『蕎麦がき研究入門』

知らない・映えない・バズらない。なのに昔からある食べ物“蕎麦がき”に今、光を当てます。普通に食卓に上がるその日まで。

なぜ今蕎麦がきなのか?〜蕎麦がきは片手袋である〜

2020-04-01 22:36:00 | はじめに
『蕎麦がき研究入門』第2回目。今回は新しいブログを立ち上げるにあたって、なぜ私が蕎麦がきをテーマに選んだか書いておこうと思います。食べ物にまつわるブログですから、早々にレシピなどの具体的な話に入るべきだとは思います。しかし、一応筆者の思考回路を述べておかないと、何が何だか意味不明すぎるブログになってしまいますので。

私、「片手袋研究家」という肩書きを名乗っております。

町のいたるところで出会う片方だけの手袋を、15年間にわたり研究し続けてきたのです。そんなことを言うとネタだと思われてしまうかもしれませんが、本気です。本気で研究し続けてきたのです。

このブログでは片手袋研究について詳しく述べることは控えます(それだけで3,000回くらい更新しなければならないので)が、詳しくは過去のインタビューや、

・「片手袋は呪い」なぜ道路に手袋が落ちているのか。その道年、片手袋研究家に聞いてきた(東京別視点ガイド)


昨年2019年12月に、15年間にわたる研究の集大成として出した本をご参考下さい。


・『片手袋研究入門』(実業之日本社)



とにかく、私が片手袋という一見どうでも良い現象に強く惹かれてしまう理由の一つが、「こんなに沢山、いつの時代にも、ありとあらゆる場所に落ちていて、みんな何となく知ってもいたのに、キチンと調べたり形にする人がいなかったから」なのです。見えているのに、見えていない。


その観点からいくと、路上には片手袋以外にも見えているのに見えていないものが沢山あります。片手袋のように大々的には発表していませんが、


※「ガードレールとシュシュ」



※「赤いコーンと緑のテープ」



こういったものも町で見つけるたびに撮り続けています。そもそも僕が今回参加させていただいている「マニアブログフェスタ」自体、そういった「“見えているのに見えていない”が見えている」人たちの集いかもしれません。


で、「その視点は路上だけでなく、食べ物にも向けられるな」と思ったんです。トンカツに納豆、緑茶にたらこスパゲティ。なんでも良いんですが、今我々が日常的に口にするような食材や料理。それらはSNSがない時代に誕生しただけであって、それぞれの時代で一度は当時の形で「バズった」からこそ定着した筈。でも、ずっと昔から存在しているのに、これまで一度もバズってない不思議な食べ物もあるんですよね。


そんな「見えているのに見えていな食べ物」の代表格が、僕にとっては蕎麦がきだったわけです。ある一定の年齢以上の方であれば名前ぐらいは知っている。でも食べたことあるかないかも定かではないし、そもそもなんだかよく分かんない。見た目も全然映えないし、美味そうな肉や魚を押し除けてまで食べるようなものには思えない。


しかし、僕に言わせれば蕎麦がきは美味しいし美しい。主食としてメインを張れる重厚感もあれば、オヤツにちょっとつまむ軽さもある。そしてその魅力も単調ではなく、掘り下げ甲斐がある複雑さを有している。つまり!「蕎麦がきは食べ物界の片手袋」だったんです!



「あ!蕎麦がきが落ちてるぞ!」


片手袋研究も最初の数年は「こんなに面白いのに、この魅力を知っているのは僕一人だけなんだ!」という謎の優越感がありました。でも、やっぱり色々なことが分かってくると、その魅力を誰かと共有したくなる。今の僕にとって、蕎麦がきがまさにその状態なんです。


もう一度言います。「蕎麦がきは片手袋である」。だ・か・ら。僕はこのブログを綴らなければならない。皆さんにも知って貰わなければならない。それは必然なのである。


やるぞ!(早くやれよ!)