社長に言われたように、まず作品の方向性。これをしっかり定めないといけないと僕は思うんですね。みなさんの意見を聞かせてもらえますか? 最初に外山さんからお願いします」

 鈴木が話を振ると、外山は面倒臭そうに顔を少し上げて口をモゴモゴさせている。

「別に~、一番やる気のある人間がそういうのって決めたほうがいいんじゃないの」

「外山さん! それってあなたはやる気がないって言っているようなもんですけど?」

「誤解すんなよ。鈴木君、君が一番やる気あるように見えるから、君が決めたらどうだって言っただけだ」

 食って掛かる鈴木に、不服そうな外山。

「僕の一存でなんて無理ですよ。みんなで協力してこそ、いい作品はできますから」

「とにかく君が方向性を示してみろよ」

「まあまあ、鈴木さんに外山さん。話がずれないようにしましょうよ」

 神威が会話に割って入る。

「すみません。じゃあ、神威さん、あなたから意見聞かせてもらえませんか?」

 待ってましたとばかり満面の笑みを浮かべながら神威は腰を浮かせた。

「みなさんが知っているかどうか分かりませんけど、私、一応小説家って肩書きもあるんですね」

「はあ?」

 ストーカーチック川崎道子が怪訝そうな声を上げる。社長から入社前に「面白い奴が入ってくるぞ。格闘家だったらしい」とは聞いていたけど、小説家? そんなデカい体で文章なんて書けるのかよ。

「神威さん、それって自称小説家って事?」

 俺がおどけたように話し掛けると、彼は少しムッとした顔をしながらこっちを見た。

「自称かどうかなんて分かりませんけど、一応とある賞は受賞して全国の書店に発売はされていますけど……」

「うっそ~、それってすごくない?」

 澤井知世が興味津々に身を乗り出す。ふざけんなよ、このデカブツ。この子の視界に入るような真似しやがって…。正直ムカつく。嘘ついてんじゃねえの? 何でじゃあこの会社にその年で入ってきてんだよ。少し苛めてやるか。

「その本のタイトルは何すか? とある賞って名前は?」

「本の名前は『新宿クレッシェンド』です。受賞したのは『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』って賞ですが」

「世界で一番泣きたい? 何すか、それ」

「そんなの出版社に聞けばいいじゃないですかっ!」

 ケッ、痛いところ突かれたもんで不機嫌になりやがって。会社じゃ俺のほうが先輩なんだ。少しは口の利き方の指導してやらないとな。

「おいおい、神威さんよ。ここって一応会社の中だよ? 世間一般では神威さんのほうが俺よりも一回りほど年上かもしれないけど、組織の中じゃこっちが先輩なんすよ? その話し方って先輩に対する口の利き方?」

「す…、すみません……」

 シーンとなる会議室。気まずい雰囲気が漂う。

「酒巻君、今は会議なんだから、まずは神威さんの話を聞こうよ」

 鈴木が間を取り持つように口を開いた。

「ああ、構わないけどさ」

「じゃあ、ちょっと話が頓挫しちゃったけど神威さん、小説家でというのは分かりました。素晴らしい功績ですよね。そのあとは何を話そうとしていたんですか?」

「あ、はい…、それで以前ホラー小説を書いてみた事もあったんです。どうやったら人間が怖くなるかをテーマに考え、違う種類の怖さを作品によって表現してみたんですね」

「違う種類の怖さですか?」

「ええ、一つは霊という存在を否定した主人公が、最後に呪われてしまうという、非現実的な作品を。逆にその続編では霊とか怖いものが大好きなんですが、まったく霊感のない人間を主人公に添えてみました」

「なるほど、つまり対照的なキャラクターを作品の上下で振り分けたと?」

「そうです。もちろん作品自体で読み手がどうやったら怖がるか。それは常に念頭に置きながらです。それぞれ違った別個の作品が続き物として繋がると…。でも、書き終えて数年後、実はそれって全然まだ終わりじゃない事に気付いたんです」

 こんなどうでもいい事が会社の会議なのかよ。ただの自分の書いた作品の自慢話じゃねえか。呆れながらボーっと眺めていると、隣の知世は真剣に神威の話を聞いていた。そういえば彼女は読書好きとか前に言っていたからなあ……。

「…と言いますと?」

 鈴木の野郎、しっかりとこの場を仕切りやがって。彼女の前だからもっと積極的に発言しなきゃ駄目だな。

「実はとある場所に霊媒師って訳じゃないんですが、すごい先生がいるんですね。前に付き合っていた彼女の紹介で知り合ったんですが。私が小説で賞を獲る以前の話です。あまりにもズバズバと過去の事を当ててきたので、ちょっとビックリしてしまって……」

「ちょっと待って下さい、神威さん。何故そこに急に霊媒師の方が絡むんです?」

「当時の彼女…、今はもう別れてしまったんですけど、その彼女の弟さんに三歳の子供いたんですね。私、子供大好きなんでその頃休みになると、その子をあやしに行っていたんです」

「ええ、それで?」

「抱っこしているところを一緒によく写真撮ったんですが、部屋でデジカメをパソコンに移している時、横にいた彼女がいきなり私の左肘を何度も撫でるように触ってくるんです。当然気味悪いので、『何だよ、いきなり』って聞くと、『よく分からないんだけど、左腕気をつけて』と…。心配そうに言うんですね。私が格闘技を辞める原因になったのが、左肘の骨というか靭帯を一度スパーリング中にやってしまったせいなんで、ちょっとビックリしたんです」

 そう言いながら神威は自分の服を巻くって左肘を出す。肘とは違うまた別の方向に骨のような突起物がある。見ていて非常に痛々しい傷跡だった。

「とりあえず彼女にはその時の様子を詳しく話し、今はもう骨もつっくいているし問題ないって説明しましたよ。でも、寝る時も何度も触ってくるんですね、左肘を……」

「いつ頃に壊したんですか、肘は?」

「私が二十三歳の時だから、そうですね…。もう十五年前の話なんですよ、怪我は」

「じゃあ今はもう何ともないと?」

「ええ、もちろん普通に生活しているし、まったく支障なんてないですよ」

「では何故彼女さんは?」

 いつの間にか神威の話に聞き耳を立てている自分がいた。

「デジカメで撮った写真をパソコンで見て、鳥肌が立ったんです」

「何がです?」

「普通に撮った一枚の写真…。私が子供を両手で抱っこして座りながら写っているものなんですが、何故か自分の左肘だけが透けているんです」

「ピンボケとかでは?」

「いえ、私はフォトショップも当時から使えたんで、画像を加工して心霊写真を作るなんて訳ありません。でも、普通にただ撮った写真が何故、左肘の部分だけ透けて、しかも背景がそのまま腕を通して透けながら写っているのか…。まるで説明がつきませんでした」

 俺もたまにテレビとかで見る心霊写真特集なんかで色々見てきたけど、腕が透けて背景までというのは初めて聞く。画像加工すれば難なく作れるものだろうけど、偶然写ったというのは、どうも考えつき辛い。

「それで彼女が突然その写真を見て言い出したんです、その先生のところへ行こうよって」

「彼女さんは何でその先生を?」

「以前、親しい友達のところへ行った時、『ちょっと黙ってついてきて』って言われ連れていってもらったそうですよ」

「その霊媒師のところへですか?」

「ええ…、まあ霊媒師って訳じゃないんで…、ちょっと説明し辛いんですけどね……」

「その霊媒師…、いえ、先生ですか? その方って何をするんです?」

「彼女が初めて行った時は、前世をいきなり言われたそうです。島原の乱、ご存知ですよね? 天草四郎時貞の。あの時代の隠れキリシタンの一人だったみたいで、家族…、主に父親との確執に堪えかねて、滝に身投げして生涯を終えたとか言われたそうです」

「何なんですか、その人は?」

「いえ、自分も行くまでは胡散臭いなあって話半分でした」

「ですよね~、前世がどうとか、隠れキリシタンがとかって」

 天草四郎って言えば、確か徳川の三代目家光の時代だったよな。九州のほうだったような……。

「それを聞いた瞬間、彼女は当時をフラッシュバックしたみたいで、いきなりその場へ泣き崩れたそうです。そして九州のどこだかは忘れましたけど、その前世で身投げをした滝ですか。そこまで一度旅行で訪れたらしいですね。そこへ行った瞬間、以前私はこの風景を何度も見ていたってハッキリと自覚したらしいです」

「それが本当なら不思議な現象ですよ」

「ええ、胡散臭くもありますが、実際にそこまで発展して自身の気持ちの整理になった訳ですからね」

「それで彼女さんと一緒にそこへ?」

「ええ、行く決意をその写真で判断しましたね。元々彼女には不思議な力みたいなものというか、鋭いものがあったんで」

「鋭いもの? …と言うと?」

「例えば…、まあ過去の話だからこの際言いましょう。隠れて浮気をしていた女性が当時何人かいましてね。もちろん携帯電話に番号登録する際には細心の注意を払って男の名前で登録してましたよ。でも、私が寝ていると勝手に夜中とか見られて、しかもそれが分かってしまうんですよ。もちろん平静を装って誤魔化してはいましたけどね」

「やだ、神威さんって浮気とか平気でする人なんだ?」

 思わず澤井知世が声を掛けていた。うん、彼女にとって浮気なんてマイナス材料でしかない。こんな神威のようなおっさんをライバル視なんて俺もどうかしている。自分でそういう事をバラすなんて、ただの馬鹿でしかない。

「昔の話です。した事に偽りはないし、それに対して正当化するつもりもありません」

「澤井さん、申し訳ありませんが、今はホラー作品についての議題なんで、浮気についての事はプライベートでしましょう」

「あ、すみません……」

「いえ、では神威さん、続きをお願いします」

 やっぱライバル視しなきゃいけないのは、スマートに会話もこなす鈴木だな。この会社じゃ、外山のおっさんは例外だしね。

「それから初めてその先生のところへ行った時の話なんですが、入るなり私の左腕をジッと見ているんですね。凝視するように」

「彼女さんが事前に言っていただけじゃないでしょうか?」

「いえ、彼女が言ったのは彼氏である私を連れて行くとだけらしいですね。まあ問題はそこじゃないんですよ。その先生は私に向かって突然こう言いました。『あなた、ずいぶんと色々な人から恨みと言うかジェラシーを買っているんですね』と」

「へえ、何でそんな事が?」

「先生じゃないから分かりませんよ。ただ先生は『そうね…、三人…。三人の人に強い恨みを買っているわ』と続けて言われました」

「三人? 何ですか、それは?」

「当時私はその頃、新宿の歌舞伎町で商売をしていたんですね。期間にして十年は経たなかったと思いますけど、長い期間あの街にいました。喧嘩とかって訳じゃないんですが、どうしても因縁のある三人の男がいたんです。そう言われ、すぐ私は三人の顔を思い浮かべました。激しい憎悪と共に……」

 格闘技に新宿の歌舞伎町で商売? それに小説家? 何だ、この男は? 何でうちに来たのかさえまったく分からない。

「神威さんの因縁のある相手が三人いたと?」

「ええ、そのあとなんですよ、本当の意味でビックリしたのが」

「ちょっと面白そうな展開になってきてますね」

「はい、先生は俺の…、すみません。私の顔をジッと見てからゆっくりこう言いました。『吉田…、北方…、そして坂本…。その人たちですよね?』と……」

「はあ、何ですか、それって?」

「偶然でも何でもなく、私が当時歌舞伎町時代あった因縁のある三人の名前だったんです」

 話を聞いている内に、全身いつの間にか鳥肌が立っていた。これってその先生をうまく出演させたら、怖くて不思議な作品が本当にできちゃうかもな。

「それだって彼女さんが事前に、その先生に伝えていたら分かる事なんじゃないでしょうか?」

「彼女と知り合った頃、ちょうど因縁が勃発したのが坂本って男なんですよ。何故かを話すには時間掛かってしまうんで、別の機会にしてほしいんですが。あとは知り合う前に愚痴と言うか過去の話で言った事あるのが、北方って本当に骨の髄まで腐ったオーナーの事ぐらいなんです。人間を飼うって表現がピッタリの男でしたね。吉田の一件はもう数年前になっていたので、あえて話していないから名前すら知りませんし」

 今、このおっさんは男でしたねと過去形で言っていたけど、すごい過去があるのかもな。今度酒でも誘ってその話を聞いてみるか。

「なるほど…、それではさすがに驚くでしょうね……」

「先生は『特に坂本って人…、その人には注意したほうがいいですね』とも付け加えていました。『自分では気付いていないようですが、念を飛ばす事に掛けてはかなりのものを持っているみたいですね。気をつけていただかないと』って言うんで、まだあいつと離れてから間もなかった時期もあり、『ぶっ殺しに行く』って怒り出しました。逆恨みもはなはなしいですからね」

 そう言いながら神威の顔つきは普段の惚けた表情とは違い、怖い顔つきになっていた。当時を思い出し、今でも思い出すだけで怒りに震えるのだろう。さっきからかったけど、あまり馬鹿にしないほうがいいかもな……。

「落ち着きましょう、神威さん。今は会議中なので」

「すみません…。もう五年以上経ったのに、未だ思い出すだけで苛立つような…、そこまで腐った奴でしたね……」

「状況まで分かりませんが、心中察しますよ。同じ会社の仲間として」

「ありがとうございます、鈴木さん…。話を続けましょう。私が怒り出したら、先生はこう言いました。『同一目線…、つまり同じ立ち位置にいない事です』と当然止めてくる訳ですが、その頃坂本をどうしても許せなくて、右の拳で思い切り殴り飛ばした事があったんですね。それが奴との最後でもありました。ただ、私が別の職場へ移った時も、坂本は知り合い関係に、自分の居場所を聞いているって噂は耳に入ってきていました。暴力がいけない事っていうのは重々承知です。でも、それ以上にいけない事ってありますから」

 何か不思議な話よりも、俺的にはそっちの歌舞伎町時代のほうがよっぽど面白そうだ。よし、今日仕事帰りにでも「さっきは失礼な言い方してすんません」ぐらい言って酒でも誘い、親睦を深めるか。

「でも、どう対処すればいいかなんて私には分かりません。会えば感情的になって絶対にまた殴ってしまいそうですからね。でも先生は『何故あなたは明るい場所を歩く人間なのに、あえて暗いところを歩いているんです? まずは世に出る事ですよ。大成して世に名を馳せば、相手も自分が立ち向かえる相手じゃなかったと勝手に引き下がります』なんて言うので、不思議と納得してしまったんですね。恥ずかしい話、その当時歌舞伎町で裏稼業に身を落としていましたから」

「それまたすごい経歴ですね」

「もう過去の事ですから」

「先生とはそれで終わりなんでしょうか?」

「これだけならここまでもったいぶった言い方なんてしていません。まだちょっと長くなりますが、みなさん、まず私の話を聞いてくれますか?」

 神威はゆっくりと周囲を見回す。一人ずつ顔を確認し、それぞれが頷いていく。

「では、お時間お借りします…。何で名前とかまで分かるのか知りませんが、この人って本当にすごい人なんだって思った私は、先生に自分の前世ってもんを聞いてみる事にしたんです。すると目の前の先生は、目を閉じながら普通に手を前に組んで、ブツブツとお経じゃないんだろうけど、何か唱えだしたんですね。その間、彼女が自分の左腕を心配そうに触った瞬間でした。いきなり椅子から転げ落ちてしまって、何て言ったらいいんでしょうか? テレビで除霊の番組ってあるじゃないですか。除霊される白い着物着た女の人が大声で嗚咽を漏らしながら床を転げ回る。ちょうどそんな感じで、彼女が床を同じように床を苦しそうに転げまわったんで、もう私としてはビックリですよね……」

「あの…、神威さん…、さすがにそれはちょっと……」

 冷静沈着な鈴木も、さすがに対応に困っているようだ。俺だってそこまで言われたら、何だそりゃって信じられない。テレビの除霊番組は見た事あるけど、くだらないのひと言に尽きるもんな。

「別に信じたくなければ信じないで結構です。この目で見た事実を…、その光景を今はただ淡々と話しているだけですから」

「気を悪くしないで下さいね、神威さん」

「私だってあの時、自分で見たものが何だっただろうって。おとぎの国へ迷い込んでしまったような錯覚を受けたぐらいですからね」

「神威さんもそんな感覚だったんですか?」

「だってあまりにも非日常過ぎてしまっていたので。それはそう感じますよ」

「それでどうなったんです?」

「先生は特に気にしない様子なんですよ。すぐそばで彼女が転げ回っているというのに…。だから声を掛けましたよ、さすがに。『先生、いいんですか? あんな風になっちゃってますけど?』って」

「それはそうなりますね」

「すると先生はアロマテラピーって匂いのやつでしたっけ? テーブルの上に置いてあった小さな何個かのビンを綿に湿らせて、調合でもしているようでした。それを暴れる彼女へ匂い嗅がせたんですね。すると、あんなに苦しそうにしていたのに、いきなり静かになって、その場でグッタリしていました。いつも一緒にいた彼女なんで、とても演技には見えませんでしたね」

「彼女さん、大丈夫だったんですか?」

「ええ、苦しんでいたのってその時だけでした。帰り道は普通に自分で車を運転して、普通に会話して帰ったぐらいですから」

「はあ……」

 まるで狐につままれたような妙な話だ。すべてを信じられる訳じゃない。でも不思議と話には、妙な説得力があった。

「ところでその先生は、神威さんの前世は何だって言ったんですか?」

 鈴木は先の展開を望んでいるかのように急かしている。ホラー苦手なはずの澤井知世でさえ、真剣な眼差しを向けて話を聞いていた。あと二人、川崎道子も似たような反応。ゲッ、一瞬俺の視線に気付き、軽くウインクしてきやがった。まったくこの女…。もう一人、外山を見ると、どうでもいいと言った感じで小指を耳の穴へ突っ込んでグリグリしている。まあ、こいつは元々こんなもんだろう。戦力外である。

「これまでの古今東西の力士で一番と言ったら、誰が浮かびます?」

「え、力士? それって相撲取りですよね?」

「はい、そうです」

「ちょっと古いけど千代の富士なんて、いい線いっていると思うんですけどね。ウルフと呼ばれた」

「ああ、確かに強かったし、人気も抜群でしたよね。でも、もっと古い時代、伝説になっている力士がいますよね?」

 これまでの力士で最強? 俺には想像もつかなかった。

「まあ、先を話しますね。先生は彼女を落ち着かせたあと、先ほどと同じように両手を前に軽く組んで、目を閉じながらまたブツブツと何かを言い出しました。少ししてから『柳の木が見えますね…。それに時代は江戸時代かしら? 橋の上を大きな浴衣のようなものを羽織って歩いている男の人…。どうやらお相撲さんみたいね。ら、雷電? 雷電って書いてありますね。この人って結構強かったみたいよ』って、そんな感じで言い出したんです。歴代最強力士と今でも謳われたあの雷電。どうやら先生は雷電の存在自体知らないで、私に言っているんです」

「え、雷電って…、あの雷電です…、よね?」

 俺もテレビで取り上げられた番組を見た事あるから、存在ぐらい知っている。時代も時代だから写真などないようだが、二メートルを越す大男で天下無双の強さを誇ったらしい。伝説化している男だ。この神威の前世が雷電? ちょっとさすがにそれはでき過ぎじゃないのか。

「どうもそうらしいです。まあここまでは適当にそういう人物を言えば、誰でも前世とかってなりますよね。ただ先生は私にこう言ったんです。『ああ、なるほどね~。あなた、以前だけど戦いの世界に身を置いていた事ないでしょうか?』とそういきなり言ってきたんです。今でも自分の体重は、九十五キロはあるだろうし、体を見れば何かをやっていたのかなってよく言われますが、初対面でどんどん言い当てられるものだから、不思議な感覚になっていました」

「九十五キロはってプロレスラーで言えばジュニアヘビー級ってところですよね?」

「そうですね。あと五キロでヘビーになりますから、ジュニアヘビーだと大きい部類になりますけど。そのあと先生は続けました。『あなた、戦う方面行っても絶対に大成は無理よ? 理不尽だとは思うけど、不運だなって形でいい方向には行きませんから。過去世で雷電って人は一世風靡するほど有名だったんでしょ? 今世ではやる事が他にあるはずだって、そっち方面に行ったら雷電が常にそっちじゃないって袖を引っ張ってますね』と……」

 袖を引っ張る…、つまり邪魔をしている? ホラー作品を作る会議の中、怖さよりも不思議さが勝る、おかしな方向に向いた気がする。

「神威さんはその先生が言われるように格闘技時代、不運に見舞われましたか?」

 鈴木が質問すると、神威は先ほどと同じように左肘を見せ、「例えばスパーリング中に起きたこの事故、こういうのだけじゃないんですよね……」と当時を振り返るような感じで話し出した。

「二十一歳の頃なんですが、当時体重を増やして大和プロレスのプロテストに受かったんですね。それまではもちろん順風満々でした。周囲にも期待され、私はずっとリングの上で生きる。そんな風に思っていたし、自分の強さに対しても絶大なる自信がありました。それだけの事をしてきたつもりなので…。じゃあ、たまプラーザにある合宿所で本格的にってなる前日、地元の同級生たちが祝賀会だって祝ってくれたんです。その内の一人が酒乱というか外でヤクザ者十数名相手に絡みだして大乱闘になったんですね。手は出さず止めに入ったら五分でパトカー来て手錠掛けられて、留置所行きです。それで大和プロレス入門の件はパーになりました……」

「過去にそんな事があったんですか」

 確かについていないといえば、ついていない。でも、それはそこへ自ら喧嘩を仲裁しにいったという落ち度だってあるはず。友人を助けようという気持ちは分からないでもないが……。

「あと、再び鍛え出して私が二十九歳の頃ですが、総合格闘技の試合で復帰したんですね。その前日は大人しく家にいて、早めに寝ようと思ってました。そしたら親父…、うちの親父って恥ずかしいですが本当に女癖悪いんですね。人妻とか誰でも気にせず手を出しますから。その中でも図々しいというか、私が世界で一番忌み嫌う女性でもありますが、そいつがいきなり夜中に家に来て大騒動起こされたんです」

「はあ? 何で神威さんの家に?」

「他人の家に深夜でも気にせず、平気でズカズカ来れるような女だからこそ、世界で一番忌み嫌うって表現の仕方をしたまでです。結局一睡もできず、そのまま試合に臨みましたね、あの時は……」

 普通じゃ考えられないような出来事の連続。俺はうまく神威を使ったホラー映画の構想を頭の中で練り出していた。怖さだけでなく、不思議さもミックスする。どうすれば人間の心に強烈な怖さを与える事ができる?

 ただ大きな効果音を使い、驚かせるのは真の怖さとは違う。いきなり誰かが飛び出してくるといったスプラッター系なんかも、あれはあれで怖いけど、でもちょっと違う。

 つまり、人間の日常にありそうでないような近い感覚…。そういったものが怖さに親近感が加わるせいで倍増するはずだ。

 だとすれば、ノンフィクション系の映画にすべきか? いや、内容はそれでもいいが、作り物にしていきなり驚かす手法なんかも加えてしまったら…。一体どんな作品になるんだ?

 ここはとりあえず神威の話を一旦全部聞きだそう。

「神威さん、最初ってあなたが書いたホラー小説から、その先生に繋がった訳ですよね? その辺りの事って何で繋がったんですか? 偶然写った一枚の心霊写真的なものから始まり、過去の歌舞伎町時代の因縁。そして神威さんの前世…。そこから小説とは?」

 今は格闘技とか歌舞伎町の話よりも、怖さ中心の話に軌道修正させたい。あと鈴木にいつまでもこの場を仕切らせ、澤井知世の前でいい格好なんてさせたくないという本音も、もちろんあった。

「あ、作品の件なんですけどね。そのぐらいズバズバ言い当ててくるものなんで、その時は自分の書いた作品、自宅のパソコンの中にデータとしてしかなかったんです。だから次に行く時用にと、帰ってからプリントアウトして、本の形に仕上げたんですね。実際に作品を見せて、どうなのか聞いてみようかと」

「確かに気になりますからね、評価とかって」

「いえ、読んで感想をというのはインターネットがこれだけ広がった世の中なので、読者の感想とかだけで充分だったんです。それよりも自分に才能ってものがあるのかとか、作品が世に出るのだろうか。そういった類のつもりで聞こうと思いました」

 さりげなく横目で知世をチラリと見た。彼女と目が合ったので、声を掛けてみる。

「澤井さん、怖いのとか苦手そうみたいだけど、大丈夫?」

「あ、はい…、話の内容が怖いの苦手な私でも、どうにか考えさせられながらなんで」

「そう…、じゃあ神威さん、続きいいですか?」

 司会進行役を自然と俺が始めたのが気に食わなかったのか、鈴木がこっちを何度か見ていた。ふん、ザマーミロって。

「一冊目は先ほど名前を出した『新宿クレッシェンド』です。私の書いた初めての小説なんですが、見せると『これは近い未来かもしれませんけど、いいと思いますよ』なんて言ってくるんですね。中身なんて読んでもいないんですよ? 本を手に取ったままだけで」

「そしたらそれが本当に、賞を獲ってしまったと?」

「ええ、パソコンで調べれば、すぐ分かると思いますよ」

「会議終わったら早速調べてみますよ。あ、それよりも購入したらサインお願いしますね」

「いえ、そんな気を遣わなくても……」

 よし、神威とはこれでうまくやっていけそうだな。社長が言い出した『世界一怖いホラー映画』は俺が主導権を握る。それで澤井知世とも一気に急接近して、いい仲になろうじゃないか。

「肝心のホラーの小説はどうなったんですか?」

「題名は『ブランコで首を吊った男』と言うんですが、それを手渡したら、急に先生の表情が険しいものになりましてね。クレッシェンド同様私にとってジャンル的には処女作です。ホラーと言っても、キャラクターから物語すべて、私の作り物ですよ」

「ええ」

「それなのに先生は『あなた、これって…、書かされたのね』とか言い出すんですね」

「書かされた? だって実際に書いたのって神威さんなんですよね?」

「そうですよ。それなのにその言い方って腑に落ちないんで、聞いてみたんですよ。その前に一つ質問がみなさんにあります。ブランコ…、それで頭に思い浮かぶものって教えてもらえますか?」

「ブランコ? えっと、それって公園にある普通のブランコですよね?」

 知世が質問してくる。

「ええ、そうですが、そのブランコってどんな感じです?」

 神威は今、何でそんな事を聞いてくるんだ?

「え、どんな感じ? 普通に鉄の棒に支えられて、一つの枠で二つぐらいブランコあってって感じですけど?」

「今二つのブランコと言いましたけど、どういうブランコですか?」

「どうって…、普通に一人で乗るブランコですけど……」

「ありがとうございます、澤井さん。じゃあ次は同じ女性の川崎さんは?」

「私も知世と同じかな~。違う点と言ったら知世は一人乗りブランコが二つと言ったけど、私はその横にもう一組同じものがあるから、全部でブランコ四台っていうのを想像したかな。幼い頃あった近所の公園のブランコがそうだったし」

 うん、確かにブランコって言われて思いつくのって、そんなぐらいだろう。

「では続いて男性陣、まずは外山さん、いいでしょうか?」

「えっと…、自分も同じだよ……」

「一人乗りのブランコがって感じですか?」

「ああ、それしかないだろ」

「分かりました。では鈴木さんは?」

「そうですね、僕も同じですよ。でも、一人乗りのブランコが主流だと思いますけど、二人で向き合って乗るタイプのブランコもたまにありますよね。僕が想定したのはもちろん一人乗りの普通のブランコでしたが」

「分かりました。最後に酒巻さんは?」

「俺もそうですね、みんなと変わらないですね。ブランコってキーワードだけだと」

「ありがとうございました。実は私も、みなさんと同じだったんですね。ただ、さっき先生のところに持っていくようだから、プリントして本の形にしたって言ったと思います。私の場合、表紙もこだわってしまって、いつも作品の扉絵のデザインもついしてしまうんですね。本という形を意識して書いているので。つまり『ブランコで首を吊った男』も、当然ですが、デザインした扉絵あります。ブランコと言えば一人乗りのを想像するくせに、何故か扉絵のブランコ…、二人乗りの向き合うブランコを自然と描いていたんです」

「それって何故?」

「何故と聞かれても困ってしまうのですが、作品を書き終わってから、自然とフォトショップ使ってデザインしたら、そういう絵を自分で勝手に描いていたんですね。次に首吊り自殺というので連想する場所。首を吊る場所ってどこをイメージします?」

 首吊りで連想するのはだいたい木の枝とか、家の天井のはりとかでじゃないのか?

「大きな木の枝でロープ使ってが多い気がします」

 鈴木の野郎、人が考えている内に先に言いやがって。

「神威さん、あと家の天井のはりに括ってという方法もポピュラーですよね」

 負けじと俺もあとに続く。

「他にまだありますか?」

 神威は周囲を見回すが、誰も口を開かなかった。

「首吊り自殺する人間なんて、だいたいそんなもんですよ」

「はい、私もそう思っていました…。でも、何で私は『ブランコで首を吊った男』なんてタイトルをつけたんだろうって……」

「……」

 誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。

「このタイトルは作品を書く前に、うん、これで行こうって閃いて書いた作品なんですね。確かに先生からそう指摘されるまで、何一つ疑問にすら思っていなかったんですよ……」

「誰かに書かされたって…、まさか霊とか言い出すんじゃないでしょうね?」

「先生は、人助け…、まあ霊助けしたんだって淡々と言っていました。その時、昔を思い出して身震いしたんです」

「昔って?」

「私の地元って埼玉県の川越市なんですね。駅から歩いて五分十分で着ける距離です。今でも遊び場だった連繋寺ってお寺あるんですが、私の幼少期はそこに二人乗りのブランコがあったんです。当時はそれでよく遊んだものですね。ただ中学生になって自然と行かなくなり、あとになってそのブランコで首吊り自殺したという話を聞きました。そのせいか二人乗りのブランコは撤去され、今じゃ更地になってます」

「…て事はですよ? そのブランコで首を吊った男の霊が?」

「私はその作品で、その描写を自然と書いていたんです。あくまでも物語上ですけどね。灰色のスーツを着た中年の男がブランコで首を吊った描写を……」

「でも、それって神威さんが想像の上で描写したものですよね?」

「はい、そうです。ビックリしたのが本を読んでいない先生が、その灰色のスーツを着たサラリーマン風の男の事をいきなり言い出したからなんです」

「はあ? 何ですか、そりゃあ?」

「私が本を…、『ブランコで首を吊った男』を先生に貸して読んだとかなら分かるじゃないですか。先生はページもめくらず、手で本を持っただけなんですね……」

「何でそんな事まで分かるんですか?」

「先生曰く、話している最中で私から抜けていくその姿が見えたって。だから、『小説を書かされたのね』って言い方をしたんだと思うんです……」

 本能的に俺は悟っていた。神威にその先生とやらを出演交渉させOKされば、この今回の企画は間違いなく成功すると。

 

 

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