岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 79(裏ビデオ屋アップル編)

2024年10月30日 12時26分37秒 | 闇シリーズ

2024/10/30 wed

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秋葉原のあの二階の物件を押さえる。

しかし裏ビデオ屋をやる以上、名義人が必要だ。

俺や長谷川が店に立って売るわけにもいかない。

「長谷川さん、新店の名義は決まっているんですか?」

「うーん、それが名義人の宛てと言ったら、横浜の時のに声を掛けるくらいしかいないんですよね……」

「え…、横浜で一か月の売上一万二千円しか作れなかったって奴ですか?」

「仮にここを押さえるとなると、名義人の名前で借りるようじゃないですか。なので急ぎとなると、その横浜のになりますね」

そんな駄目人間を名義にしたら、うまく行くものも行かなくなる。

かと言って誰か名義をやる人間となると……。

俺がやったと仮定する。

歌舞伎町浄化作戦の時に俺は捕まっているのだ。

不起訴という判決は出たにせよ、また裏ビデオの猥褻図画で捕まったら、累犯になるから執行猶予など絶対につかず、刑務所行きは決定になるだろう。

それにおじいちゃんに対し、そういった負担は掛けられない。

「長谷川さん、とりあえず管理会社へ連絡だけ入れて、形式上でも保留しておいたほうがいいですよ」

「そうですね、岩上さん」

この辺りを探索してみて分かった事。

もしこの物件を借りた場合、秋葉原駅からは徒歩五分程度。

大通りから少し入った位置にある為、目立ち辛い利点。

大通りを秋葉原と逆に行けば、二分程度で地下鉄の末広町駅もある。

立地的に裏ビデオ屋やるには都合がいい。

近くに飲食店もあるし、人通りもある。

家賃も安い。

店内も余裕を持ったスペースで経営できる。

「不動産には連絡しますけど、実際に契約する人間がいないと話にならないので、とりあえず横浜の時の名義人には連絡して今度事務所へ顔出すよう言っておきます」

まずはここを借りないと何も始まらないのだ。

店の売り子など誰がやっていても、俺が分かり易く作ればいいだけか。

真面目にさえ仕事をやってくれるなら…、そう教育を施せばいい。

優先順位。

物件を借り、次に店のレイアウト、そして売り子の教育。

そう考えれば、最悪横浜の時の名義でも仕方ないか……。

 

長谷川に頼み、一週間以内に契約に行く約束を不動産へ取り付ける。

この期間内に誰かしらもっと有能な名義人が見つかれば、それで良し。

いないようなら、横浜の駄目名義で契約。

時間との勝負なので、それしか道は無い。

「そういえば當真さんっているじゃないですか。この間まで岩上さんと一緒にやってた」

最後に顔面へ一撃入れて終わりにしたガールズコレクション。

あの馬鹿が何の用だ?

「岩上さんが今とこで働いているのか、色々探っているようなので、もちろん言ってないですけどね」

「こっちがコソコソする必要は無いんですけどね。あいつは本当に疫病神なんで、関わりは持たないほうがいいですけど」

俺を探して意趣返しでもするつもりか?

まああそことはすべて終わった事なのだ。

実際関わってくるようなら、それはそれで対処すればいい。

「あ、長谷川さん、フォトショップとかは俺が後々入れるので、まずは事務所用のパソコンを用意してもらいたいんですよね。できればスペックはいいほうが理想ですが」

「僕はその辺まったく疎いので、岩上さんにすべてお任せしますよ。あ、もちろん経費は当然先に払いますよ」

売り出してあるパソコンよりも、自作でいいCPUを選び、組み合わせたほうがより経費も掛からない。

俺は長谷川にパソコンの利便性を伝えると、いくらぐらい経費が掛かるのか聞いてくる。

「前の風俗のガールズコレクションってあったじゃないですか。あの時も二十万くらいでスペックいいのを作りました。なので今回もそのくらいあれば問題無いと思います」

自作で組む場合、地元の和菓子屋の先輩である始さんにまた協力を仰いでみよう。

本来なら坊主さんへ頼みたいが、あの人仕事が常に忙しいからな……。

長谷川は快く返事をくれ、その場で二十万円を用意する。

「では岩上さん、二日間でパソコンの方何とかなりそうですか?」

「問題ないと思います」

「僕は横浜の名義人…、福田…、福ちゃんと呼んでいるんですが、彼に三日後事務所に来るよう伝えておきます」

「分かりました。最善を尽くします」

「あ、岩上さん。これを……」

二十万とは別に三万六千円を手渡される。

「えーと…、このお金は?」

「今日と明日以降二日間の日当です。先に渡しておきますね」

内心下手したら地元で動くようなので、二日間分の日当は出ないだろうと不安に思っていた。

素直に長谷川の気遣いに感謝した。

「もしパソコンの件で動かれるなら、今日はもう上がっても大丈夫ですよ」

俺は素直に甘える事にする。

帰って始さんへこの件を相談し、協力してもらう。

今日合わせて三日間の猶予があれば、何とかパソコンはなりそうだ。

図々しく思われるだろうけど、長谷川に一つ頼んでみる。

「長谷川さん…、俺のスキルってデザインがメインなんです。あとはDVDのプロテクトを外して、片面二層に作る部分。まああとは小説を常に書いているので、ワード系…、エクセルも少々って感じなんです」

「僕にはよく分からないですけど、岩上さんにそういうのは全部お任せするつもりですよ」

「そこで自作パソコンを組むとなると、時間的制限もあるので地元の先輩で俺よりもパソコンスキルがある人に協力を仰ぎたいんです」

「へー、そんな人いるんですね。凄いなあ」

「そこで二日間協力してもらう場合、その先輩の分の日当とかって少しは出せますか?」

「全然構わないですよ。その先輩にも一日一万二千円出しますよ。二日分だから、これも先に払っておきますね」

本当に長谷川とは話も早いし、非常に仕事がしやすい。

「ありがとうございます。あとは知り合い系でマシな人間で名義やれそうなのいたら、声を掛けておきます」

「よろしくお願いしますね。一日一回は状況の報告をしてもらえますか」

「了解しました。では、早速川越着いたら、例の先輩に話をしてみますね」

俺はまだ夕方前なのに、事務所をあとにして地元へ戻った。

 

川越へ戻ると、始さんの和菓子屋へ向かう。

新しい仕事で使う自作のパソコン。

予算は二十万。

今度は風俗でなく裏ビデオ屋を一から始めるといった簡単な説明をした。

「いいよ、協力するけどさ、二十あったら二台くらい自作でできるぞ」

二台か…、まあパソコンが多くある分には困らないだろう。

俺と始さんは早速PCパーツショップへ。

二日分の手間賃も渡したので、始さんはとても協力的だった。

CUPなどを選び、何をつけるか順次決めていく。

「二日間時間あるんだよな? あとは組み立てるだけだから、俺が期日までにやっといてやるよ」

「え、いいんですか?」

「だっておまえは物件の事とかまだ色々やる事があるんだろ?」

確かにやなきゃならない事は山ほどある。

素直に始さんの好意を受け取る事にした。

「前の風俗みたいにコケるなよな」

「今度は大丈夫ですよ」

今度はうまく行くも駄目になるも、すべて俺一人の責任だ。

馬鹿の當間に阿呆の有木園といった足を引っ張る輩がいないのである。

あとはいつ店をすぐに始めてもいいように、今ストックしてある裏DVDの全作品を管理しておいたほうがいい。

パソコンの組み立ては始さんに任せて、俺は明日一度新宿の事務所へ行き、作品の種類を把握する必要があった。

エクセルで女優名別、作品名別、ジャンル別くらいにまとめ、作品番号も決めておこう。

来店した客は棚に羅列してあるDVDを見ながら選んでもいいし、写真サイズでもアルバムにリストを作り、全員欲しい作品の番号を書けばいいようにする。

今までの裏ビデオ屋は、紙にいちいち一つ一つ作品名を書かなきゃいけない面倒な事をしていた。

作品を把握し番号管理する事は、売上向上へ繋がるのだ。

あれだけ気を使ってもらい、俺のやりたいように任せてくれている。

俺は長谷川に感謝を覚えていた。

自分自身の事でもあるが、長谷川の期待に応える為にも絶対に秋葉原の店は成功させる。

驚くほど意欲的だった。

残る問題は名義人か……。

 

先に出来上がった一台のパソコンを新宿へ持って行く。

長谷川の所有するDVDの数は647枚。

中にはまったく売れない不人気作品も多数あるから、営業しながら間引きしていく必要がある。

今はオープンに向けてなので、一つでも多くの作品は欲しい。

「岩上さん、何をしているんですか?」

背後から長谷川が覗き込んでくる。

俺はパソコンの組み立ては先輩に頼んで、今ある作品の整理をエクセルでまとめていると説明した。

「何か意味あるんですか?」

「まず…、例えば客が誰々の作品あるかと聞いて来るじゃないですか」

「ええ」

「そしたらタイトル順、女優順、ジャンル別にまとめているところなんで、ここをこう押すと女優順になります。だからこの女優だと三つの作品が置いてありますよって、すぐ分かるようになるんです」

「凄いですね!」

「この辺の簡単な操作さえ覚えてくれれば、店番なんて誰がやっても同じになります。もちろん接客面とも大事ですけどね」

「いやー、岩上さんにうち来て頂いて本当に良かったですよ。オレンジの時の松村が、いつも絶賛していたんですよね」

大喜びの長谷川。

こんなやり易く居心地の良い職場を提供してもらっているのだ。

どんどんアイデアを出して、最先端の裏ビデオ屋を作る。

せめてもの恩返しである。

空いた時間を使い、必要なアプリケーションソフトをインストールした。

これでフォトショップも使えるから、デザイン全般は問題ない。

明日になれば始さんが二台目を組み終わってくれるだろう。

あとは物件を契約するだけか。

あの浄化作戦で、ほとんどの人間が執行猶予ついてしまったからなあ……。

携帯電話が鳴る。

ワールドワン時代の山下からの着信だった。

「おう、どうした?」

「最近あそこの風俗開いてないし、岩上さん見掛けないから、どうしたのかなと思いまして」

「ああ、あそこは辞めたんだ。今は別のところで働き出しているよ」

「……」

「どうした?」

「岩上さん…、何か仕事ないですかね?」

「仕事って、ゲーム屋で大山たちと働いているんだろ?」

「いや、自分…、もうあそこで働くの嫌気が差しているんですよ」

ピーンと来た。

山下をうちで雇う。

もちろん秋葉原のあの物件を山下名義で借りる……。

本当にいいタイミングかもしれない。

「分かった。じゃあさ話する時間作るから、今日は仕事何時終わり?」

「夜の十時です」

「じゃあそれから会おうか。一人紹介したい人もいるからさ」

電話を切って長谷川へ説明をする。

あくまでも山下次第ではあるが、あいつがビデオ屋をやる意志があるなら、トントン拍子に決まるだろう。

 

これから山下と会って話す事を想定すると、おそらく終電には間に合わない。

百合子へ事前に連絡を入れておく。

仕事が終わったと山下から連絡が入る。

俺は長谷川に事務所で話をするか、もしくは外で食事でもしながらにするか聞いてみる。

「一度ここの事務所へ来てもらいますか」

仕事を山下が受けるなら、確かに事務所の場所は知っておいたほうがいい。

俺は道順を山下へ説明し、近くの赤札堂まで出て待つ事にする。

馬鹿な山下はあれだけ丁寧に言ったのに中々来ない。

山下の店からなら一度区役所通りに出て、職安通りの方向へ真っ直ぐ歩くだけだ。

長谷川を無駄に待たせるのも嫌なので電話を掛けた。

「おまえ、どこにいるのよ?」

「すみません…。えーと今、ホテル街ですね」

「何でホテル街なんだよ? 区役所通りを真っ直ぐ来ればいいだけって言ったじゃん! とりあえずそこから区役所通りに出て、職安通り目指して来て。そこで待ってるから」

五分くらいしてようやく山下の姿が見えた。

「まったく何をやってんだよ」

「すみません、すみません……」

「仕事に絡む時は、言われた通り行動してくれよな」

「仕事って俺は何をやるんですか? 裏ビデオですか?」

「うん、そうなるね。今事務所に長谷川さんってオーナーの人いるから、これから会わせるよ」

「自分、ビデオはやった事ないですよ?」

「だからそういうのも含めて話をするんじゃんかよ」

少し不安そうな山下。

年は俺より一つ下だから三十二歳。

これから別ジャンルの仕事をしようとするのだから、心細くなるのは仕方ない。

 

事務所へ山下を招き入れる。

「こちらが長谷川さん。俺が今お世話になっている方ね。長谷川さん、こいつが山下です」

「あーはじめまして、山下さん」

長谷川の人懐っこい柔らかな態度は、初対面でも安心させるだろう。

裏ビデオ屋を始めるにあたって、山下の仕事内容を説明する。

まずは名義人として秋葉原の物件の契約を済ませるようだ。

もちろん借りるのは山下の名前だけ。

経費諸々は組織負担である。

店が始まったら、名義料込みで給料月に五十万。

「時間帯はどうします、岩上さん」

秋葉原は昼間が強く、夜は火が消えるのは早い。

通常歌舞伎町だと昼の十二時から夜の十二時までの十二時間の店がほとんどである。

秋葉原の場合、昼の十一時から夜の八時までの九時間でちょうどいい気がした。

他のところより早く店を閉める分、新宿の事務所までその日の売上を持ってきて一日の終了。

一日十時間働かないで月に五十万もらえるのは破格だろう。

長谷川へ意見を伝えると「それで行きますか」と納得してくれた。

問題は山下の判断だ。

おそらく今まで手にした事が無いような金を稼げる。

しかし警察にパクられる仕事なのだ。

それは裏ビデオ屋だけだなく、ゲーム屋にしても同様。

ただ名義人は一従業員とは違う。

すべて自分の責任として捕まった際調書をまとめ、裁判でも罪を被る。

これまでの前例を見ると、初犯だと実刑一年三ヶ月の執行猶予三年くらいに収まるだろう。

上に俺や長谷川の存在がある事は隠し、裁判が成立したら、初めて保証金として二百万の金を得るのだ。

場所が新宿では浄化作戦の余波でいつ捕まってもおかしくない。

秋葉原ならまだ裏ビデオ屋には緩いはず。

「どうする、山下?」

「少し考えさせてもらってもいいですか?」

「ごめん、物件を借りる都合で急いでいる。悩むならやらなくていい。ただこの先裏ビデオで働くとしたら、ここが一番働きやすいというのだけは言っておく」

名義を引き受けるには、ある程度の覚悟だけは持ってもらいたい。

あやふやにただ金になるとか、楽そうだからという理由では捕まった時に意味が無くなってしまう。

 

闇 36(裏ビデオ組織&歌舞伎町浄化作戦編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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以前五店舗を統括していた時、最初に捕まったフィッシュの名義人だった浜松。

彼の場合捕まった初日にすべてを謳ってしまった。

その場合どうなるか?

組織の存在をバラしてしまっているのだ。

当然保証金の二百万は出ない。

弁護士を使うにも調書取るのに、余計な事を言っていないかの探り程度。

出てきてからはケツモチのヤクザ者から追われると、前科者になるのは同じでも何一つ良い事は無い。

はなっから覚悟して名義人をやるのだ。

どうせ捕まって前科者にならなら、組織を守って保証金の二百万を貰ったほうがいい。

「一日…、一日だけ考えさせてもらってもいいですか?」

長谷川のいう横浜の駄目な名義が来るのは明後日。

それまでにやるのか決めれば問題は無いだろう。

 

歌舞伎町にあるグリーンプラザ新宿というサウナに泊まった。

俺が歌舞伎町来た当初からここはあるが、以前働いた新潟のグリーンプラザ上越ホテルと絶対に系列か何かだよな。

川越でもう一台のパソコンを完成させ、事務所へ持って行く。

あとは店先に置く電光掲示看板か。

カッティングシートを買ってきて、デザインは俺がして作ればいい。

あとで長谷川に店名をどうするか聞かないとな。

西武新宿駅に着き小江戸号へ乗ろうとすると、山下から電話が掛かってきた。

「どうした?」

「岩上さん、やっぱビデオやろうかなって思いました」

「そっか…。ゲーム屋は?」

「まだ辞めてないです」

「なら店長の海斗とかにちゃんと言って、筋通して辞めないと駄目だよ」

「ええ、分かってます」

「今日は仕事中?」

「はい、今外で式典中です」

「長谷川さんに言っておくから、明日事務所寄ったら?」

「分かりました」

電話を切ると四号車の指定席へ座った。

この車両だけ禁煙車だから小江戸号は好きだ。

山下も腹を決めたみたいだし、物件問題もこれでクリアできる。

川越に到着するとそのまま始さんの和菓子屋へ。

「おう、智一郎。パソコン組み終わっているぞ」

「ご多忙のところ本当にすみませんでした」

「ちゃんと報酬貰っているし全然構わないよ。今度のところは何か良さそうだな」

「そうですね。本当にいいところですよ。前の風俗が酷過ぎなんですけどね」

一千万使って無駄に終わったガールズコレクション。

杏子は小山のところで働いているのだろうか?

だからこういう感覚を捨てろって……。

あの店はもう終わった事なのだ。

百合子と共に生きていくんだろ?

余計な事はするな。

自分で自分に言い聞かせる。

 

パソコンを持って再び新宿へ。

設置を終え、山下が名義をやる事を決めた電話があった事を伝える。

「良かったですよー。山下さん、結構人受け良さそうですからね。あ、岩上さん……」

「はいはい」

「横浜の名義やってた福ちゃん。明日でなくこれから事務所へ来るみたいなんですけど……」

「山下が名義やるから、それは断ればいいんじゃないですか」

「そうですね」

「そうそう…、長谷川さん。秋葉原の店名どうするんですか?」

「アップルとかでいいんじゃないですか」

前の店がオレンジで、今度はアップル。

フルーツ好きなのだろうか?

まあ名前なんてシンプルで問題ない。

ピンポーン……。

インターホンが鳴る。

「あ、福ちゃんか」

長谷川がドアを開けると、メガネを掛けた短髪の男が入ってくる。

「……」

どこかで見た事あるような……。

男はパソコンを操作している俺と目が合っても会釈一つしない。

雇われていたはずの長谷川に対しても、気安くタメ語で雑談していた。

こいつ、どこで見たんだっけな?

決していいイメージではない。

顔を見ているだけで嫌悪を覚える。

その時当時あった事を思い出す。

 

裏ビデオ屋メロンの上にゲーム屋フィールドがあり、俺が手伝っていた頃。

環境に慣れた俺はノートパソコンを店に持ち込んでいた。

ヤクザ者の客からプロ野球の結果をよく聞かれたので、カウンターの上に置き操作しながら答えているところ、従業員の山本の友達か何かで店に入ってきた奴だ。

この福田という男。

客で来たわけでもなく、右側の先頭にある空いている台に座り、カバンから何かを取り出し作業をしていた。

当時店内は混んでおり、客の対応で動き回る俺。

邪魔なだけなので、客じゃないなら来るなよなと内心思っていた。

視界に福田の動きが映る。

席を離れ、リストのところにあるゴミ箱を勝手に台の方へ運ぼうとしていた。

その時ゴミ箱にパソコンのコードが引っ掛かり、俺のノートはカウンターの高さから派手に床へ落ちる。

キーボードは外れ、線が剥き出しになっていた。

「テメー何してんだよっ!」

先輩の坊主さんと秋葉原で買った初めてのパソコン。

それを客でもないこいつが、余計な事をして壊しやがったのだ。

「す…、すみません……」

「あー…、すみませんじゃねえよ! 十七万したんだぞ、これ」

「いや、作業しようとゴミ箱を持ってこようとしたら……」

「ふざけんなよ、テメー!」

俺が怒りだしたのを見て、ヤクザ客たちが集まってくる。

「まあまあ岩上ちゃん、落ち着いて落ち着いて」

ヤクザたちに宥められている隙をつき、福田は逃げるようにフィールドを出て行った。

今俺を無視したまま雑談をしているこの男……。

知らん顔で通ると思っているのか?

「長谷川さん、すみません」

「どうしました、岩上さん」

「ちょっとこいつに話あります」

福田は困った顔をしている。

「おい、おまえさ…。前にフィールドで俺のパソコン落として逃げるように帰った奴だろ?」

「は…、はい…。その節はすみませんでした」

「全然そう思ってないだろ? 俺見て挨拶一つしねえじゃねえかよ。おまえ、何なの? 俺に喧嘩売ってんの?」

「い、いえ…、そんなつもりは……」

俺のパソコンを壊したこの馬鹿が、月で売上一万二千円の駄目名義と同一人物。

慌てて長谷川が仲裁に入る。

俺は当時の事情を説明した。

おかげで俺はまた二十万した新しいパソコンを買う羽目になったのだ。

「福田! オメーが何でここ来たんだよ?」

「いや…、新しい物件の名義として……」

「オメーなんざ使うわけねえだろ! とっとと視界から消えろよ」

「は、はい」

逃げるように福田は帰る。

長谷川に突然怒った非礼を詫びた。

「しょうがないですよ。あれにそんな形でパソコン壊されていたんですね。ちょうど名義の話も断れたし問題ないですよ」

確かあの頃ってピアノ発表会より前の話だから、二千二年頃か?

三年ほど時が経っているのに、福田にされた事を思い出すと腸が煮えくり返る。

あんな馬鹿を使っていたんじゃ、横浜の店も一か月の売上が一万二千円しかできなかったのも理解できた。

 

秋葉原の店名はアップル。

名義は山下。

とりあえず全作品の整理も終わり、あとは店舗を借りたら商品を並べるだけ。

長谷川と事務所で雑談をしていると、山下がやってきた。

「秋葉原の店の名義やるんだな?」

「はい、やります」

「とりあえず物件の契約を先に済ませたい。ゲーム屋はそのあとで失礼のないよう辞めてもらえばいいよ」

「分かってます」

明日秋葉原へ三人で行き、山下が二階の店を契約できれば出店準備。

ガールズコレクションの時の悪夢を経験していたので、こうしてトントン拍子に進むのが少し怖いくらいだ。

トントン拍子……。

過去全日本プロレスのプロテストに受かるまでは良かった。

だが合宿の事前に同級生の大沢によって邪魔され、入門は取り消された。

調子がいいからといって油断するな。

細心の注意を払え。

自分が散々失敗してきた経験を顧みて活かせ。

この人のいい長谷川の仕事を成功させる。

それが今の俺の使命なのだ。

 

無事物件を契約し、新宿の事務所も仕事がすぐてきる環境が整う。

あとは山下が今働いているゲーム屋を丁重に辞め、俺らはオープン準備に取り掛かる。

「いつ頃オープン予定ですか?」

「一ヶ月以内にはしたいですね」

「まあ山下が今のゲーム屋辞めないと、オープンも何も無いですからね」

山下には今日にでも店に辞める意思を伝え、何日くらいで退職できるかを報告するよう言う。

「店内の棚とかは横浜で使っていたものを貸し倉庫に保管してあるので、レンタカー借りて一日は準備で潰れますね」

「山下次第ですが、早めにオープンはさせたいですよね」

「あ、あとですね。明後日僕の地元仙台なんですけど、先輩と後輩が手伝いに来てくれるのでやっちゃいましょう」

人手が増えるのは助かる。

「じゃあ今日と明日で秋葉原の店舗用にDVDのコピー作りますか」

裏ビデオ業界では、パソコンのDVDドライブだけを切り離し、ドライブをコピーする事だけに特化したディプリケーターという機械があった。

三連と呼ばれるものは、一番上のドライブに元のDVDを入れ、下にDVDドライブが三つ付いている。

ボタン一つの操作で元のDVDを三枚同時にコピーできる優れもの。

他に五連、七連などもあるが、余程の人気作品でない限り三連でだいたい事足りる。

以前俺が先輩の坊主さんから教わったやり方はパソコンを使ったもので、元のDVDのコピーガードを外しつつISOイメージで一旦中のハードディスクへ落とす。

それを空のDVDを入れて、片面二層で焼いていく方法。

ディプリケーターなら約三十分程度でコピーが作れるが、俺のやり方は一度パソコンへ落とすようなので約一時間と倍掛かってしまう。

現在六百枚くらいの作品があるので、それの三倍の量をこれから作るようだ。

売れ筋の人気作品はさらに三枚または六枚…、ある程度の読みをしながらストックのDVDを作っていく。

歌舞伎町の裏ビデオ屋は、商品のDVDをケースに入れて渡すだけのところが多い。

俺は作品のDVDジャケットまで印刷したものをドールケースに入れて売るようにしていた。

買う客側にしたら、普通の売り物のようにケースに入っているほうを好む。

なので印刷するインク代やトールケース代は掛かるが、客の満足度を優先した。

この頃のディプリケーターの相場は三連で十五万とやや高め。

しかし五枚を一万円で売れるのだ。

三十分で三枚を量産するディプリケーターは裏ビデオ屋にとって必須である。

DVDのメディアは国産だとマクセルが良かった。

欠点は値段が高いところ。

DVDプレーヤーの需要が増え、最近安くなってきたが、俺が坊主さんから教わっている頃は一枚三百五十円もした。

最近でようやく二百円台に。

海外メディアはとにかく安い。

一枚数十円で手に入るが、欠点はエラーが多い事。

ディプリケーターでコピーが終わっても、DVDプレーヤーで見ようとすると、エラーで見れない場合がある。

要は不良品というわけだ。

いちいち一枚一枚チェックする店など無いので、購入した客が見れないとクレームが来て初めてエラーだったのかと分かるくらいである。

経費をケチり海外メディアを使う裏ビデオ屋もあるが、今後に繋げ客の信用を得るなら当然国産メディアのほうがいいと思う。

売る作品はどの店も同じ。

なのでこういった細かい部分がとても大切になってくる。

 

長谷川はディプリケーターを使いコピー作り。

俺はデータでもらったDVDジャケットデータをトールケースピッタリになるよう印刷して、各作品を出していく。

新作が週に二回入り、だいたい二十作品くらいが来る。

その都度俺は作品を管理していかなければならない。

ゲーム屋などの博打系裏稼業と違い、裏ビデオのいいところは人件費を安く済ませる事ができる点。

そして五枚一万円で売ったとしても、原価はその十分の一程度で済む事だろう。

一日二十万売上があるとしたら、それに掛かる原価は二万程度。

秋葉原の物件で考えると、平均日に二十万だとして、月で六百万。

原価の経費が六十万。

家賃十分万。

山下の名義料込みの給料が五十万。

俺が週一で休みを取ったとして三十万。

ざっくりとした計算であるが、総経費百五十万。

月で四百五十万の利益となるのだ。

俺は山下が名義で売り子をする際、歩合の条件もお願いする。

前の五店舗の統括をしていた時同様、一日の売上が二十万いったら歩合で五千円。

そこから二十五万、三十万といく度に五千円ずつ歩合をつける方針。

これは従業員の売上を誤魔化す行為の防止、そして仕事意欲を促す事に繋がると説いた。

歌舞伎町のオレンジでもそうそう二十万の売上はいかなかったようだ。

横浜など一ヶ月で一万二千円の売上。

長谷川は少し怖い考えつつ、「そこまで売上が作れるのなら構わないですよ」とゴーサインをもらう。

自分に関しての給料については、特に言及しなかった。

上を太らせれば、勝手に金はこっちまで回ってくるだろうと思っていたからだ。

 

山下に今のゲーム屋はいつ頃辞められるのか聞いてみる。

彼が自由の身になって初めて秋葉原の裏ビデオ屋アップルが開店となるからだ。

「いやー…、それがまだ中々言いづらくて……」

「おまえ馬鹿か? おまえの名前で物件借りて、綺麗に辞めて初めて店ができるんだぞ? 状況分かってんのか?」

「言います…。今日中にちゃんと言いますよ」

「本当ちゃんとやれよな」

山下へ釘を刺し、俺と長谷川はレンタカーを借りて事務所にあるDVDの商品を積む。

長谷川の言っていた先輩と後輩は、仙台を出ているので秋葉原で合流する形。

貸し倉庫から棚を車に積み、アップルへ運ぶ。

途中秋葉原駅に寄り、長谷川の助っ人を拾う。

「岩上さん紹介しますね。こちらが先輩の楠本さん、こっちが後輩の翔太です」

簡単な挨拶を済ませ、店の近くのコインパーキングを探す。

三台しか停められない狭いところを見つけて駐車した。

四人で運ぶから二時間ほどで、すべてアップルへ運び終わる。

棚は壁に沿って並べ、中央には長テーブルと六席の椅子。

あとは段ボールから商品を取り出して、棚へ並べていく。

棚への羅列は三人へ任せ、俺は売り子が座るテーブル辺りの整理をする。

奥に商品のDVDを番号順に置く。

各作品を番号順に並べたリストを印刷し、別に女優別、ジャンル別のも出す。

写真サイズのL判でも各作品のジャケットを印刷し、それをミニアルバムに入れて長テーブルの上に配置。

とにかく客が探しやすい店作りにした。

各作品に番号を書いたシールを貼ってあるので、客は欲しいDVDの番号を書いて売り子へ渡せばいいだけ。

売り子は客の書いた番号の商品を取り出して、金と交換で売るだけ。

ここまでシステム化すれば、売り子が馬鹿でも素人でもできる。

こうして理想の裏ビデオ屋アップルの下準備がある程度完成した。

 

帰りで一番困ったのが、駐車したコインパーキングだった。

旧式のタイプで、百円玉しか使えない。

食事に行く時間も込みで停めていたので、料金が六千八百円もする。

札も五百円玉も使えないので、百円玉が六十八枚も必要なのだ。

近くで両替してくれる店も無く、仕方無しに自動販売機で何回もドリンクを買って百円玉を作る。

途中長谷川の千円札が無くなり、俺まで千円札を使う羽目になった。

釣り銭で五百円玉も含む感じで出てくるので、無駄に缶ジュースを買う。

まあ余った缶ジュースは、アップル店内に置いておけばいいか。

新宿の事務所へ戻り、長谷川が「今日の日当です。ありがとうございました」と一万二千円ずつ手渡してくる。

さっき俺の金で七千円分の千円札使ったんだけどなと思ったが、野暮なので言わずにおく。

これであとは山下がゲーム屋を辞めるのを待つだけだ。

もう二月も終わるので、できれば理想は三月から始めたい。

山下に連絡を入れると、まだ辞めると言えてないと答える。

「おまえ、本当に状況理解してるのかよ? 別の名義人探すぞ!」

「言います…、言いますから」

「それで言ってないから怒ってんだろ! ちゃんとやれよ!」

せっかく歩合の条件まで了承してもらい、誠意を尽くしているので山下が頼りない。

早めに辞める事を伝え、後腐れなく綺麗にゲーム屋を辞める事はとても重要だ。

恨みを残したままうちに来られても、逆恨みで警察へチンコロなんてされたら今までの苦労や掛かった経費が台無しになる。

アップルの名義をやるにあたって、警察に捕まった時のシュミレーションもしておきたい。

あとは山下が辞めると伝えてから、どのくらいでゲーム屋を辞められるかだけなのだ。

 

翌日事務所へ行くと、長谷川が「岩上さん、お腹へってないですか?」と開口一番話した掛けてくる。

特別減っているわけでもないが、長谷川がすぐ食事したいなら付き合うと答えた。

「じゃあこれからお台場行きませんか?」

「お台場?」

「今ラーメン博物館やってて、そこどうしても行きたいんですよ」

そういえば以前も渋谷に行った際、三食ラーメンでも構わないと豪語していたほどだ。

そんな状況で俺は出勤して席に座る暇もなくお台場へ向かう。

俺にとってお台場は初めての場所なので、色々見るものすべて新鮮に感じる。

長谷川は一目散にラーメン博物館へ行き、ラーメン屋へ飛び込む。

「ここのいいところが、色々なラーメン食べられるようにラーメンのハーフとかできるんですよ」

そう言いながら長谷川は三軒の店を梯子する。

前に食べ過ぎて道路に横たわった過去があるので、四軒目を行こうとするのを止めた。

喫煙場所でタバコを吸いながら辺りを見渡すと、セガのジョイポリスを発見する。

中々行く機会が無いので、俺はこのような遊園地系を眺めるだけで心が躍った。

「あれ、岩上さん行きたいんですか?」

「いやいや…、さすがに仕事中ですし……」

「いいですよ、行きましょうよ」

こうして俺たちは男二人でジョイポリスへ入る。

平日の昼間なので人はあまりいない。

俺は何度も連続でジェットコースターへ乗った。

長谷川は食い過ぎの余波が来たのかベンチでずっと休んでいる。

久しぶりに童心に帰り心ゆくまで遊んだ。

夕方になり事務所へ戻ると、「お疲れ様でした」と日当を渡してくる。

さすがに今日は遊んだだけなので断ると、「いえいえ、本当岩上さんには感謝しているんです。気にしないでいいですから、受け取って下さい」と一万二千円をもらう。

本当にガールズコレクションの時と比べると、本当に天国のような職場である。

川越に戻り今日の事を百合子に話すと、「智ちんが生き生きしてるから、それが私は嬉しい」と共に喜んでくれた。

 

三日後、山下からゲーム屋を辞められたと連絡が入る。

「辞めると言って、そんな急に辞められたの?」

「ええ、ちょうど新人が入ってきたんで……」

まあ後腐れなく辞められたのなら、それはそれでいいか。

三月になるまでちょうど二日ある。

その間にシュミレーションをしたい。

「じゃあ明日から事務所来れるか?」

「大丈夫です」

俺は長谷川にオープンが三月からできる事を伝える。

山下には名義人がどういうものか、口酸っぱく教えた。

実際に俺が巣鴨警察に捕まった時の事を元に、様々なシュミレーションをする。

警察はあの手この手で引っ掛けるような尋問をしてくるので、何があっても自分がやったと言い張れ、それができなかったら保証金の二百万は出ない事を再三伝えた。

「岩上さん、山下さんがもし捕まった際の身元引受人はどうしますか?」

「山下、誰がいる?」

「いえ、俺は熊本出身なんで、あと家族とも疎遠なんでいないです」

身内以外で身元引受人となると、会社を経営している身元のしっかりした人間でないと難しい。

「岩上さん、誰かいないですかね。僕の場合、どうしても裏稼業系の人間くらいしか知り合いいなくて……」

「会社経営…、それって例えば個人の飲食店をしてるとかでも大丈夫なんですか?」

「ええ、表の商売でちゃんとやっているなら問題ありませんよ」

すぐピーンと来たのが地元川越の先輩岡部さんだった。

俺の実家の隣でトンカツひろむを十年。

現在は独立し、『とよき』という名前の店をやっている。

裏稼業をしている俺に対して色眼鏡で見る事もしないので、理解はある人。

身元引受人としてはうってつけだろう。

「もちろん引き受けてくれるなら、二十万の謝礼は払います。ただ裁判にも立ち合うようだし、捕まった警察署にも一度は接見いってもらう必要ありますけど」

「一人心当たりがあるので、今日山下を川越まで一緒に連れて行ってきますよ。多分引き受けてくれると思います」

アップルのオープンまで段々外堀が埋まっていく。

俺は持てるすべてを使い、店を成功に導こう。

 

闇 80(嬉しい誤算編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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