釣れない天才アングラー

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人生で一番悲しかった日 2019 3月

2019年04月02日 | ひとり言

先日、私は65年生きてきた中で、一番悲しい思いをしました。

3月に妻に先立たれたのです。がんでした。

初めて病気が分かったのは、2年前(2017)の3月です。その時に余命6ヵ月と言われました。

その頃ちょうど桜がきれいで、ふたりで奥須磨公園に行きました。あんなにきれいで、

むなしい桜は生まれて初めてでした。

私たち夫婦には子供がいない分、ふたりの距離はとても近いものだったと思います。

大きな喧嘩もしたことも無く、お互いの趣味を尊重しながら仲良く過ごしていました。

二人共通のお休みには必ずどこかにお出かけしていました。

しかしそれももう叶いません。

結婚して37年、ほとんど二人で生きてきたような感じがします。

この2年間、妻は恐怖と苦痛に耐え、よく頑張ったと思います。

もっと!もっと!もっと! 褒めてやればよかったと思います。

最後の入院は、神戸低侵襲がん医療センターでお世話になっていたのですが、

緩和ケアをしながらも、意識は最後までしっかりしていました。

だから亡くなる前の日まで、二人で話も出来たし、

みかんも、ガリガリ君も食べさせることが出来ました。

主治医のK先生もスタッフの皆様も、大変親切にしてくださいました。

この場で、あらためてお礼を言いたいと思います。


 

がん治療の難しさと残酷さ

 

妻のがんが発見されたときには、すでにステージ4でした。

他臓器にも転移をしている状態で、難しい状態でした。

年明けにおかしな咳をしだしたので、病院へ(西市民病院)行かすと、

CT検査でがんに間違いないと言われ、気管支ファイバーもしました。

先端医療でPET検査を受けて決定的な診断が出てしまいました。

そこの勧めもあって、先端医療センターでの治験をすることにしました。

その時先端医療の主治医がH先生でした。

妻と私はこの先生なら任せられると思い、

結局、最後までお世話になることになったのです

。しかし、がん治療と言うのは非常に難しいことが多いのです。

それはあらゆる局面で選択をしていかなければならない事です。

まさに命がけの選択です。もちろん先生からのアドバイスはもらえますが、

最後に決めるのは私たちなのです。



つづく ・・・


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