岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

3 最終章

2019年08月03日 15時59分00秒 | 鬼畜道 各章&進化するストーカー女
 

1 最終章 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画等)

鬼畜道最終章目の前には親父が倒れている。前にも同じこのようなシーンを見た。お互いいい年をしてからの親子喧嘩。あれだけ鍛えてきて肉体だってまだまだ一般人離れしてい...

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2 最終章 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画等)

俺は放心状態のようになり、親父を起こしていた。「けっ、このクズが!親に手など上げやがって!」「おまえが親?ふざけるなっ!」「よくもそんな台詞が言えたな?」「ああ...

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3 最終章 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画等)

もう俺は年を取った。それでいいじゃないか。「龍さんが返事をすれば、一ヶ月後に会場を押さえ、興行になります。これってどれだけすごい事か分かりますか?」「……」俺の決...

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 もう俺は年を取った。それでいいじゃないか。
「龍さんが返事をすれば、一ヶ月後に会場を押さえ、興行になります。これってどれだけすごい事か分かりますか?」
「……」
 俺の決断一つ。それで、またリングに上がれる……。
 心が躍った。体中の血液が上昇し、俺に上がれと歓喜の悲鳴をギャーギャー上げている。
 本音を言えば、またあの眩い光の中を自分のテーマ曲『地球を護る者』で入場してみたい。
 待てよ…、賞を獲って本を全国的に発売する小説家が、総合格闘技のリングの上に立つ……。
 マスコミは騒ぐだろう。そして我が分身の『新宿クレッシェンド』に日の目を見せたいなら、客寄せパンダになってもいいんじゃないか?
 しかし、そうなるともう『神威整体』は続けられない。
 駅前の好条件と引き換えに高過ぎる家賃。現在校正に追われながら患者を診ていく日々。そこにトレーニングまで重なったら、俺は寝る時間をなくしても無理だ。
 先日杖をついてきた八十一歳のおばあさんは、帰る時、「先生、杖を使わないで歩けます」と泣いてくれたんだぞ? そういう重度の患者たちをこれからも治していくって決めたんじゃなかったのか?

 でも、整体を開業し、様々な人間に裏切られた。
 俺は、とりあえず二十万円を作らなきゃいけない……。
 理想だけじゃ食っていけない。
 あのヤクザの内野は、見つけたら絶対に殺してやる。
 違う。今は恨みつらみじゃない。リングに上がるかどうかだ。
 整体と格闘技。どっちを取る?
 どうする?
 ブランク七年半、準備期間一ヶ月間しかない……。
 右の拳を握ってみる。極限に鍛えたこの右の親指。
 いざとなったら俺には『打突』がある。師匠、大地さんに禁じられた卑劣な技が……。
 全盛期のボブサップみたいな奴が出てきたら、殺されるだろうな。
 仕方ない。金の為でもある。整体の家賃が払えず追い出されるなんて、格好悪過ぎる。これから全国的に『新宿クレッシェンド』が出版され、俺は格闘家としても日の目を見るのだ。家賃が払えなかったなんて、マスコミの格好の餌食だぞ?
 そんな思いまでして出した『新宿クレッシェンド』。未だに印税すら入っていない。
 作家、こんな俺が小説家と言えるなら、もう自信など何もなかった。
 そういえば、今年に入ってからだよな、小説を久しぶりに書き始めたのは……。
 志保さんは俺がどうしたら作家として食べていけるか。それを真面目に考えてくれた。とても嬉しかった。こんな俺に才能があるとも言ってくれた。
 右手が何だか痛いなあ……。
 俺はボロボロと泣いていた。
 何で俺は泣いているのだろう?
 あれだけ憎しみを感じ、殺したいと思っていた親父を叩き、家族を呼んだ時、誰も来なかった現実。心の中に深く暗い空洞ができたようだった。
 涙がとまらない。
 小説家としての自信なんて、何もない。一度賞を獲ったのだって、あれはただ単に運が良かっただけだったんだ……。
 ずっと馬鹿にされ続けた。本を出すという結果を出したって、誰も認めてくれなかった。
 孤独だったという事に今、俺は自分で気付いた。
 ずっと憎悪が心の底に絶えず流れていた。憎悪から俺は今まで小説を書いていた。
 そう思っていた。
 でも、違った。悲しいから俺は、小説を書いていたのだ……。
 何をしても認められない現実。常に疎外感を覚え、今じゃ誰も応援などしてくれない。
 こんな状況の中、ちゃんと文学というものに真面目に取り組んでいた人と、たまたまタイミング良く知り合えた。
 三村が家を出て、伊橋さんはクビになった。人手が足りない俺に、親父と三村は家を継がないかと言った。
「おまえにこの家を継ぐ覚悟はあるのか?」
 何も現実を直視していない馬鹿な親父は、俺に自信たっぷりにそう言った。本当にこの男は大馬鹿だ。
 弟の龍也、そして伊橋さん。親父に三村。おじいちゃんが揃う中、俺は静かに口を開いた。
「みんな、自分の我を通そうとし過ぎている。この家はおじいちゃんが一代で建てたものだ。おじいちゃんが店を潰したくないというのなら、俺は協力を惜しまない。ただ、親父…。あんたが本当の意味で変わらないと、俺がいくら入ったところで何も変わらない」
「そうよね、龍ちゃん、偉いわ」
 三村が調子のいい笑顔で立ち上がる。本当にこの女、殺してやろうか……。
「三村さん……」
「弥生さんだろ!」
 親父が三村をかばう。
「いや、あえて三村さんと俺は呼ばせてもらう。あなたは三年前、この家に強引に入ってきた。いきなり今年になって、母が危篤だから実家に行くと言い出した」
「ええ、私も妹から言われちゃっててね」
「別にそれに対しては人道的な問題だし、俺は何も思わない。自分の親が具合悪いなら、誰だって駆けつけるだろうし」
「そうでしょ?」
「でも、あなたの発言は行動が何も伴っていない」
「何でよ?」
「普通、本当に危篤なら、今すぐ行っているはずだ。それをあなたは、せっせと車に帰る準備をしている。数日前から。おかしくないですか?」
「だって向こうに行くんだし、ある程度の準備をするのは当然でしょ?」
「ですから、それは危篤とは何も関係がないでしょ? まあそんな件どうだっていい。俺が聞きたいのは、今の店の事業資金。俺が南大塚と話し合って作った四千万円。今、いくら残っているんだ?」
「それはね、幸ちゃんに聞いてよ」
 いつもこの女はそう。絶対に不利になる発言はしない。うまく三村に出し抜かれた親父は、何一つ気付かない。
 毎日が苦痛だった。今書いている『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』を完成したら、大手出版社に原稿を送り、親父の部屋で首を吊ろうと思っていた。ちょっとはそれで分かってくれるかな? そして俺の集大成が少しは話題になって、人々に読まれるんじゃないだろうか……。
 そんな精神状態の中、志保さんは『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』を絶賛してくれた。
 家を継ぐかどうか考える日々。あの親父が変わらない限り、俺が何をしてもうまく行く訳がない。せめて三村と離婚してくれればいいが、それも不可能。店の経理状況、そして顧客情報を調べ、ここをこうすればもっと効果が出ると色々考えていた。
 家を継がないかと言われた日から、弟の龍也が「兄貴、本当に継がないの?」と言うぐらいで、他に何のリアクションもなかった。
 そうしている内に、家では新たな従業員を二名入れ、三村は三日ほど仕事を教えてそのまま実家の長野へ消えた。
 消える前日に伊橋さんのマンションに来て「今月の給料ね。私も本当にあの家には…」とひたすらいかに自分が可哀相だったかと言う愚痴を言い、帰ったそうだ。
 もう誰も家を俺が継ぐなんて気にしなくなった。でも、俺はどうしようか考えていた。
 これまでの人生で一番信用の置ける先輩の最上さんへ電話を掛ける。悩みを言うと、最上さんは言った。
「おまえは中途半端なの。家を継がない人間が、家の事に口を出してどうするの?」
「まあ、そうなんですけど……」
「俺は前から、歌舞伎町の時からさ、ずっとおまえはもう家に出ちゃえって何度も言ったでしょ?」
「はい」
「でも、おまえはいつも『おじいちゃんが……』って言う。だったら本当におじいちゃんを助けたいのなら、家を継ぐしかないじゃん。そうすれば代名義分のあるし、みんなも協力すると思うよ」
「半か丁か。どちらしかないって事ですね……」
「そうだ」
「俺、馬鹿だからどっちにしていいか分かりません。でも、これまで様々な職業をこなしてきて、色々な種類の人間と接した数って日本じゃ一番だっていうのだけはあります。その中で俺は、一番最上さんを信用している」
「馬鹿だな。おまえは…。人を見る目がないか、よほど人望がないかだ」
「しょうがないですよ。俺がそう決めちゃっているんだから。だから半か丁か…。決めてもらえませんか?」
「継げ」
「……」
 あの親父と一緒に仕事をする。やはり考えてしまう。
「前に言ったろ? 龍はずっと蚊帳の外だって」
「そうですね…。俺、ずっと蚊帳の外でした……」
「子供をおろした時だってさ、弟の龍彦だっけ? おばさんのユーちゃんと養子縁組していた事だって、龍に内緒で三年間も言ってなかったんでしょ?」
「ええ…。さすがに三村から、それを聞かされた事が本当にショックでした。俺はもう、龍彦とは戸籍上、兄弟でも何でもないんですよね……」
 店の金を自分のものにした三村は、準備を終えたから家から出て行った。その時、俺の部屋に来て「龍ちゃん、あなた長男でしょ? 長男が継がないでどうするの?」と言ってきた。
「龍彦ちゃんなんて広龍さんの籍外して、由紀子さんの籍に入れていたでしょ?」
「え?」
「あら、知らなかったの? 私ね、お店の件でちょっと調べものあって調べていたら……」
 こんな大事な事を俺は、あの憎い三村の口から聞いたのだ。ショックを受けた俺はおじいちゃんに聞いた。しかしおじいちゃんは「私が死んだ時分かる」とそれしか答えてくれなかった。蚊帳の外。本当に今の俺にマッチした言葉だ。
「そんな状況でさ、精神的にも良くない。これから仕事だって決めなきゃいけない大事な時なのに、龍はまだ家の事を気に掛けている」
「そうですね……」
「本当は俺はおまえ側の人間だから、できればさっさと家を出ちゃえって今でも思う。でもさ、おまえがおじいちゃんにこだわるのなら、家を継ぎながら守るしかないじゃん」
「そうですね……。中途半端でした。前向きに一日だけ考えます……」
「うん、そうしなよ。きっと楽になる」
 家をクビになった伊橋さんは、昔とある大学で志保さんと同じような文学を専攻していた。俺は悩んでいる伊橋さんをランチに誘い、色々話をした。
 ストレスの溜まった伊橋さんは、かなりの憎悪を親父と三村に向けている。俺はしばらく伊橋さんの話を頷きながら、味方になってやろうと思った。もし、母親という存在がいたならば、一度ぐらいこうして接してやりたかったのだ。
「伊橋さん、以前俺の作品はいまいちって言っていたじゃないですか? でも誰が想像できました? 俺が処女作で賞を獲って、本になるって」
「ほんとそうよね」
「今、自伝的な作品を書いています。長い話になるでしょう。もう『新宿クレッシェンド』なんて駄作だったなあって思うぐらい、世紀の傑作を書いているんだなって思うんです」
「そういうのはね、人が判断するものだから。よく龍ちゃんには言っているでしょ?」
「……」
 以前伊橋さんに、『昭和の僕と平成の俺 ママの章』という作品を読んでもらった事がある。言うならば『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』の主人公神威が高校を卒業し、お袋と親父を離婚させて社会に出ようとするまでを書いた作品である。
「ちょっと自分の事ばかり書き過ぎる」
 当時、そのような事を言った伊橋さんに対し、俺は見切りをつけるようになった。あれで初のスランプ状態になり、小説が一年ほどまるで書けなくなったのだ。
 会った時、細かい指示をしてくれ、この人が俺の小説の師匠になるかもと思っていた。しかし、書けなくなるぐらいなら、師などいらない。苦汁の決断をした。もうあれから三年以上も経つ。
 時間も充分に経った。俺は嫌な顔せず、伊橋さんの今後について相談に乗った。でも、それ以上俺の小説について話す事はまるでなくなった。
「三村さんなんかね。龍ちゃんがKDDI辞めて、ずっと家にいるようになったでしょ?」
「ええ」
「あの子、家に入るつもりかしらなんて私に言っていたのよ。私の場合、雇われていたから、一応話を『うんうん、本当に大変ねえ』なんて色々聞き出していたけど」
 別にこの程度では何も傷つかなくなっていた。
「そうですか」
「何が長男よね? ずっと広龍さんは長男ですからっておじいちゃんに言い続けて、龍ちゃんの事をパラサイトとか言いふらし、何もしてこなかった人が」
「別にいいですよ。何かしてもらったほうが嫌ですから」
 家に帰り、パソコンを起動する。
 本を出しても家族や親しい人から認められず、それでも俺は今こうして書いている。
 プロレスラーが以前「試合をしてて楽しいよ。自分が楽しいから観客を楽しませる事ができるに決まっている」と言っていた事を思い出していた。
 俺が自分で傑作を書いていると思うから、すごい作品が書けているのだ。
 また馬鹿にされちゃうかもしれないけど、俺は志保さんに伝えた。
 彼女は、この世にどれだけ作家を目指している人がいて、その中で本を出す事がいかにすごいかを説明してくれた。
 俺は言ってみた。
《今、俺は世紀の傑作を書いているという自負があります。でもそれを人に言うと、他人が評価をするものだって感じなんですよね。 神威龍一》
 ただ俺が赤裸々に書いている無駄に長い物語。本じゃない。勝手に金にもならないのに、書いている作品だ。愚痴っぽいメール。格好悪いなあ。
 翌日、彼女からメールが届く。
《じゃあ、私が認めます。傑作だと思います。ご存知のようにお世辞を言えるタイプではないので。 志保》
 見た瞬間、俺は大粒の涙をこぼしていた。
 報われた……。
 今までやってきた事が報われたのだ。
 もう充分だ。こういう人に認めてもらいたかったんだ。一人で充分。
 俺はこうして思った事をそのまま文字にできる事が可能である。それってとても幸せな事なんじゃないか?
 憎悪で書いていると思ったものが、悲しくて書いていた。それは誰かにこうして認めてもらいたいからだった。
 今、俺は満たされた。賞を獲ってもいまいち嬉しくなかった。何故か? こうして認めてもらえなかったから……。
 目を閉じる。目の前には壮大な湖が見え、とても綺麗でクリアな水が一面に広がる。そこには波紋一つない静かな空間。それを見ているだけで心は洗われ、穏やかな気持ちになる。
 ピアノも弾けない……。
 リングの上で戦う事もできない……。
 もう、俺は書く事しかこれでできなくなった。
 志保さんに偉そうに言っちゃったけど、『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』は、まだ傑作ではない。これからこの作品を俺が魂込めて傑作に仕上げるのだ。
 何で俺って最近こんなに泣いているのだろうな……。
 年を取って涙腺が緩くなったのかもしれないな。
 二千十年二月九日……。
 俺が初めて報われた日。この日を境に新たな出発だ。幸い明日は群馬の先生のところへ行く。当初、先生にいつが空いているかを聞くと、二月三日だと言われた。書く以外何もしていないので、俺はその日でも良かったが、何故か別の日はないかと聞いていた。
 三日から十日への変更。思えばこの一週間が一番密度が濃かったような気がする。三日の時点で群馬の先生のところへ行っていたら、多分先生に必ず当たっていただろう。
「あんたが言った事なんてまるで当たってねえじゃねえか」
 そうやって罵っていたかもしれない。
 時流の流れを感じる。何故俺が十日に群馬へ行くか? これは今の心境の報告をしに行くのだ。
 だとすれば最初に何を言うべきか? まずは今年初めて会うのだから「あけましておめでとうございます」だろ。次はこうやって先生を疑うような事を、いや、先生に当たるような事を考えていた自分自身の非礼を素直に詫びよう。
 十日になり、少し早めに群馬へ向かう。俺は混んだ状態の十七号を運転しながら携帯電話を手に取る。
 志保さんが俺を認めてくれた事から、こうした心境になれた。非常に感謝を感じていた。あの人なら俺をもっと伸ばしてくれる。
《師と崇めさせて下さい。 神威龍一》
 素直な気持ちでメールを打つ。迷わず送信した。
 志保さんは過大評価し過ぎだと断ってくる。師匠と言うのは、何かを教えるもの。私からは俺に教える事がない。そう言った。
 ならば弟子とは何か? 師匠に気に入られたいから頑張れる。別に手取り足取り教えてもらおうだなんて思わない。この人に俺は気に入られたいのだ。まだ今はこの事を言わないでおこう。
 群馬の先生は目を細め、「まるで人が変わったようだ」と笑っていた。
「あなたにはこれからも負のオーラに満ちた人たちがたくさん寄ってくるでしょう。それをあなたは癒して生きていく。これからは戦わずして勝つ。そんな風に神様が言ってますね」
「戦わずして勝つですか……」
「私からもお願いしとくわ。早くあなたが世に出て活躍できるようにって」
「ありがとうございます」
 神頼みを信じている訳ではない。でも、先生の言葉が素直に嬉しかった。
「真っ白い眩い光を放つ魂にやっとなったわね」
「どうなんでしょう。自分じゃ分かりません。今分かるのは幸せだなって事だけですよ」
 帰り道、俺はこれまでの人生を振り返った。思えば色々な人たちに支えられてきたものだ。ずっと憎悪という闇を心の中に抱え、これまで生きてきた。でもそれが、悲しみと分かり、一人の人に認めてもらえた。
 今、心の中に残ったものは感謝。
 高速を運転しながら高校時代の恩師、亀田先生のところへ電話をする。しかし先生はまだ学校から帰っていないようで、奥さんが電話に出た。
「いつもありがとうございます」
 俺はこの心境、いや、境地を素直に話し、感謝を述べた。
「とんでもない。うちの子もほんと神威さんには未だなついてて。また近い内来て下さい。いつも楽しみにしているんですよ。神威のお兄ちゃんは私にとってスーパーヒーローなんだって。本が店頭に並んだら嬉しいってうちの真由香に聞いて、本当にそうしちゃったじゃないですか。以前なんてテレビでカクテルを作っているシーンが流れると、『あ、ママ。神威のお兄ちゃんがテレビに出てる~』なんて言っていたんですよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
 娘の真由香ちゃんも今年の四月から高校生。早いもんだ。時間が経つのは……。
 真由香ちゃんが俺の存在をいつも気に掛けてくれ、スーパーヒーローだって思っているなら、まだまだ俺はとまれない。もっとすごいところを見せてやらないとな。
 気付けば俺は関越の道路を逆方向に乗って運転していた。新潟の看板を見て、間違いに気付く。
 俺って本当に馬鹿だな。車の中で一人笑った。
 高坂のサービスエリアに寄る。
 ジンギスカンを食べ、おみやげコーナーを回る。
 こんなものを持っていくだけで人は喜ぶかもしれない。すぐ渡せる友人を考えた。
 同級生のゴッホこと岡崎勉。そして整体時代に懐かしの再会を果たした飯田誠。あとは何度かご馳走にもなったし、家の元従業員である伊橋さんにおみやげを買う。
 帰り道にそれぞれおみやげを渡すと、みんな嬉しそうな顔をしていた。飯田誠だけ、まだ仕事から帰っていなかったので、お袋さんに渡しておいた。何度もお辞儀をする飯田のお袋さん。多分物なんかじゃなく、この気持ちが嬉しかったのだろう。買って良かった。
 その日の夜、飯田誠から電話があった。
「すみません、何だか気を使ってもらっちゃって……」
「何を言ってんの。あ、そう言えばさ……」
 俺は志保さんと知り合った事を伝え、彼女がいかにすごいかを彼に話した。
「へえ、神ヤンがそこまで言うなんてすごいですね~」
「でしょ?」
 ちょうどその時パソコンにメールが届く。俺にとって師匠であり、大事な愛しの人妻志保さんからだ。
 メールの内容は俺の書いた途中までの『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』についてだった。
《やっぱり! 夏目漱石の『こころ』とか、太宰治の『斜陽』とか…、『人間失格』や『桜桃』。ここら辺に近いですね。もちろん文体とかじゃあないですよ。心の葛藤ぶりですね。え、夏目や太宰ファンに怒られるって? 嫌だな、私の専門分野ですよ。私の出た短大はむかーしからあるお嬢様大学で学生の程度は大した事なかったんだけど、教授はすっごい先生ばっかり揃ってるって有名だったんです。とくに学院長が夏目漱石の第一人者と呼ばれていて、右に出る人はいないぐらい有名な研究者だったんですけど、まぼろしと言われる優もらいましたもんねー。私。ちなみに太宰は卒論書いたし。だから夏目漱石とか太宰治とかはすごーく熱心に勉強したんですよ。もちろん他の純文学もみっしりと。短い時間だったけど本当に本が好きだったのですっごく楽しかった。講義は取れるだけ全部とりましたね。純文学を知ってるからこそ、純文学だっ!って思ったんです。
トモさんの作品を読んであんまり感動しないひとはたぶん、純文学に興味ない人なんだと思うわ。意外と年配の方のほうが評価高いかも? 大学はその専門分野のオタクぞろいなので本当、まったく違うんですよ。自分の好きな学部にいけば本当に面白かったと思いますよ。トモさんが文学部にいたら、そのまま現役大学生で小説家デビューとかもあったかもしれないですね。講義とかも一回目の講義のあと論文提出したら、「君に教えることはなにもない。狭い教室で学ぶよりも、広い世界に出て、見識を広めなさい」なーんて言ってもらったり。いい物を書けばストレートに評価して貰えるのですっごく嬉しかったですね。 志保》
 読んでいてまた泣きそうになった。俺が夏目漱石や太宰治と並べられているよ……。
 まだ中学時代の同級生の飯田誠と電話中だ。泣く訳にもいかない。
「あれ、どうしたの、神ヤン?」
「俺の今書いている『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』あるでしょ?」
「ええ」
「彼女は純文学だって言うんだ。今まで誰もジャンルなんて分からなかったのにさ」
「そうですか」
「それで夏目漱石や太宰なんかと一緒にしてくれているよ……」
「それはすごい!」
「……。俺さ、こういう女と結婚してえ」
「もう手遅れですけどね」
「顔も何も知らないけどさ。こういう心というか魂の綺麗な人だったら、俺の子供を産んでほしいよ」
「だからもう手遅れですね。人妻だし」
「ああ、そんなの分かっているよ。言ってみたかっただけ。本当にそうだ。もうとっくに手遅れだ。こんな気持ち本人には絶対に言えないけどね…。俺は静かに彼女の幸せを祈るぐらいだね。チクショウ! はあ~、人生、真面目にやり直したいよ。もう一度…。あ、でもそんな事したら、小説なんて絶対に書いてないか。…て事は永久にこういう女は手に入らないって事か……」
 俺たちは電話口で大笑いした。

 俺は現実に帰る。
 目の前では親父が苦しそうな表情をしながら倒れている。
 手の平で叩いただけなのに、前回同様手が痛かった。何で俺は同じ事を……。
 三村にうまく利用された馬鹿な親父。
 俺は今、時流の流れに沿い、とても幸せな気分だ。
 周りの人を一人でも多く癒したい。
 俺の手は人を殴る為じゃない。
 人を治す為にある。
 そして書く為に……。
 こんな馬鹿な親父だけど、俺をこの世に生んだ親の一人なのだ。
 他の人には愛想良くできるのに、家では親父を叩く。そんな俺も変わらないか……。
 これまでの生きてきた道程すべてを受け入れたからこそ、今の自分がある。だから後悔はない。そう悟ったんじゃないのか?
 ならば俺の行動は一つしかない。
 目の前に横たわる哀れな親父。
 孤独に満ち溢れ、未だどう発散していいのか分かっていない。
 俺は手を差し出した。
 不思議そうな顔をして俺の顔を見る親父。
 もっと歩み寄ろう。
 自分が変わらなくちゃ、相手を変える事なんてできやしない。
 もう充分憎み合った。
 これ以上誰も傷つく必要性なんて、どこにもない。
 これは新しい自分への第一歩だ。
「親父……」
「何だ、テメー」
 睨み付ける親父。もういい。力の差も歴然。馬鹿は直らないかもしれない。
 憎しみからは何も生まれない。
 誰かが言っていた言葉。
 その通りだ。
 でも、憎かったらとことん憎めばいいのだ。
 人の命を奪ったり、迷惑を掛けない内は……。
 その人が人間なら、いずれ憎む事に意味がない事を悟るまで、自由にさせればいい。
 何度自身の人生を呪い、両親を憎んだだろう。
 憎悪から小説というものを書き始めた。
 時が経ち、寂しかったから書いていた事に気付く。
 そしていかに自分が孤独かを思い知らされた。
 心の闇が嘘のように晴れ、最後に残っていたものは感謝だった。
 この先の心境を知りたい。
 年を取ったから涙脆くなったのではない。
 この境地に辿り着いたからこそ、涙脆くなったのだ。
 もう充分その辺は悟ったんだろ?
 そろそろ素直に心の底から言おうよ。
 今の自分があるんだからさ。
 感謝してるんだろ? これまでの人生に……。
「う…、産んでくれてありがとう……」
 俺の両目から、一気に大量の涙が溢れ出た。

2010年2月15日 AM4:01
『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』最終章として執筆 この部分のみ原稿用紙67枚
 作者 岩上 智一郎




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